沖縄で、旧海軍司令部壕を訪れました。この壕は、1944年12月海軍設営隊によって掘られたもので、ここに海軍の沖縄方面根拠地隊の司令部があった場所です。カマボコ状に掘りぬいた横穴をコンクリートと坑木で固め、全長450メートルあったといわれています。持久戦に備えて、この中に約4000人の兵士が収容されていましたので、兵士らは立ったまま眠らなければならかったそうです。しかし圧倒的な戦力を持つ米軍の進撃が続き、陸軍も南部へ撤退する中、ついに1945年6月13日、大田實司令官以下4000人の将兵はこの壕で自決を遂げます。
戦後しばらく放置されていましたが、数回にわたる遺骨収集の後、1970年司令官室を中心に約300メートルが復元され、一般公開されています。この地下要塞の中には、司令官室、作戦室、幕僚室、通信室、暗号室、発電室などが配置されていました。この中の通信室では様々な戦況を暗号でやり取りをしていたことでしょう。
暗号とは、元々敵味方を識別する合言葉のことで、岩戸を開けるための呪文の「開けゴマ」や赤穂浪士が出会った者が敵か味方を見分けるために言った「山」「川」などが暗号でした。そして、敵味方を判断するためから、敵にわからないように見方に情報を送るときに暗号が使われるようになります。しかし、どちらにしても暗号は戦いのときに使われる事が多くなります。暗号で有名なのは、日露戦争で使われた暗号文で、秘匿したい単語をカナ3文字に対応させたもので、最後の文はそのままでした。「ホンジツテンキセイロウナレドモナミタカシ」
次に有名なのは、真珠湾攻撃で使われた暗号文「トラトラトラ」(我、奇襲に成功せり)とか、「ニイタカヤマノボレ1208」でしょう。しかし、情報を隠すための暗号は、当然それを敵は解読しようとするでしょう。また、スパイはそれを味方に知らせようとするでしょう。そして、作戦に関する暗号の漏れが勝敗に大きく影響しますので、とても神経質になります。
沖縄戦で敵に情報を漏らしたとして、スパイ容疑で住民が日本軍に殺害される事件が発生しました。しかし、実は日本軍の暗号が米軍に解読された結果だったということを保坂広志琉大教授が「世界」という雑誌で「沖縄戦秘史 日本軍の暗号は解読されていた」と題する研究論文を発表しました。米側資料を使い、これまで触れられなかった暗号戦に光を当て「住民スパイ説」を否定したのです。保坂教授は「仮に戦場地でスパイと呼べるものがあるとしたら、それは近代兵器と呼ばれた暗号そのものであった」と結論付けています。
しかし日本軍は、情報が傍受されたにもかかわらず「戦場心理から疑心暗鬼になり、住民にスパイ容疑や敵前逃亡の汚名を着せ、あげく住民多数を虐殺している」とし、それは、「(日本軍の)おごりと慢心が突出している」と厳しく指摘しました。「明治以来、本土の人たちの沖縄に対する差別意識が、住民スパイ説の根底に横たわっていた」と話しています。
沖縄の人たちは、日本のためにたくさんの犠牲を払い、命を投げ出し、苦しみに耐えてきました。しかし、戦争という異常な状況は身内ともいうべき人々まで疑ってしまうのですね。
沖縄の戦争と聞くと、かなり悲惨なイメージがあります。その中で「ひめゆりの塔」を思い浮かべます。 写真のトンネルで4000人の日本兵が自決したとは衝撃です。それよりも、スパイの容疑をかけられた住民が同じ日本人に殺されたのは信じられません。戦争というのは、そこまで人を変えてしまうと思うと本当に怖いですし絶対に起きてはいけないですね。戦争に限らず人間は極限な状態になってしまうと人は変わってしまう気がします。それによって今まで築き上げてきた大切な信頼をなくし信用をなくしたらもうどうしようもありませんね。
写真の壕の中で4,000人が生活していてそして自決までし、また身内まで疑わなくてはいけない状況になってしまう戦争は本当に恐ろしいです。戦争で苦しむのは必ず弱者です。一部の権力者が得をし、その他の人は全てを失ってしまう戦争は必要悪という意見を聞くことがありますが、私はそうは思いたくありません。沖縄の戦争で起きたことを全て隠さずに公表して、戦争どういうものかを多くの人に考えてもらうきっかけをつくってもらいたいと思います。
沖縄での戦争において、住民の敵は米軍だけではなかったようです。大江健三郎の「沖縄ノート」で明らかにされたように、守ってもらえるはずの日本軍からも暗に自決を強要された事実があります。(現在係争中のようですが)「生きて虜囚の辱めを受けず」という軍国主義教育の影響もあったと思いますが、人間は時としてこんな非人間的な行為を行ってしまうこともあります。大事なことは、戦争中の出来事を歪曲化したり、目をそらしたりするのではなく、自分たちの民族が起こしたことを心から懺悔すべきであると思います。戦後40年目の1985年、ドイツのヴァイツゼッカー大統領は次のような演説を行いました。『罪の有無、老若いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けなければなりません。・・・問題は過去を克服することではありません。さようなことは出来るわけがありません。しかし過去に目を閉ざす者は、結局のところ現在にも盲目になります。非人間的な行為を心に刻もうとしないものは、またそうした危険の陥りやすいのです。』
先日長崎県佐世保市を訪れました。地元の方にいろいろ案内してもらった中に「針尾無線塔」がありました。遠方から望むだけでしたが「ニイタカヤマノボレ、が発信された無線塔です。」と教えていただきました。「戦争を知らない」世代ですが、暗号文「ニイタカヤマノボレ」は知っていました。この暗号文をもって「太平洋戦争」が勃発したことに思いが至ると、遠くにあるその「塔」がさまざまな意味と共に私自身の中に焼き付けられました。その後佐世保港に停泊する自衛艦や米軍基地を目にすることができました。立ち寄ったハウステンボスの「ドムトールン」から「針尾無線塔」を再び眺めました。今度は「塔」が入る視界に「米軍基地」が存在しました。とても複雑な思いに駆られました。