フランスにフレネという人がいました。フレネは、ニースの師範学校在学中に第一次世界大戦が勃発したために、卒業を待たずに代用教員になり、そして戦場へ送られます。その戦場で毒ガスに肺を侵され、70%肺を切除しなければならなくなります。その障害者になった彼が戦後学校に勤務したとき、大声を出せなかったために、一斉に声を出して知識を子どもに伝えるという授業に疑問を持ちます。しかも、今までの教育が戦争を起こし、自分が受けた傷のように、人々に悲惨な後遺症をもたらしていることに危機感を持ちます。2007年1月5日のブログでは、口のきけない「機関車先生」という映画の話をしました。2006年1月14日のブログでは、声が出なくなった実習生の話をしました。
大声が出せなくなったフレネは、どのような教育をしようとしたのでしょうか。彼は、子どもの生活、かれらの表現そのものを学習の中心にすえることに活路を見いだしていきます。知識の伝達ではなく、「子どもの生活、興味、自由な表現」からの出発は、いまだに教科書、知識中心の授業から脱皮できない日本の教育の課題でもあります。彼の最初の実践は、特に保育にも参考になります。
南フランスの山の中の小さな学校に赴任したフレネは、そこで行われている授業に愕然とします。子どもの世界とかけ離れた教科書とその説明に終始する教師、その反復練習のためにすっかり学習意欲を無くした子どもたち、まさに、今の日本の教室の中を見ているようです。そんな子どもたちに、まず、フレネは午後の時間を使って散歩教室を始めます。村の小川や野原を歩いたり、畑や職人達の仕事場を見てまわったりしました。すると、子どもたちは好奇心と活力にあふれた表情をみせ、教師とも親しげに語り合うようになりました。そして、教室に戻って、散歩から持ち帰った収穫物を見せ合ったり、見てきたことを話し合ったりしました。しかし、そこで限界があります。それは、教室に戻ると、再び、教科書を開いて、教師の話を聞くだけになってしまうからです。子どもたちが教科書に頼ることなく自分の力で研究を進めていくためには参考資料が必要になってきます。そこで、印刷機が導入され、子ども達が綴った文を印刷しそれを教科書にかえて「自由な教科書」として使うことを考えたのです。そして、プリントを交換する学校間通信が始まり、資料カードや小冊子が整えられることになり、学級文庫が誕生します。
しかし、学校教育の中ではもうひとつ問題があります。それは、そのようなやり方で自由研究は進んで行きますが、計算や文法のような基礎的学力といわれる力であったり、想像する上で必要な知識などを習得していくことの必要です。フレネは、これらの学習を、画一的に強制されるのではなく、個々のこどもが自分のレベルに合わせて自分のリズムで学習し、自分自身で誤りを訂正できることが望ましいと考えます。そこで、プログラム化された自己訂正式自習カードが作成され、自分でつくる学習計画表が生まれていきます。あくまでも、子どもの自発性から学習を進めていくのです。
年齢という外から見える形で子どもを分け、同じ年齢は均一的な発達をしているという刷り込みではなく、子どもの自治を大切にします。生活と教育を結びつけることを追求し、学校印刷所運動がその基礎に置かれます。昨日のブログの「おたのしみかいだより」も、そのような教育の試みでした。
フレネと云う先進的な教育者がいたことを初めて知りました。先ほどの藤森先生のお話にも触れられていましたが、世界の教育のスタンダードな形は、フレネのような「子どもの生活、興味、自由な表現」を大切にする子ども主体の教育ですね。日本もそろそろそのことに気がつかないと、末恐ろしいことになるかもしれませんね。それにしても、30年前から、子どもの自治(いい言葉ですね)を大切にする教育を誰に教わるでもなく自然に実践されていた藤森先生に敬服します。
フレネの話をじっくり読ませてもらいました。子どもの力を信じ、子どもの自発性から学習を進めていくことで、こんなに豊かな教育ができるんですね。知識をつけることに重点を置いた授業との差は明らかです。フレネ以外にも様々な教育者がいて、様々な教育のモデルがあちこちにあり、そこから学ぶことの大切さを感じています。教育は子どものためのものであることを考えれば、向かうべき方向は見えてきていると思うのですが、国レベルになると物事は単純ではなくなるんでしょうか。
フレネが提唱した学習教授法は、子ども一人一人に寄り添って展開されている点、当時でも、あるいは現在でも、画期的であり、参考にして学ぶところが多いと思います。昨日のコメントにも記しましたが、私の息子の教室は、あくまでも先生主導で、子どもたちの「好奇心と活力」とは程遠い授業風景を提供してくれます。息子の担任の先生、「フレネ」という人を知っているのだろうか?さて学習の形態には単独学習とグループ学習があるでしょう。それぞれ目的やねらいに応じて、ということはもちろんです。ところが、私たちの学校の多くは生年月日別に「学年」を別け、30~40人で1グループを作り、一斉に教授します。そして残念なことに子どもたちは1年生の初っ端から「学習」に対する意欲を失っています。保育園や幼稚園を卒園する子どもたちは小学校への抱負を述べます。「国語をがんばる」とか「算数をがんばる」といいます。ところが、入学後3ヶ月を過ぎて「国語」「算数」は多くの1年生にとって「好きな科目」ではなくなりつつあります。我が息子も例外ではありません。
もし私がフレネと同じ立場で大声が出せなくなってしまった時を考えると、悩みこんでしまいます。それを、フレネは大声を出すという授業方法に疑問を持ち、授業方法を変えていくとは、同じ子どもを教える立場として尊敬しました。子どもにまずは好奇心や興味を持たせ子ども自身が研究していくという教育方法は藤森先生が言われる「子どもが環境に働きかける」ということを同じような気がしました。
教育というのは、まず子ども自身自ら学ぼうという意識が必要で、先生はそれを引き出してあげる必要があると思いました。