秋の句と歌

「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」
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法 隆 寺
先日、奈良での講演のあと、斑鳩の里を歩いて見ようと、法隆寺に行って見ました。五重塔を眺めていたとき、鐘の音が聞こえてきました。そのとき、この句が浮かんできて、門前の茶店を歩いてみると、なんと「柿の葉寿司」の店内で、「吉野柿」を売っていました。その柿をかじりながら、もう一度五重塔を眺めてみました。
正岡子規は、明治28年10月26日から奈良を旅し、大和路をあるき、法隆寺の門前の茶店で休んで柿を食べていると、寺から鐘の音がひびいてきました。たぶん、柿を食べた甘さが口に広がり、逆にその甘さと、鐘の音があたりの静けさを際立たせたのでしょう。ふと、秋ののどかさのなかの寂しさを感じます。
来年秋からNHKで放送するスペシャルドラマ「坂の上の雲」の原作は、秋山兄弟や子規ら明治期の青春群像を通じて近代国家づくりに突き進んだ日本人の姿を描いた司馬遼太郎の作品です。この小説の中の「須磨の灯り」には、「大和路をあるき、法隆寺まできて茶店に憩うたとき、田園の夕にもやがただよっていかにも寂しげであった。柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺 という句は、このとき心にうかぶままを句帳にとどめたものである。」と書かれてあります。
「ちはやぶる神世も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは」
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  竜 田 川
この歌は、古今和歌集にある在原業平の作品で、百人一首にも選ばれています。斑鳩を流れる竜田川は、紅葉の美しさから、歌枕として古来より多くの和歌に詠まれています。伝説では崇神天皇が川に流れていた八葉の楓葉を五穀豊穣を祈願し、生駒の竜田神社に献上されたとされています。この業平の歌は、「遠い神代の昔には、いろいろなことがあったと聞きますが、竜田川が唐の国から輸入した鮮やかな紅色で水をくくり染めにするというようなことは聞いたことがありません。」きれいな紅葉が、竜田川の流れる水に浮かんでいる姿を、川が染めたと見立てています。
「嵐吹く三室の山のもみぢ葉は竜田の川の錦なりけり 」
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   三 室 山
「強い風が、三室山のもみじの葉を吹き散らしてしまって惜しいことをしたと思ったが、そのもみじの葉が、三室山の下を流れる竜田川に浮かんでいるのを見て、その姿は、美しい錦を織り成すために散ったのだということに納得するほど、とても美しい」
この歌は、後拾遺和歌集に収められた能因法師の作品で、同じく百人一首に収められています。もともとは、後冷泉天皇が開いた内裏歌合せの中で、藤原祐家の「散りまがふ 嵐の山のもみぢ葉は ふもとの里の秋にざりける」という歌と競って勝った歌です。
 標高82mの三室山の「みむろ」は「御室」「三室」と書き、神の鎮座する山や森を表します。飛鳥時代、聖徳太子が斑鳩宮造営にあたり、太子の出生地の飛鳥神名備の産土神を竜田に近い山に勧請されました。その山を神名備山とも、三諸山ともいったといいます。太子は宮の裏鬼門に神を祀られたといわれています。
斑鳩の里は、もうすっかり秋です。もみじも、その赤さの盛りを過ぎ、その赤さを残すために、大地や川面にその姿を映します。その上を、山から吹き降ろしてきた冷たい強い風が通り過ぎていきます。