連日熱戦が行われているオリンピック会場は、開会式が行われた別名「鳥の巣」とも呼ばれている鉄骨構造で出来た北京国家体育場は、とても印象に残る建物ですが、他の会場は余り特別な印象はありません。その点、1964年に日本の東京で開かれた第18回夏季オリンピックの会場は、どれも当時話題を呼びました。昨日、テレビで建築家丹下健三のことを放送していましたが、彼が東京オリンピックのために設計した建物が、「代々木国立屋内総合競技場」です。第一体育館(当時は本館)が水泳競技、第二体育館(当時は別館)ではバスケットボール競技が行われました。
この建物は、オリンピックの組織委員長のブランテージ会長も「あの競技場は本当に素晴らしい。スポーツをやる人を非常に鼓舞しました。また美を愛する人びとの記憶の中にはっきりと刻み込まれるでしょう」と言ったそうですが、また、この建物で都市という概念に目を向けたこの時代を表現しました。当時の丹下はこの周辺が拡張されたときにもこの道が延びることによって、さらに増やすことができるようにと設計したのです。そして、この道が「開かれた空間」と言われているのですが、考え方が、やはり都市的なものであったのです。その時代の精神を象徴することで建築は人間性を得ることができ、象徴という問題は構造主義をさらに発展させ、人間性というものを一層深めることになるのです。
一方、チャスラフスカなどの演技が話題になった体操競技のために造られたのが千駄ヶ谷にある「東京体育館」です。この建物は、1981年に老朽化のため一時閉鎖されていましたが、1990年に、幕張メッセの設計で知られる槇文彦の設計でリニューアルオープンされています。

この建物は、蝶が羽を広げているような屋根の形をしていますが、今は、ロボット系のアニメの主人公のようなイメージを持っています。この建物は、2016年夏季オリンピックを東京都に招致する構想の中で、新体操と卓球の会場予定になっています。
この建物に意外な顔があります。今、高視聴率をあげているNHKの大河ドラマ「篤姫」ですが、篤姫が大奥にいた頃は、今の皇居のある江戸城の中にいました。大奥のあった場所は、現在、無料公開されている皇居東御苑のなかの天守台跡付近にありました。
大奥の女性たちは、この天守台跡の後ろのほうで、大手門の反対側にある平川門から出入りしていました。
幕末、江戸城が薩摩藩に攻め込まれたとき、彼女が、勝海舟と西郷隆盛の無血開城の話し合いに一役買ったといわれています。その江戸城明け渡し後、篤姫(天璋院)は本寿院(家定の母)とともにまず御三卿である一橋家に転居します。徳川家最後の将軍である一橋慶喜の一橋徳川家は、現在竹橋の辺りの一橋という地名の、丸紅の社屋から気象庁のある場所までの広大な敷地のなかに屋敷がありました。
慶喜の正室の省子はもともと大奥には居住していなかったために天璋院と同居するのですが、亀之助が宗家家督を継ぎ、徳川家達となり、徳川宗家の駿府(静岡)転封が決まると、新政府から徳川宗家に対して、千駄ヶ谷に屋敷地が与えられ、天璋院は千駄ヶ谷の屋敷に転居することになり、ここで一生を終えるのです。その場所が、今の東京体育館一帯といわれています。この東京体育館から鳩森神社あたりまですべて徳川屋敷だったようです。
毎年、NHK大河ドラマの舞台を訪れるのですが、今年はほとんど江戸が舞台なので、東京のあちらこちらにその名残があり、今後東京を歩くときの楽しみが増えそうです。
今回の北京オリンピックのメイン会場の建物は印象が強いと思います。また「鳥の巣」という名前も覚えやすいからかもしれませんね。そんなオリンピックと江戸の舞台とどういうつながりがあるのかな?と思うと、大奥は皇居東御苑のなかの天守台跡付近にあって、東京体育館が、いま放送されている大河ドラマ「篤姫」と深い関係があるとは、何か面白いですね。藤森先生みたいに大河ドラマの舞台を訪れるという目的があり、その目的を達成する途中に新しい発見や意外なつながりを気づいたりするのは、昨日のブログのレッジョ教育の製作に対する考え方と同じような気がしました。仕事に限らず色々な事に対して目標を立てて、その目標だけに向かうのでなく、広く視野を広げて目標に向かうというのが大切だと思いました。
大河ドラマの「篤姫」が絶好調のようです。先週は有名な「桜田門外の変」でしたが、なかなか見応えがありました。特に、これまで悪役としてしか描かれていなかった井伊直弼の人間像を中村梅雀さんが重厚な演技で見せてくれましたね。篤姫と茶室で対座するシーンは思わず息をのんでしまいました。公武合体で、いよいよ京から和宮が降嫁されます。篤姫との嫁姑の確執が…と言ったところで昨日は終わりました。ああ、来週も見逃せません。
テーマを持って建物や土地を眺めてみるのは面白いですね。いつも思うことですが、ひとつのテーマを持ってそれに向き合い行動していると、そこから不思議といろんなことにつながっていくことがあります。つながりや広がりを求めてというわけではありませんが、テーマを持って行動することで、少しずつでも前へ進んでいきたいと思います。そしてそのことを楽しみながらやっていきたいとも思っています。
今日のブログでは江戸城跡が紹介されています。実は本日のブログの前日、あるギャラリーで嘉永年間に版画刷りされた江戸城の間取り絵図を見ていました。そしてその時「大奥」の位置も確認していました。すると今日のブログで早速「大奥」の写真に一ツ橋家跡。絵図でまじまじと見て確認していた二ヶ所だったのでまたまた不思議を感じてしまいました。私も好んでNHK大河ドラマをほぼ毎週欠かさず観ておりますので、散歩がてら旧蹟を経巡ってみようかな。大奥の出入りが「平川門」ということは今回のブログで知りました。竹橋界隈に行くと「平川門」の案内板を見ていたのですが、もう一つピンと来なくて同門をくぐる、ということにさほど関心をもっておりませんでした。