日薬

 先日、とてもいい言葉に出会いました。その言葉は、「日薬」という言葉です。「病気を治すために時の力が必要です」というような意味です。今の時代は、とても忙しく、病気になると早く直そうとします。熱が出ると「解熱剤」を飲み、熱を早く下げようとします。吐き気がすると、吐き気止めを飲もうとします。咳が出ると咳止めを飲もうとします。よほど辛いときは、仕方ありませんが、むやみに、すぐに使うことは慎重にしたほうがいいようです。というのも、熱が出るのは、熱によって体内に入った細菌やウイルスをやっつけようとするためですので、それを、体力や栄養で応援するべきなのです。また、嘔吐も、咳も、よくないものを体外に出すためにすることなのです。
 「動物は怪我をしたり、病気になると、治るまで、傷口を舐めたりしてじっと巣の中にこもっている」というように、一番の治療は、ゆっくりと時間をかけて休息することなのです。かなり多くの病や不調は、特に何もしなくても、自然と治ってしまうことがあります。人間の自然治癒力というのは不思議なものです。特に、これからかかる風邪は、薬を飲むより、温かくして寝ていれば、大抵治ってしまいます。もちろん、違う大きな病気であることもあるので、そのときには医者に見せることも必要ですが、市販の風邪薬は、風邪を治すことはしないようです。一般的な市販の風邪薬は熱を下げたり、鼻水を抑えたり、咳を和らげたりといったそれぞれの症状を軽くするだけで、ウイルスや細菌を殺し、「風邪」という病気そのものを治癒するわけではないそうです。
 江戸時代に貝原益軒が書いた「養生訓」は、彼の著書のうちで最もよく読まれたものです。この中に、このように書かれた部分があります。
 巻第一の「養生の道を守る」にはこうあります。君子といわれる昔の偉い人たちは、適度な運動や精神の静養を行って、病にかからないようにしていまし。病気になってから薬を飲むのは、自分の体を痛めて病気をなおすことなので自分の体にいいわけはありません。それは、国を治めることと同じで、国の治安が悪くなってから武力で鎮圧するのではなく、普段から治安をよくするように心がけていれば、国民はいつも気持ちよく生活をすることができるので乱も発生せず、国を治める君子も国民から尊敬されることになるのです。
巻第六の「あせらず自然に」では、病気を早く治そうと無理をすると、治る病気も治らず、あくまで自然に治るのが一番だといっています。病気だけでなく、全てのことも、あわてると、よくないのです。このことが「日薬」ということなのです。
 薬を飲むときの注意を、巻第七に書かれてあります。人は、病気にかかることもあり、そんなときには医者を呼んで治療を求めます。そのときの医者には、上中下の3種があるといっています。上の医者は知識と技術を持っており、これによって病気を治療します。そういう医者は、この世界の宝であり、その功績は宰相につぐものだとまで貝原は言っています。中の医者は、知識や技術では上医におよびませんが、薬をむやみに使用することがいけないことは知っています。ですから、病気にあわない薬を投薬することはありません。そして、自分の知らない病気に対しては、治療をしません。それが、下の医者になると、知識も技術も持っていず、むやみに薬を使い、誤診することが多いのです。病気にかかったときは、すぐに治療して楽になりたいと思いますが、医者の善し悪しを考えずに治療を受けると、逆に悪くなることがあるので、かえって自然に治るのを待つ方がいいこともあるといっています。
他の巻にこうあります。「病気の害よりも薬の害のほうが大きくなってしまう。薬を用いないで、慎重に養生すれば薬の害を受けずにすみ、病気も早く治るであろう。」もっと、日薬を使うべきかもしれません。