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2008年09月24日 講演先にて

方言

 時代によって、翻弄されたものは色々とあります。そのひとつに各地に伝わる「方言」があります。各地には、その地方独特の言い回しがあったり、発音(訛り・アクセントなど)や文法や表記法など違いが見られることがあります。それぞれの地域にはそれぞれの文化があり、その文化には食や言語があります。それを、ひとつの国として包括したときに、言葉の基準を決め、それを標準語とか、共通語とか言い、そうすることによって当然それと違う言葉は「方言」と言われます。日本では、「東京方言」というものもあるものの、ほぼ東京方言を基として標準語、共通語が作られていますので、その他の地方の言葉は方言といわれ、「訛っている」「田舎の言葉」「おかしい発音」などと言われてしまいます。
標準語こそが正しい日本語であり、方言は矯正されなければならないとされた昭和30年代ごろまでは方言撲滅を目的のひとつとして標準語教育が行われました。そんな政策がその置ようの文化を壊してきた歴史があります。今回訪れた沖縄でもそれを感じました。
沖縄は、琉球王朝というひとつの文化圏をつくり、琉球諸島の言語は、「琉球語」としてひとつの「言語」として話されてきました。それが中央集権の考え方から「琉球方言」として日本語の方言に位置付けられ、それを使うことが禁止された時代があったのです。
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それは、皇民化政策といって「辺境の民」を「一人前の日本人」にするために、沖縄に伝わる歌や地名などを改められたのです。そのひとつとして言語統制が行われ、日本語標準語の公用語化や教育現場における方言や、各民族語などが禁止されました。家庭内においても標準語を使用することが奨励され、長いあいだ沖縄の歴史が否定されてきたのです。
日本語を言語学上に大まかに分類すると、本土方言と琉球方言に分けられるほど、沖縄の言葉には独特なものがあり、私は東北便を聞くよりももって外国語を聞いているくらいに難しい言葉と感じます。それは、単に訛っているとか、独特な言い回しがあるというだけでなく、音韻の違いがあるからです。日本語の母音は「あ」「い」「う」「え」「お」の5音ですが、琉球方言の母音は「あ」「い」「う」のみなのです。母音の「え」は「い」に、「お」は「う」に変化するので、「あ」「い」「う」「い」「う」となるのが、琉球方言の音韻の特徴です。たとえば、「雲」は「くも」と発音しないで「くむ」と言い、「沖縄」は「おきなわ」でえはなく、「うちなあ」というようになります。しかし「戸」(と)が「つ」になるわけではなく、母音が変わるだけですので、「とぅ」になりますし、「手(て)」は、「てぃ」になります。また、「わ」は、標準語の「わ」とは違うと言われています。はっきりした「わ」ではなく「ぅわ」という感じで言うようです。ですから、聞いていて丸みを帯びて感じます。
現在は方言に対する評価が変化し、標準語ないし共通語と方言の共存(ダイグロシア)が図られるようになりました。しかし、国家政策ではなく、テレビによる共通語の浸透、都市圏の拡大、全国的な核家族化・少子高齢化の進行、地域コミュニティの衰退による高齢層から若年層への方言伝承の機会の減少などから、伝統的な方言は急速に失われつつあるといわれています。
もう一度意識して、その地域の言語を見直し、大事にしたほうがいいかもしれません。

投稿者 fujimori : 2008年09月24日 23:38

コメント

 私の住んでいる地域にも、もちろん方言はあります。しかしどちらかと言うと勝手に標準語に近いと思って、訛っていないと思っていましたが、東京に来て案外そうでもないというのを気づきました。なので最初の頃は気をつけて話すようにしていましたが、最近はそうでもありません。むしろ方言を使って話すようになりました。そうすると、標準語を話す人は必ず食いついてくるので方言の話をする機会ができます。やはり、そうなれば東京の人でも方言に興味を持ってくれて、関心を持ってくれます。日本の地域によってたくさんの方言がありますが、これはとても大事なことだと思います。私はぜひ地方の人には誇りをもって方言を話して欲しいと思います。

投稿者 Sasuke : 2008年09月25日 07:54

戦時中、日本政府が推し進めた皇民化政策は、朝鮮半島での創氏改名運動や日本語の強制が有名ですが、日本の沖縄でも同じようなことが行われていたことには驚きを通り越して怒りすら覚えます。「辺境の民」を「一人前の日本人」にするためとは、なんというふざけた言い草でしょう。本土が上で、沖縄は下、そんな差別意識は今に始まったことではないようです。そんな偏狂ナショナリズムが太平洋戦争の元凶だったと思います。お互いの違いを理解し尊重することが平和への道の第一歩かもしれません。方言はその土地特有の風土や歴史に根ざした無形の文化遺産です。大切に守っていきたいと思います。

投稿者 yamaya49 : 2008年09月25日 18:37

辺境の民と位置づけられ歴史を否定されるのは、本当に辛いことだと思います。自分ならどうするだろうと考えさせられました。多様性が認められない社会は豊かな社会とはいえませんね。NHKの朝のドラマで「だんだん」が始まります。島根県の出雲の方言で、ありがとうという意味です。同じ意味でもあたたかく感じます。方言には不思議な力がありますね。大切にしたいです。

投稿者 あいやま : 2008年09月25日 18:38

「ズーズー弁」と揶揄された「辺境の民」として生まれ育った私は、小学3年生の時おばから「将来東京に行きたいのであれば、標準語を習っておかないと。」と言われました。おそらくその時、自分が大きくなったら「東京」に行くことを表明していたのでしょう。それ以来、ラジオやテレビで使われる日本語を意識しました。高校生の時は東京から戻って来られた合唱指導の先生ご家族の元で標準語の実際の訓練をしました。したがって、希望の通り東京の大学に進学しても「標準語」を話すことには不自由をすることなく、むしろ「標準語」をもって自分の故郷のことを誇らしげに語ることができました。おそらく「標準語」は私にとって「外国語」だったのでしょう。そのせいでしょうか、本当の「外国語」にも敏感になりました。「言語」は今なお私の興味関心の一つです。

投稿者 toshi0825 : 2008年09月25日 23:13

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