ソテツ

 最近のニュースで気になるひとつが「事故米」です。この米は、「ウルグアイ・ラウンド合意に基づいて輸入されたコメの一部で、倉庫に保管中にカビが生えたり異臭が発生したりして食用に適さないと判断されたコメ」のことをいいます。ですから、この米は基本的には食用にはせず、工業用のりの原料や、灰にして建設資材に使ったりしています。しかし、同じように価格が安いために、みそ、焼酎、せんべいにしたり、飼料用、外食用に輸入する米と偽って、流してしまっているというものです。すぐには、体には影響は出ないかもしれませんが、長い間の蓄積による影響が心配されます。
もうひとつの気になるニュースが、中国で「牛乳に水を足し、増量して納入する際に、タンパク質の含有量が減るので、メラミンを混入した」というものです。この牛乳を使った粉ミルクをはじめとした乳製品による体への影響が心配されています。中国では、メラミンが混入した粉ミルクを飲んで、乳児の死亡者も出ています。
もうひとつ、育児の負担からわが子を殺害した母親です。このような事件はたびたび起きますが、殺された子どもの心境を考えると切なくなりますし、そこまで追い詰められた母親はよほどのことがあったのでしょう。
しかし、事故米にしてもメラミン混入にしても、やむにやまれずというか、時代の犠牲者というよりも、一部の人の利益を求めてのことのような気がしますし、わが子の殺害も精神的な弱さとか、それを支える昨日の欠如というような、どちらかというと人災の面もあるような気がします。
 沖縄には、表に出ている歴史や戦争の悲惨さだけでなく、様々な苦しい歴史があります。
 沖縄では、第一次世界大戦による大戦景気の恩恵を受け、特産物の砂糖で利益をあげる「砂糖成金」が生まれるほどでした。しかし、戦争バブルが崩壊し、1930年代に世界恐慌による大不況と、全国規模の農産物の不作が発生すると一時的に飢饉となり、貧家では米はおろか芋さえも口にできずに、野生のソテツの実や幹(まずいうえに猛烈な毒性があり、調理をあやまると死を招く危険もある)を食べて、ようやくにして飢えをしのぐといった悲惨な窮状がありました。そこで、大正期から昭和期の大恐慌のことを、その様子をたとえて「ソテツ地獄」とよびました。
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 もともとソテツは慶良間や久米島では17世紀頃の文献に、救荒植物としてすでに食されていたことが書かれており、少なくとも18世紀初めには食用化されていたようです。それは、このころは異常気象による大飢饉が全国的に頻発したために、凶作時の救荒植物として、畑地に適さない荒地に栽培するよう奨励されました。これらの凶作時の救荒植物は、ヒガンバナ同様、そのまま食用にできるものですと動物も食べてしまうために、飢饉用としては時間をかけてアク抜きをしないといけないものにします。しかし、ソテツ地獄の頃は、ずいぶんとそのまま食べてしまった子どももいたようです。
 また、このときに県民が陥った極度の生活難は、ソテツ地獄だけでなく、欠食児童や長欠児童の増加、子女の身売りまで行われました。このような状況は、何も沖縄だけに限りませんが、犠牲者は子どもや辺境地などまず弱者から出ます。最近の事件の犠牲者に子どもが多いのは、これからの時代への警告でしょう。

ソテツ” への7件のコメント

  1. 太平洋戦争末期の、いわゆる「沖縄戦」の惨状は文献や映像等々で知るにつけ「ちむぐるしい」ものを感じます。「ソテツ」といえば「沖縄」を代表する植物、と思っております。その植物に「地獄」という接尾語がついていたとは今回のブログを読むまで知りませんでした。十分にアク抜きをして食用にすべき「ソテツ」を空腹と時間の余裕のない戦時中は「そのまま食べてしまった子ども」を生み出した。考えるだけでも恐ろしいものを感じます。ところで「犠牲者は子どもや辺境地などまず弱者から出ます。」とはまさにその通りだと思います。歴史がそのことを如実に証明しています。戦争が起こるとまず東京から遠く離れた「辺境地」の若者が「兵隊」として狩り出され悲惨な結末を迎えていました。田舎の墓地には墓碑に玉砕地が記された墓石を目にすることがたびたびあります。

  2. 久々にコメントします。最近、園の子どもたちを見ていて思うのですが、おとなの都合に振り回されすぎておかしくなってしまった子どもが多いのです。先日の事件もそうですが、子どもが犠牲になってしまう事件が後を絶ちません。殺してしまうまでいかなくても、子どもの心を殺してしまっているおとなは大勢います。そのたびに思うのですが、確かに、子どもをそんな風に育ててしまっている親に問題があるのですが、その親を作ってきたのは、この日本という国です。歪んだ平等説にのっとって行われた教育の弊害が、今、何の罪もない子どもたちを苦しめています。
    今の子どもたちが、今の歪んでしまっているおとなのようにならないためにも、私たちはできることをやり続けていくしかないのですよね。
    それにしても、これからどんな時代になるんでしょうか?
    とても不安ですね。

  3. わが子を殺害した母親の事件は、本当に辛いものでした。きっと、追い詰められていた母親を支援できなかったことに、悔やまれている方がいらっしゃると思います。確かに、殺人は許されません。しかし、要配慮のお子さんを育てていくのは、とても心労が重なります。子ども自身にも多くの困り感があります。故に、地域における特別支援体制が大切なのです。
    母親には、ていねいなかかわりから子どもを援助することで、確実に成長できる子どもの姿を味わわせてあげたかったです。その子自身にも「僕は、できる!」と、たくさんの達成感を経験させ、将来の夢に向かってすすめさせてあげたかったです。
    こういったことで悩んでいる親子は大勢います。将来を悲観してしまうこと。
    二度と悲劇をうまない為にも、乳幼児期からの早期支援と成人の就労に至るまでの支援体制、家庭と行政との連携が大切であると痛感しています。

  4. 昨日から「沖縄は本当に辺境の地なのか」ということを考えていました。世界地図を眺めてみると、西欧から見ると日本こそがfar east(東の果て)であり、辺境の地そのものだということがわかります。また、沖縄を中心にして東アジアを俯瞰してみると、西に中国や台湾を臨み、はるか南にはフィリピンやインドネシアの国々が控えています。日本の一地方でありながら、アジアの文明の十字路のような位置にあるんですね。琉球王国が栄えた理由もここにあるのですが、21世紀を平和の世紀にするために、沖縄の果たす役割はとても大きいと思います。沖縄には「命どぅ宝」( 命は宝)という言葉があると聞きました。平和思想の発信地としての沖縄から学ぶことは多いようです。

  5.  本当に事故米は心配で、なりません。私の地元の小学校でも給食に事故米のデンプンが使用されていたというニュースが流れているのを見ました。まさか自分の身近なところで起きるとは予想もしていなかったので心配です。そして中国の粉ミルクにメラミンが混入され幼児が亡くなったり、育児不安で我が子を殺してしまうのも本当に可哀想でなりません。ブログに書いてあるように、弱者が最初に犠牲になっていく気がしてなりません。今後の日本や世界を担っていくのは、今の子ども達です。そんな大切な子ども達をしっかり守っていかなければならないと思います。

  6. どんなときでも犠牲になるのは弱者ですね。特に沖縄は土地の人たちの思いとは反対に、国から様々なものを押し付けられてしまっていると聞きます。戦いには反対なのに軍隊が配備されたり、自然を守りたいのに一部の人たちの都合で破壊されたり。沖縄で起きたこと、沖縄で起きていることに、もっと注目しておかなければいけないと思います。

  7. 南国でよく見かけるような「ソテツ」という植物を、仕方がなく食べていた時代というのは、想像もつかないくらい壮絶であったことでしょう。今の時代、今の日本に生まれ生活をしているということが、いかに幸せであるのかを強く感じるとともに、「最近の事件の犠牲者に子どもが多い」という現実とのギャップに複雑な思いを感じています。ソテツを食べていた時代では、きっと食事は「生きるために仕方がなく食べるもの」という、決して楽しいものや時間ではなかったでしょうね。豊かな日本において「生きるために仕方がなく食べるもの」という認識が強くなってきてしまったら、より一層子どもを取り巻く事件が増えていってしまうということも予想できます。

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