0から700

 今日は、1日中大騒ぎだったのが、「0系」とのお別れでしょう。園で子どもたちが将来何になりたいかというと、「700系の運転手」といいますし、東京では、最近は「N700系の運転手」と答えます。私の息子が子どものころは、「新幹線の運転手」と答えましたし、私の子どものころは、「電車の運転手」と答えたものでした。
「運転手は君だ 車掌は僕だ あとの四人は 電車のお客 お乗りはお早く 動きますちんちん」電車ごっこの歌を思い出して、歌ってみたら、この電車は、最後に「チンチン」というので、どうもチンチン電車と呼ばれていた都電のようです。2番は、「運転手は上手 電車は早い つぎはぼくらの学校前だ お降りはお早く 動きます ちんちん」(「新訂尋常小学校唱歌(一)」昭和7年)でしたが、どうも井上赳氏が作詞した当時は、「つぎはぼくらの学校前だ」だったのが、昭和16年に、具体の地名からより一般的な学校前に改正されたそうです。
それにしても、この都電でさえ「電車は速い」ですから、新幹線の速さは想像できなかったでしょうね。「ビュワーン ビュワーン 走る 青いひかりの 超特急 時速250キロ すべるようだな 走る ビュワーン ビュワーン ビュワーン 走る」これは、私の好きな作家の山中恒作詞の「はしれ超特急」です。この車体は2番に出てきます。「まるいひかりの ボンネット 時速250キロ とんでくようだな 走る」
 初代新幹線0系は、その先端が「団子っ鼻」で知られていましたが、当時は、「旅客機を思わせる先頭部……」といわれ、最先端のデザインだった新幹線が、今日、44年の歴史に幕を下ろします。東京オリンピックを9日後に控えて開業した東海道新幹線。慣らし運転の1年間は東京―新大阪間を当時では世界最速の時速210キロ、4時間で結んだ。開業日は東京から「ひかり1号」、新大阪から「ひかり2号」が出発したというニュースが、1964年10月1日に流れました。まさに、私の年代である団塊の世代の象徴でした。私は少しの違いで乗ることはできませんでしたが、3歳下の弟は、関西への修学旅行は新幹線で行きました。
 当時のことを、この「だんご鼻」の先端をハンマー一本で打ち出した生みの親の一人である山下清登さんが、こう語っています。「時間がない。君に任せる。なんとか試作車を作ってくれ」東京五輪を3年後に控え、東海道新幹線の開業準備が急ピッチで進んでいた1961年秋、笠戸事業所で列車の板金工だった26歳の山下さんは、思わぬ相談を持ちかけられた。国鉄から届いた先頭車両のデザイン画を手にして絶句した。飛行機を思わせる流線型。従来の「かまぼこ型」とは訳が違う。「時速200キロを超える乗り物の板金法なんて誰も知らなかった」。他の4人の板金工はほとんどが10代。プラスチック製の先頭部に続く、なめらかな曲線が打ち出せず、木型に鉄板を何度も合わせ、試行錯誤を繰り返した。効率的に作業ができるよう鉄板を切り分けて打ち出し、後で溶接する方法をとった。打ち出し方にも工夫を重ね、夜遅くまでハンマーを振り続けた。
この先頭車前面には「ひかり前頭装置」と呼ばれる丸いプラスチックカバーが装着され、中には非常用の連結器が納められています。これらの職人の技術は、次世代への連結部かもしれません。

日薬

 先日、とてもいい言葉に出会いました。その言葉は、「日薬」という言葉です。「病気を治すために時の力が必要です」というような意味です。今の時代は、とても忙しく、病気になると早く直そうとします。熱が出ると「解熱剤」を飲み、熱を早く下げようとします。吐き気がすると、吐き気止めを飲もうとします。咳が出ると咳止めを飲もうとします。よほど辛いときは、仕方ありませんが、むやみに、すぐに使うことは慎重にしたほうがいいようです。というのも、熱が出るのは、熱によって体内に入った細菌やウイルスをやっつけようとするためですので、それを、体力や栄養で応援するべきなのです。また、嘔吐も、咳も、よくないものを体外に出すためにすることなのです。
 「動物は怪我をしたり、病気になると、治るまで、傷口を舐めたりしてじっと巣の中にこもっている」というように、一番の治療は、ゆっくりと時間をかけて休息することなのです。かなり多くの病や不調は、特に何もしなくても、自然と治ってしまうことがあります。人間の自然治癒力というのは不思議なものです。特に、これからかかる風邪は、薬を飲むより、温かくして寝ていれば、大抵治ってしまいます。もちろん、違う大きな病気であることもあるので、そのときには医者に見せることも必要ですが、市販の風邪薬は、風邪を治すことはしないようです。一般的な市販の風邪薬は熱を下げたり、鼻水を抑えたり、咳を和らげたりといったそれぞれの症状を軽くするだけで、ウイルスや細菌を殺し、「風邪」という病気そのものを治癒するわけではないそうです。
 江戸時代に貝原益軒が書いた「養生訓」は、彼の著書のうちで最もよく読まれたものです。この中に、このように書かれた部分があります。
 巻第一の「養生の道を守る」にはこうあります。君子といわれる昔の偉い人たちは、適度な運動や精神の静養を行って、病にかからないようにしていまし。病気になってから薬を飲むのは、自分の体を痛めて病気をなおすことなので自分の体にいいわけはありません。それは、国を治めることと同じで、国の治安が悪くなってから武力で鎮圧するのではなく、普段から治安をよくするように心がけていれば、国民はいつも気持ちよく生活をすることができるので乱も発生せず、国を治める君子も国民から尊敬されることになるのです。
巻第六の「あせらず自然に」では、病気を早く治そうと無理をすると、治る病気も治らず、あくまで自然に治るのが一番だといっています。病気だけでなく、全てのことも、あわてると、よくないのです。このことが「日薬」ということなのです。
 薬を飲むときの注意を、巻第七に書かれてあります。人は、病気にかかることもあり、そんなときには医者を呼んで治療を求めます。そのときの医者には、上中下の3種があるといっています。上の医者は知識と技術を持っており、これによって病気を治療します。そういう医者は、この世界の宝であり、その功績は宰相につぐものだとまで貝原は言っています。中の医者は、知識や技術では上医におよびませんが、薬をむやみに使用することがいけないことは知っています。ですから、病気にあわない薬を投薬することはありません。そして、自分の知らない病気に対しては、治療をしません。それが、下の医者になると、知識も技術も持っていず、むやみに薬を使い、誤診することが多いのです。病気にかかったときは、すぐに治療して楽になりたいと思いますが、医者の善し悪しを考えずに治療を受けると、逆に悪くなることがあるので、かえって自然に治るのを待つ方がいいこともあるといっています。
他の巻にこうあります。「病気の害よりも薬の害のほうが大きくなってしまう。薬を用いないで、慎重に養生すれば薬の害を受けずにすみ、病気も早く治るであろう。」もっと、日薬を使うべきかもしれません。

残業

 厚労省は、28日に開いた労働政策審議会(厚労相の諮問機関)の分科会に「子育てで残業免除」を正式に提示したというニュースが新聞に掲載されていました。3歳未満の子どもを持つ労働者が子育てしやすいよう短時間勤務制の導入を企業に義務付けることや残業の免除を労働者の権利とすることなどが柱です。これは、仕事と子育ての両立を狙うもので、年末までに細かい制度内容を詰める予定のようです。
 また、全国の労働局で22日に実施した無料電話相談の結果では、相談件数は計879件で前年比7.5%増加しており、内容はサービス残業に関するものが400件で最も多く、次いで長時間労働が320件だったようです。
 そういえば、今年の5月に、「名ばかり管理職」ということが問題になりました。それは、管理職という定義は、会社の中で、従業員を監督したり、経営者と一緒になって会社全体の方針を決めたりする立場にある人のことをいいます。会社でいうと、課長や部長、取締役といった人たちが管理職とされることが多いようです。ですから従業員に比べて、どちらかというと、経営者側になります。従業員は、働く時間や休日、給料などの労働条件は労働基準法という法律で定められています。そして、経営者は、この時間を超えて従業員を働かせる場合には、会社は残業代を支払わなければなりません。しかし、管理職には、この法律は適用されません。当然、残業代はもらえません。その代わり、給料が高く、自分の判断で仕事の計画などを決めることが認められています。
このときに問題になったのは、給料も権限も、ほとんど一般の従業員と変わらないのに管理職扱いされて、残業代をもらえなかったり、逆に不利益を被っていると訴える人たちが増えているということでした。残業という仕事形態はいろいろなところで問題が起きます。外国ではどうなのでしょうか。また、逆に残業代を収入の一部に生活を組み立てている人も多く、簡単に少なくすればよいということでもなさそうです。
しかし、今回の厚労省の提示のように、少なくとも、子育て中の人には、残業をさせないで欲しいと思います。それが3歳まででよいのかなど議論の余地はありますが、中小企業では大変かもしれませんし、従業員にしても申請しにくい雰囲気があるような気がしますので、義務にしないと無理かもしれません。
どんな従業員に残業が多いかという調査を何年か前に、Tech総研(株式会社リクルートが提供する、エンジニア向けのポータルサイト)が行っていました。その結果を総括してみると、こんな結果が出ています。
残業時間の最も少ないエンジニアは、技術職の同僚はもちろん部署内の女性社員とも仲がよい人でした。また、社内の部下とは良好な関係を築き、社外の部下とはビジネスライクなつき合いのできる人です。そして、上司と非常に仲がよく、もしくは非常に仲が悪く、スキルの低い人だという結果でした。この結果の分析はわかりませんが、実際の数字ではこのように出たそうです。
急に残業をさせるなというのは無理があるかもしれませんが、子育て中の従業員(男女とも)には残業をさせないような作業計画を最初から立てるべきでしょう。それが、当然な考え方になる社会が、成熟した社会なのでしょう。

就学前

以前のブログで、世界の教育の取り組みを書きましたが、ネットの世界ではかつてはなかなか知りようが無いような情報が手に入るようになりました。地球の裏側の情報でも、隣の人から話を聞くように身近かになりました。それは、逆に悪用もできますが、結局は使う人の倫理の問題でしょう。
 最近、私はよくテレビの功罪の話をします。テレビ視聴が長いほど、子どもの言葉の遅れが見られるという調査結果があります。ですから、アメリカでは、2歳位までテレビを禁止している州があります。しかし、テレビが言葉の遅れをもたらすというと、テレビという家電が何か電波を出して声帯を壊しているかというと、そうではありません。その存在自体がいけないのではないのです。テレビを見ることによって、会話がなくなるからです。また、テレビからの一方的な情報をただ受け取るだけで、相互作用がないからです。要するに、テレビの使い方によるのです。
これは、ネットの世界でもいえることです。パソコン、ネットがいけないのではなく、その使い方に気をつけなければいけないということです。
マックフェイル佐奈絵さんというオーストラリア人と結婚された方が、毎日JPの中で、オーストラリアのクイーンズランド州が去年からスタートした幼児教育制度について報告しています。
オーストラリアでは、幼稚園の年長組は、小学校の前の年なので義務教育ではありませんが、州の制度では、限りなく公立学校に近いそうです。この年長組みは、プレップと呼ばれていますが、ここの目的は早期教育で、プレップに通った子どもたちがスムーズに小学校1年生の教育課程に移行できるように仕組まれています。
 プレップでは、学期の初めに毎日学校に着くと自分の名前を書くことに始まります。そのうちに、好きな色に名前を書いたり、簡単なクイズに答えるなど応用が広がっていきます。また、個々にスケッチブックが与えられ、毎日好きな絵を描く時間があり、そこにも名前を書き、日付のスタンプを押すなど、1日の生活の中のそこここに学ぶ要素が組み込まれています。
 また、数の感覚を養うためには、最初の日から100日までを毎日数え、100日目を祝うために100個の小さなものを家庭から持参するというものなどのおもしろい企画もあるそうです。
 最近の例では、週に1回、1児童の保護者が人数分のスナックを教室に持参します。そして、その子どもは食べ物を配ります。その他の子どもたちは、1人ずつ食べ物をとりにくる際に、20セント(20円弱)を支払いますが(このお金は来年のプレップに何かひとつ役に立つものを残すために使われる)、お金に代わる紙に支払い済みのしるしと日付をつけてもらいます。この役も、毎回違う子どもが行います。子どもたちは、順番札を持っているのでバンク係の子どもに呼ばれると食べ物をもらいに来ることができるのです。この遊びによって、数や順番の感覚、いろいろな食べ物の経験などが期待できるようです。
 就学前教育は、今、各国の課題です。ただ、学校教育の先取りではなく、学校教育に入ってから伸びていく力を、幼児期にどのような力として育て、どのような体験をさせていくべきかを考える必要があります。

ボンド

映画ニュースで、ショーン・コネリー、ロジャー・ムーア、ピアース・ブロスナンなどがジェームズ・ボンドを演じた007シリーズの22作目にあたる映画「007/クォンタム・オブ・ソラス」の製作発表会見が行われたことが流れていました。ボンド役は、前作と同じダニエル・クレイグだそうです。また22代目ボンドガールに、新人女優のジェマ・アータートンとオルガ・キュリレンコが抜てきされています。
今年は、ボンドシリーズの原作者であるイアン・フレミングの生誕100周年という記念の年です。フレミングは1908年ロンドンに生まれ、自分でも実際に1939年から007も所属するMI6に勤務し、第二次世界大戦中には安全保障調整局のスパイとして活動したそうです。ですから、彼の作品の007シリーズは、それまでの経験から書かれています。シリーズ第1作は、「カジノ・ロワイヤル」で、1964年に遺作となったとなったのは、「黄金の銃をもつ男」です。彼の死後、このシリーズは、公認されたジョン・ガードナーが2代目、更にレイモンド・ベンスンが3代目のボンド作家として書き継いでいます。そのほかの彼の作品には、絵本「チキチキバンバン」があります。この作品はミュージカル映画になっていますが、007シリーズにでも出てきそうな仕掛けのいっぱいある自動車が登場します。
 私は、中学生の頃、東京創元社から出版された「カジノ・ロワイヤル 秘密情報部〇〇七号」を夢中になって読み、そのあと早川書房と交互に続々出されたフレミング原作の007シリーズは全部読みました。
そのあと、ジェームズ・ボンド役をショーン・コネリーが演じた映画が公開されます。「007」は原語で「ダブルオーセブン」ですが、映画では、第1作から第7作まで「ゼロゼロセブン」といわれています。この007シリーズの小説の映画化にあたって、最も映像化に向いているということで6作目の「ドクター・ノオ」が、テレンス・ヤング監督で映画化されたのが1962年でした。そのときのタイトルは、「007は殺しの番号」でした。この映画はとても安上がりに作ったのにもかかわらず、予想以上の大ヒットとなりました。
このときに主役を演じたショーン・コネリーは、フレミングからも不評だったようですが、原作のイメージに一番近いと私は思っています。といっても、他の俳優の作品は見ていないのでわかりませんが。私が見た映画で印象に残っている作品は二つあります。一つは、シリーズ第2作「007 ロシアより愛をこめて」です。この映画は、公開時の邦題は「007危機一発」でした。この中で、初めて色々な装備が施されている「アタッシュケース」が登場します。ほかにも、このシリーズの魅力は、毎回登場するボンドガールですが、この作品に登場したダニエラ・ビアンキには魅了され、その写真を持ち歩いているほどでした。
もう一つの作品は、日本を舞台にした第5作「007は二度死ぬ」です。ボンドガールは、若林映子と浜美枝でした。日本に始めて上陸するときに、「ボンドという名前は、日本では接着剤のことをいう」と聞かされたボンドは、日本語では変な意味でないことを知り安心する場面とか、丹波哲郎扮するドンと秘密の話しをするときに、部屋の周りの障子を全部開け放ち、「こうすれば、近づいてくる怪しい人がすぐにわかる」というせりふで、日本の逆転発想を知り、今でも、それを保育に生かしているほど、これらの映画から影響を受けました。

ニッキ

 職員と、お客からいただいたお菓子を食べようとしたときです。見たことのないお菓子だったので、私がまず食べてみました。私は、基本的には好き嫌いが全くないので、よくわからない食べ物は、まず食べてみます。周りにいた職員は、「どんな味ですか?」聞いたので、私は、「うーん、ニッキの味かな?」と答えました。すると、そこにいたほとんどの職員は、「ニッキって、なんですか?」と聞きます。以前のブログで書きましたが、今の若い人が「渋」を知らないように、若い人は、「ニッキ」を知らないようです。
 私が「ニッキ」といってまず思い浮かべるのが「ニッキ飴」です。やはり若い人は知らないようです。「ほら、あのひし形で、茶色い粉がまぶしてある飴だよ」といってわからないので「今度買ってきてあげるから」といいました。最近のニッキ飴は、ひし形ではなく、いろいろな形をしているようです。また、川崎大師の飴をよくいただくのですが、その中にニッキ味のものもあります。そんなときに、京都土産の八ツ橋をいただきました。そこで、「この八ツ橋もニッキ味だよ!」とは言ったのですが、「それって、シナモンではないのですか?」と言われました。
 確かに「シナモン」「カシア」「ニッキ」ともクスノキ科で、とても近い種類ですが、厳密に言うと、植物としての種類が少し違うようです。「シナモン」は、セイロンニッケイやシナニッケイの表皮をはがし、その内側のコルク層を薄く削り取り、何枚か重ねて丸めます。最もさわやかな香りで辛味はほとんどありません。それに比べると「カシア」は、コルク層を付けたまま丸めて乾燥させるので厚くなり、香りがかなり強く、日本で一番多く売られています。一方、「ニッキ」は、日本肉桂で、最近はあまり栽培されていないようです。樹皮の香りはあまり無く、根の皮に強い香りがありますので、最近は、シナニッケイの根からつくられるようです。京都の八ツ橋は、この材料を使っているので、正確に言うと、シナモンではなくニッキのようです。
 シナモンは世界最古のスパイスの一つといわれ、紀元前4000年頃からエジプトでミイラの防腐剤として使われ出しました。日本には8世紀前半に伝来しており、正倉院の御物の中にもシナモンが残されています。しかし、樹木として日本に入ってきたのは江戸時代です。
香辛料としてのシナモンは、カプチーノ等の飲料や、アップルパイ、シナモンロールなどの洋菓子の香り付けに使われていますが、その成分には、防虫効果や香り付けだけでなく、様々な効果があります。シナモンやニッキ(肉桂)の最も主要な有効成分の1つはシンナミックアルデヒドで、抹消血管の拡張作用があり、血行を改善します。ですから、冷え性、肩こり、更年期障害などに効果があります。また、発汗作用、殺菌作用、健胃、整腸作用があり、初期の風邪にも効果があります。しかし、シナモンには、過剰摂取に対する注意が出されています。
これからの季節、シナモン・コーヒーでも飲んで、そのエキゾチックで芳ばしいシナモンの風味を味わってみてはどうでしょうか。グラニュー糖をあらかじめカップに入れておき、それに深煎りのコーヒーを抽出し、生クリームをホイップさせ、コーヒーを覆うように乗せます。そこに、スプレーチョコとシナモン粉を振り、真ん中にレモンの果皮を置き、シナモンスティックでかき回しながら飲むとよりいっそうおいしさが広がります。

上司と部下

 今週号のPRESIDENTのメインの特集は、「上位2割のリーダーVS下位2割に決定的な違い」です。そのはじめには、このようなことが書かれています。
「自分のチームの成果が上がらないのは、部下に恵まれていないからではないか。思うように結果が出ないと、このように部下に原因を求める人は多いかもしれない。ただ、隣の芝生は青く見えるもの。本当は部下の能力に大きな差は無く、上司自身の指導法やマネジメント能力、普段のコミュニケーションに問題がある可能性もある。」
 これは、どんな世界でもいえることのような気がします。ブログでよく取り上げますが、旭川の「旭山動物園」の取り組みがあります。そのユニークな展示方法のアイデアが生み出されるのは、決してその才能を持った職員が揃っているわけではないのです。一時廃園を迫られるほど入場者が激減した園が、上野動物園に匹敵する入場者数を数えるようになったのは、何も職員が入れ替わったわけではなく、リーダーが入れ替わっただけです。
 雑誌の特集では、デキる上司とデキない上司の特性をアンケートから考察しています。
 「言われたことしかしない」と指示待ち部下に不満を感じるのは、できない上司のほうが多いようです。それは、「指示待ちの部下への不満は、わざわざ自分が指示しなくても自主的に動いて欲しいという期待の裏返し。ただ、それは自分が満足に指示を出していないことを棚に上げて、部下の自主性に頼る依存型の思考といえます。上司全体にこの傾向がありますが、デキない上司ほど顕著です。」と分析しています。
 「自分のことを棚にあげて」というのは、政治家などに最近よく見られますね。このような人は本来、リーダーには向いていないような気がします。「自ら率先して」実行する人でないと、部下は心からついていこうとはしないでしょう。
 意外な結果もあります。成果と人間関係のどちらを重視するかという問いに対して、「部下にプレッシャーをかけても成果を出す」を選んだデキる上司は、55.2%だったの対して、デキない上司では18.2%しかいませんでした。逆に「成果が下がっても部下との関係を保つ」と答えたデキる上司の44.8%に対して、デキない上司では81.1%もいました。デキない上司ほど人間関係重視という傾向が出ています。これについて、1950年代のマクレガーにより提唱された「成果と人間関係のバランスをとることが必要である」という理論から、最近では研究が進み、バランスより順序に焦点が当たっているといます。アメリカの研究では「目標を設定するときは厳しく、実行の段階では人間関係に配慮すると成果が上がりやすい」という結果が発表されています。
 また、デキない部下がデキる部下を大きく上回ったのは、「自らの信念で動く」という答えだったそうです。一見、自主性があっていいように思えますが、「責任や権限を越えて勝手に動けば、やはり評価は下がります。自分の信念を貫こうとするエネルギーがあるなら、それを上司への説得に注ぐべきでしょう」と言っています。しかし、この部下時代はマイナス評価の「自分の信念で動く」は、上司になれば長所に代わります。部下時代はデキない部下ほど自分の信念で動く傾向が強いが、出世すると逆に優秀な上司ほど自分の信念で動く傾向が強まるといいます。
 若い頃に真摯に学ぶ姿勢が、強い信念を作ることになるのでしょう。

地域性

 星の話が続いているので、ちょっと違う話題で一服。
人には、星の話が好きな人と、余り興味がない人がいます。いろいろな人と会うと、「ブログを読んでいます!」といわれることが多くなったのですが、どんな話題のときに読んでいるかというとそれぞれ違うようです。自然について書かれているとき、教育について書かれているとき、子どもについて書かれているとき、そして、星について書かれているときなど様々です。幸い、私はなんにでも興味があり、また、何でも見たり、調べたりすることが好きですので、新聞や雑誌に掲載されている記事を読むと、そのことについて考えることが多く、そこからの連想が湧いてきます。
人には、趣味が違うように、付き合うときにも相性というのがあるようです。どうもうまく行かないようなときには、とかく相手の性格や態度を責めてしまったりすることがありますが、実は、ただの性格や特性の違いであることが多く、どちらが悪いわけではないのです。その性格をよく取れば、相手がよく見えてくることがあります。今、職場ではそんなときに「個性心理学」と呼ばれている「動物占い」を見ることがあります。この心理の解説の特徴は、その性格を前向きに捉え、よく書いてある点です。物事には、裏表あります。同じ性格でも捉え方で長所になることが多いのです。
今週号の「PRESIDENT」には、面白い特集がいくつも組まれています。その中で、「県民性の法則で人付き合いの達人になる」というのがあります。相手の性格を見抜く手がかりの一つに、「出身地」の情報があるというのです。ただ、ここでいう出身地というのは、基本的に物心がつく思春期を過ごしていた地域をいいます。あちこち転勤して歩いている人は、一番記憶に残る地域を指します。その記事の中のよく言われる言葉が挙げられています。
「京都は過去に生き、東京は現代に生き、大阪は今日の夕方まで生きる」
「車の業界では、“新車は群馬で売れ”といわれてきた」
「山に囲まれた盆地の人は、おしなべて勤勉で几帳面」
「“俺も富山だ”“私も富山です”と最後まで残ったのは全員富山出身者だった」
「大阪弁をしゃべる必要はない。自分や身内の失敗談を惜しみなく話すこと」
などです。
たとえば、「戦略の関東、戦術の関西」とよく言われますが、戦略とは、どうすればライバルに勝つかを考えることで、戦術とは、そのために行動することです。この記事によると、東京の企業は頭を使って考えるのですが、関西の企業は「ごちゃごちゃいわんと働け」というように、とにかく走り回っていなければならないといいます。しかし、同じ関西といってもずいぶん違うようです。京都は都としての歴史の長さから、伝統を大切にする地域であり、神戸は港町のため長期的な視野を持っていますが、大阪は商人の街のため、目先志向の地域だといっています。
確かに、「地域は人を作り、人が地域を作る」と私は思います。それは、いつも感じることですが、文化であり、風土です。世界の保育、教育は、その地域から生まれたものを持っています。

星占いの星座2

星座名はギリシャ神話に由来する物が多くあります。ギリシャ神話は、様々な文化に影響をしています。例えば、絵画を見ていてもギリシャ神話から主題を取ったものは多くあり、それを知っていると、絵画をより深く鑑賞することができます。また、テレビ番組や子供向けヒーロー物語にもその名前は出てきます。ギリシャ神話の創世記では、世界はカオス(混沌)の状態でした。世界のはじめは、形が無く、ドロドロとした塊で、天も地も何もない状態でした。このカオスから1人の女神が生まれます。大地の象徴であり、広い胸を持つ女神の名はガイアです。今、テレビ番組で「ガイアの夜明け」というのがありますが、それは、一番初めの大地を意味する女神ガイアから取ったものです。
 昔の人は、夜空を飾る星たちを眺めながら、ギリシャ神話の神々の名前や、逸話を当てはめていったのでしょう。
星占いの中の一つ魚座(2/19-3/20)は、今頃の夕方、南寄り中天に見える星座です。余り明るい星が無いので、肉眼では見つけにくいです。この魚座も山羊座で出てきた怪物テュポンに関係します。この怪物は、怒った女神のガイアが、ゼウスに復讐するため産み落とした史上最も恐ろしい怪物です。
愛の女神アフロディテとその子エロスがユーフラテス川の岸を泳いでいるとき、怪物テュポンの出会ってしまいました。慌てて川に飛び込み魚の姿になって逃げました。その時、はぐれるといけないというので、しっかりと体をリボンで結んでいました。その姿が「魚座」です。ですからうお座は「北の魚」と「西の魚」が一本のリボンで結ばれています。
 正確に言うと秋から冬に掛けての星座ではありませんが、しし座(7/23-8/22)の大がまの西で、冬の星のふたご座のポルックスの東にある星座がかに座(6/22-7/22)です。かに座は、やはり、これといって目立つ星もありません。
 ゼウスとアルクメネとの間に出来た子である勇者ヘラクレス(ヘルクレス座)は、誤って自分の子を殺した罪を償うため、12の冒険を行うことになりました。1番目がしし座になっている獅子退治です。退治したあと、ヘラクレスはししの皮を肩にかけています。2番目が九つの頭を持つ化けヘビのヒュドラ(うみへび座)退治でした。そのときに、ゼウスの妻のヘラは、母親が違うヘラクレスを快く思っていなかったので、冒険に出かけたときに、巨大な化け蟹を使いに出し、はさみでヘラクレスの脚を切ろうとしました。しかし、ヒュドラとの格闘中のヘラクレスは、全く気付かずに化け蟹を踏み潰して殺してしまいます。この化け蟹が天に昇り、かに座となり、ヒュドラもうみへび座になったのです。
 秋から冬にかけてみることができる星の中で、星占いに使われる星座にまつわるギリシャ神話を思い出してみました。その話しを読んで、人々はどう思ったでしょうか。天地に繰り広げられる神々の冒険の数々は、古代ギリシャの哲学や思想、そしてヘレニズム時代の宗教や世界観に影響を与えました。今なお、さまざまな文化遺産にその姿が残されています。日本では、余り日常の中にはそれと関係のあるものは少ないですが、星空を眺めながら、壮大な物語を思い出すのも、秋という季節は、うってつけかもしれません。

星占いの星座

 季節の変わり目は、夜空に輝く星座の移り変わりで知ることがあります。しかし、見る時間帯によって違う季節の星も見ることが出来ます。例えば、煙突を下から覗くと昼間でも星を見ることが出来ますが、そこに見える星は、今の季節は春から夏にかけての星空を見ることが出来るのです。ですから、冬の星座というのは、冬の夜空で見える星のことをいいます。
 今の時期の夜空では、午後8時頃には秋の星座を見ることができ、夜中過ぎになると、冬の星座に変わっていきます。ですから、夜、長いあいだ空を眺めていると、星占いの星座を「おひつじ座」「おうし座」「ふたご座」のほかにもいくつか見ることが出来ます。まず、早い時間に見えるのは、「山羊座」(12/22-1/20)、「水瓶座」(1/21-2/18)があります。この星は、夏に見えるのですが、今の時期でも早い時間には、まだ沈まないでいます。
 山羊座のヤギは、不思議な体をしています。それは、下半身が魚なのです。もともとは、ギリシャの森林と野原の神である牧神パーンです。パーンはギリシャのドリュオブス王の娘ドリュオベスとヘルメスとの間の子どもです。山羊の角と毛がはえ、尖った耳を持ち、足にはひづめがあります。ある日神々がナイル川沿いで酒盛りをしていました。パーンは葦の笛を吹いていました。普段、パーンはいつも仲間のサチュロス達と森のニンフ達を、追い掛け回していました。そんな中で、パーンに追いかけられた一人のニンフ、シュリンクスは川辺の葦に変身しました。パーンは彼女を探しながら、葦を一本折り葦笛を作ります。それをいつも吹いているのです。酒盛りをしているところへ、怪物テュポンが現れたので、神々は慌てて動物の姿などの姿に変えて逃げました。パーンは、山羊になりました。ところがパーンは酒を飲み過ぎて、逃げることが出来ず,川に飛び込んで咄嗟に魚に変身しようとしましたが浅瀬だったため、下半身が魚に変身しましたが、上半身は山羊のままだったと言います。その奇妙な姿が面白いのでゼウスによって星座とされたのです。
また、水瓶座にまつわる神話は、今で言うと犯罪になってしまうような事件が絡んでいます。
神々の住むオリンポスの神殿では食事の時、神食アンブロシアを皿に盛り、アポロンが琴をひき、音楽の女神が舞をまい、神酒ネクタルを飲みました。この神酒を注いでまわるのは、大神ゼウスと妃ヘラの娘で青春の女神ヘベの役目でした。しかし、ヘベがヘラクレスの妻となったため、その代わりがいることになりました。そこでゼウスは、鷲(わし座)に姿を変え、イーダ山で父の羊の番をしていたガニュメデスをさらってきました。ガニュメデスは、トロイの王子で体が金色に輝き、美少年の名が高かったのです。宮殿に着くとゼウスはその正体を現し、ガニュメデスに永遠の若さと美しさを与え、神酒ネクタルを注ぐ役目を告げました。 ガニュメデスは身に余る光栄でしたが、自分がいなくなったことを両親がどんなに嘆き悲しんでいるか思うと、とても心が痛みました。 これを知ったゼウスはトロイの国王夫妻の元に伝令神ヘルメスを使わし、事の次第を告げさせ、その上で息子を失った悲しみを和らげようと、ガニュメデスの姿を星座にしました。この「水瓶をかついだ美しい少年」の姿をかたどっているのが、水瓶座です。
私は、園の夕涼み会で子どもたちに星座の話をします。そのとき、子どもをさらったときの姿がわし座であり、その中のアルタイルという星が彦星なので、説明に困ります。そんなときは、少しやさしく変えてしまいます。