今、オリンピックが開催されている北京について、私はあまりよく知らないことに気がつきます。あの広大な領土を持つ中国の歴史も壮大であり、民族も多様であり、ただでさえ複雑でありながら、報道規制も多く、ますます実態は分かりません。私は、中国へは2度行ったことがあり、一度目は広州あたりの教育事情視察ということで、二度目は南京あたりの自然教育視察でした。北京には行ったことがありませんが、もっと現在の中国の首都である北京について知るべきかもしれません。
中国4000年の歴史の中で、北京市が首都となったのは、それほど古いことではないようです。私たちが様々な小説などで知っている時代では、ほとんど国都は北京ではなかったようです。B.C.222年に中国初の全土統一を成し遂げた秦はもちろん、その後の漢や隋・唐の時代にも国都ではなく、北京が国都となったのは、今から八百数十年前、モンゴルの元王朝三代目皇帝フビライが1267年に大都と名づけたのが最初です。それにしても、他の国に比べれば古いかもしれませんが。
しかし、そう聞くと不思議な気がします。私が小学生の頃、初めて「北京」という言葉を聞いたのは、「北京原人」でした。北京原人とは、中国北京の北東、房山県周口店竜骨山の森林で発見された化石人類です。現在は、この化石が発見された周口店の北京原人遺跡はユネスコの世界遺産として登録されています。
この発見にはとても劇的なドラマがあります。
最初に人類のものと思われる歯の化石を発見したのは、スウェーデンの地質学者 ヨハン・アンダーソンでした。それは、1926年のことでした。翌年には新たな歯の化石が見つかり、カナダの人類学者ブラックが研究し、「シナントロプス・ペキネンシス」と命名されました。この名前は、なぜかその発音が興味をそそったのか、子どものころに覚えた記憶があります。その命名を機に新生代研究所が設置され、1929年には、その所員であった中国の考古学者 裴文中が完全な頭蓋骨を発見しました。結果的に男女、子どもから大人までの頭蓋、下顎骨、歯、四肢骨など合計十数人分の原人の骨が発掘されました。
しかし、日中戦争の激化により、化石は調査のためにアメリカへ輸送することにしたのですが、途中に紛失し、いまだにその行方は分かっていません。しかも、命名したブラックが発掘調査中に急死してしまったのです。しかし、幸いなことに、紛失の前に協和医学院の客員解剖学教授であったドイツ出身の学者F・ワイデンライヒにすでの詳細な記録や研究を残しており、研究は引き継がれていきました。
もちろん、今では人間の祖先はサルであるとか、人間は、サルから進化したということを言う人はいないでしょうが、最近まで北京原人を現生人類(アジア人)の祖先とする考えがありました。また、この北京原人の化石が発見されるだいぶ前の1891年にインドネシアジャワ島で発見されたジャワ原人のことをピテカントロプス・エレクトスと覚えましたが、現在では、北京原人同様、アフリカ大陸に起源を持つ原人のひとつで、現生人類の祖先ではなく、何らかの理由で絶滅したと考えられており、ホモ・エレクトスといわれます。ホモとは人類のことであり、エレクトスとは「直立(2本足歩行)する」という意味であり、現生人の祖先のホモ・サピエンスは、「考えるヒト」という意味です。
現在の私たちは、二本足で歩く人ではなく、考える人なのです。
高校の世界史の教科書の冒頭は、人類の起源だったと思います。当時の学説では、アフリカの東部の大地溝帯にいた猿人のうちどれかが原人に進化して、100万年ほど前にアフリカを出て行って、ジャワ原人や北京原人になったとされていました。ところが、1987年、29~14万年前にアフリカに住んでいたある一人の女性だという説が発表されました。世界の各大陸の人々のDNAを調べると、アフリカ人から他の人類が枝分かれしたというんです。二足歩行を獲得した人類の祖先は、アフリカの大地から新天地を求めて、ヨーロッパへユーラシアへ、そしてアメリカ大陸へと渡って行ったのでしょう。悠久の歴史のロマンを感じますね。
中国に行った事がなければ、中国の歴史をほとんど知らない自分は、当然北京のことを知りません。知っていることはオリンピック放送の中で話される北京のくらいです。今後も日本と深い関係を続けていくであろう中国の首都のことくらいは、もっと知っておいた方がいいんでしょうね。経済だけでなく教育もお互いに影響を与え合う関係であるからこそ、考える人として、中国だけでなく韓国などのことにも興味を持っていこうと思います。
北京と聞くと、中華料理の北京ダックを連想してしまいます。中華料理が大好きなせいか、つい中国の地名を聞くと食べ物を思い浮かべてしまいます。中国に限らず、その地域を聞いた時に歴史や人物など連想ができるようになってみたいです。しかし、ホモサピエンスが「考える人」という意味があったとは初めて知りました。私達は人間に生まれた以上、人から言われるがままにその通りに生きるのでなく、自分で考えて自立できる人になるべきだと思います。
「北京原人」の化石が日中戦争の激化に伴って行方不明となってしまったという事実を知り、「戦争」それ自体にエラク腹立たしく思ったことを思い出しました。「戦争」は無辜の人々の命を奪うだけではなく、歴史的遺産までも破壊し尽します。第二次大戦が終わって後、日本は「戦争」というものによる直接的破壊は被ってはいませんが、日本の外は対外戦争・内戦・テロ等々各地域で「地域紛争」と呼ばれる惨事が繰り広げられています。何とも悲しい現実です。ヒトは「考えるヒト」ホモサピエンスです。しかし、その思考の中身は重要です。デストラクティブな思考ではなく、クリエイティブな思考を是とするホモサピエンスでありたいものだと切に思う次第です。