冬の星座占い2

冬の夜空の王座を占めているのは、なんと言ってもオリオン座でしょう。それは、大きく、明るい星が多いからです。特に、1等星以上の星が二つもあります。右肩のところで赤く光っているのはペテルギウス、左の膝のところで青白く光っているのはリゲルという星です。このベテルギウスを頂点として、星の中で最も明るい大犬座の中のシリウスと、子犬座のプロキオンを結んだ線が「冬の第三角形」といいます。また、ペテルギウスを中心に、ぎょしゃ座のカペラ、おうし座のアルデバラン、ふたご座のポルックス、オリオン座のリゲル、こいぬ座のプロキオン、おおいぬ座のシリウスの1等星を結んだ線が「冬の大六角形」と呼びます。
 この、冬の大六角形のうちの二つの星が、星座占いに使われる星座、牡牛座(4/21-5/21)、双子座(5/22-6/21)に含まれています。
スパルタ王テュンダレオスの王妃レダは、水浴びをしていた時に、白鳥(白鳥座)に化けて近づいたゼウスに犯されます。そして彼女は2個の卵を生みます。各々の卵が双子で4人の子供が生まれます。ポリュデウケス(ポルックス)は馬術の達人、カストルは拳闘の名手となり、共に金毛の羊(おひつじ座 )を奪いに行くアルゴー船の冒険に参加して手柄を立てました。後の姉妹がトロイ戦争の原因となるヘレネ、そして、トロイ戦争のギリシャ方の総大将アガメムノンの妻となるクリュタイムネストラです。ポルックスとヘレネはゼウスの神性を受け継ぎ不死身でしたが,カストルとクリュタイムネストラは死すべき運命の人間レダの子として生まれました。
カストルとポルックスはとても仲のよい兄弟でした。しかし、従兄弟のイダスとリュンケウス兄弟と闘った際に、カストルが射殺され,悲しみに暮れたポルックスは父親であるゼウスに自分の不死身をカストルと分かち合い,一年の半分を天上で半分を冥界で過ごさせてくれるよう頼んだのです。こうして二人はふたご座という星座になりましたが、一年のあるいは一日の半分のあいだ地平線上に姿を見せ,半分は地平線下に沈んでいるのです。
 どうも私がなじめないのは、神話の中の大神ゼウスが、すぐに浮気したり、不倫好みなのと、その妻のヘラは嫉妬深く、すぐにゼウスの相手を動物に変えてしまうことです。
 オリンポス山の頂きから下界を見下ろしていたゼウスは、野原で花を摘んでいた美しいフェニキアの王女エウローペに一目惚れしてしまいます。春のある日、侍女たちと野原に出かけたエウローペを見ていたゼウスは、純白の牡牛に変身して、エウローペに近づきました。エウローペは突然現れた牡牛に驚いたものの、穏やかな物腰と優しい眼差しに、すっかり心を許してしまいました。そして、美しい牡牛に興味を覚えたエウローペは、そっと乗ってみました。すると、牡牛はエウローペを乗せたまま海辺まで来たところで急に走り出し、海を渡り始めました。エウローペは降りる事もできず、悲鳴を上げながらもしがみついて遠ざかる陸地を見ていることしかできませんでした。やがて牡牛はクレタ島にたどり着き、ゼウスは想いをとげました。神々しかいなかったクレタ島に、初めて足を踏み入れた人間がエウローペだったという事で、そこは現在ではヨーロッパという名前の大陸になったとも言われています。そして、この時ゼウスの変身した牡牛の姿が星となり、牡牛座になったといわれています。
 星座占いの中で、少なくとも自分の星座の由来くらいは知っておいたほうがいいかもしれません。

冬の星座占い

 ここのところ急に各地から雪の便りが聞かれます。ということは、冬型気圧配置になったということですので、東京は、快晴の日が続いています。私は、余り冬は好きではありませんが、星空については、冬がいいですね。空が晴れているからだけでなく、冬の大三角形や大六角形に代表されるような明るく光る星が多く見られます。
 もう一つ、星座占いに登場する星が多くみられるのも冬の星座の特徴かもしれません。この占いは、もう一般的に広がっているので、自分の星座が何かを知っている人がほとんどでしょうが、その人の誕生した日に太陽が十二宮のどの宮に位置したかにより、その人物の性格や相性、運命などを占うものです。その占いは、古代バビロニアで生まれた占星術が、紀元前三世紀頃にギリシャに伝わり、個人の運勢を占うホロスコープ占星術に発展していきました。バビロニア帝国の中で、カルディア人が担っていたこの占星技術は、国家の運命や毎年の収穫などの重要事柄を占うために使われ、天文観測・医学・薬学・数学・建築学などに関係する神聖科学なのです。
 私は、「牡羊座」(3/21-4 /20)ですが、この星座は冬の明るい星に消されて、少しじみな星座です。また、その星座にまつわる神話はとても劇的ですが、余り知られていません。他の星座の神話に結びついて、重要な役目を果たします。
 テッサリアのアタマス王の后ネフェレーは、残してきた王子プリクソスと妹のヘレーが、その後に来た継母のイーノに子どもができたため、殺されそうになるのを心配して、大神ゼウスに助けを求めます。そこで、ゼウスは息子であるヘルメスに命じて金色に輝く毛皮を持った、羽の生えた雄羊を兄妹のもとに遣わしました。兄妹が背にのると雄羊は天空へ舞い上がり、コーカサスの山に近いコルキスの国を目指して飛び続けました。雄羊の飛翔のあまりの速さにヘレーは目がくらみ、ヨーロッパとアジアの境にある海峡に転落して死んでしまいます。これが、ヘレスポント(ヘレーの海)のなの起こりだといわれています。しかし、兄のプリクソスはコルキスに無事運ばれ、国王の手厚い保護をうけました。コルキスに着いた雄羊は、生け贄としてゼウスに捧げられました。その金色の毛皮は神殿に飾られ、眠ることのない一頭の竜に守護されることになりました。この雄羊が空にあげられた姿がおひつじ座です。
 この羊の毛皮は、不思議な運命をたどります。ギリシャ神話にケンタウロス族と言う上半身が人で、下半身が馬である馬人が出てきます。特に、その一族の中のケイローンは、音楽の神アポローンと月の女神アルテミスから、音楽・医術・予言・狩りなどを授けられます。そして、ヘルクレスに武術、アスクレピオスに医術、カストールに馬術など、ギリシャの若者を教育しました。そのなかにヤーソンがいました。彼は、後にペーリアスの命令で、この金毛の羊を取り戻すため、ギリシャから50人の勇士を率いて、コルキスに向かったのが、アルゴー船遠征隊でした。そしてヤーソンは、魔女メーデアの助けで羊皮を手に入れます。このケイローンがやはり星座占いにある「射手座」(11/23-12/21)です。そして、アルゴー船はアルゴー座になります。また、医術を習ったアスクレピオスは「へびつかい座」、武術を習ったヘルクレスは「ヘルクレス座」、馬術を習ったカストールは「ふたご座」(5/22-6/21)になります。
この双子も、数々の活躍をします。本当にギリシャ神話はワクワクしますね。明日は、これらの話をします。

木箱

 今週の読売新聞の日曜版に青森県の弘前市が特集されていました。その中で、生活に溶け込んでいる「りんご文化」について書かれている部分があります。
 マツの木で作る「リンゴ箱」は、プラスチック製品が普及した現代でも、農業の必需品だそうです。この箱は、「乱暴に扱っても壊れないし、何しろ1箱300円前後で安いから。プラスチックのコンテナは、1000円くらいするからね。」と青森資材の社長さんは言っています。また、箱だけではなく、ヒバやヒノキを使った脚立も、農家には欠かせないそうです。「金属の脚立だと、肌触りが冷たくて使いにくいからね。高齢化にあわせて、木材を細くして軽量化するなど、今でも工夫していますよ。」と言うのは、建具店の人です。そのほかにも、ネマガリダケで作るリンゴかごなど、先日のブログで紹介した秋田杉を使った商品に限らず、この土地独自の文化から生まれた生活の知恵は、今でも進化しているようです。
 先日、いただいたリンゴは、ダンボールに入っていましたが、昔は、リンゴやみかんは、木箱に、おがくずや籾殻を、お互いがぶつからないようなクッション代わりにしたりもして送られてきました。八百屋さんの裏のほうには、それに入れられて運ばれてきたであろう木箱が積まれていました。
また、リンゴ箱やみかん箱の大きさは、逆さにするとちょうど机に良い大きさになるので、「三畳一間にみかん箱一つ」というように、学生の生活ぶりを表現したりしました。みかん箱は、そのように苦行振りを表すのには良いようで、むかし、ソフトバンクグループ創業者の孫正義は、自分が設立したユニソン・ワールドという会社で、アルバイト2人の前でみかん箱の上に乗って演説をしたことが知られていますし、民主党の小沢一郎代表が地方遊説の際にみかん箱の上に乗って演説をして回ったことが話題になりました。最近では、レトロブームで、インテリアとしても使われるようで、ネット販売で多く取引されています。
りんご箱は、基本的に、長い辺を「ガワ」といいますが、62cmあり、短かい辺のことは「ツマ」といい31cmあり、高さは31cmの木箱です。材料は、先に紹介した弘前のマツは、木が硬く、長持ちをするので高級品とされています。普通は、昔からブナやスギが一般的に使われていました。しかし、最近ではブナが稀少になったことからマツが主流となり、スギは価格を安く抑えたいときに使われるようです。リンゴは木の箱に入れると「色があがる」といわれていますが、特に脂分を多く含む松材がその効果は一番あるようです。また、柱などに木を使う場合とおなじように、その木の乾燥具合も影響します。「乾燥板」と呼ばれる板を使うと、箱にした後の狂いが少なく、隙間のない上質のものを作ることができますが、コストが高くなるため、余り乾燥させていない「生板」で製作し、それを乾燥させるのが主流だそうです。このように、材質や乾燥の具合によって値段は違います。
 「箱打ち名人」と呼ばれている人は、いまでも一日150個の箱を作り続けているそうですが、「機械打ちの箱に比べて、やっぱり手打ちの頑丈さにはかなわない」といいます。最後は、やはり人間の技ですね。

○○ご飯

今日の給食は、少し旬の時期が過ぎてしまっていますが、「栗ご飯」でした。ちょうどひと月前くらいにNHKテレビの「ためしてガッテン!」という番組で、栗を取り上げていました。その番組の冒頭で、出演者に対して栗についての問題を出します。
1問目は、「マロングラッセの影響で、ヨーロッパの女性の間に流行したおしゃれは?」という問題です。マロングラッセというのは、栗をバニラで香りをつけて砂糖漬けにしたお菓子ですが、ブランデーやラム酒を加えることもあり、高級なお菓子というイメージがあります。そのマロングラッセのマロンとは、栗のことですが、実は、トチノキ科の「マロニエ」の実の事をさすので、マロンなのです。ですから、マロングラッセはマロニエの実を砂糖漬けにしたものでしたが、栗を代用するようになって、栗のことをマロンというようになったのです。
ところで、これに影響されて流行したのは「マニキュア」です。クリの渋皮には、タンニンという物質が含まれていて、空気に触れると黒く染まる性質があります。女性たちがマロングラッセを作るとき、爪で皮をむくと、このタンニンで黒く汚れてしまいます。これを隠すために、マニキュアが大流行したそうです。
第2問は、「日本で栗ブームをおこした、歴史上の人物は?」の答えは、武田信玄です。栗を乾燥させた保存食に「かち栗」というものがありました。信玄はこれに「勝ち」という字をあてて、げんをかつぎ、戦いの前に食べるようにしたところ、戦に次々勝利しました。その影響で、他の武将も、こぞって栗を食べるようになったといわれています。
 第3問は、「栗に含まれるビタミンCは、どの果物と同じくらいある?」という問いです。栗100グラムに含まれるビタミンCの量は、グレープフルーツの36ミリグラムとほぼ同じ33ミリグラムです。驚きですね。ビタミンCというと、すっぱいものというイメージがありますが、実はグレープフルーツ並みにビタミンCが含まれているのです。また、食物繊維が多いというとサツマイモを思い浮かべますが、それ以上に栗には含まれていますし、バナナ以上のカリウムを含んでいます。
 一昨日の土曜日には「むかごご飯」をいただきました。「むかご」とは、「ぬかご」とも言いますが、漢字では「零余子」と書きますが、葉の付け根に生じる小指の頭ほどの球芽のことです。そのむかごが地面に落ちると、やがてそこから根が出て、新しい苗になります。ですから、むかごには養分が蓄えられています。その中で、食用にするのは、山芋の葉の付け根にできるむかごです。このむかごを炊く前のご飯にそのまま入れて炊けば、「むかごご飯」になります。小さな粒の一つ一つに山芋の香りとコクが凝縮されています。このむかごご飯は、秋の味覚です。関東では、11月頃の晩秋にできます。貯蔵できるのは一ヶ月ぐらいで、その後は中の水分が減って皮にしわが寄ってくるので見分けがつきます。ですから、むかごご飯は、秋の季語です。むかご自体も、噛んで外側の皮をプスッと破ると、トロッとして、かつ上品なコクのある中身が出てきます。そのほかにも、塩茹でをしたり、煎ったり、味噌汁の具にしたりして食べます。
 味覚の秋ですね。

世界の教育改革2

世界では、その国の事情によって様々な教育改革を行っています。それは、その国が当面問題になっている課題に対しての取り組みと、世界共通の子どもにおける課題に対しての取り組みがあります。300万人もの未就学児童を抱えるタンザニアでの課題は、すべての子どもに基礎教育の機会を保障するというものです。そのために、COBETという補完的基礎教育と呼ばれるプログラムに取り組み始めています。このCOBETの特徴は、従来の正規の教育では不十分だった部分を補い、子どもたちが通いやすい柔軟な教育の仕組みで、学校外教育の場であり、主役は地域社会です。COBETのカリキュラムや時間割、設置場所などの決定に住民が参画しています。COBET は正規の学校より「授業時間が短く」、「体罰をしないこと」、「無料であること」、「子どもにやさしい参加型の学習手法を取ること」を原則としています。学習内容は主に5点を重視し、自立のために必要な力を得られるように考えられています。その5点とは、「コミュニケーション(スワヒリ語と英語)」「算数(数学)」「一般知識」「職業上の技術」「生活に必要な能力など資質の向上」です。子どもたちは8?13歳と14?18歳の年齢ごとのグループにわけられています。COBET で3年間の教育を終えた低年齢組の子どもたちは正規の学校に編入できます。また、14?18歳の子どもたちには職業訓練や中等教育を続ける道が残されています。ここに通ってくる子どもたちは、長い間教育から離れていて、盗みなどの悪癖があったり、麻薬をやっていたり、また、貧しい家庭の子どもや、親のいない子どももいます。しかし、COBET に通うのに費用はかからず、制服もありません。そして、ここを出た後も、子どもが自分の力で生きていけるだけの能力を身に付けられるようにすることが大切です。指導員として働いている一人は、「正規の小学校で教員をやっていた頃は、教育システムから外れた子どもたちをどう扱えばよいのかわかりませんでした。ここでは、子どもたちをうまく学習に参加させながら教える手法を身につけることができました。」と言っています。また、地域社会がCOBET に参画していることが、子どもたちの学びやすい環境をつくることに大きく貢献しています。子どもに教育を受けさせることの効果も直接わかるので、住民は教育の重要性について認識するようにもなります。
 また、マケドニアでは、「障害のある子どもを普通教育に包含するためのプロジェクト」が実施されています。知識レベルによって子どもたちを小ユニットにわけ、子どもたちはユニットごとに与えられる課題に取り組みます。個々に適した課題について最大限の成果をあげられるようにするのです。重要なことは、誰も学習の中で孤立しないことです。早く課題が終わった子どもは、友達の学習を手伝います。教師の役割は、子どもたちがみな平等であると感じられる雰囲気をつくることです。こうした学習手法は非常に個別化されたものですが、障害のある子ども、特に中、重度の障害のある子どもたちを受け入れるには適しています。最初の頃は、保護者から「なぜうちの子どもがその子の隣に座らなくてはならないのか?」「授業の邪魔なのでは?」という声があがったり、保護者会で子どもの障害について説明するよう求められたりしたそうです。しかし、教師たちは、子どもはみなそれぞれ問題があるものですから、といって説明しませんでした。その後、クラスは完璧に機能し、障害のある子どもはもっとも愛される存在となっているそうです。親は、自分の子どもが障害のある子どもを受け入れているということを認識すると、自分たちも同じように助け合おうとするものだと言っています。このプロジェクトは、障害のある子どもたちの存在を生活の一部分とし、互いに人間関係を築くことを可能にしています。
 私たちも、学ぶべきことがたくさんありますね。

世界の教育改革

今年の3月、日本では「学習指導要領」「幼稚園教育要領」「保育所保育指針」が告示化され、新しい時代の保育、教育を目指そうとしています。今回の日本における改定はどのような意味を持つでしょうか。OECDが行ったPISAの学力調査結果によって、いわゆる先進国といわれている国々は様々な教育改革を行っています。では、そのほかの国々はどうでしょうか。ちょっと古いデータ(2001年ユニセフ)ですが、余り見る機会が無いので、とても面白く読みました。
 まず、バングラデシュの学習法です。この国の課題は、初等教育の就学率に加え、中途退学です。少なくとも小学校の5年間は子どもが自分から学校を離れていくことがないような学校づくりが求められています。そのために、どうしたら楽しくかつ十分に基礎教科が学習できるかということで、「M I理論」に基づいた多角的教授・学習法【Multiple Ways of Teaching and Learning:M W T L】と呼ばれるアプローチが試みられています。MI理論とは、「人間は、ものごとの認知や学習を通じて少なくとも7つの知能がはたらく」とするガードナー博士(ハーバード大学)の説です。7つの知能とは、「言語」「論理・数学」「視覚・空間」「音楽・リズム」「身体・運動」「対人関係」「自己内省」です。
「教師が話しつづけ、おうむのように繰り返させるだけの授業では、すぐにあきてしまいます。今は、歌う、踊る、演技するなどの活動を取り入れながら教えています。子どもたちはすぐに集中し、学習の手応えも感じられます。」と実践した教師は語っています。そして、この新しい授業をはじめてから、出席率が次第に上がってきて、子どもたち自身が「学校に行こう」と熱心になっているといいます。読み書きのできない環境からやってくる子どもたちは学校に対して何の準備もありません。従来の教科学習を突然はじめられたら、まったくついてこれなくなってしまいます。それを、参加型活動をベースにした授業をおこなうことによって、子どもたちが自分で何かを思いついたり、興味を持ったりすると、学習が早くなるのです。ある教師は、「私たちは、いかにおもしろく、これまでと違った授業ができるかを考えなければなりません」と話しています。ただでさえ学校をやめざるを得ない状況が子どもたちを取り囲んでいる中、せめて学校を子どもにやさしい、子どもが本当に学べる空間にするための取り組みが広まっています。
 この国のように、学校が面白くないと思っている子どもたちが日本でもたくさんいます。バングラデシュでは、家庭の事情や、社会の状況がその理由の中にあるかもしれませんが、ずいぶん前から調査では、日本では子どもたちが学ぶ意欲がなくなってきていることが言われています。それを、ただ子どもが悪い、親が悪い、制度が悪いというのではなく、もう一度授業のやり方を見直すことも必要な気がします。今の子どもたちが興味・関心を持ち、自ら学ぼうという意欲を持った子にするのは、教師が、ただ淡々と黒板に向かって物を書いたり、教科書を読み上げるような授業をしていたら、今、面白いものが巷に満ち溢れている時代では、子どもたちは興味を持つわけはありません。
 教育改革の動機は、国によって事情が違いますが、その試みは参考になることが多くあります。明日は、タンザニアの試みを紹介します。

秋田杉

先日、こんなニュースが流れました。「秋田杉を外装に使い、曲げわっぱの技術も駆使した木製自動車を、秋田県北秋田市綴子の県立鷹巣技術専門校の生徒たちが製作した。」
秋田杉といえば、日本三大美林の一つといわれています。しかし、秋田杉といっても、天然杉のことをいいます。人の手をかけないで自然に育った杉を「天然秋田杉」、人の手をかけて育てた人工の杉を「秋田杉」と呼んで区別しています。杉の語源ははっきりしていないようですが、アイヌ語のシンクニー(真っすぐな木の意味)から転じたものといわれています。和名では「スギ」と呼ばれ「マキ、イヌスギ、ホンスギ、ベニアカ、ヤマトスギ、ヤブトウシ、エゾスギ」などの品種を含む名称が四十種もあります。
杉のイメージは、真っすぐのびるというイメージと、早く大きく育つということと、様々な用途があるということで、植林されました。このイメージで、作られた歌が、作詞が吉田テフ子(補作詞:サトウ ハチロー)、作曲が佐々木すぐるの歌「お山の杉の子」があります。この歌は、第二次世界大戦も末期の昭和19年、小国民文化協会が行った少国民歌の懸賞募集の第1位入賞歌でしたが、終戦とともに放送やレコードの販売が禁止になり、この歌をもう一度復活させようと、サトウハチローが改作したものです。
なぜ、販売禁止になったかというと、その歌詞を見ると分かります。2番には、杉を何に使うかが歌われています。「大きな杉は 何になる お舟の帆柱 梯子段 とんとん大工さん たてる家 たてる家 本箱 お机 下駄 足駄 おいしいお弁当 食べる箸 鉛筆 筆入 そのほかに たのしや まだまだ 役に立つ 役に立つ」という歌詞が歌われていますが、作られた当時は、「大きな杉は 何になる 兵隊さんを 運ぶ船 傷痍の勇士の 寝るお家 寝るお家」そのあとは、同じです。このように、杉に託して、子どもが将来立派な兵隊になることを目指しているからです。
しかし、杉は様々なものに使われますが、特に天然秋田杉は、その柾目と香りが冴え、木目まっすぐで弾力に富んでいます。軽さと、明るく優美な木目が生かされた製品には、シンプルな味わいと気品があります。ですから、ニュースで流れたように自動車も作れるのでしょう。この自動車のモデルは、そうは言っても昭和40年代に生産され、箱形のがっちりしたボディーから「ハコスカ」の愛称で人気を集めた日産スカイラインGT―Rだそうですが、それでも曲線部分は多くあります。例えば、バンパーなどの曲がった部分では曲げわっぱの技術を使い、滑らかな曲線を浮かび上がらせたそうです。
大館曲げわっぱは、秋田民謡の『秋田音頭』にも謡われています。「コラ、秋田名物八森ハタハタ、男鹿で男鹿ブリコ(アーソレソレ)能代春慶、桧山納豆、大館曲げわっぱ 」
この曲げわっぱの製品を秋田の友人からいただきました。その手触りや軽さにびっくりするとともに、木目の美しさには目を奪われます。天然秋田杉を手割り、または製材により薄く剥いで、熱湯につけ、板が柔らかくなったところで巻き込んでいきます。とじ穴は、桜皮で縫いとめます。
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 藩政時代に大館城主佐竹西家が、当時杣夫が杉の柾目板を割って、曲げ物の器を作りそれを弁当として利用していたのを見て、領内の豊富な森林資源を利用して、窮乏を救うため下級武士達に命じ副業として、曲げわっぱの製作を奨励したといわれています。
いくらプラスチックが出廻っても、その本物の味わいは残していかなければいけないですね。

値段

今年の8月のAERAに「ソニーから、マイクロソフトから、そしてNTTドコモから、多くの人材がグーグルの門を叩いた。何が彼らをひきつけ、グーグルは彼らの何を求めているのか。」という記事が掲載されていました。
 「グーグルの何が、彼らをひきつけるのか」と理由の一つは、「ここで働けば成長できる。もっと頑張らねば、と沸々と感じさせてくれる」です。二つ目は、「多くの社員を抱えているグーグルが、組織らしい組織なしで機能していること」だそうです。三つ目は、「秘密が外に漏れない」だそうです。コミュニケーション能力も、特別なスキルがいるわけではなく、「これをやれ」と上から具体的に命令されることはないので、仕事をするには「自分がやりたいと思っていることの重要性や面白さを人に説明する力」が欠かせないようです。四つ目は、カフェテリアの食事がすべて無料ということもあり、「ここでは誰でも自由に発言できる。違う、と言われることはあっても、言うのは自由です」という風潮があるようです。五つ目は、「全員がスーパースターじゃなくていい。それぞれに頑張れば、尊重されるし尊敬もされる」というように、自分の意見にスーパースターが耳を傾け、アドバイスしてくれます。アイデアが枯渇しないのは、「20%ルール」があるからです。このルールは、働く時間の20%は好きなことに使っていいというものです。そして、「イチかゼロかではなく人間くさい。英語が下手でも、情熱を持ってやりたい!と訴えれば、わかってくれる」ということがあるようです。
 そんな人気のグーグルも、この不景気を乗り越えるのは大変のようです。
豪華なメニューが一日三食無料で提供されることで有名なグーグルの社員食堂が、夕食の無料提供が中止されるという噂が流れました。しかし、実際は、無料ディナーが中止されるのは、技術系では無い部門のある建物の食堂のみだったのですが、この噂は、グーグルと食堂業者とのトラブルが原因だそうです。それは、どうも、昨年あらたに買収した新社屋にも社員食堂を建設するために、食堂運営の予算が大幅に不足していたことも要因の一つのようです。
もう一つ、昨日のブログで紹介した「渡辺千賀のはたらけシリコンバレー」の中で、8月に「グーグル幼稚園は月20万円?!」という記事がありました。最近グーグルが、社員向けデイケア(保育園・幼稚園)の「社員負担分」の値段を月2,390ドル(約25万円)に値上げすることが話題になったそうです。1歳未満の赤ちゃんで、これまで月1,425ドルだったのものが2,390ドルに、1-2歳児で月2,290ドル、3-5歳児で月1,710ドルとなったのです。もし、「子供が二人いたら年間のデイケア自己負担分は57.000ドル(約600万円)」になってしまうと、ニューヨークタイムズ紙の記事にまでなったそうです。ちなみに、グーグルがあるマウンテンビュー市が属するサンタクララ郡のデイケアの平均値段は、一歳児未満だと月1,200ドル、3-5歳児では900ドルだそうです。しかし、こんなに高くても、デイケアの多くが順番待ち状態だそうです。
そんな子を持つ親に厳しいアメリカなのに、日本に比べると出生率はかなり高いようです。それを、この記事を書いた渡辺さんは、その根底には「未来に希望がある」ということがあるのではないかと言っています。そして、「子どもが多いから未来に希望が生まれる」かもしれないとも言っています。

集団から離れる

 オオカミが集団で生活するうえで、「パック」と呼ばれる群れの中で、オスメスそれぞれに順位が存在し、順位が上のものにはきちんと従い、群れの仲間を大切にするということで統率が取れています。渡辺千賀さんのレポートでは、「ミーアキャット」という、カラハリ砂漠に住む、体長20センチほどのイタチのような外見で、後ろ足ですっくと伸び上がって立っている姿が有名な動物を取り上げています。
「固い絆を持った家族が一団となって、集団で眠り、集団でえさ探しをする。 砂漠の夜は厳しく、重なり合って寝ることで暖を取る必要がある。 また、えさは土の中にすむ虫で、ひたすら穴を掘らないとえさに巡り会えない。 しかし、地中に頭を突っ込むようにして必死に掘っていると、ミーアキャットの天敵の猛禽類に頭上から襲われてしまう。 そこで、えさ探しは必ず集団で行い、一匹が見張りをする。 見張りは二本足で立って辺りをうかがい、天敵の姿が見えたら警告を発する。
ミーアキャットの集団の掟は厳しく、一匹のリーダーに全員が絶対服従する。 リーダーに嫌われたものは、群れの他の仲間からも激しいいじめを受け、群れから追い出されてしまう。 単独では厳しいカラハリ砂漠を生き残ることができないので、追い出されたミーアキャットは、群れから少し離れたところで群れを見続け、ひたすらリーダーの怒りが解けるのを待つ。(中には、他の群れに忍び込もうとするものもいるが。)
ミーアキャットはこうして何世代も何世代も、「群れから外れたら死んでしまう」 という環境の中で過ごし、集団行動のために最適化された社会性を生み出した訳だ。 その中では、「自分の群れ」を離れることは恐ろしいことであり、独立は死を意味する。」
人間はどうでしょうか。私は、人間も一人では生きていけない動物であり、集団の中で、様々なルールが存在します。渡辺さんのレポートでは、この「自分の属する集団を出たら生きていけないかも」という「当然のこと」を無視して、敢えてわざわざ海の向こうの知らない国に出て行って、そこに住もうと思った人たちが集まっているのがシリコンバレーであるといっていますが、私は少し見解が違います。それは、集団の捉え方が、違っていると思うからです。ミーアキャットが、なぜ集団を構成することが必要かというと、餌探しをみんなでしてしまうと、敵に襲われる危険があるので、見張リ役が必要だからです。それぞれ役割があり、ひとりではその役目は果たすことが出来ないからです。集団というのは、みんな同じことをするためではなく、それぞれがそれぞれの役目をすることが社会を構成するということです。ですから、例えば、シリコンバレーに行くのは、集団を離れるのではなく、自分の役目を果たすために、自分を生かす場所で活動するためです。いくら、国内にいても、自分の役割が見つけられず、自分ながらの生き方が出来なければ、集団から離れたことになるのです。
 少子社会になると、この集団を構成するための特性が子どもたちの中で育ちにくくなってきている気がします。お互いを尊重し、他のものに対して共感する心を持ち、ともに生きていこうとする心は集団の中で育っていきます。道徳の授業の中で教わることではないと思います。

オオカミとトラ

動物園では、行った時期、自分の年齢、自分の職業によって、その時々色々な面白いことが見つかります。先日の日曜日に訪れた動物園でも、面白い説明版を見つけました。隣同士に作られた「トラ」と「オオカミ」が放たれた獣舎のまえの掲示には、こんなことが書かれていました。
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「イヌはご存知、小型のオオカミが起源とされており、当然イヌ科の動物。トラはネコ科の動物です。イヌは主人に忠実でよくいうことをききますが、ネコは自由奔放でわがままだといわれていますが、これはもともとの生活の違いからきています。
 オオカミは集団で生活します。オオカミの群れは「パック」と呼ばれ、オスメスそれぞれに順位が存在し、統率が取れています。順位が上のものにはきちんと従い、群れの仲間を大切にするということが、人とともに暮らすようになる上で、重要な働きをしました。動物園のオオカミたちも餌を食べるとき以外は「ずっと一緒」に生活させています。」
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 犬が、人間とともに過ごすようになったのは、もともとの「群れ」を作り、その仲間を大切にするという特性を生かしているからなのですね。その本来の特性を生かしつつ、その部分を延ばすような改良を加えていったのでしょう。例えば、オオカミでは集団を構成するために有利な性格と、逆に他の動物を襲うために有利な機能も持ち合わせています。しかし、人間と生活するうえでは、狩りをする上での有利な機能は、逆に不利な特性になってしまいます。攻撃的な性格、鋭い牙、速い足、恐ろしい吼える声、そんなものは必要なりません。ですから、それらの機能を必要最小限にし、より人懐っこい、穏やかな性格に変えていったのでしょう。一方、ネコ科ではどうでしょうか。こんなことが書かれています。
 「ネコ科の動物は例外であるライオンを除き、基本的に単独で生活をします。トラの展示を見て「1匹しかいなくてかわいそう。」という声をよく聞きましが、嫌がらせをしているのではなく、トラ本来の生活スタイルに合わせているのです。部屋も1頭ずつ分かれており、外に出るときも1頭ずつです。交尾させるための同居、子育て中の親子は例外ですが、それ以外は1頭で生活を送ります。もともと独り者が身についているので相手のペースに巻き込まれるのは嫌いです。やっぱり「ひとりがいい」みたいです。」
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 面白いですね。1匹だけでかわいそうという人がいるのですね。余計なお世話です。そのような特性を持っているのです。よく、「1匹オオカミ」という言葉を聞きますが、「1匹トラ」という言葉は聞きません。それは、もともと集団で過ごすオオカミの中で1匹でいることにある不自然さ、ある主張があるように見えるからでしょう。しかし、オオカミだけではなく、人間も本来は集団の中で生活するように出来ています。その性格も、その体つきも、体の機能も、人間は集団を構成する上で有利なように出来ています。
シリコンバレーでどんな人たちが、どんな働き方をしているかを、シリコンバレー在住の渡辺千賀さんが面白いレポートを書いています。「一匹狼も100万人集まるとコミュニティになる」というタイトルで、集団行動のために最適化された社会性ということが書かれています。この報告は、とても興味深い部分が多いので、明日紹介します。