地域性

 星の話が続いているので、ちょっと違う話題で一服。
人には、星の話が好きな人と、余り興味がない人がいます。いろいろな人と会うと、「ブログを読んでいます!」といわれることが多くなったのですが、どんな話題のときに読んでいるかというとそれぞれ違うようです。自然について書かれているとき、教育について書かれているとき、子どもについて書かれているとき、そして、星について書かれているときなど様々です。幸い、私はなんにでも興味があり、また、何でも見たり、調べたりすることが好きですので、新聞や雑誌に掲載されている記事を読むと、そのことについて考えることが多く、そこからの連想が湧いてきます。
人には、趣味が違うように、付き合うときにも相性というのがあるようです。どうもうまく行かないようなときには、とかく相手の性格や態度を責めてしまったりすることがありますが、実は、ただの性格や特性の違いであることが多く、どちらが悪いわけではないのです。その性格をよく取れば、相手がよく見えてくることがあります。今、職場ではそんなときに「個性心理学」と呼ばれている「動物占い」を見ることがあります。この心理の解説の特徴は、その性格を前向きに捉え、よく書いてある点です。物事には、裏表あります。同じ性格でも捉え方で長所になることが多いのです。
今週号の「PRESIDENT」には、面白い特集がいくつも組まれています。その中で、「県民性の法則で人付き合いの達人になる」というのがあります。相手の性格を見抜く手がかりの一つに、「出身地」の情報があるというのです。ただ、ここでいう出身地というのは、基本的に物心がつく思春期を過ごしていた地域をいいます。あちこち転勤して歩いている人は、一番記憶に残る地域を指します。その記事の中のよく言われる言葉が挙げられています。
「京都は過去に生き、東京は現代に生き、大阪は今日の夕方まで生きる」
「車の業界では、“新車は群馬で売れ”といわれてきた」
「山に囲まれた盆地の人は、おしなべて勤勉で几帳面」
「“俺も富山だ”“私も富山です”と最後まで残ったのは全員富山出身者だった」
「大阪弁をしゃべる必要はない。自分や身内の失敗談を惜しみなく話すこと」
などです。
たとえば、「戦略の関東、戦術の関西」とよく言われますが、戦略とは、どうすればライバルに勝つかを考えることで、戦術とは、そのために行動することです。この記事によると、東京の企業は頭を使って考えるのですが、関西の企業は「ごちゃごちゃいわんと働け」というように、とにかく走り回っていなければならないといいます。しかし、同じ関西といってもずいぶん違うようです。京都は都としての歴史の長さから、伝統を大切にする地域であり、神戸は港町のため長期的な視野を持っていますが、大阪は商人の街のため、目先志向の地域だといっています。
確かに、「地域は人を作り、人が地域を作る」と私は思います。それは、いつも感じることですが、文化であり、風土です。世界の保育、教育は、その地域から生まれたものを持っています。

地域性” への4件のコメント

  1. 人と付き合うとき、なかなか相手の性格をよく取ることができません。またやってしまったということが本当に多いです。何かヒントがありそうなら飛びつかないと気がすみません。動物占いからみえてくるものを学んでみようと思っています。保育・教育の地域性ということですが、わが県の特色は何か考えてもすぐには浮かんできません。このことはこれからの課題として、意識して考えてみることにしようと思います。

  2.  大学時代にはさまざまな地域から来た友人や先輩がたくさんいました。多かったと言っても東北が多かったのですが。ですが地域性を考えると方言以外はとくに特徴がなかったような気がします。ですが、たまたま先輩で関西は和歌山の人がいましたが、その人は明らかに商売上手というかお金関係になると、やたら頭の回転が速くなっていました。さすがに地域性というかその時は「さすが関西出身だな」と感じました。「地域は人を作り、人が地域を作る」という言葉は、まさにその通りかもしれません。私は運がよく都会に住んでいたので、色々な地域の人と触れ合うことができたので、そう感じる取る事ができたのかもしれません。だからと言って都会に出ることが一番良いというわけではありませんが、自分の視野を広く持つことは色々な意味で大事なことだと思います。それは日本だけでなく世界に視野を広げることも同様だと思いました。

  3. 私が生まれ育った県の「県民性」は一体どんなものでしょう。県の面積が四国ほどあると同じ県民でありながらどうしてもギャップを感じてしまいます。しかも東京神奈川暮らしが長いと自分の中の「県民性」は一体全体どうなっているのだろうか、と考え込んでしまいます。考え込んだ先にわかるのはどうやらネアカではないところかな、ということです。もっと積極的に言えば、ネクラなところでしょうか。最近はテレビ番組などでも「県民性」が話題にされます。おもしろい現象です。こうして各都道府県別云々に関心を向けるとどうしても知りたくなるのが明治維新以前の国や藩のことです。私たちはいとも簡単に陸中国から武蔵野国に移動しますが、当時は文字通り「外国」に行く心境だったのでしょう。

  4. 「教育」というものを考えた時、いくら良いからといって別の方法をそのまま実行に移してもうまく機能しないというのは、もしかすると、国民性・県民性というものが関連しているのかもしれませんね。その地域の特色を活用した教育でなくてはいけないようですね。それは、人間関係であっても同様で、その人の特徴や性格などを理解しなくては、その人と良い関係性は築くことはできません。まずは、相手をよく理解するということが基本であるのですね。

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