定山

以前のブログで、日本各地にある温泉の発見者の話をしました。多くの温泉には、猟師などが山奥に踏み入って、動物が傷を癒したりしているのを見つけて温泉を発見したというのがあります。また、有名な僧が、旅をして歩いているときに発見したというのも多くあります。特に、弘法大師や行基が発見したとされる温泉は、多く残っています。しかし、動物はいくらか本当だというところもありますが、高僧が発見というのは伝説めいています。それは、医療がまだ発達していなかった時代に、温泉というのはありがたい庶民の治療のひとつだったということもあったでしょう。ですから、霊験あらたかな意味もあって、発見者もありがたい高僧だという冠が欲しかったのかもしれません。
しかし、彼らが足を踏み入れたことのない地では、彼らを発見者にはできません。例えば、北海道などでは、たぶん発見者は、アイヌ民族のことが多い気がします。特に、アイヌ民族は狩猟民族でしたし、動物をとても大切にしていたので、動物が浸かっているのを見つけ、自分たちがそれを活用していたということは容易に想像できます。
しかし、発見しただけでは温泉場としては機能しません。その場所を温泉場として庶民が訪れることができるようにするには、かなりの苦労が伴います。
今週末訪れている札幌近郊に「定山渓」という温泉場がありますが、この定山というのは人の名前だと知りませんでした。
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この地の温泉の存在は古くからアイヌ民族に知られてはいました。そして、江戸時代には、松浦武四郎が旅行中に川の中に湧く温泉に入ったこと報告したことで多くの人に知れ渡ることになりました。彼は、江戸時代、幕末から明治時代にかけて活動した日本の探検家で、早くから諸国をめぐり、特に蝦夷地を探査し、択捉島や樺太にまで行っています。そして、蝦夷地に北海道という名前を考案したほか、アイヌ語の地名をもとに国名・郡名を選定しています。
 その後、1866年に小樽でこの温泉のことを知った備前の国出身の修行僧、「美泉定山」は、この温泉を北海道の開拓で病に苦しんでいる人々の湯治の場所にしたいと考えました。そこで、北海道開拓使の岩村通俊判官に、この温泉の開発を熱心に陳情しました。岩村は、この温泉地を訪れ、定山の熱心さからこの事を承諾し、自ら湯守となった定山に米を給与し、ここに休泊所と浴槽を作らせたのです。そのころ、札幌は人口が少なく、温泉経営はほとんど成り立たなく、定山の給与は打ち切られてしまいます。しかし、彼は、寝食を忘れて温泉の開発に努力をし、生涯を温泉開発に尽くしたのです。このことから、この温泉が定山渓と命名されたのです。
ここには、定山神社があります。
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明治44年に創立されたものですが、他の神々と一緒に美泉定山命が奉斎されています。ここには、こう書かれてあります。「美泉定山は文化12年1月7日岡山県に生まれる。安政3年渡道し、明治元年土人の案内により此地に来て温泉が湧出するを発見。明治4年開拓使から湯守を命ぜられ此の地を定山渓と命名し、浴客の便を図り定山渓開拓の基礎をつくれる恩人である。」
彼は、その名を地名に残していますが、偉人、恩人とは、必ずしもその名を残しているわけではありません。しかし、後世の人がその恩恵をその名を知らずに受けていることがあります。しかし、大切なのは、その名ではなく、その偉業なのです。

定山” への5件のコメント

  1. 藤森先生。北海道に上陸していただきありがとうございました。
    念願かなって、充実した研修に出会わせていただき感謝です。
    参加者のアンケートでは、藤森先生に出会えてよかった。もっと、お話を聞きたかった。自分の保育を振り返るきっかけとなった。・・・などなど。好評を得ました。
    明日もお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします。 北海道保育士会 J.TAYA

  2. 名前が残るかどうかはあくまでも結果であって、もしそれを目的にしてしまうと道をはずしてしまいそうですね。自分にできることは何か、それは何のためなのか、いつもそのことをしっかり考えようと思います。
    少し前は沖縄そして今回は北海道と、本当にお忙しいですね。お体には十分お気をつけください。

  3. 今年の8月に登った北アルプス・南岳の小屋に泊まった時、小野健先生という方に会いました。この方は、若い頃山仲間と力を合わせて、北アルプスから日本海に面した親不知に通じる27kmにも及ぶ「栂海新道」を切り開いたことで、山の世界では「伝説的な人物」としてよく知られています。行政の援助を頼らず、私財をなげうって新道の開拓に賭けたその半生を山小屋でじっくりお聞きすることができました。75歳を越えた今でも、自らが建てた山小屋で訪れる登山者にビールをふるまいながら山の魅力を語るのが一番の楽しみだそうです。「登山道は、毎年藪刈りを続けなければ維持できない。私が亡くなった後、もし、この道が必要とされなくなったときは、自然に帰っていくだろう。」という小野先生の言葉がとても印象的でした。今日のブログは温泉がテーマでしたが、偉人、偉業ということで小野先生のことを紹介させていただきました。

  4.  今までにいくつか温泉に入ったことありますが、決まって温泉には効能があります。その温泉の効能を見るたびに、よく地中から出てきた物が、人間の体で悪いところを治したりできるのかな?とつくづく思うことがあります。本当に自然の力というものは凄いと感じます。そんな温泉を北海道の開拓で病に苦しんでいる人のために尽力を尽くした「美泉定山」はただ自分の名前を残したいわけでなく、人のために尽くしたことが評価され名前が残ったのですね。評価されることは素晴らしいことですが、だからと言って名誉のために尽くすのは何か違います。人のため、日本のためなど、とても大切な事を常に忘れずにいることが大切だと思いました。

  5. 今日のブログで紹介された「定山渓」はとても懐かしいところです。小学校6年生の時、父と弟と3人で札幌旅行をしました。父は大工でしたが、若い頃出稼ぎで北海道に行っていたといいます。そしてその出稼ぎの際札幌でも仕事をしました。そのときは北海道大学の仕事をしたそうです。後年「大学は北大」と言っていました。父は大工の見習いで同年生の大学生を見て羨ましく思ったのかもしれません。父が仕事をした地を小4になる弟と訪ね、その後バスで「定山渓」まで行きました。その頃はどうしてこんな山の中に行くのだろうと思いました。父の何かの思い出があったのでしょう。「定山」が人名であったことを今回始めて知りました。てっきり山の名とばかり思っていました。

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