一服

2005年に私はある雑誌でホームページについて1年間連載をしたことがあります。その中の最後に近い号で「どんどん進歩するホームページ!」という記事を書きました。そのときの記事の抜粋です。
「ホームページは、たった十数年の間に、飛躍的に進歩し、一般に広がってきました。複数の文書や、関連した画像が簡単に見られるようにジャンプしたり、動画が見られるようになったりしました。それを、携帯電話からも見ることができるようになりましたし、それぞれの携帯電話から操作もできるようになりました。園で過ごすわが子の映像を携帯電話で見たり、操作して、見る位置を変えたり、大きく写したりもできます。また、テレビなどと違って、見ている人が書き込めるような掲示板ができたり、設置者への手紙が書けたりできるように双方向の情報のやり取りが可能となりました。それと同時に、ブログということが行われるようになりました。これは、ウェブログ(web log)の略で、個人運営で日々更新される日記的なウェブサイトの総称です。一般的には、単なる日記サイト(著者の行動記録)ではなく、ネットで見つけた面白いニュース記事やウェブサイトへのリンクを張り、そこに自分の評論を書き加えた記事が時系列に配置されているものを言いますが、厳密な定義はありません。」
このブログが、ホームページにこれが掲載されるようになると、単にしおりのようなものから、内容的には思想信条などの意見のほか、趣味的な見解、身辺雑記、読者からの反応などがあり、個々の記事にはそのオリジナル性が強くなり、複数者間の意見交換を目的とする掲示板と異なり、情報発信者(通常は個人)が意見表明することが主たる目的となるのではないかということを書きました。そんなブログを私も書き始め、続けているうちに思いがけず長く続いています。それは、意外と自分では余り重くないからということもあります。(読んでいる皆さんは、重いかもしれませんが)そんな気もちを音楽プロデューサーの松任谷正隆さんが今日、朝日新聞の「どらく」通信で書いていました。
「ブログの軽さは、コンピューターの向こう側にいるであろう人たちの、コンピューターに向かう軽さでもある。コンピューターはコミュニケーションを根本から変えた、とつくづく思う。だから、ブログの感想とかを読むときも、実に気軽に返してくれているのが気分いい。ときどき、なんだか重いリアクションがあると、なんとも変な気持ちになる。これは軽いメディアなんだぞ、と言いたくなる。
そんなこんなしていくうちに、ブログは僕の生活のリズムの中に組み入れられてしまった。まるで、喫煙者がタバコを吸うみたいに、ふらふらっとコンピューターの前に座ってはなにやら書き始める。一瞬の涼を得ると、また仕事に戻っていく。多くの人たちもこのようにブログに接しているのだろうか。このコラムを書き終えたら仕事に戻って、そしてちょっと疲れたらブログを書こうと思う。ブログがやめたら、僕はいったいどうやって一服をすればよいのだろうか……。」
 彼は私と違って、もっと気楽にブログを書いているようです。ですから、1日に最低でも4回くらいは新しいものを載せています。「面白そうな話題を読み物として書く。書くのも楽しい。この楽しさはどこから来るかといえば、このメディア特有の軽さ、なんじゃないだろうか。」
彼のようなブログも書けたらいいなあと思うこのごろですが、書く楽しさは私も変わりません。

一服” への5件のコメント

  1.  保育事に限らず、ホームページのことについて1年間も雑誌に連載していたとは驚きました。機会があれば、その雑誌を読んでみたいです。確かにホームページは十数年の間でかなり飛躍的に進歩したと思いますので、十数年前のホームページを拝見してみたいです。今のパソコンの技術がどれだけ進歩しているのか?というのを見てみたいですね。
     松任谷さんが私達が何も考えずにパソコンに向かうのと同じくらいブログを書くというのはそれだけ書く内容があるということでしょうか?そうであればとても素敵なことだと私は思います。私もどちらかと言うと文章を書くことは好きな方ですが、毎日何かについて書くことはなかなか容易ではありません。だからと言って何かブログを始めるわけでもありませんが、もっとブログが書けるくらい充実した日を毎日遅れたら素敵だな、と思いました。

  2. 見ている人の見方やリアクションの内容がブログの性質を変えてしまうということもあるんですね。楽しんで書かれているこのブログを重たいものにしてしまってはいけないので、こちらも楽しんで見させてもらわないといけないですね。以前と比べるとずいぶん気楽に読むようになったのですが、せっかくコメントするんだからもっと楽しもうと思います。松任谷正隆さんのブログを見させてもらい、もしこの臥竜塾の更新ペースが上がり1日に4回も更新されるようになったら…と想像してみました。多分頭がついていかないので今までどおりのペースでお願いします。

  3. 最近では藤森先生のブログを読んでコメントを書き込むのがすっかり日課になってきました。タバコはやめられましたが、朝の仕事の前にブログを一読、昼間の仕事の合間に一読、仕事の後にコメントを書くためにもう一読。もう、臥竜塾がなくなったら僕は一体どうやって一服すればよいのでしょうか・・・(笑)。もう癖になっております。藤森先生と対話するように書こうと心がけていますのでまだまだ緊張しますが、その日のテーマと格闘することが間違いなく自分の心の糧になっていますね。単なる感想にならないように、情報発信型のコメントを書くように心がけてまいります。

  4. 私もブログを・・・と言いたいところですが、残念ながらマニュアルブログこと「日記」を気が向いた時に記しています。1週間に1日だけだったり、ひどい時には1月空白だったりします。以前は毎日書いていたのですが「三日〇〇」状態ですね。その点藤森先生の「臥竜塾」ブログは毎日欠かさずに続けられます。そして内容が軽佻浮薄にならない。実に読み応えがあり、また思考の材料としても一流です。「コメント」もどきを書かせてもらっておりますが、ブログに対する「コメント」が「重い」か「軽い」かと問われれば、まぁ「重い」ですね。これは私自身の性格によるところ大です。従って「コメント」は「一服」とはいかず、しかしその重さを楽しんでいることには間違いありません。

  5. 松任谷氏の「ちょっと疲れたらブログを書こうと思う」という言葉は素敵ですね。そもそも、自分の一服のためのブログという位置付けであれば、気軽にパソコンを開くことができますし、気軽に自分の思いを言葉で表現することにも抵抗を感じなくなりますね。根底にある「楽しさ」というものが、続けられる秘訣の一つであることが感じられましたし、伝えたい相手がいるというのが、大事なことでもあるように感じました。そして、「ブログの軽さは、コンピューターの向こう側にいるであろう人たちの、コンピューターに向かう軽さでもある」というように、こちらの楽しさや気軽さというものが、相手にも伝わるというのが、ブログの良い点でもあるのですね。

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