与える喜び

このブログを始める前にある特定のメンバーのためにメールマガジンを書いていたことがありました。それは、一部の閉じられたメンバーだけで購読できるものでしたので、今読み返してみて、それ以後考えたことを付け加えると面白い内容のものがいくつかあるので紹介します。
2003年7月5日の「新しい仲間」という内容です。
「私のセミナーでの仲間や、ドイツツアーの仲間は、みんなとてもいい仲間です。この中から、今までの、地域の園長会や、保育団体とは違った、新たな団体のありようが見えてきます。この仲間は、あくまでも、子どもを大切にしよう、子どもを中心に据えようという、共通の意識があります。もちろん、どの保育者も、他の団体も、子どもを大切にしようとすることには異論がないでしょうが、なんだか少し違う気がします。しかし、この仲間の発言は、みんな頷くことばかりです。同じように考える人がほかにもいるかもしれません。幼稚園にも、学校にも、もしかしたら認可外施設にも、NPOの中にもいるはずです。結局は、「善い園」と「悪い園」と分けるべきかもしれません。そんな観点から、一つの団体を作りました。「ギビングツリー(GT)」がそれです。」
この会の名前の由来はもちろん主に「The Giving Tree(おおきな木)」(作・絵:シェル・シルヴァスタイン)という絵本から採ったものです。
この絵本の日本語の翻訳作品には、あらすじがこう書かれてあります。「昔、りんごの木があって、かわいいちびっこと仲良しでした。ちびっこは木と遊び、木が大好きで、だから木もとてもうれしかったのです。時は流れ、ちびっこだったぼうやは成長して大人になっていき、木に会いに来なくなります。ある日、大きくなったぼうやが木のところへやってきます。木は昔のように遊んでおいきと言いますが、ぼうやは言います。「かいものが してみたい。だから おかねが ほしいんだ。 おこづかいを くれるかい。」木は困りましたが、りんごの実をすべて与えます。大人になったぼうやは家を欲しがり、木はその枝を与えます。年老いたぼうやは船を欲しがり、木はついにその幹を与え、切り株になってしまいます・・・」
この絵本の最後は、人生に疲れ果てた老人になった少年は、ひざの高さほどの切り株に腰をおろして、少し安堵します。しかし、木はそれで満足します。
この絵本について、9月12日朝日新聞(夕刊)に「絵本の記憶」という連載に作家の鈴木光司さんが「与えること喜び」というタイトルでこの絵本を取り上げていました。
「ひたすら与えることに喜びを得るというのは、愛のレベルとして、最高度のものだ。まったく見返りを期待しないで、人に尽くせるかどうか、自分の心に問うてみれば、その難しさがわかる。親の、子に対する愛だけ、かな。」
 GIVE は、「与える」という意味ですが、その中には「与える一方」という意味もあるようです。しかも、それに進行形の「ing」がついているわけですから「与え続ける木」という意味になります。そして、その木は原文の最初の文で「Once there was a tree and she loved a little boy」といっているように女性名詞で書かれています。
やはり、最高度の愛は、子どもに与え続ける母親の愛かもしれません。

与える喜び” への6件のコメント

  1.  ブログに書かれている「The Giving Tree(おおきな木)」の本はGTの存在を知ってから本屋さんで読みました。少年のために何でもあげてしまう木が最後には座ってもらうために切られてしまいますが、それでも満足する木が優しいというより、私は木が可愛そうになってしまいました。何でもかんでも子どもの為にやってあげていては、何か困った時に自分で解決することができるわけがありません。保育士として子どものために何が一番の愛情なのか?ということを、もう一度考えるべきだと思いました。そして、母親と父親からの一番の愛情は、与え続ける親からの愛というのは間違いないですね。

  2. ギビングツリーの素晴らしい創始理念を改めて確認できます。
    たくさんの人たちに色々なことを与え続けることで、その愛が
    年輪とともに優しく広がっていくのは本当に素敵なことですね。
    子どもの成長も楽しみですが、お役に立てることも楽しみですね。
    大事なことを忘れないように何度もちゃんと読み直してみようと思います。

  3. 保育の世界を外野から眺めていると、確かに「善い園」とそうでない園があるのというのは、最近わかるようになってきました。藤森先生と出会って、GTの園にお邪魔する機会を得たからでしょうね。いわゆる「保育」を職業にした人が働く「所」という「保育所」はどこにもありますが、子どもたちの「育ち」を「保障」する「所」という意味での子どものための保育所というのは意外に少ないのです。海外ではごく当たり前なのに・・・。ギビングツリーの名前の由来は聞いておりましたが、この絵本の「大きな木」の心は、藤森先生の子供たちへの広大無辺の慈愛の心そのものだと言えば言いすぎでしょうか・・・。

  4. 愛の反対は無関心だというマザーテレサの言葉を思い出しました。ということは愛とは関心を持つということにもなるんでしょうか。私にできることは、子どもに関心を持つこと、子どもの行動や成長に関心を持つこと、どう関わることが子どものためかということに関心を持ち続けることぐらいでしょうか。母親の愛には及ばないでしょうが、大事なことだろうと思っています。

  5. GTというグループを知るようになってからシェル・シルヴァスタインの「The Giving Tree(おおきな木)」を買って読みました。同書には作者の肉声による「The Giving Tree」の語りのCDが付録としてついていました。我が子が3歳か4歳になる頃寝しなにこのCDを流したり、時には私が読んでみたりしました。先日「大きな木」という乳児園を訪れました。玄関には本書が飾られ、お部屋の中央には「The Giving Tree」の柱?があります。「りんご」もなっています。その木の下で2歳まえの子どもたちが先生と一緒にゆったりと過ごしています。「与える喜び」が充満している空間。とてもよい雰囲気でした。

  6. 『とある職業の労働条件は「24時間365日休みなし、無給」。こんなに厳しい待遇で働いてる女性が世界には数十億人もいて、それはあなたの身近にも確実に存在します。』という切り出しのもと、ネットと新聞の求人広告で集められた応募者たちが、面接官とウェブカメラ越しに面接を行うある動画を見ました。面接官が次々と仕事内容を伝えていきますが、どれも想像を絶するほどの重労働です。その上責任重大で休みはありません。そして、就職希望者は「そんな仕事ありえないわ」「非人道的よ」などと言いますが、最後に面接官が「それはあなたのお母さんです」と言い、皆納得するのでした。与える喜びを支え、それを喜びに変えられる人になりたいですね。

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