私が子ども会の顧問をしていたことがありました。そのときの役員は全員父親だけという珍しい会でしたので、企画がとても面白いものが多かったような気がします。ある年にテーマを「縄文時代体験」としたことがありました。その年の行事は、例えば、ある月に地域を流れる川に行って、その川床にある粘土を取りに行き、それを砕いて粉にして水に溶かし、その次の月に、それを粘土のようによく練って土器を作り、その周りには縄を押し付け、模様をつけました、それをよく乾かしたあと、次の月に野焼きで焼いて、縄文土器を作りました。また、どんぐりを粉にしてそれを焼いて食べ、縄文時代の食を体験しました。
東京の奥多摩のほうに「縄文爺さん」という人がいて、父親たちと訪ねました。彼から、縄文時代の生活を聞くためです。彼は、どんぐりを食べ、蓑虫の蓑をつなぎ合わせた服を着ていました。また、私が当時教員をしていたのですが、担任していた1年生のクラスで、縄文時代の住居を再現しました。(以前にブログで書きました)どうも、古代に興味を持っていたのかもしれません。そんな頃に、2冊のまんがの本と出合います。1983年、野尻湖発掘調査団によって発行された「掘って掘って また掘って」というまんが野尻湖発掘ものがたりでした。もう1冊の本は、「よみがえったナウマンゾウ」という、まんが恐竜博士シリーズの1冊です。ともに、野尻湖の「ナウマンゾウ」の発掘について書かれた本です。
以後、私は、一度は野尻湖に行ってみたいと思うようになりました。発掘調査は、毎回新しいものが発見されており、とてもロマンを感じていたからです。しかし、その後忙しくなって、野尻湖とナウマンゾウのことは忘れていました。昨日から休日を過ごしに来ている黒姫は、まさに、その野尻湖の湖畔にあり、今日、念願の「野尻湖ナウマンゾウ博物館」を訪れることができました。
お願いをして開館以来学芸員を務める近藤洋一さんからレクチャーを受けました。昨日の松木さん同様、熱っぽく語るその内容は、思わず引き込まれるようでした。ナウマンゾウは日本を代表する化石です。そのナウマンゾウの発掘を40年も続けている野尻湖は、ナウマンゾウのいる湖として名を知られています。2年に1回の「大衆発掘」には、毎回多くの参加者があるそうです。全国にある「野尻湖友の会」という団体に入会すれば誰でも発掘に参加でき、ナウマンゾウ博物館に展示してある化石や石器などは、この友の会の会員が発掘したものも多く、ラベルには発見者の名前が書いてあり、これは、世界的にも珍しい発掘方法です。
ナウマンゾウは、陸続きであった中国から日本に渡ってきて、もっとも繁栄した最盛期は今からおよそ12万年前から7万年前のことで、日本列島が暖かい時代でした。ですから、日本中、北海道まで分布を伸ばしていたことがわかっています。寒い時代を迎えてもその分布範囲は縮小することなく、日本特有の種になっていったのです。しかし、野尻湖の時代を迎えて突然、絶滅します。近藤さんは、人類がナウマンゾウを滅ぼしたのではないか、という仮説を打ち出し、研究しているそうです。
それを裏付ける人間による槍やナイフは発見されているものの、肝心の人骨の発掘は、まだのようです。まだまだ永遠のロマンは衰えてはいないようです。
黒姫高原や野尻湖がある長野県信濃町という所は、地図で見ると長野市の北に位置していて、私たちヤマ屋にはおなじみの白馬村のちょうど東にあるんですね。なんせ長野県は広いので、また一度も足を踏み入れたことのないエリアですね。そういえば、以前大糸線に乗った時に車窓から見えた山、あれが戸隠山に高妻山だったのかも。う~ん、行ってみたいです。ナウマンゾウが生きていた時代の日本は、大陸と陸続きだったのでしょうか。そのころの人類は、あのカップヌードルの「アーユーハングリー?」のCMのようにナウマンゾウを追っかけていたんですかね。氷河期がマンモスやナウマンゾウを滅亡させたと思っていたのですが、案外、人類が滅ぼしたのというのが正しいかもしれませんね。いつの時代も、人類は自己中で自然界のバランスということは考えない動物のようです。
子ども会の役員が父親だけというのは珍しいですね。父親は役員などに入らない印象があるので、新鮮かもしれませんね。
縄文時代を体験するのは面白そうな体験ですね。土器を作り、どんぐりを焼いて食べるなんて滅多に体験できません。縄文時代は教科書の中でしか存在しない世界なんで本当に貴重な体験だと思います。
ナウマン像の化石がどんどん発掘されていますが、絶滅した理由が人類が滅ぼしたと言う仮説というのが本当で、人骨などが発見されれば人類最古の人種になるのですね。その発掘の方法が誰でも出来るのであれば、もしかしたら子どもが発見するかもしれませんね。
研究をするために仮説を立てるのは当然のことかも知れませんが、最近この仮説をたてるということに興味があります。仮説を立てて進んでいくと、間違っていたとしても新たな発見があったりします。で、また仮説を立てて、といった感じですが、意外とそういう場面が日常にあったりします。ブログとは全く関係ない内容ですね。
前日の内容もそうですが、藤森先生がとても楽しそうで、まるで子どものようにワクワクしながら見学されている感じがします。森の話、ゾウの話を通して、こちらにもワクワク感が伝わってくるようです。もしかすると松木さんや近藤洋一さんの思いも、藤森先生を通じて伝わってきているのかもしれません。そんな風に考えるとなんだか楽しくなります。
野尻湖のナウマンゾウの化石発掘は国語の教科書で知りました。教科書で知る前、児童向け図書に「ナウマンゾウ」のことが紹介されていて、その時関心を抱いたのかもしれませんが、「日本にゾウがいた!」というのは子どもながらに衝撃でした。アフリカゾウ、インドゾウ、あるいはシベリアに生息していたとされるマンモス、とゾウへの関心はありましたが、自分の生れた国にもゾウがいたということが世界と繋がっていて何だか嬉しくなりました。3年前になりますか、長野市や長野南部の秋葉街道を訪ねるべく、北陸自動車道から長野入りしたことがありました。地図を見ながらの車の移動でしたので、野尻湖の位置が確認でき、「あ~この方向にナウマンゾウの野尻湖があるんだ」ととても感慨深く思いました。その時の黒姫山の雄姿が目に焼きついています。