競争

 毎日テレビではオリンピックの特集が多いので、あまり興味のない人にとっては、最近のテレビはつまらないかもしれませんね。
 オリンピックといえば、友好といえども、やはり各国の競争でしょうね。特にメダルを何個取ったかが、国の評価になるのでしょう。その中で、たぶん、中国はたくさん取るでしょう。国を挙げて、一致団結し、この日を目指してきたようなところがありますから。経済が低下してきている日本に比べて、今や中国や韓国はアジアの中では、とても元気があり、経済だけでなく、今後、教育界でもリードして行くかもしれません。それには、こんな教育をしているからということもあると思います。
 中国深セン市に暮らしている武田千夏さんが、このように書いています。
「中国の夏休みを利用して、我が子を日本の学校に体験入学させたいと、一時帰国した。指定された日時に職員室を訪れると、きちんと話が通っていたので安心した。「分からないことがあるかもしれないから、みんな教えてあげてね。みんなも、中国のことを聞いてみたら、おもしろいかもしれないね」と、わが子の肩に手を置いて、先生は大きな声で、ゆっくり、はっきりと話をする。
 「いつ来るの?って、子どもたちもずーっと待ってたんですよ」という先生に恐縮しながら案内されると、我が子の靴をしまう場所や傘を置くスペースが、クラスのみんなと同じ場所にきちんとつくってあり、ていねいな文字でわが子の名前が貼られている。中国の先生から、あれができない、これがだめだと厳しく批判され続けて、親の私も相当めいっていたらしい、思わず涙がこぼれてしまった。子どもの心を中心に考えてくれる、こうしたきめ細かな心遣いが、本当にうれしかった。」
 また、中国に帰る日も、いろいろな子どもから激励や別れのメッセージをもらいます。そんな体験から、日本と中国の小学校との違いについて、こう書かれています。
「決定的な違いは、中国の小学校に比べて、日本の学校は、子ども同士が助け合いながら作業をする時間が多いことだ。給食の配膳や掃除を、中国では、それ担当に雇われた大人がやる。「みんな仲良く助け合おう」などという目標は見当たらず、その代わり、「成功には努力あるのみ」などという文字が張られている。
 また、中国では、早く書き終わって先生に報告ができた順番、発言の回数、ボールを落とさずキャッチできた数など、学校生活のすべてが点数となって教室の後ろに張り出されるので、子ども同士の競争心が激しい。大人にならって、成績の良くない子や、先生の言う通りにできない子どもに対してさげすむような発言をする子どもも少なくない。
先生を管理する学校側の評価は、成績平均点や服装の乱れなど、クラスがきちんと統一化されているか否かが点数となって加算される。「子どもは元来なまけものだから、厳格に矯正していかねばならない」という考えなので、子ども本来の素直さや無邪気さなどは早くから摘み取られ、知識が強制的に注入されて、良い・美しいとされる「技術」が上塗りされていく。実際、この方法で伸びていく子どもも多く、理想や感想を述べさせれば、背筋をピンと伸ばし、的確な言葉で堂々と語る。その姿は感心するほど完璧に仕上がっている」
 他との競争に打ち勝って立派になった子が、他に貢献するようになるのでしょうか?

競争” への4件のコメント

  1.  中国や韓国の受験戦争の映像をたまに見ることがありますが、国全体で受験を応援しているのを見かけます。教育にそれだけ力を入れている体勢を日本は少し位は見習ってもいい気がします。だからと言ってブログに書かれているような、子ども同士が競争し他を蹴落としていくのには賛成できません。発言が大好きな子どももいれば、ボールを取るのが上手な子どもだっています。逆に苦手な子どももいます。苦手な子どもだって違う分野で活躍できるものがあるはずなのに、それを無視してしまうのは本当に可愛そうです。人はそれぞれ違って、得意なことが違うから素敵なんだと思います。そこをしっかり守ってあげることをいつまでも忘れないで欲しいと思いました。

  2. 中国と言えば、人口抑制のための強引な「一人っ子政策」が有名ですが、こんなに徹底的な管理教育が行われているとは驚きです。国家が国のすべてを動かす決定権を持っている特殊な国ですから、子供の育ちもここまで管理できるのですね。それでも、学校教育を受けられる子供はまだ幸せかもしれません。地方によっては、経済格差がひどくて学校に通えない子供も多いといわれています。学校に行けないから、まともな仕事にも就けなくて生活が苦しい。華やかな北京オリンピックの裏側は決して明るいものだけではないようです。

  3. 中国の教育はすさまじいですね。小学校で「成功には努力あるのみ」とは驚きです。疲れ果てた子どもや大人がたくさん出てきたとしても、一部の優秀な人材が現れればそれで良し、という姿勢のように感じてしまいます。日本は学ぶ意欲を大切にして、共に学びあう教育を目指して欲しいと思います。結果はすぐには出ないでしょうが、だからこそ子どもたちを信じる姿勢を私たち大人は持ち続けたいですね。

  4. 「他との競争に打ち勝って立派になった子が、他に貢献するようになるのでしょうか?」、残念ながら、そうはならない、と私は思います。なぜなら、「貢献」の前提には「共生」がなければならないからです。「他との競争に打つ勝つ」ことは「共生」にはつながらず他の上に「君臨」することになるからです。序列と格差の社会によって一時的で、しかも一部に限定された人々の繁栄は保障されるかもしれませんが、所詮「競争」には「勝つ」こともあれば「負ける」こともあるでしょう。「他との競争に打つ勝つ」ことが至上命題の社会は圧倒的多数の「負け組」の怨嗟を生み出します。そしてやがて大きなうねりとなりその社会の滅亡にも繋がりかねません。これからの世界に求められるのは「共生と貢献」であると思います。

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