最近、犯罪が起きると、必ず出てくるのが犯人、容疑者の卒業アルバムとか、卒業文集です。こんなことを書いていた、こんなことに興味を持っていた、友達からこんな風に見られていたなど、その犯罪の兆候を見ようとします。そして、それに結びつくような部分を公表するので、見せられた私たちは「やっぱりねえ」と納得してしまいます。
しかし、よく見ると、それ以上にびっくりするのが、「こんなことを卒業アルバムで書かせていたのか」「こんなことを書いてもそのまま載せていたのか」など、常識の範囲を超える内容を見たときです。
数年前から、各地で卒業文集の定番として行われているのが、「何でもアンケート」です。そのアンケート項目が、「自分はどんな夢を持っているか?」「自分はどんな人になりたかったのか?」「自分の好きな言葉は?」「自分の尊敬する人物は?」など自分の考えを聞くのではなく、たとえば、「有名になりそうな人」「子どもをたくさんつくりそうな人」といった設問を考え、クラスで投票するアンケートのことです。新聞にこんな「何でもアンケート」が出ていました。ある中学校で、卒業文集に「将来ホームレスになってそうな人」として男女14人の生徒の実名が載せられていたというのです。保護者からの情報で事実確認した市教委が、同校へ文集の回収を指示しています。
そのほかにも、「放火しそうな人」でランキングをつくった中学校や、「早死にしそうな人」「ニートになりそうな人」でアンケートした中学校もあります。これらの質問には、性や職業差別をはらんでいる場合が多くあります。そして、なんだか人を馬鹿にしたり、いじめのような気がします。しかし、子どもの自主性を重んじるとか、大人の検閲は良くないとか、多くの学校の場合、このくらいはいいのではと思うようです。はたして、そうでしょうか。
私は、卒業は、希望を持って次へ進むステップだと思います。何かが終わるのではなく、これから始まるのです。そんなときに、人をおちょくるとか、マイナスイメージを持つとか、なんだか情けなくなります。私の園では、もちろん対象が幼児ということもありますが、子どもには、将来なりたい職業になっている自分の姿を絵で書いてもらい、保護者には、それに対してエールを送るようなことを書いてもらっています。かつての卒園児に「将来、保母さんになりたい!」と書いた子が、今、私の園で保育士として働いていますし、「将来、漫画家になりたい」といった男の子は、いま、アニメーテーになって活躍しています。 もちろん、そのときの夢がかなう人は少ないかもしれません。しかし、小さい頃に、自分のことを考え、いろいろな職業を考えることはとても重要であり、また、あとになって当時、こんな夢を持っていたのだとあとで思い返すことも大切なことです。
また、今、子どもの写真は載せないでほしいとか、後ろ向きにして欲しい、斜め前からにして欲しいなどの注文も多いようです。これについても様々な考え方がありますので、一概におかしいということは言えませんが、大人になってよく卒業アルバムを見ることがありますが、そのときには、顔の写真を見ることが多いような気がします。それは、久しぶりに会うとか、何かでその名前を聞いたときとか、同窓会を久しぶりに開くときとかにどんな顔だったかを思い出すためです。そんなときに、見返してみると、その子の顔が真っ黒だったり、後ろ向きだったときにはがっかりするでしょうね。
卒業写真に対して後ろ向きで撮ってほしいといった注文があるのを初めて聞きましたが、子どもの将来のことを考えると言われる通りです。親として今のことだけを考えた意見ではなく、先のことも見据えたものでないといけないですね。
卒業文集のアンケートは凄まじいです。このくらいはいいだろうと許可をする人が、子どもたちの教育にあたっている現実があるんですね。涼しい夜ですが、寝つきが悪くなりそうです。
卒業文集で「ホームレスになりそうな人」「ニートになりそうな人」など、そんな質問をしているとは驚きました。それを、子どもの自主性を重んじる、大人の検閲は良くないなどで、これくらいを許してしまうとか本当におかしい気がします。先生が言われるように卒業は終わると同時に新しい生活が始まります。嬉しくない事を書かれて嫌な気分のまま次へ進んで上手くいくわけがありません。何か新しいことなど始める時など大きな夢や希望を抱いて始める必要があると思います。子どもの自主性を重んじる前に、それを許してしまう学校の教師や責任者などの自主性をしっかりするべきだと思いました。
卒業文集の心無いアンケートで思い出すのは、昭和61年に起こった中野富士見中学の鹿川君のいじめ自殺ですね。クラスメートだけでなく事もあろうに4人もの教師が加わって起きた「葬式ごっこ」と称するいじめがきっかけとなって、鹿川君が尊い命を落とした事件でした。あれからもう何年も経つというのに、いまだに人を傷つけるようなアンケートが横行するなんて、本当に今の学校現場はどうなっているのでしょうか。教師になるのもコネと金次第で、採用の時、たぶん人間性はあまり問題にされないのでしょうね。鹿川君の事件の年、臨教審は「いじめ」について、「『相違』を許容しない学校の体質、受験ストレスに加え、乳幼児期の親子相互関係の不安定、しつけや自己抑制力の不足、過保護、過干渉、放任家庭、面白いことを価値ありとする風潮など、様々な要因が複合している」と分析しています。子どもを通して家庭や地域と深いかかわりを持っている保育園や幼稚園が子どもの「生きる権利」を守るために、真剣にこの問題と向かい合う時が来ていると思います。
「放火しそうな人」「早死にしそうな人」「ニートになりそうな人」・・・を「卒業文集」ランキングで表すとは言語道断です。そして、そうした「文集」が教師の「検閲」を潜り抜けて卒業生の「思い出」になることにおぞましさを感じます。これから我が子が「学校」という教育現場で学習をしていき、その最後の綴り方である「文集」の中に「放火しそうな人」ランキング、とかあったら、これは何とも許されざることであり、そういうことにならないように、何とか世の中に働きかけていかなければ、と思います。卒園の時に「大人になったら○○になりたい」と元気に言っていた子が小学1年生の終わり頃には「わからない」という回答に変わります。満年齢7歳にして未来に対する夢が失われているのです。残念ながら、これがわが国の現実です。学習成績の高い子ほど将来をドライに考えています。おそろしいことです。