すばる

枕草子の二三五段には、こう書かれています。
「星は 昂星(すばる)。牽牛(ひこぼし)。明星。長庚(ゆうづつ)。流星(よばい星)をだになからましかば、まして」
(星はすばる、ひこぼし、明けの明星、宵の明星が良い。流れ星も少し趣がある。尾を引かなければもっとよいのだけれど。)
昂星は「すばる」のことで、牽牛とは「彦星」(ひこぼし)です。明星は、「暁の明星」のことで、夜明けに東天に見える金星のことです。それに対して、夕暮れに西天に現れる金星の「宵の明星」は、夕方に見えるということで「ゆうづつ」といいましたが、これは見える時刻によって名前を変えたというよりも、同じ金星と思わず、違う星と思っていたのかもしれません。「よばい星」とは、流れ星のことをいいます。そもそも「よばい=婚ひ」は女性に求婚する意味ですが、流れていくさまが女性のところに通っていくように見えたのでしょうか。ただ、流れ星は尾を引きますが、清少納言は、「尾などないほうがもっといいわ」というのは、どうしてでしょうね。尾を引くからいいと思うのですが。
 どの星が「いとおかし」なのかは、清少納言の意見には賛同できないところが多いのですが、真っ先に挙げている「昴」は少しわかる気がします。この「昴」は、まさに今の季節を代表する星で、その光は昔から魅了してきたことでしょう。
この昴は、「プレアデス星団」といわれるように、生まれたばかりの青白い星が百個以上も集まり、星々を青白いガスが取り巻き、たいへん美しい姿に見えます。そのようにいくつもの星の集まりということで、「すばる」という和語は「統一されている」「ひきいられている」という意味で、一つの星の名前ではなく、星団をひとくくりとしての名前です。万葉集で「須売流玉(すまるのたま)」、日本紀竟宴和歌で「儒波窶玉(すばるのたま)」などといわれるように、玉飾を糸でひとくくりとしたものを「すまる・すばる」と呼びました。
 肉眼でも5?7個の星に分かれて見えることから、ギリシャ神話では、「プレアデス星団」の話の中でのプレアデスは、「オリオン」に追われて星になった7人姉妹だとされています。このため、「プレアデス星団」には、7人の姉妹と、父「アトラス」、母「プレイオネ」の名前が残っています。 プレイアデスは女神アルテミスに仕えていました。この「プレアデス星団」は、おうし座の背中に輝いています。また、同じくおうし座にあるヒアデス星団のヒアデスの7姉妹は、アトラスとアエトラの娘たちであり、プレイアデス姉妹とは異母姉妹の関係です。
 いよいよ、今日で今年も終わります。来年はどんな年になるのでしょうか。世の中は不況だと騒がれています。先行きが不安になることもあります。そんなときには、広い、雄大な空を眺めてみましょう。人間は、大きな夢を持てる生き物です。大きな空を眺めて、壮大な物語を語り、寒い夜でも、そこに瞬く星の美しさに感動してきました。
 来年は、世界天文年で、丑年です。夜空に輝くおうし座の背の「昴」を見つめていると、いくつかの星の集まりが美しい光を作っているというように、子どもたちがそれぞれの光を放ちながら、その集まりがより美しい光になるようにと願ってやみません。
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今日の月

天文

 「人に何かを教えることは出来ない。ただその人が自分自身で気が付くように助けることが出来るだけだ」
 この言葉を言ったのは、天文学の父といわれたイタリアの物理学者、天文学者、哲学者であるガリレオ・ガリレイです。彼は、17世紀にコペルニクスの地動説を支持し、バチカンから「異端」として宗教裁判にかけられて有罪となり、「それでも地球は回っている」といったことで知られています。ですから、どうしても科学者的なイメージがあるのですが、哲学者であるフランシス・ベーコンと共に科学的手法の開拓者としても知られています。
 ガリレオは、冒頭の言葉以外にも、含蓄のある言葉をいくつか残しています。
「何も学ぶべき者のない人に会ったことはない」
「学者はしきりに「それゆえ」という言葉を使うが、なんで「それゆえ」なのか、俗人にはさっぱりわからない。なんだか、偉そうな言葉でごまかしているようだ」
「君は、報告を信じるだけで、自分で確めないのか」
「見えないと始まらない。見ようとしないと始まらない」
 先日の21日、ローマ法王ベネディクト16世は、バチカンでの礼拝で、17世紀の天文学者ガリレオ・ガリレイの地動説について、「自然の法則は神の業に対する理解を促した」と述べ、同法王としては初めてガリレオの研究を公式に認めたようです。前法王ヨハネ・パウロ2世は1992年、教会側の非を認め、公式に謝罪したのですが、現法王は枢機卿時代に「ガリレオ裁判は正当だった」と発言したことで知られていました。それ画、今回正式にガリレオを認めた形になったのですが、同時に、礼拝で、「ガリレオの望遠鏡による初の天体観測から400年になる」とも述べ、研究をたたえました。
 ガリレオは望遠鏡を最も早くから取り入れた一人です。そして、木星の衛星を3つ発見、その後もう一つ見つけ、これらの衛星はガリレオ衛星と呼ばれています。また、月面にクレーターや山、そして黒い部分があり、これを海と名づけました。さらに、望遠鏡での観測で太陽黒点を観測した最初の西洋人でした。しかし、望遠鏡で太陽を直接見たために、晩年に失明してしまったと考えられています。
ローマ法王が言ったとおり、ガリレオ・ガリレイが望遠鏡で天体観測を始めてから、来年2009年で400周年となります。この節目の年を「世界天文年」とする決議が、国際連合総会で採択されています。そして、世界中の天文学者やアマチュア観測者、教育者などが連携し、一般の人々を巻き込んでさまざまなイベントが行われる予定だそうです。
これを機会に、世界中の人々がそれぞれに夜空を見上げ、宇宙の中での地球や人間という存在に思いを馳せつつ、自分なりの発見をしていこうと呼びかけてはどうかというアイデアが、国際天文学連合 (IAU)の中から生まれてきました。世界の中でも日本は、昔から月や星を絵画や歌は俳句で愛でてきた国であり、現在では世界をリードする天文学・宇宙科学の先進国となっています。また、来年には、日本付近で条件のよい皆既日食も起こります。
公式名称は「世界天文年2009(The International Year of Astronomy 2009)」で、略称は「IYA2009」です。公式スローガン(標語)は「The Universe, Yours to Discover」(宇宙…解き明かすのはあなた)です。
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 子どもたちは、本来自然への興味と科学への関心を持っています。ぜひ、その心を育てていきたいですね。

検索

 わからないことがあったら、昔だったらすぐ辞書をひきました。何かを詳しく知りたかったら百科辞典を見ました。どこか行きたいところがあったら地図帳を広げました。今日は何の食事にしようか迷ったら、料理の本を参考にしました。茶の間の本棚には、それらの本が並んでいました。しかし、今はそんなときは、どんなときでもパソコンを開きます。そして、「検索」機能を使います。
最近、他の人はどんな言葉を検索したか興味を持つことがあります。それは、「iGoogle」というgoogleが提供するwebサービスを見ることがあるからです。このサービスは、googleのシンプルなTOPページに最新のニュースや天気などを自由に追加することができるのです。追加できるコンテンツには、様々なものが用意されていますが、その一つに「google急上昇ワード」というものがあり、検索された言葉のベストテンが表示されています。その検索された言葉も「最新」「1日前」「過去1週間」「過去1ヶ月」とあります。最新の項目を見ていると、「世の中の人は、すぐにパソコンで調べるのだなあ」と感心します。テレビを見ていて、そこに出てくる地域や芸能人、キーワードなどがすぐに検索され、ベストテンに入ってきます。逆にある言葉が出てくると、「その言葉がどこかの番組に取り上げられたのだろうか」「何かのニュースに流れたのだろうか」と気になります。というわけで、「検索ワード」は、いまや時代を表しています。
しかし、同時によく検索される言葉は、検索サービスのサイトが多いようです。先週1週間で検索された言葉の上位6位までは、すべて検索サイトです。1位YouTube、2位mixi、3位Google、4位2ちゃんねる、5位楽天、6位Amazon、8位ニコニコ動画、10位goo、13位MSNなどです。7位の郵便番号、9位の年賀状、20位の郵便局は、年末の年賀状を書いている姿が思い浮かびます。12位JAL、14位ANAからは、年末帰省する姿がみえます。15位価格.com、16位ユニクロなどは不況から安いものを買おうとする姿が見えますし、18位ハローワークは、派遣切り、内定取り消しなどの姿が見えてきます。
 では、子どもはどんな言葉を検索するのでしょうか。やはり最近の「Yahoo!きっず」で1週間の中で検索された言葉を見てみます。
 1位ゲーム、2位火山、3位地震、4位きせかえゲームは、その前の週と同じ順位です。ゲーム類は、クリスマスプレゼントに関係するのでしょうが、火山とか地震はどうしてでしょうか。その理由はよくわかりませんが、子どもの場合は、どうしてその言葉を検索するかという理由では、学校の授業に関する場合が多いようです。この週の10位であった「米」について、このような理由が説明されています。
 「子どもがよく検索する言葉として「米」というキーワードがあります。なぜ「米」? と思われるでしょう。実は「米」という言葉は、2007年5?6月の月間第1位。「総合的な学習の時間」で年間テーマに「米」を選んだ小学校では、5?6月ごろにインターネットを使った調べ学習などを行ったうえで、田植えなどの体験学習に移行することが多いようです。」
ちなみに、他の順位の言葉は、5位戦争、6位アニメ、7位ドラマ、8位昔の道具、9位NHK、11位平和、12位盲導犬、13位原爆、14位地球温暖化、15位年賀状、16位祭り、17位ドラえもん、18位手話、19位ポケモン、20位点字でした。子どもの生活が少し見えてきます。

偏見

 アメリカで、黒人であるオバマ氏が大統領になると聞いて、違う国のものでもある感慨があります。とくに私の世代は、黒人差別問題が表面に出てきて、それをテーマにした映画の中に名作がたくさん生み出されました。
 その代表作ともいえる作家ハーパー・リーのピュリツァー賞受賞作を映画化した「アラバマ物語」を監督し、アカデミー賞監督賞候補にもなったロバート・マリガン氏が、今月20日、亡くなったことが報道されました。1962年に映画化された「アラバマ物語」は、人種差別が横行する米南部で社会正義を貫こうとする弁護士の姿をグレゴリー・ペック主演で描いた作品です。このグレゴリー・ペック氏は、この作品の10年ほど前に公開された「ローマの休日」でも有名です。彼は、「アラバマ物語」で、主演男優賞を受賞しています。
 不況のドン底だった1932年、アラバマ州メイコムという小さな町に2児の父親で、男やもめで正義感の強い弁護士アティカス・フィンチが住んでいました。彼は、身に覚えのない暴行事件で起訴された黒人トムの弁護を引き受けます。町の人々は黒人に偏見を持ち、黒人などを弁護したらただではすまぬと警告したり、冷たく当たります。アティカスは不正と偏見を嫌い、何よりも正義を重んじる男で、そんな町の人の反応にも脅しに動じない父親の姿を彼の子どもたちは尊敬し、その勇気ある行動を目の当たりにしながら大きく成長してゆきます。しかし、裁判の判決は、被告の無罪を必死に弁護したにもかかわらず、陪審員は有罪と決定します。アティカスには、控訴審で判決をくつがえす自信があったのですが、搬送されていく途中で有罪判決でショックになったトムが脱走してしまい、殺されてしまいます。なんともいえない結末でした。この映画を見たときに、アメリカで行われている陪審員制度に疑問を持ったものでした。もう一つ、偏見の恐ろしさをこの映画は描いています。それは、精神障害から親に家に閉じ込められて引きこもっている隣人に、子どもたちが襲われたときに助けられます。誰がいい人で、誰が悪いひとということに対して、外から見える偏見の恐ろしさも描いていました。
もう一つ、黒人差別と、戸惑いを描いた映画の名作に、1967年に製作された「招かれざる客」があります。
 新聞社を経営し、人種差別と戦ってきて人格者で通っていた父親もとに、娘がお互いの両親の許しを得るため婚約者を連れてきます。白人の娘の彼は、なんと黒人だったのです。彼は、世界的に著名な医師で立派な人格者でした。母親は驚きますが、娘の嬉々とした様子に、動揺は次第に喜びに変わっていきます。しかし、父親は、彼がいくらりっぱな人物であっても、納得できません。それは相手の両親も同じでした。白人と黒人の結婚はタブーであり、これからの二人の人生において、持ち上がるであろう様々な反感や、困難さや軋轢を親は心配するのです。黒人である彼が、反対する自分の父親に向かってこう言います。「古びた信念を唯一最良と頑強に押し通す、そんな世代が死に絶えるまで僕たちは重荷を背負うんだ。自由になれない。僕は黒人としてでなく、人間として生きたいんだ」
最後には、娘の父親は、若い2人のどんな困難にも立ち向かおうとする真剣さとその情熱に、かつての自分の青春を見、その尊さに気づき、2人の結婚を認め、こう言います。「これから多くの人たちの反感と嫌悪が君たちを待ち受ける。永久にそれを乗り越えていかねばならん。だが、互いの絆を強くし、決して負けるな!」

郷中3

江戸末期に薩摩で行われた「郷中教育」では、教える立場にある者も、常に真摯な態度で不断に修業にいそしんだとあります。さらに、指導する地位にあるものは、率先して修学の模範を示し、教育がより価値高き人間の形成を意味するものとするならば、それは終極なしの不断の努力であるべきで、子弟同行でなければならないと松本氏は書いています。
この「子弟同行」というのは、教師と生徒がともに教育の道を同行することです。しかし、それは、教師は教師の地位にいて、生徒は生徒の地位にいて、ただ同一事を協力するということではないといっています。「師は師弟とともにあるときは、もとより子弟を導いて共同行践し、師弟のより完全化への努力に助力するのは当然であるが、師はまた自己自身の立場においては、自励研磨、自らの向上、自らの形成の道を独歩行践し、模範的に教育に逞しく精進するものでなければならぬ。かかる深い意味での師弟同行の教育こそ、実に郷中教育の本来の面目であったのである。」
「学びあい」と称して、教師は何もせずに子どもだけで教えあうことをさせることがあります。それは、勘違いをしている部分があります。また、この学びあいには、いわゆる「他者支援力」という力が育っていることが必要になってきます。きちんと「学びあい」の意味を子どもの発達の上からも考えないといけないのです。
いま、「総合的学習」が見直されています。その総合的学習を進めることで基礎学力が低下したと見られているからです。しかし、「自ら課題を見つけ、自らその課題に取り組む姿勢」を目指した教育は、今後ますます重要になってくるはずです。それが失敗したのは、そのような学習、教育に取り組む前に、そのような姿勢を育てていくことが必要になってくるのです。就学前教育の中で、きちんと子どもをしつけなければ、きちんと挨拶ができ、きちんと座っている子を作るという課題が優先され、自分でものを考えたり、自分でやりたいことに取り組むことなく、言われたとおりに動き、言われたことだけをやるようなことをして学校に送り出しても、総合的学習は失敗するでしょう。
同じように、ただ、大人からの保護だけを受けて育ってきた子に、他の子を支援するような「学びあい」はうまく行きません。「学びあい」では、「他者の喜び」を「自分の喜び」として受け止めることが必要であり、そのために乳児期の「受容」、自己主張が始まったころの言葉の十分なキャッチボール、そして、幼児期での子ども集団での、特に異年齢児における集団体験がなければ「他者支援力」は育っていかないのです。
また、「学びあい」を異年齢児のあいだで行う場合は、子ども同士のあいだで、ほぼ発達の違いが見られるので、教える側と教わる側に役割が自然と行われるのですが、学校のクラス単位で行う場合は、多くは同年齢の中で行われることが多いので、まず、教える側に教師がなる場合が多いと思われます。そのときには、なにを学びあいさせるかということを考えないと、子どもたちは、形式だけ話し合いを持っても、大切な内容は伝わらなくなってしまいます。また、教師は、内容を伝えるだけでなく、教える側のモデルも示していかなければならないでしょう。
どんなよい教育システムであっても、形だけでは意味をなしませんし、乳幼児期からの子ども集団での育ちがきちんと行われなければ、逆効果になりかねません。乳幼児期は単に託児という考え方やプレスクールという考え方ではなく、人生のスタートとしてきちんと考える時代が来たような気がします。

郷中2

 薩摩藩における「郷中教育」は、今の時代の「学びあい」に通じるものがある反面、その違いに見習うべきところもあるような気がします。
 郷中教育では、青少年を「稚児(ちご)」と「二才(にせ)」に分けて、稚児は年齢によってさらに、6・7歳?10歳の小稚児(こちご)と11歳?14・15歳の長稚児(おせちご)に分けられ、稚児のリーダーとして稚児頭(ちごがしら)がいました。また、二才(15・16歳?24・25歳)のリーダーとして二才頭(にせがしら)がいて、二才と稚児の面倒をみていました。
ここで少し話は変わりますが、今で言う青年の頃を「二才」というのはどうしてでしょうか。この言葉で思い出すのは、「青二才」という言葉です。「青」は未熟の意味です。「赤」の「熟」に対立した言葉で、名詞の上に付けて未熟、幼少を示します。「青田」「青葉」などがあります。しかし、その語源は余りはっきりしていません。「二才」は、大言海には、その二に、「特に鱸、鯔などの2年子」とあり、その三に「若者を卑しめて罵る語、青二才、毛二才、小二才などともいう。乳臭児」とあります。この2番目の意味からが語源だという説が有力です。鯔(ぼら)という魚は、成長とともに名前が変わっていく、いわゆる「出世魚」です。その呼び名は、地域によって違うようですが、どこでも2年魚以上を「ボラ」といい、成長して一人前になったばかりの若魚のことです。ですから、「二才」だけでは、本当は嘲罵の意味は含まれていないのです。
「郷中教育の研究」(松本彦三郎 著)には、学びあいの様子をこう書いています。「同輩は相補い助け合い、一処においては先生であり、そして他処においては生徒であった。一方において教えられながら、他方において教えている。換言すれば学びつつ教え、教えつつ学び、学と教と一体の教育であったのである。」
この考え方は、教師にとっても必要なことです。また、育児をしている親にしても、子どもを教えている、育てているという大人が主体的な考え方だけでなく、子どもから教わり、育てられているという態度も必要なのです。そのことに関して、松本氏はこう書いています。
「郷中教育では、指導の立場にあるものは完全せる成人ではなく、未完成な青年であり、未成熟な少年でさえあった。この指導者は、単に先に生まれ出て僅かに1日の長者たるだけの人格で、換言すれば、僅かに「より完成せる人格」というだけで、その資格が認められていた。」
ここが、今の学校教育と違うところだといいます。「今日の学校教育においては、指導の任に当たる者は、特定の資格を完全に具備すると認められたる職業人で、いわば神のごとく完全なる人格でなければならぬことである。教育とはこの完全者が、未熟な不完全な人格者にある種の働きかけをなすものと考えられている。したがって学ぶこと、修習は、被教育者の側のみに強く要求せられ、教育者たる教師には、現在より以上の修行は必ずしも義務付けられていない。教師はいかなる場合にも教師であって、生徒たることがない。教育者と被教育者とは、ここにおいては、終始固定的概念と化しているのである。」
ここに、今の時代に学ぶべき点が見出せるかもしれません。

郷中

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 薩摩で行われた「郷中教育」は、もちろん今の時代にそのまま取り入れることはできません。というのは、教育とは、その時代に、その国にとって、必要な人材を育てる目的がありますので、時代が変わったり、風土が変わったりすると、また違ってきます。ですから、教育内容や保育内容を、今の時代にそのまま取り入れることは危険な場合もあります。しかし、人を育てるという根本的な考え方や、そのこうかてきなやり方には学ぶべきところも多くあります。特に、少子社会になった今、「郷中教育」には、学ぶ点がいくつかあるような気がします。しかし、以前紹介した日新公の「いろは歌」にあるように「いにしへの道を聞きても唱えても 我が行にせずばかひなし」です。
 「郷中教育の方法として「詮議」ということがある。思考の適正、判断の妥当を得るように練習するために用いられる問答法である。大は忠孝の大道に関する問題から、小は日常生活の一挙一動に至るまで起こり得るあらゆる場合を取り上げ、それに対処していかなる態度を執り、いかに行為すべきかに至るまで、予め考えてみることである。これはいわゆるソクラテスの対話法とも相通ずるものがあって、人生問題を具体的に考察する点においてきわめて適切であるといわねばならぬ。しかもこの詮議は単なる座上の水練や口頭禅に堕することなく、常に直ちに現実の行動に移し得るものであり、また移されねばならぬものとせられておるのである。」ということを「郷中教育の研究」の序を書いた友枝高彦氏が書いています。まさに、今の時代に必要であり、また、特に日本人の教育の欠けているといわれている「ディベート力」です。一方的に話すことに、黙って、じっと座って聞くという教育では育たない力です。
 郷中教育には、他にも特徴がありますが、その一つに「教師なき教育」といわれていることです。それについて、「郷中教育の研究」(松本彦三郎 著)では、こう書かれています。ただ、これが書かれたのは戦前なので、少し今と定義が違うかもしれませんが。
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 「今日普通の意義でいえば、教育とは、教師が生徒に対して何らかの意味で影響を与えるところの具体的活動を意味する。郷中教育にはこのような意味での教師はおらない。もちろん、稚児たちがその許にまかり出て四書や五経等を読み習った先輩学者はおった。けれども、その教育をもっぱらに担任してその指導の責を負うべき特定の人物―職業人としての教師はおらなかった。しかもそこで、実に偉大なる教育が行われたのである。」では、どうして学んだのでしょうか。
「あたかも親身の兄弟のごとく、先輩は後輩を懇ろに教え親切に導き、後輩は先輩を心から敬慕し信服した。すなわちこの教育では先に生まれたもの「先生」―真実の意義における「先生」が、後生を合い愛重し撫育したのである。復習座元においては、長稚児は小稚児に対して先生になり、長稚児相互の間ではお互いがお互いの先生となった。」
 いわゆる学びあいです。しかし、学びあいには注意が必要です。というのは、学校の授業のような同年齢の中でそれを行う場合です。この郷中教育の中でも同年齢での学びあいは、復習のときと限られているようです。新しいことを習うときには、当然、それをよく知っているものが教えなければならないからです。それが先に生まれたもの、すなわち、年上の子であったり、先生でなければならないのです。

異年齢の集団

最近、少子化が進み、子どもたちの異年齢交流の減少や地域との結びつきの低下が叫ばれるなかで、異年齢集団活動による青少年育成の試みが全国各地で行われています。しかし、異年齢集団を構成する意図が違う場合があり、それらを混同すると、個人を軽視して、集団を優先してしまうようなことも起きかねません。
昔は、地域の中で子どもたちは遊ぶとき、遊ぶ相手を選ぶときに、それぞれの年齢は余り意識しませんでした。一緒に色々な遊びをしました。しかし、当然、子ども個々に能力が違います。また、その中からリーダーらしき存在も現れます。「みんな一緒」で遊んではいたのですが、「みんな同じ」ではなかったのです。それどころか、その子の年齢によって、ルールややり方は変えてあげていました。このやり方にはポイントがあります。まず、正確に言うと、その子の年齢によって変えてあげるのではなく、その子の能力によって、変えてあげているのです。ですから、この集団は、異年齢児集団ではなく、さまざまな能力や特技などの個人差を尊重し、それをお互いに補正しながら一緒に同じ遊びをするのです。もう一つのポイントは、そのルール改正には、大人の手配は介入しません。あくまでも、子ども同士の取り決めの中で行われます。ですから、大人の考える「能力別」や「習熟度別」ではないのです。そして、その子によってやり方を変えるのは、「差別」ではなく、個人差があっても、それに配慮してあげて一緒に遊ぼうという「思いやり」の心から出たものです。
異年齢児集団を構成する意図がもう一つあります。これも、正確に言うと年齢の違いに配慮するのではなく、その子の能力の違いを活用するという考え方です。ですから、同じ年齢に同士のあいだでも行われます。この場合は、大人が意図する場合も含みますので、学校教育の場面とか、設定保育といわれるような大人が意図的に計画するような保育の仲でも行われることがあります。それは、先生から子どもに知識や知恵を伝えるのではなく、子どもから子どもへ伝えるというやり方です。最近、学校教育の中で、「学びあい」という教育方法を取り入れる学校が増えてきたようです。また、習熟度別にクラス分けをするのではなく、同じクラスの中で、わかった子がわからない子に教えるというやり方で、「教わる」よりも「教えること」のほうが学びが大きいという考え方です。
 鹿児島の甲突川東岸ぞいの今の加治屋町あたりは、40?80戸ほどの比較的小さな面積で区切られた方限(ほうぎり)の一つで、下級武士が多く住んでいました。しかし、このせまい方限から、西郷隆盛をはじめとして、大久保利通、吉井友実、伊地知正治、篠原国実、村田新八、西郷従道、大山巌、東郷平八郎、山本権兵衛、などたくさんの偉人が出ています。
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  西郷隆盛と大久保利通の生誕の地
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  大山巌と東郷平八郎の生誕の地
なぜでしょうか。その地域には立派な教師がいたからでしょうか。そうではありません。そこでは、以前のブログで何回か紹介した薩摩藩の伝統的な縦割り教育の一つであった「郷中教育」が行われていたのです。
 郷中教育とは、青少年を「稚児(ちご)」と「二才(にせ)」に分けて、勉学・武芸・山坂達者(今でいう体育・スポーツ)を通じて、先輩が後輩を指導することによって強い武士をつくろうとする組織でした。いわゆる、異年齢による「学びあい」を行っていたのです。
 今回、NHK大河ドラマつながりで訪れた鹿児島では、この郷中教育を少し調べてみました。

トライアル

 最近は、映画にしてもテレビ番組にしても書籍にしても商品にしても、人口の多くを占める団塊の世代を対象にした物が多く、その年代である私は懐かしく思うものがたくさんあります。このほど出版された書物で、特に私の子どものころに懐かしいのではなく、私が少しのあいだ小学校で教えていたときに、その教え子のあいだではやっていたものを取り上げたものが出版されました。
 それは、「スーパーカー誕生」(著者:沢村 慎太朗)です。沢村さんによると、現在は、一般車の場合、「技術的臨界点」は既に超えているといいます。「この値段、用途で、この客層ならこんなもの。設計の筋道は20年前に出来上がり、今や車は会議でつくられる」のですが、スーパーカーの時代は、「スーパーカーの歴史はトライアルの歴史なんです」といわれます。沢村さんは、この本を書くのに、イタリアに取材に行きます。それは、その頃の車を目の前にすると、試行錯誤の様子が浮かび上がり、「『どうしてそうなったのか』『どういう理由でそこに至ったのか』(中略)を猛然と知りたくなった。それを知るには、事件が起きた現場に行かなければならない」という動機からです。余りに機械化が進み、いろいろなことが当然のごとく生み出されていく中、「トライアル」をもう一度見直すことが必要なのかもしれません。
 スーパーカーといえば、江崎グリコの「アーモンドプレミオ」「バンホーテン ディアカカオ」のCMに登場しました。サザエさん一家の子どもたちが25年後に法事で再会するという設定でした。その法事に、小栗旬が演じるイクラちゃんがスーパーカーで磯野家を訪れます。
 また、夏に公開されたタツノコアニメの名作「マッハGoGoGo」をワーナーが実写化した映画「スピード・レーサー」の主役は、レーサー家の次男スピード君の父の作ったスーパーカー「マッハ号」です。その車を天才的なテクニックで操り、陰謀が潜むグランプリに挑戦するという内容です。私は、この映画は見ていませんし、もとのアニメもあまり印象にはありません。ただ、007なみに、砂漠も岩山も氷のトンネルも断崖も、超スパイクタイヤで駆け上り、ハンドルについたAやBやCのボタンを押すとジャンプしたり、回転ノコギリが出てきたりしたことだけはなんとなく覚えています。
 そのアニメではなく、池沢さとしの漫画「サーキットの狼」などの影響で、日本では、1974年から1978年にかけて、スーパーカーの爆発的なブームが起きました。コカ・コーラ、ファンタ等の清涼飲料水の王冠に車が描かれていたり、カード型の書籍が発売されたり、スーパーカー消しゴムと呼ばれる塩化ビニール製のミニチュアが売られたりしました。私が勤務していた小学校の近くを高速道路が走っていたので、その頃担任をしていた1年生をつれて高速道路にかかる橋の上から、下を通るスーパーカーを見に行きました。授業中に連れて行ったので、今考えると「ゆとり」があったのですね。
当時、圧倒的に人気のあったのが、マルチェロ・ガンディーニによる近未来的なウェッジシェイプを体現したデザインの「ランボルギーニ・カウンタック」でした。その全体の姿だけでなく、上に上がるドアの開け方も驚きでした。車名に用いられているCountachは、「クゥンタッチ(クンタッチ)」が原語にもっとも近いとされる発音で、ピエモンテ州の方言で、クンタッシッという「驚き」を表す感動詞です。
 そのほか、色々なスーパーカーの車種名を子どもたちは覚えましたが、それは、「トライアル」が重視された時代の産物だったのです。

支援事業

最近、巷でちょっとした話題になっているのが「小中学校への携帯電話の持ち込みの原則禁止」です。この素案は、来月、麻生首相に提出する予定だそうです。少し前に、大阪府の橋下徹知事が、政令市を除く府内の公立小中高校で携帯電話の持ち込みや校内での使用を禁じる方針を示して波紋を呼びました。
 素案では、子どもの携帯電話利用の弊害に関し、「わいせつ情報や暴力、いじめを誘発する有害情報が悪影響を与える」と指摘しており、保護者が「家庭内ルール」を作ることや、小中学校が「持ち込みの原則禁止」を打ち出すなど、利用方針の明確化が必要だとしています。しかし、家庭との緊急連絡などのために必要ではないかという主張に対しては、「通話先限定や、GPS(全地球測位システム)機能のみの携帯電話や、これらの機能に緊急連絡用のメール機能を付加した携帯電話は有効」としています。
 新しい技術が悪用されるようになると、そのものが定着してきたということでしょうが、携帯電話の技術の発展には、素晴らしいものがあります。アメリカで人気の高いアイフォンが日本でも売り出されたのですが、発売当時の話題に比べて意外と売り上げが伸びないのは、日本の携帯電話の技術が優れていて、よく知るとそれほどのものではなく、かえって使いにくいということもあるようです。アメリカでは、普通の携帯電話が日本ほど誰でも便利にいろいろな機能を使っているわけでもないので話題になったのです。
 日本では、昔から科学技術が進んでいる国というイメージがありましたが、最近の子どもたちの理数離れで、それも危うくなったことで、数日前のブログで書いたような理数強化が取り組まれているのです。それは、小中学校の補助教員をつけることをはじめとして、文部科学省では、科学技術・学術関係人材の養成・確保のため、初等中等教育段階から、大学学部、大学院、社会人に至るまで、連続性を持った取組を総合的に推進しています。
 その一つとして、「理数学生応援プロジェクト」というものがあります。これは、理系学部等において、理数分野に関する優れた意欲・能力を有する学生をさらに伸ばすための入試方法・教育プログラムの開発・実践や工夫した取組を行う事業を、国からの委託により、昨年度から実施しているものです。この「科学技術関係人材を養成するための取組み」はわかるのですが、その中で私が「へえ??」と思った取り組みが二つありました。
その一つが「女子中高生の理系進路選択支援事業」というものです。一昨年から取り組まれている事業ですが、「何で女子だけなの?」と思いました。その趣旨として、「女子中高生の科学技術分野に対する興味・関心を喚起し、理系への進路選択を支援する」とあります。同じような趣旨として、やはり一昨年度から取り組まれている事業に「女性研究者支援モデル育成」というものがあります。この趣旨は、「大学や公的研究機関を対象として、女性研究者が研究と出産・育児等を両立し、研究活動を継続するための支援を行う仕組みを構築する際の模範となる優れた取組を支援する」とされています。
ともに女性対象ということで、出産・育児との両立支援ということはわかるのですが、女子中高生への支援はどうしてでしょうね。この世界で、女子は差別を受けているのでしょうか?それとも、積極的に女性の知恵を活用しようとするものなのでしょうか?
ぜひ、「男性保育者支援事業」の取り組みをして欲しいと思います。