歴史と地理

 今、パソコンでいろいろなことが出来ます。また、いろいろなことを調べることができます。様々な情報も豊富にあります。最近、私は、新聞も紙面で読むよりは、パソコンで読むことが多くなりました。紙面では、せいぜい1日に2回、朝夕配達されますが、ネットでは、まさにタイムリーに読むことができます。
 そんなことで、最近学力観が変わってきています。ものを多く覚えることに価値がなくなってきました。しかも、知識を切り離して単独で覚えることは特に意味がないことがわかってきました。しかし、小、中学生時代は、そんな知識を覚える毎日だったような気がします。その代表的な科目が、歴史や地理での年代や語句の暗記でした。私は、どうも勉強嫌いという事もあって、暗記が苦手で、しかも、試験範囲のあるテストが苦手でした。今でも、試験前までに試験範囲がおぼえられずあせる夢を見るくらいです。
しかし、時代が変わってきていろいろなことが解明されたり、研究されていくにしたがって覚えさせられてきたことが違っていることに気づかされると、愕然とします。その代表が、「鎌倉幕府成立の年は?」です。これを当時「イイクニ作ろう鎌倉幕府」とこじつけて1192年と覚えたものです。しかし、最近の教科書である山川出版社の詳説日本史Bには「1185年、頼朝は諸国に守護・地頭という役人を任命する権利などを獲得。東国が中心だった支配権が西国にも及び武家政権としての鎌倉幕府が成立」と書かれています。一般に浸透しているので1192年と書いている教科書もあるようですが、学会では1192年説は少数派だそうです。
「なぜ偉人たちは教科書から消えたのか “肖像画”が語る通説破りの日本史」(河合 敦 著 光文社)によると、超有名な歴史上の人物たちの肖像が、じつは本人ではなかったということがわかってきたので、肖像画が教科書から消えてきているそうです。鎌倉幕府の成立の年号と同時に思い浮かべるのが、裾を広くした黒い服を着た源頼朝ですが、現在は、ほとんどの教科書からこの頼朝の肖像画は消えています。他にも、聖徳太子も、足利尊氏も、武田信玄も、西郷隆盛も、じつは違う人物ではないかという疑惑があるそうです。
06年に「覚えることが多くて負担になる」ということで受験科目に入れない高校世界史の未履修が問題になりました。そこで、当時の生徒たちは補習を受けるなどして卒業し、各地の教育委員会も学習指導要領通り、世界史を必修とし、日本史、地理から選択することを徹底させるようになりました。それはわかるのですが、それよりもただ年号を覚えるような科目のあり方が問題なのです。
そこで、各分野の研究者からなる「日本学術会議」では、昨年5月、分科会をつくり、「グローバル時代の高校教育には世界史、日本史、地理のどれも必要だ」と、授業時間が限られるなかで3科目とも共存させる道を検討してきました。その中間報告のシンポジウムが先月開かれました。その中で、世界史と日本史を合わせた「歴史基礎」をつくり、「地理基礎」とともに必修にする案や、3科目はそのままで、それぞれの中に「地歴融合単元」をつくる案などがでました。
ニュースを見て、その場所がどこにあるのか、その地域にはどんな歴史があるのか、知っているというよりも、そんな背景を知ろうとする知識欲が大切な気がします。

歴史と地理” への4件のコメント

  1. あれだけ時間をかけて覚えた年号や肖像画が事実と違っているということに、少しショックを受けました。よく考えると、歴史だけでなく科学の世界でもひとつのことに対して複数の説があるのが自然で、その中からひとつを取り上げて教育として暗記する行為は少し不自然ですね。知っている、覚えていることより、それらをもとに考えたりそれを編集したり、そういった意欲をもつことを大切にする教育に変わっていってもらいたいと思います。知識を詰め込むことより、それが少し遅れたとしても子ども同士が学びあうことの方が大切だったりしますね。

  2. 私が歴史に興味があるのは、歴史のひとコマひとコマにその時代を懸命に生きた無数の人々の息遣いや喜びや悲しみや決断や挫折、それらを含めたその時代のダイナミズムを感じることができるからです。歴史上の出来事や年代を覚えることは知識にはなりますが、それを駆使してそこから何を学びとるかが大事です。真摯に歴史に向かい合えば、生きていく上で必要な「智慧」を学びとることもできます。つまり歴史は、「人間学」であるということです。

  3.  私の得意科目の一つに地理があります。どちらかというと、暗記するのが苦手ではなかったので、地歴は得意な方でした。ですが、地理が得意になった理由は中学校の初めての地理の授業が影響しているかもしれません。その先生は世界の国名、地形などの地理の用語を生徒一人ひとりに一問一答をしていき、答えることができなかった生徒は次の順番まで立っていなければいけませんでした。それが嫌で必死に覚えた記憶があります。なので、地理が得意な科目になったのです。その必死に覚えた内容が今と違うのは何かショックです。確かにただ年号や人物を覚えるのはパソコンでも出来ます。地歴に限らず他の教科もどのように変化していくのか、気なりました。

  4. 好きこそものの上手なれ、とでも申しましょうか、私自身は地理・歴史が好きで、学校時代、これらの教科で大変さを感じたことはあまりありませんでした。それ故、年号など覚えなければテストで点数を取れない、という強迫観念に脅かされることもなく、1192年鎌倉幕府開設、などわりと素直に覚えてしまいました。「好き」がどんどん深まっていくと、歴史の場合、「通説」と言われている事柄(例:1192年鎌倉幕府開設など)をも疑い始め、実は違うのではないか、と思うようになってきます。「背景を知ろうとする知識欲」がどんどん生まれてきます。最近では9.11事件に関する「大本営発表」にトリプルクエスチョンです。歴史や地理、本当に楽しいです。

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