双葉山

最近、相撲力士に関しての様々な事件、不祥事が世間を騒がせています。その中で特に衝撃的だったのが、昨年、時津風部屋力士暴行死事件の発生です。この部屋は、昭和17年、当時まだ現役の横綱双葉山定次により双葉山相撲道場として設立されたものです。
今週号のR25に「『国技』をめぐる日本と世界の不思議な事情」という記事が掲載されています。「相撲は日本の国技」だと思っていることが、実は違うという記事です。日本相撲協会によると、「国技館で行われているために、そう思う方々が多いのではないでしょうか。国技館は、日本相撲協会が相撲を行うために建てた施設で、明治42年の6月に開館されたのですが、完成前までは『常設館』という名称の予定でした。しかし、完成した際に「国技館と命名しよう」という提案があり、それが了承されたため、現在の名称になったんです。そのあたりから、相撲は国技といわれてきたのでしょう」ということらしいです。
 とはいっても、力士には人格の高さが要求されますし、相撲も品格が求められます。その力士の中でも有名なのが、「双葉山」でしょう。彼は、双葉山 定次といい、第35代横綱です。今日は、彼の出身地である大分県宇佐市に来ています。宿泊先の前には立派な土俵があり、そのそばには彼の銅像が立てられています。
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 彼が有名なのは、まだ年2場所の時代にもかかわらず、本場所での通算69連勝、優勝12回、全勝8回などの記録を残したことがあります。その数々の大記録は未だに破られていないものも多くあります。彼が活躍した時代は、日中戦争が泥沼化し、緊張の時代の中、国民に熱狂的に迎えられ、国民的英雄でした。「双葉の前に双葉無し、双葉の後に双葉無し」と言われたほど、史上最強の横綱でした。
その彼が立派な成績を残したことだけでなく、他にも国民的英雄といわれた理由があります。彼が5歳の時、友達の吹矢が右目に当り、その負傷が元で右目が半失明状態になってしまいます。また、家業の海運業の手伝いをしているときに錨の巻上げ作業で小指に重傷を負い、その後遺症によって右手の小指が不自由でした。そんなハンデを抱えながら、「木鷄」を目標に相撲道に精進し、昭和屈指の大力士となったのです。
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双葉山が目指した「心・気・体」は、この木鷄に現れていますが、その言葉は、69連勝を逃したときに友人に語った「我はまだ木鶏たりえず」という言葉です。この木鶏という言葉は、「荘子」にでてくる「木鶏の教訓」という挿話です。紀省子という闘鶏を育てる名人が、王様がもっていた一羽のすぐれた鶏を鍛え上げた姿を「相手が挑戦してきても、いっこうに平氣でちょっと見ると木鶏のごとく、その徳が完成しています。これからは、どんな敵が現れても戦う前にしっぽをまいて退却することでしょう」と答えたことから来ています。荘子は、この木鶏の寓話で、人間が虚心無我になったときに最も強くなるということを語っています。虚心無我というのは、私心や欲や我執を持たず、わだかまりが無く素直な気持ちでいることであり、そんな気持ちでいるときにこそ力が出るものであるといっています。双葉山は、負けたときに言い訳をせず、まだ自分は虚心無我の境地にはなっていないからであるという自分を戒める言葉を言ったのです。
 最近のニュースを見て、相撲だけでなく、多くの人に影響する人たちは、言動に気をつけてもらいたいものだと思わずにはいられません。

とんち

 子どもは「とんち話」が大好きです。それは、頭を働かせて、悪いものを懲らしめたり、危機を脱出したり、最後はハッピーエンドで終わることが多く、スカッとするからです。この「とんち」を漢字で書くと「頓知」と書きますが、「機に応じ変に処してはたらく知恵。さそく(早速)のちえ。機智。」と辞書には載っています。この「頓」という字が、「臨機にするさま。にわかなさま。」という意味のようです。
では、昔からとんち者というと誰を思い浮かべるでしょう。まず、「一休さん」が浮かびます。それは、テレビアニメでも放映されていたからです。このテレビのことは以前のブログでも書きました。
次に思い浮かべるのが「彦一とんち話」でしょう。この彦一が誰であるのかは定かではないようですが、肥後国熊本藩八代城の城下町の長屋に暮らしていた下級武士で、定職を持たず、時に農作業、時に傘職人などをして生計を立てていた人物ではないかといわれています。彼にまつわる民話を「彦一ばなし」とよんで、八代では今も語り継がれています。この話しの特徴は、町人や殿様などのほか、狐、河童、天狗などが登場するので、フィクションのものが多いようです。また、この話しは、子どもが好きな要素の、とんちを使って権力者を懲らしめたりするケースは少なく、どちらかというと、有名な「天狗の隠れ蓑」という話のように失敗して恥を掻いたりする話も多く、英雄ではない、等身大の姿が描かれており、それが広く愛されている所以でもあるといわれています。
もう一人、教科書に取り上げられて有名になったとんち者「吉四六さん」がいます。彼は、実在の人物としてその存在が分かっています。現在の大分県臼杵市野津町の生まれで、本名を廣田吉右衛門といい、名字帯刀を許された地方の庄屋でした。吉四六さんは吉右衛門がなまったものです。この吉四六にまつわるとんち話を「吉四六話」といいますが、これは、明治時代に地方から伝承を寄せ集めて編纂したものです。その後、地方紙が読み物としての連載を始めたことで、広く県民が知ることになります。
彼が地元に人気があるのは、彼は出世してからも権力を嫌い、年貢のとりたてに苦しむ庶民の味方になったり、つらく厳しい時代であっても、庶民の相談役となり持ち前のとんち・奇才で人々の難儀を救ったと言われていることにあります。昨日から訪れている大分での懇親会で、参加者の一人がこの「吉四六さん」を大分弁で演じてくれました。その人は、吉四六さんと同じ臼杵市野津町の人です。
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彼の代表的な逸話に「柿の見張り番」というのがあります。この話しは、吉四六さんが子どもの頃のエピソードです。
ある日、吉四六の家の柿がたわわに実りました。そこで親は盗まれないように、吉四六に柿の木を見ているように言いました。しかし、自分自身も食べたくてしかたありません。それなのに、村の友人がやってきて、柿を食べようと吉四六をけしかけます。そこで、吉四六は友人と一緒に全部柿を平らげてしまいます。畑仕事から戻ってきた親は吉四六をしかりつけますが、吉四六は頓知を働かせてこう言います。「柿の実は友達がもいで行ってしまったけど、私は、柿の木はずっと見ていた」と。親は呆れて開いた口が塞がらなかったということです。
この内容を教材として、子どもたちに、この吉四六の行動をどう考えるかという授業をします。

以前ブログで書いたナウマンゾウの発見は、野尻湖畔の旅館の主人が、野尻湖底でナウマンゾウの臼歯を発見したことから始まりました。その形からして「湯たんぼ」だと思って拾ったのですが、それにしては変だと思って、地元の野尻湖小学校の校長にみてもらったところ、ゾウの歯ではないかといわれ、とっておいたのが発端でした。草食動物であるゾウにとって、ものをすりつぶす臼歯の役目はとても重要です。ですから、臼歯は次から次へおくからできてきて、古い歯を前に押し出し、それが落ちていくのです。
現在、人間の体のあらゆる部分も次から次へと入れ替わっていくことがわかってきています。皮膚や髪や爪などは入れ替わっていくことを実感することができますが、硬い骨や歯も入れ替わっているそうです。もちろん、歯は、1度入れ替わることは誰でも知っていますが、そうではなく、一生絶え間なく入れ替わっているのです。それは、その中身です。体のすべての分子は食べ物の分子と絶え間なく入れ替わり、全体として流れているそうです。これが「動的平衡」というようですが、岩波ブックレット「生命と食」(福岡伸一著)の中で説明されています。
すべてのものが入れ替わるために、食が大切なのです。食は、動くときのエネルギーをうみだすことで必要とされ、それに、子どものころは成長するために必要だと思われています。しかし、実は、それだけでなく、「食べ物は体の中に入って、体の一部に変わるけれど、もともとそこにあった分子は分解され、体の外に捨てられた、ということが考えられます。つまり、食べ物の分子は、単にエネルギー源として燃やされるだけでなく、体のすべての材料となって、体の中に溶け込んでいき、それと同時に、体を構成していた分子は、外へ出て行くということです。」(「生命と食」より)
簡単に言うと、へんな食べ物を食べると、すぐに気持ち悪くなるとか、体に変調をきたすだけでなく、次第にそれが体の部分を構成していってしまうのです。ですから、食べたものが消費されなくとも、その食べ物の重さ分だけ体重は増えないのです。飲み込むという作業を、どんな精密機械よりも精密に行う人間の体は、さまざまな部分でも行われているのです。
私の園に毎週来てくれる嘱託医の小児科の先生は、いつもガムをかんでいます。どうしてかと聞いてみると、風邪予防だといいます。これもブログで書きましたが、物をかむことの大切さのひとつに、「唾液の分泌を促進する」ということがあります。唾液の中には身体に有利に働く様々な酵素やホルモンが含まれています。アミラーゼという酵素はデンプンをデキストリンや麦芽糖に分解し消化、吸収を助けます。作用は胃の中でも持続し、胃酸で停止します。そのほかに、細菌の増殖を抑制し、また、直接殺菌する働きを持つ酵素が含まれています。さらに、かむことによって、耳下腺・顎舌腺からホルモンが分泌され、骨や歯の発育を促進し、加齢現象を抑えます。また、人間の記憶力は、ガムを噛む前より、噛んだ後の方が高いことは様々な研究で証明されているそうです。
人間の歯や、あご、そのほか様々なパーツはそれぞれ関連しながらどれも大切なものです。これらを作り、その内部の分子を入れ替える「食」は、新ためて見直されなければいけない大切ことです。

甘い誘惑

 昨日、職員の会話の中で「まったく、男のくせに泣くんだから!」という言葉を聞いて、私は、「男だから泣くんじゃないの?」と言いました。よく講演で話をしますが、私の息子が小さかった頃、公園で転んで泣いているのを妻と二人で慰めていると、後ろを通っていった6年生ぐらいの女子二人に「しょうがないよ。男の子だもん!」と言われました。私たちの世代では、男は泣くもんじゃないと教えられてきたのが、当時その頃から、泣くのは男の子というイメージが子どものあいだで広がっているのを聞いて、妙に納得したものです。もちろん、本当は個人差のものでしょうが、幼児を見ていると、確かによく泣くのは男の子のほうの気がします。
 そのほかにも、「男のくせに」「女のくせに」という言葉を使うことがあります。男女の違いがあることは確かですが、その多くは、刷り込みによる思い込みのことも多いような気がします。10月21日の読売新聞にこんな記事が特集されていました。
「男がとろける 甘い誘惑」というタイトルを見て、男性が女性の誘惑に心がとろける」というイメージを持った人は、男性に対して、かなり刷り込みを持っている人です。男がとろけるのは、何も女性に対してだけではないのです。実は、スイーツ好きの男性が増えているという特集なのです。甘いものを求めて、男性が人気店の行列に並ぶ姿も珍しくなくなっているようです。しかし、やはり「こっそり楽しむ隠れファンも多い」ということは、まだ男性がスイーツを楽しむのは隠れなければいけないことのようです。しかし、もはや、「男性は甘いものが苦手」という定説はなくなったのかと記者は取材をしています。
 この特集の最初のほうでは、最近増えてきているスイーツの店舗を紹介しています。東京・銀座にあるバーでは、ブランデーやラム酒など100種類以上の酒のボトルが並んでいますが、これらの酒をすべて、アイスクリームにかけて味わう店だそうです。その店の客の7割は男性で、しかも、40?50歳代が目立つといいます。どうも、甘い物好きの若者が増えたのではなく、最近は、年配にも甘い物好きがいるようです。
 記事では、こっそり楽しむ男性が多いのは、コンビニエンスストアでもうかがえると書いてあります。あるコンビにでは、自社開発のスイーツ購買層の6割が男性で、昨年6月からは、舌の肥えた男性向けの「男のスイーツ」をシリーズ化し、毎月、新商品が登場しているそうです。どうして、最近は男性も甘いものが好きになったのかというと、どうもそうではないようです。
 「スイーツ番長」という愛称でブログを開設している清水好夫さんは、「元々、甘いもの好きの男性は多い」と語っています。彼によると、スイーツ番長の元祖は「織田信長」ではないかと言っていますが、信長は、南蛮菓子が大好物だったそうです。また、産まれたばかりの赤ちゃんの口に甘いものを含ませると、笑顔を見せ、逆に苦いものを口に含ませると顔をそむけ機嫌が悪くなります。なにも、女の子や男の子の差はありません。
また、月刊男性誌「UOMO」(集英社)の編集長は、「手みやげなど、ビジネスでスイーツが活躍する場面が増えている。その過程で好きになる男性も多いようだ」と分析しているように、次第に好きになる環境もあるようです。
 この記事の最後に「そろそろ、男性も胸を張って甘いものをほおばっていい時代なのだろう。」と結んでいますが、男女というだけでなく、さまざまな刷り込みをなくして、自分はどうなのかをきちんと表現できるようのなかになってほしいですね。

人魚

  私はまだ見ていないので、その内容についてじっくりと書きたいと思っているのが、映画「崖の上のポニョ」です。この物語は、「アンデルセンの「人魚姫」を今日の日本に舞台を移し、キリスト教色を払拭して、幼い子供達の愛と冒険を描く」と宮崎 駿さんは語っているように、この物語は、海に棲むさかなの子ポニョが、人間の宗介と一緒に生きたいと我儘をつらぬき通す物語です。この物語のように、いわゆる魚の子といわれる人魚が、昔から物語の題材になることは多くあり、その多くは、人間になりたいという願望を持つことによって起こる悲劇を主題にすることが多いようです。
 北方の、冷たく暗い海の岩の上で、女の人魚が考えていました。「人間の住む町は、明るくにぎやかで、美しいと聞いている。人間は魚よりけものより、人情があってやさしいと聞いている。一度手に取りあげて育てたなら、決して捨てたりしないと聞いている。さいわい自分達は人間そっくりだから、人間世界で暮らせるはず。せめて自分の子供だけは、人間の世界で育て大きくしたい」と、ある夜のこと、人魚のお母さんが神社の石段に赤ん坊を産みおとしました。
赤ん坊は町の蝋燭(ろうそく)屋の子どもがいなかった老夫婦に拾われ、大切に育てられ、美しい娘になりました。娘は、家の蝋燭に赤い絵の具で絵を描くのが好きになり、その蝋燭がたいへんよく売れ、家業が繁盛します。それは、その蝋燭でお宮にお参りすると、船が沈まないという評判が立ったからでした。ところが、人魚を見世物にしようという悪い香具師が差し出す金に目がくらんだ二人は人魚の娘を売り飛ばしてしまいました。そのとき、娘は泣く泣く最後の蝋燭に絵を描きます。それは、悲しさのあまり真っ赤な絵になりました。
その夜、訪ねてきた髪を乱した青白い女に娘が残した最後の蝋燭を売りました。その女が帰っていくと、まもなく雨が降りだし、たちまち嵐となり、娘の檻を積んだ船は難破してしまいます。そして、赤い蝋燭がその町にすっかりなくなると、その町はすっかり寂れ、ついに滅んでしまったといいます。
これは、東京朝日新聞に連載され、小川未明の最高傑作といわれる童話「赤い蝋燭と人魚」です。しかし、子どもが読む童話としてはせつなすぎますね。
 先週末訪れた富山で、飛騨高山と同様、江戸時代に天領となった飛騨古川に連れて行ってもらいました。この伝統ある城下町には、出格子の商家や白壁の土蔵が続き、その脇を意外と早い流れの瀬戸川には、大きな鯉が透き通った水を通して見えます。
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  この町のチラシには、「やわらかい、あたたかい、なつかしい」と書かれてあります。ここは、2002年にNHK朝の連続ドラマ「さくら」の舞台となりました。高山市の中学で英語指導助手をするハワイ生まれの主人公さくらが、この古川町の和ロウソク店に下宿します。その舞台となった江戸時代から続く手作り和ろうそく店「三嶋和ろうそく店」に入ってみました。
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 すべて手作りで作るろうそくは、全国でもここだけというだけあって、そこにある座布団には、生憎店主は座っていませんでしたが、職人の心意気が漂っていました。店の奥は、二階から顔を出したテレビのシーンを思い出させるかのような飛騨の家屋のつくりを見ることが出来ました。

「LRT」と「TDM」

 映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の時代設定と地域設定は、まさに私が育った時代と、私が育った町が再現されています。以前ブログでも取り上げましたが、その中で懐かしく見たもののひとつに「都電」がありました。東京では現在は1路線のみになってしまいましたが、当時は今の地下鉄以上に東京を網の目のように走っていました。また、「トロリーバス」という無軌道電車が走っていました。これは、その名の通り、形は全くバスですが、電気で走るものです。これらは、様々な理由から次々に廃止されました。それに取って代わったのが、ガソリンで走る自動車です。しかし、自動車の急速な普及は、都市に、交通渋滞や交通事故の増加、大気汚染や騒音などの問題をもたらしています。それ以上に、自動車の普及は、人の流れや商店のあり方も変えてしまいました。また、人と人との出会いの機会も奪ってしまいました。
最近、欧米諸都市では、いったんは衰退した中心市街地を、自動車交通中心のまちづくりから公共交通中心のまちづくりへと転換することによって、活性化させる例が現れているようです。その中心市街地活性化の手段のひとつとして注目されているのが、時代遅れの乗り物として姿を消しつつあった路面電車を近代的に再生させた交通システムの導入です。この交通システムが「LRT」(Light Rail Transit)と呼ばれるもので、低床式車両路面電車の使用による「人と環境に優しい乗り物」としても、見直されています。
このLRTが活用されている国のひとつにドイツがあります。私は毎年ドイツに行っていますが、「ドイツは環境の国」というイメージがあるように、乗り物は、自転車か、路面電車が目立ちます。私が訪れるミュンヘンでは、自動車を環状道路の整備により強制ではなく誘導により迂回させ、TDM(Transportation Demand Management)という方法を実現しています。このTDKとは、その言葉の通り交通需要マネジメントのことで、自動車利用者の行動を変えることにより、道路渋滞をはじめとする交通問題を解決する手法です。今ではほとんど交通問題の解決のために、道路整備などを行うような交通の「供給側」からの対応ですが、それが限界に来たために最近では、交通の「需要側」からの対応使用という考え方をするようになってきています。ミュンヘンでは、この考え方を、LRTだけでなくその路線をドイツ的な土地利用の考え方に忠実に従ったものとし、バスとの連携、Sバーンからの連続として配置し、自動車交通の受け皿として積極誘導を行い、現在のLRTの発展の基礎となったとも言われています
そのほか、アメリカ、フランス、イギリスなど他の西側先進国でもこの取り組みが行われています。日本全国の様々な都市でも、導入運動が進んでいるシステムですが、必ずしも適応性がすべての都市で高いとはいえませんし、それぞれの都市では問題も多いようです。
昨日まで訪れていた富山では、旧富山港線を第3セクターが引き継いで路面電車化した富山ライトレールが開業し、富山市の都市計画に組み込まれるなど、日本初の本格的導入として注目されています。2006年度には、グッドデザイン金賞を受賞したり、今月には、第3回「ハイ・サービス日本300選」を受賞するなど、様々な賞を総なめしています。
 しかし、このライトレールは、ドイツで取り組まれたような意図が実現されているのでしょうか。地元の人の話からすると、いろいろな問題があるようです。

摂食

摂食とは、そのまま食事をとることです。それは、食物を認識して口に取り込むことに始まり、胃に至るまでの一連の過程です。しかし、それだけのことといっても、様々な機能が必要なものです。
食物が口の中に入ると,まず咀嚼をして食物を飲み込める状態にします。その行為は、おもに歯とあごでします。それと同時に舌や頬の運動も必要です。舌や頬に運動障害や感覚麻痺があると,食べ物を飲み込める状態にすることが難しくなります。また、口をきちんと閉じることができないと、口から食物がこぼれてしまいます。そして、歯は、その役割によって形が違います。大きく言えば、前歯でものを噛み切り、奥歯でそれをすりつぶします。そして、飲み込める状態にします。
私の園に見学に来た方が「園の給食の野菜の刻み方が、子どもには大きすぎませんか?私の園では、もっと小さく切っています。」と、いかにも自分の園では丁寧にしているということを自慢げに言われました。そこで私は、「それは、前歯を使わないでいいようにですか?だったら、奥歯も使わないでいいようにすりつぶしたものを出したらどうですか?」と言ってしまいました。また、固いものを噛み砕くことのできる歯の強さ、あごの力も必要です。そのためにも、幼児期にしっかり噛む習慣をつけることが大切です。給食は、栄養素を子どもの体に流し込むことだけが目的ではなく、体の様々な機能をより高度に発達するように援助していくことなのです。
また、咀嚼とは、単に歯で食物を噛み砕くだけではありません。よく噛むことによって唾液も多く分泌し、食物と混ぜ合わされ、呑み込みやすい大きさ、形にすることができます。それは、また食物の消化吸収を高めることにもなります。また、噛むことによって、食物本来の味を引き出すことができ、食物をおいしく感じ、満腹感を得ることができます。また、咀嚼機能の発達と連動して、舌やあごの運動機能、口腔の容積やあごの筋肉、味覚などが発達します。また、両手との協調なども習得していきます。そして、6歳頃までに一人食べができるようになります。
 咀嚼がある程度完了したら,次は、舌を使って食物を咽頭へ送ります.この時に大切な機能が「舌尖の挙上」といわれることです。それは、舌の先を上に持ち上げ、上顎に付けることが出来ないと,食べ物を喉のほうに持っていくことができないからです。すると、いつまでも口のなかに食物が残ってしまいます。また、この時にも唇を閉じることができないと、食べ物の塊を口の奥のほうにうつしていくことはできないのです。
食べ物を飲み込むときにも、人間は素晴らしく様々な機能が連動します。飲み込もうとすると、軟口蓋が上に上がり、口腔と鼻腔が遮断されます。また、喉頭蓋で気管へ蓋をし,飲み込む瞬間だけ食道が開き、食べ物を食道に送り込みます。しかし、これらの複雑な運動に関わる神経や筋肉に何らかの障害が生じた場合、「嚥下障害」といって、飲み込むことが困難な状況になるのです。また、話しをするときや呼吸をするときは気管を使います。そのときには気管が開きます。ですから、話しながら、呼吸しながら食物を飲み込むと、食物が気管に入ってしまい、急いで吐き出そうとむせてしまうのです。
ものを食べるときには、精密な機械が、正確に連動し、動いている気がします。人間の体は、素晴らしいですね。

食べ方

 そろそろ新そばの季節です。少し前にそばの花が満開でした。
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今日は、そばをいただきましたが、テーブルには食べ方が記されていました。まず、そばだけを食べます。そばの食感、味等、そばそのものを知るためです。その次に、そばに塩だけをつけて食べます。それは、そばの甘さを感じるためです。次に、薬味は使わず、つけ汁をつけて食べます。それは、汁の味をよく見て、そばと汁とのバランスを考えて、この後、そばにどのくらい汁をつけるか、薬味の分量をどうするかを決めるためです。そして、そば、汁を全て理解した後に、薬味をつけてそばを味わうのです。そのときに、汁は、そばの先端につけます。つける量は汁の味付けによって、そばとのバランスを考えて調整します。汁をつけたら、そのまま口に持って行き、箸で挟んだ汁のついていない部分を舌の中央に運びます。そうすることによって、そばの香りがまず楽しめます。次に、一気にそばをすすり込みます。このとき、猪口の縁にそばをあてると、そばについてくる汁の量を加減できます。そのとき、他の食べ物と大きく違うところですが、そばは音をたててすすった方が良いようです。そして、ただ飲み込むのではなく、ときたま、舌の後方の両側で味わいます。そして、そばを意識して噛むと美味しくなくなります。
そんな食べ方は個人の自由で、どのように食べても構いませんが、そこにこだわるのは、いかにも江戸っ子という感じがしますね。
ここのところのニュースで、パンを喉に詰まらせて志望した小学生のことが取り上げられています。新聞によると、東京都だけで、しかもここたったの2年以内の事例だけで、物がのどに詰まって救急車搬送された人が2443人もいて、即死亡した人が71人もいるそうです。(植物人間になっている人は把握できない)そして、一番多いのは、ご飯や寿司で次が餅、それから野菜果物、パンです。幼児に限ると、ウエハス、たまごボーロ、飴も多いそうです。
 私が小学1年生を担任していたときのことです。クラスに好き嫌いの激しい男子がいました。その子は、毎日、給食はほとんど食べません。食べるのは、食パンの真ん中の白いところをえぐり取り、それを手で丸めてのり状にして、それを口に入れてしばらくなめて飲み込みます。余りに奇妙な食べ方をするので、家庭訪問をして、母親から事情を聞いてみました。するとその子の母親はこういいました。「私は子どもがかわいくて、心配でたまりません。物を食べるときにも、喉に詰まらせないか心配なので、食べ物はすべてミキサーにかけてどろどろにしてから喉に流し込むのです。先日のカレーも、具を全部ミキサーにかけました。おそうめんもミキサーにかけて飲ませます。給食も、固形物は出さないで欲しいと思っています。」と言ったのです。その母親の周りでは、その子は手にスナック菓子を持って食べながら歩き回っていました。
 確かに、最近のスナック菓子は、硬いものは少なくなっています。やわらかく、口に入れると溶けてしまうようなものも多くなっています。それから、一口で食べることができるように小さくなっています。ですから、最近の子どもはあごの張った子は少なくなりました。これは、どんな影響を及ぼすのでしょうか。明日、摂食、咀嚼、嚥下について考えてみたいと思います。

外注

 「今日は外食をしよう!」と言うときの外食とはどういう意味でしょう。多くの人は、「外で食事をする」という意味で使うと思います。ですから、食堂、レストランなどの飲食店で食事をするということでしょう。
 これは、すでに室町時代からありました。それは「茶屋」と呼ばれるものです。よく時代劇などにも見られる「峠の茶屋」などもそうでしょう。それは、「茶店」とも呼ばれ、一種の休憩所であり、注文に応じて茶や団子などの和菓子を飲み食いさせる店舗として発達しました。食事を提供するようになって江戸時代初期には「めし屋」という店舗が登場します。そして、江戸時代の中期から後期にはそば屋や、留守居茶屋という店ができてきます。
 しかし、外食というのは、もうひとつ、外の人が作った食事という意味もあります。例えば、調理済みの弁当や惣菜の販売などの「中食」と呼ばれるものや、出前やデリバリーと呼ばれるものです。
これらの外食は、ファーストフードといわれる店舗が出現することによって、家族ぐるみで利用するようになりました。1970年、大阪日本万国博覧会会場にケンタッキーフライドチキンが出店したのに続いて、1971年マクドナルドが銀座三越に、ミスタードーナツが第1号店を出店し、続々とできていきます。それに続いて、ファミリーレストランができ、日本中の町の中で必ず目に入るほど店舗数が増えていきました。
 それが、今年に入って、外食産業の全店売上高は3年ぶりに減少しました。それに追い討ちをかけるように、メラミン混入とは、農薬混入などの問題が起きたり、健康志向から少しずつ外食が見直されてきています。
 食事の外注といった外食だけでなく、最近は、様々なものを外注するようになって来ています。掃除の外注、家事の外注、墓参りの外注まで現れてきました。2000年度に家事支援サービス市場は、547億円でしたが、10年には1000億?1200億に拡大する見通しだそうです。このように家事代行サービスの需要を伸ばしているのは、20?30歳代の働く女性のようです。そんな実態が、今週号の「週間東洋経済」に特集されています。そこには、こんなことまで代行させるのかと思うようなものが多くあります。
 両親が残業で保育所に迎えに行けないときや、塾や習い事の送迎などに利用されるケースが多い「子育てタクシー」というのがあります。このドライバーは、子どもとの手のつなぎ方や歩き方、コミュニケーションのとり方などについての研修を受けたり、子育てサークルや子育てに関する情報も学ぶそうです。いま、この資格を持つドライバーは全国で600人います。
 また、宅配業者のドライバーが集荷に来て、洗濯をしてまた自宅に配送する「洗濯代行サービス」のほか、コンビニで家事代行サービスのチケットを販売したり、コンビニが食事配達サービスをしたり、警備をする会社がその顧客に定期清掃から料理代行、子どもの世話、病院への付き添いなど身近な家事をサポートしたりします。
 当然、トラブルも多いようですが、ますます家事の代行は増えてくるでしょう。問題は、代行してもらう代わりに、何をするかということですね。

教育環境

 子どもたちにとってよい教育環境とはどういう環境でしょうか。例えば、緑豊かな、広々とした中で教育をするのがよいとか、音が全くしない無人島のようなところがいいとか言い出すとそれは様々な価値観の違いが出てきてしまいます。そうではなくて、大人が、子どもにどんな環境を用意して上げられるかというとある指針が出てきます。
 先日紹介した「ユニセフ・イノチェンティ研究所調査」では、教育環境の充実を象徴するものとして8品目を挙げています。それは、「学習机」「静かな学習空間」「勉強用パソコン」「教育ソフト」「インターネット接続環境」「計算機」「辞書」「教科書」です。この中で、これらの所有が6品目未満の家庭がどのくらいあるかという調査結果があります。その結果、日本は53・3%で、ギリシャに次いでワースト2位でした。
 では、学校における良い学習環境はどんなでしょうか。日本では、「学校環境衛生の基準」というものが決められています。その項目は次のようなものです。「照度及び照明環境」「騒音環境及び騒音レベル」「教室等の空気」「飲料水の管理」「雨水等利用施設における水の管理」「学校給食の食品衛生」「学校の清潔」「水飲み・洗口・手洗い場・足洗い場の管理」「ごみの処理」「ネズミ、衛生害虫等」の10項目が挙げられています。
 昨日の10月21日は「あかりの日」でした。電球・蓄音機・映写機という「3大発明」をしたエジソンが、実用的な白熱電球を40時間点灯させた日が、1879(明治12)年のこの日です。現在は、タングステン線がフィラメントの主流ですが、エジソンは京都産の竹を炭にしてフィラメントを作りました。
この「あかり」はとても重要な環境です。ですから、「学校環境衛生の基準」では、真っ先に挙げられています。また、「あかり」は、日常生活に必要な視覚情報を得るための重要な手段であり、生活文化の原点として、「あかり」は古くより人間生活に重要な役割を果たしてきました。今日、1日24時間を人々が活動できるのも「あかり」のおかげですし、またあかりは単に物を照らすだけでなく、そのあかりでホッとしたり、その場を演出してくれます。
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  さて、話を元に戻して、照明が環境として機能するための条件はなんでしょうか。まず、光を定量的に測定することを「測光」といい、電磁波の量に目の感度で重み付けをした量を「測光量」といいます。それには、「光束」「光量」「照度」「光度」「輝度」等があります。
「光束」とは、放射束を測光標準観測者の目を通して評価した量を表し,記号はΦ,単位はルーメン[lm]です。「光量」とは、その光束を時間で積算したもので,記号はQ,単位はルーメン秒[lm・s]です。また、光のりょうを表す中で一番使われるものは、「照度」です。この照度を正確に定義すると、照明によって照らされている面の単位面積に入る光束を評価した値であり,記号はE,単位はルクス[lx]になります。「教室及びそれに準ずる場所」において、望ましい基準として、下限値を「300ルクス」とし、「教室及び黒板の照度」は「500ルクス以上であることとされています。「光度」とは、光源の明るさを評価する量で,ある方向の微小な立体角内を通る光束を,その微小立体角で割ったもので,記号はI,単位はカンデラ[cd]です。「輝度」は、ある程度の大きさをもつ光源に対して、単位面積当たりの光度を求めるようにしたものが輝度であり,記号はL,単位はカンデラ毎平方メートル[cd/m2]です。
しかし、「明るさ」は人間が感じる感覚的なものであり,これを数値化するには注意が必要であると、国際的な機関であるCIEが中心となって,光に関する標準について勧告しています。数値で表せないものが人間には必要かもしれません。