干拓

 私が小中学校の頃習った社会の内容の多くは、人間の知恵が自然をいかに開発をし、利用し、征服してきたかでした。それは、人間の歴史でもありました。動物の狩りをし、植物を採取し、自然を切り開き、農地を作り、自然を人間にとって便利なものに変えていったのです。その征服していった知恵を、進歩とか発展というように習いました。そのひとつに「干拓」がありました。
干拓とは遠浅の海や干潟、水深の浅い湖沼やその浅瀬を干拓堤防(Dike、潮受け堤防、潮受堤防)で仕切り、堤防の随所に水門を設けます。そして、仕切り内の水を動力などによって強制的に排水し、干上がらせます。または海の場合には、潮の干潮時に水門を開き、仕切り内の海水を排水し、満潮時には水門を閉じて中を干上がらせます。そして、中を陸地にして利用します。しかし、宅地にするには地盤が軟弱であるため、好ましくありません。ですから、主に農地として利用するのですが、こうしてできた土地は海面よりも低くなることが多く、塩分を含んだ土地であるため、塩分とともに水を排水する設備を作る必要があります。こうしてできた土地は、干拓地といって、水域に土砂や廃棄物等を投入して土地を造成する埋立地とは異なります。
オランダの歴史は、俗に「世界は神が作ったが、オランダはオランダ人が作った」と言われるように、海岸沿いに広がる湿地や泥炭地や干潟を埋め立てて土地を広げてきたのです。オランダ最古の堤防はローマ帝国時代に遡り、初期の干拓は11世紀から13世紀の間に始まりました。このようなオランダの干拓手法はヨーロッパ、さらに世界各地にも影響を与え、日本の干拓も、明治以降はオランダの強い影響を受けています。
日本での干拓といえば「八郎潟」が有名です。八郎潟は、秋田県にある湖で、かつては日本第二位の面積(220km²)を誇っていたのですが、大部分の水域が干拓によって陸地化されました。その干拓工事は、戦後、食糧増産を目的として行われ、20年の歳月と約852億円の費用を投じて約17,000haの干拓地が造成されました。こうしてできあがった土地に全国から公募された入植者が入植し、大潟村が発足しましたが、最終的には、米の増産を目指していたものが、減反政策によって失敗した計画とする人たちもいるようで、かえって環境の面では、湿地が無くなってしまったとも言われています。
 もうひとつ有名なのが、先週末訪れた諫早湾の干拓です。有明海で最も古い干拓は推古天皇の頃(593~629年)に開かれたものといわれています。諫早湾での干拓は江戸時代以前から行われてきたのですが、1989年より行われた「国営諫早湾干拓事業」が問題になっています。それは、そのために1997年、潮受け堤防が閉じられ、それにより、かつては「宝の海」と言われた有明海に海底への泥の沈殿、水質汚染が生じて有明海全体が死の海と化してしまったからです。有明海の干潟には、ほかには同じ九州の八代湾にしかいない貴重な「ムツゴロウ」が生息しています。
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  この魚は、干潮時になると巣穴から這い出てきて、胸びれで這ったり、全身で飛び跳ねて移動し、逃げる時はカエルのように素早く連続ジャンプします。肉は柔らかくて脂肪が多いので、蒲焼にすると美味しいようで、佐賀県の郷土料理の一つです。
 諫早湾の干拓が妥当かどうかの判断は難しいですが、この干拓によって、自然と共生することの難しさ、自然を壊した後にそれを復活させることの難しさを学ぶことができた気がします。

干拓” への4件のコメント

  1. 干拓については、近いところでは中海・宍道湖干拓問題があります。江戸時代に行われた治水事業によって汽水湖なった宍道湖で塩害が起き始め、それを改善し農業用水を確保する名目で干拓事業が計画されたらしいですが、今は中止されています。人が手を加えたことで汽水湖となり宍道湖の七珍と呼ばれるさまざまな生き物が生息できるようになったわけですが、また手を加えることでその生物達は生きにくくなってしまうようです。自然に手を加え形を変えていくことは、本当に難しいことだと思います。だからこそ営利目的だけで動くべきではないでしょうし、インディアンが7代先の子孫のことを考えて物事を決めていたように、自然をどのような形で子どもたちに残していくかも考えなければいけないんだろうと思っています。

  2.  干拓地は小学校のときに授業で習った覚えがあります。そしてムツゴロウのこともです。そして、ムツゴロウの捕まえ方もテレビで見ましたが、とても面白そうに見えました。一度は干拓地に入ってみて、ムツゴロウを捕まえてみたいです。
     干拓地は単なる埋立地と思っていたので勘違いをしていました。何とか自然との共生を目指して作り上げたものなんですね。ですが、ブログにも書いてありますが、なかなか難しいのですね。今回のブログを読んで、自然というのは簡単に壊すことはできますが、元に戻すというのは本当に難しいのですね。今後、このまま自然を無駄にしていくと、後戻りができないところまで行ってしまいそうで恐いです。

  3. 小学生の時、秋田県大潟村のことを勉強した時、そこがもとは湖であり、そこを埋め立てて米穀地帯と化した、ということに大変な驚きを覚えました。同地の干拓が日本の未来を約束する、そういう事業に思われました。大型コンバンインが稲を刈っていく写真を社会科の教科書で見ました。米国の穀倉地帯を思わせる風景で、何だか凄いことになった、という素朴な感慨を持ちました。あるきっかけでオランダの人と親しくなることができました。ブログでも紹介されていたようにオランダ人は自らの国土を作り上げました。「干拓」という大事業で国土を広げました。現在では、地球温暖化による水面上昇で、築き上げてきた国土を失うのでは、ということが懸念されているそうです。地球の営みの中での人間の所為とは何か、を考えさせられます。

  4. 平野の少ない日本では、古くから干拓によって国土を拡げる事業が営々と続けられてきました。東京だって、徳川家康が江戸入りした頃は、葦草が生える荒涼とした湿地帯だったといわれています。しかし、近年行われている「干拓」は、諫早湾の干拓のように、何のために膨大な国家予算をつぎ込んだのか首を傾げるものも少なくありません。科学技術振興機構のまとめた「失敗100選」には、この原因をまとめて次のように言っています。『組織、管理、企画、戦略不良、利害関係の未調整、誤判断、狭い視野、社会情勢に未対応、調査検討の不足、環境影響調査不十分、計画不良、走り出したら止まらない公共事業』これ以上救いようのない失敗例ですね。誰が一体責任を取るんでしょう。昔は、ムツゴロウやトビハゼ、ワラスボなどの貴重な動物たちが生きた宝の海はもう戻ってきません。

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