義務教育前

 先日、たまたま買い物をしている途中で、私が卒園した幼稚園の前を通りました。その前で、職員に記念写真を撮ってもらいました。幼稚園に通園していたのは、もう、なんと55年位前の話になります。その園は、下町の台東区の問屋街にあります。その頃は、下町でもいわゆる専業主婦という人はいず、ほとんどの家庭では両親とも働いていました。今でしたら、そのような家庭では保育園に入園するのでしょうが、その頃は、働いているといっても自営業がほとんどで、帰ってからは親のなんとなく目の届くところで、地域の中で遊んでいました。園へは、下町では、住み込みの番頭さんという人がいて、その番頭さんの自転車の後ろに乗って園への送迎をしてもらっていました。また、赤ちゃんのころはお子守さんに背負わされていましたので、保育園ではなく、幼稚園に通園していたのです。
 ちょうどこの頃、義務教育前の学校教育施設である幼稚園の増設を望む社会的要求は非常に強くなりました。たとえば昭和23年以降の幼稚園の普及状況をみても、昭和28年度は昭和23年度に比較して、園数において約2.2 倍・幼児数において約2.3倍・教員数において約2.8倍にもなっています。しかし、このような増加にもかかわらず、現状では僅かに入園希望者の46.5%きり収容できなかったようです。しかも、入園該当年令幼児数全体から見ると、幼稚園に入園しているものは僅かに7.1%でした。
 どうして、こんなにも幼稚園に入れようとしたかというと、幼稚園教育を受けた子どもに次のような教育効果が認められたからです。
社会性の面から言うと、「集団生活の経験が豊富である」「集団生活に喜んで参加できる」「集団生活における協同の態度や自立的な行動がとれる」「社会的不適応の行動をとる割合が少ない」「小さい者をいたわる」「しごとについて順序をわきまえている」です。これを見手びっくりするのは、このころは戦後の多子社会です。兄弟、地域の中には子どもは満ち溢れていて、そのなかで子ども集団の経験はふんだんにあったはずです。しかし、幼稚園に期待する第1は、集団体験です。
では、知識面では、幼稚園に行くことによってどんな効果が見られたのでしょうか。能力的な面として、次のものが挙げられています。「表現の能力が比較的によい」「構成力がある」「創造工夫の力がある」「語いが豊富である」「ひとの話をおわりまで聞き、よく理解する」「一つのことを始める前に、自分で一定の計画をもつことができる」「簡単な課題はよく解決する」「身近なものによく関心をもつ」が挙げられています。このなかで、認知的なものとして強いて言えば、語いの豊富さだけである。他の挙げられた項目を見ると、それらは全て、今の時代でも必要な力です。というより、今の時代にもっとも必要とされている力です。そして、これらは、全て子どもが主体で、大人が主体ではありません。
その他の効果として「健康や運動の面」で挙げられているのは、「健康に必要な習慣が大体ついている」「偏食が少ない」「運動機能の調節が割合によくとれている」「自分の身体に関心をもっている」「姿勢がよい」ということで、情緒的な面でも、「安定感がある」「大体根気がよく忍耐強い」「小さい物や動植物を可愛がり同情心もある」「感情的な態度をとることが少ない」「物に対してそれを美しいとか・悪いとかを感じ、美しいものを喜ぶ」が挙げられています。
これらの項目は、目標ではなく、終戦から間もない頃に幼稚園に通園している子に見られた効果なのです。時代が進んだとか、進歩したというのは幻想で、後退しているのかもしれませんね。