唐傘

ここ数日、日本列島をゲリラ雨が襲っています。東京でも、ものすごい雷の稲妻と音とともに激しい雨が降り、傘を差していても足元はずぶぬれです。また、傘からも水滴が落ちるほど滝のように降り注ぎます。こんな雨ではなく、しとしとと降る雨ですが、そんな雨に傘を差す歌があります。今の人が思い出すのは、「雨降りくまの子」です。なかなか雨がやみそうにないので、くまの子は、傘でもかぶっていようと、頭に葉っぱを乗せるのです。
最近の子どもたちは歌うのか分かりませんが、私たちがよく歌った歌は、大正14年に北原白秋作詞、中山晋平作曲の「あめふり」です。「あめあめ ふれふれ かあさんが じゃのめで おむかい うれしいな ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」迎えに来てくれた母親が持ってきた傘は、「蛇の目傘」です。同年、野口雨情作詞、中山晋平作曲の「雨降りお月さん」では、「雨降りお月さん 雲の蔭(かげ) お嫁にゆくときゃ 誰とゆく 一人で傘(からかさ) さしてゆく 傘(からかさ)ないときゃ 誰とゆく シャラシャラ シャンシャン 鈴つけた お馬にゆられて ぬれてゆく」一人で、唐傘を差して行きます。この頃は、傘と書いて「からかさ」と読んだように、傘といえば、蛇の目傘とか、唐傘のことを言いました。
この唐傘というのは、その字のとおり、古代に大陸から伝来したためだという説が一般的でしたが、最近の説では、て、日本で開閉式に改良したことで、開け閉めが自由にできるカラクリ細工の傘、唐繰傘(唐繰は絡繰と同義語)の略語だといわれています。東洋では、傘はまず、魔除などの目的で、貴人に差しかける天蓋(開閉できない傘)として古代中国で発明され、その後、飛鳥時代の552年に仏教の儀式用の道具として朝鮮半島(百済王)から貢物として日本に献上され、「きぬがさ」(絹笠、衣笠)と呼ばれました。平安絵巻に見られる傘は貴人に差しかける、開いたままの傘で閉じることが出来ないものです。それを改良して、現在の複雑な構造にしていったので、往時の人々が「からくり」と思ったのでしょう。
この和傘には番傘と蛇の目傘があります。蛇の目傘は、傘の中央部と縁に青い紙、その中間に白い紙を張って、開いた傘を上から見た際に蛇の目模様となるようにした物で、外側の輪を黒く塗ったり、渋を塗るなどします。一方、番傘は江戸時代から広く民衆の間で使われるようになり、昭和に入ってからも終戦前後まで日常生活で使われていました。
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蛇の目傘が細身で美しい女性的な和傘であるのに対して、番傘はがっしりと丈夫にできており、素朴で独特の渋さがある男性的な和傘です。余計な装飾を施さず、素材の竹と和紙の良さが光り、質素な中にも粋な雰囲気を感じさせ、骨組みだけでなく、柄にも素材の竹をそのまま使っています。そして、傘布に柿渋、亜麻仁油、桐油等を塗って防水加工した油紙を使用しています。
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 昨日訪れた熊本県山鹿は、菊池川のほとりにあり、豊前街道沿いで、熊本県では熊本市についで二番目に栄えた町です。ここからは菊池川を使って米や和紙の傘などは運ばれていきました。この町で、番傘と蛇の目傘を園へのお土産として購入しました。