癒しの森を散策していて「人として太古からのDNA」という立て札に出会います。そこには、「人類が誕生してから今までの間の99.9%を森の中で暮らしてきた人類はDNAレベルで森に同調します。もともと自然環境の中で生活してきた人類が、現代の人工的な環境での生活は、本来の人間の生活とは違い、大変なストレスを与えます。森林セラピーはこのような環境からのストレスを改善するという点からも大きな効果を持っており、人々の心を癒すといわれています。
立て札は道を案内するかのように立っています。大きく「深呼吸」をしてみましょう。インストラクターの水野さんから、「おへその下あたりに空気を入れるように、ゆっくりと4秒くらいかけて、鼻で息を吸って、口をすぼめてゆっくりとはいてください」という言葉がけで、参加者はみんな静かに、大きく深呼吸です。きれいな空気をゆっくりと吸うことで、細胞に酸素を取り込み、免疫力をアップさせます。木漏れ日は、「緑のカーテン」です。空を仰ぐと、青い空が広がっているだけでなく、覆いかぶさるように木々の葉が緑から黄色、赤に色を変え始めています。そこからは、身体をリラックスさせ、脳にα波を増やす効果を発揮するといわれている「マイナスイオン」が満ちています。耳を澄ませば、せせらぎの音や木の葉をゆらす風が持つゆらぎは、気分を和らげてくれる力を持つといわれる「1/fゆらぎ」です。
このツアーで、参加者が最も感心したのは、樹木草類が発散する化学物質、菌などを抑制する作用を持つと言われている「フィトンチッド」です。
森林浴効果をもたらすといわれる森林の香りの正体は、「フィトンチッド」と呼ばれる、主に樹木が自分で作りだして発散する揮発性物質で、その主な成分はテルペン類などの有機化合物です。この揮散している状態のテルペン類を人間が浴びることを森林浴と言っても過言ではありません。樹木は、生きていくために光合成と同時に、二次的にフィトンチッドなどの成分を作りだすのです。それは、樹木にとってどんな効果があるのかというと、他の植物への成長阻害作用、昆虫や動物に葉や幹を食べられないための摂食阻害作用、昆虫や微生物を忌避、誘因したり、病害菌に感染しないように殺虫、殺菌を行ったりと実に多彩です。土に根ざして生きる樹木は移動することができません。そのため外敵からの攻撃や刺激を受けても避難できませんから、フィトンチッドを作りだし、それを発散することで自らの身を護るわけです。
1930年頃、旧ソ連のB.P.トーキン博士は、この植物の不思議な力を発見し、フィトン(植物が)チッド(殺す)と名づけました。また、フィトンチッドには、自己防衛のためだけではなく、攻撃手段でもあります。およそ生き物は自らのテリトリーを広げようとします。そのために他の植物に対して強力な成長阻害作用を持つ物質、すなわちフィトンチッドを分泌して、自らの勢力を拡大した結果なのです。しかし、このフィトンチッドは他の生物に対して攻撃的に作用しますが、人体に対しては有益です。自律神経の安定に効果的と言われ、肝機能を改善したり快適な睡眠をもたらし、空気を浄化したり、悪臭を消す働きがあります。また、食品への防腐、殺菌を始め、部屋や浴室のカビ、家ダニなどへの防虫にも効果的です。
森林リフレッシュのあとの昼食は、野尻湖半で、野尻原人さながら火おこしをし、石のナイフでゾウの肉ではありませんが、熊の肉を切り、それをバーベキュー、そして、笹の葉に乗せた古代米のおにぎりをいただきました。
先日、紅葉のお話がありましたが、なぜ、樹木に紅葉があるのか、一説には、アブラムシなどの害虫に対する防御策だと言われています。つまり、紅葉の原因である色素のアントシアンやカロテノイドを合成できる自分は耐性が強いから、寄生しても成功しないぞということを誇示してるらしいのです。今日の「フィトンチッド」も自分の身を守る働きをしているということですが、じっと動かない樹木が、こんな巧妙な手段で生きているとは驚きです。最近、「フィトンチッド」を発生させる空気清浄機や、「1/fゆらぎ」効果のあるマッサージ器なんかも発売されています。『人類はDNAレベルで森に同調します』というのは本当にそうですね。熊の肉のバーベキューや古代米のおにぎりのお味はどうだったのでしょうか、一度食べてみたいです。
昨日からのブログで先生が体験された話や森林浴の話しを聞いていて私も実際に森の中へ行ってみたくなりました。自然の中で大きく呼吸をするだけで免疫力が増えたり、身体をリラックスにさせたりなど、森の中と言うのは不思議がたくさんあり、面白いですね。そして、森の中の木は自分の身を守る為に「フィトンチッド」という物質を出して外敵から身を守っているとは驚きました。さらには自分のテリトリーを拡大する為に成長障害作用を持つ「フィトンチッド」を分泌しているとは衝撃でした。木も生物と一緒で自分のテリトリーというのを持っていたのですね。木は動けないと思っていたら、自分の身は自分で守っていたという事実に驚きました。そう考えると、今の子ども達も、今は親や保育士が身を守ってれていますがいずれは、自分での身は自分で守れるような人に育って欲しいと、ふと思いました。
自分の成長のために他を殺してしまうものが、一方では他を生かす働きをするという不思議な関係は、なかなかおもしろいです。全ての生物はそういう関係で成り立っているとも言えるのかもしれません。そう考えたとき、私たちも食べていくためにたくさんの動物や植物を殺していますが、どれだけ他を生かすために活動できているか考えてしまいます。お互いに大切にしあえるいい加減のところでつきあっていけたら、と思っています。
看板の「休」の字、確かに「人(ひと)」が「木(き)」に寄り添って在ることが「休」。幸い近くに森があり、その中を日中歩いていると癒されますね。そして今回のブログには「フィトンチッド」が紹介され、生物学的観点から私たちが感じる「癒し」の内容を知ることができます。「フィトンチッド」「フィトンチッド」・・・忘れずに覚えておきたい言葉です。木々が自らを守るために、そして他を攻撃するために与えられた力。音を出すわけでもなく、動くわけでもなく、また人間のように道具を使うわけでもなく、私たちにとっての「静寂」の中に「生きる」ための「自己防衛」と他者「攻撃」が繰り広げられている。何とも神秘さを感じます。今回のブログを読んで近場の森を歩くとこれまでの森とは違って感じられてくるから不思議です。