昨日、長いあいだ大阪の象徴であった「食い倒れ人形」がその役目を終えました。この人形が大阪の象徴であったというのは、テレビなどで大阪といえばその人形が移っていたということもありますが、もうひとつ、大阪の県民性を現しているからです。江戸時代から地域性を表した慣用句がありました。その代表的なものに「京の着倒れ、大阪の食い倒れ」という、「京都の人間は着物道楽が過ぎて財産を無くすが、大阪の人間は美食が過ぎて財産を失う」との意味の言葉があったのです。
しかし、この「くいだおれ」には、もうひとつの意味があるといわれています。江戸時代の江戸は「八百八町」といわれるほど、家が建て込んでいました。ですから、火事にでもなると大変で、放火はとても重い罪でした。ですから、振袖火事などというように、いくつかの有名な大火があります。それに引き換え、大阪では、「八百八橋」といわれたほど町の中を縦横に堀や川が張り巡らされ、海運業が盛んでした。そして、その堀や川には、木造の橋が沢山架けられていました。しかし、大阪での商業が盛んになればなるほどその橋脚を取り替えなければならず、その費用をずいぶん費やしたので、大阪の商業の繁栄を象徴する言葉として「杭だおれ」といい、それが転じて「食い倒れ」になったといわれています。
そのほかにもそのような県民性を表した慣用句があります。例えば、「京の着倒れ」とは、京都の人が西陣織や友禅染めなど高級な着物を着るために破綻してしまうという意味で、体面を気にする京都人を皮肉って使われますが、どちらが本当かわかりませんが、京都の人はとても気をつかうので、「晴れの舞台」に立派な着物を着るのは見栄ではなく、会う人に対する気遣いだということで、「気だおれ」から来たとか、実は京都人の高級な衣装をしめすとともに、朝粥やお茶漬けを常食とする京都の食生活の貧しさを意味するものであったともいいます。
同じような言い方で、「江戸の履き倒れ、呑み倒れ、買い倒れ」「神戸の履き倒れ」「名古屋の履き倒れ」ということもあります。なんだかこうなると、こじつけのような気がします。しかし、それぞれの県民性として、何に価値を感じ、何を優先するかということを表しています。
よく「江戸っ子は、宵越しの銭は持たない」といわれますが、これは、江戸っ子はお金に対する執着心がなく、消費性向が高いという意味ですが、物事には二面あって、逆に言えば、その日暮らしとか、刹那主義とか、先や将来のことは考えないとか、計画性がない性格ということを表しているともいえます。
しかし、この江戸っ子というのにも定義があります。私は、東京育ちで、人から「江戸っ子ですね」と言われますが、正確に言うと、3代江戸に住んでいないと江戸っ子といわないということを子どものころに言われたことがありました。「京都十代,東京三代,大阪一代」といわれているように、その土地の人間になりきるのは,京都は十代かかり、東京は三代、大阪は一代でよいといわれています。はやり歴史のある京都は、十代住み続けて、はじめて京都人として認められるのですね。
何代かその地に住むと、その地の風土や環境が人を作ることがあるのでしょうね。
大阪が一代というのもいろんな意味がありそうですが、大阪というところはよそから来た人を積極的に受け入れるおおらかさがあるということでしょうか。それでも大阪に限らずどこでも一代では身につかない深さはあるだろうと思っています。人が地域をつくるという面は当然あると思いますが、同時に地域よって人がつくられていると考えると、地域との関わりの大切さを感じます。自分の住む地域の独自性を大切にしようという思いが強くなります。
「くいだおれ人形」のモデルになった人物のことが、昨日のスポーツ新聞に出ていました。杉京二(狂児)という戦前の喜劇俳優だそうです。「うちの女房にゃひげがある」という歌を歌っていた人物です。たぶん藤森先生ならご存知かも。「パピプペパピプペパピプペポ~~うち~の女房にゃひげがある」という変な歌でした。そうそう、うちの女房と言えば、我が家のかみさんはこてこての大阪人で、「田園調布出身」の僕にはとても骨の折れる妻です。(誰が田園調布やねん!とここで必ず妻のツッコミが入ります)以前、テレビの番組で、大阪の幼稚園の子どもの会話を見ましたが、ちゃんとボケとつっこみがあってびっくりしました。笑いの遺伝子というのはあるんですね。ほんと、ユーモアのセンスがなければ大阪人とは会話ができまへん。話に必ずオチを求めてきます。おかげで我が家では年中笑いが絶えまへん。(いつから大阪人になったん?)
「食い倒れ」の由来と言うのは初めて聞きました。もちろん文字通り食べものが美味しくて、食べ過ぎて倒れてしまうと思っていましたが、違うのに驚きですですが、「杭だおれ」にしても大阪の商業が盛んになり、食べ物が美味しいと考えれば「食い倒れ」につながる気がします。京都の「着倒れ」も同じイメージを持っていました。着る物が多くて倒れていまうと思っていました。その地域の環境が人間を作り上げるように、家の環境、そして保育園の環境も大きな関係があると思います。最近になって、環境によって人が変わるというのが分かってきた気がします。それは理屈や理論ではなく、体験として私自身がそのような気がするからです。
大阪の「食い倒れ」が実は「杭倒れ」、京都の「着倒れ」が実は「気倒れ」。両者とも実に頷ける解釈です。もっとも大阪は江戸時代「天下の台所」と言われた地域で、結局食文化のメッカ的捉えられかたをされ今日に至ったものと思われます。「江戸っ子」には何だか昔から憧れていました。「宵越しの銭は持たない」などは、「てやんでぇ、べらぼうめぇ」と同じく、きっぷが良くて爽快です。地方出身者の大集合地域の江戸は現在の東京以上に「国際」都市であったでしょう。長屋暮らしの町人が大半であるところを見ると、そして「火事」で一切合財失くしてしまうという現実を理解すると「宵越しの銭」など持っていられないな、という心境がわかります。今もって「江戸っ子」は憧れの対象です。