おたのしみかいだより

 古い書類を整理していたら、こんな通信が出てきました。
それは、私が、学校建築の研究のために小学校に勤務していたときの通信です。1年生を担任していたとき、クラスの子どもたちが発行した「おたのしみかいだより」というもので、全部で4号までありました。
tayori2.jpg
  1号にはこう書かれています。「こんど1ねん1くみでおたのしみかいをやります。きめたこと(1)かいのなまえ…おたのしみかい (2)はん…バス、のこぎりざめ、あらいぐま、ひこうき、かに (3)せきにんしゃ…かわさき、みやざき (4)かくひと…わたなべ やっているときにふざけない(みやざき)はんでやることをきめておいてください(かわさき)おたのしみにね!」
これは、B5の更紙に印刷されています。この子たちは、今は30歳後半になっているでしょうが、子どもが自らつけた班の名前からも時代が感じられます。この計画に、私はどのくらい関わっているかわかりませんが、子どもたちだけで話し合いをして、自分たちでいろいろなことを決めているようです。第2号(12月10日)には、こんなことが書かれています。
「みんなでいろいろはなしあって、ひにちをつぎのようにきめました。12月23日(金)1,2じかんめ だいたいやることをきめました。ひこうき…かみしばい かに…にんぎょうげき あらいぐま…おりがみ のこぎりざめ…がっそう バス…げき」
こんな頃、ある子から私にこんな手紙がきました。「先生へ おたのしみかいについて 私はげきをやりたいとおもいます。しかし、はんのみんなはれんしゅうをしようとおもってもならいごとがあるからって あつまってくれません。どうしたらいいでしょう。わたしは一人でもやりたいとおもいますけど どうしたらいいの。えりこ」
この手紙に私はどう答えたのでしょうか。そのあと、その班はどうなったのでしょうか。3号(12月16日)には、日程表がカレンダーになっていてそこに予定が書かれてあります。
「よていひょう 17(土)かかりをきめる 19(月)?22(木)れんしゅう 21(水)ぷろぐらむをつくる 22(木)しょうたいじょうをつくる 23(金)おたのしみかい」
 出てきたこの「おたのしみかいだより」は、4号までしかありませんが、発行されたのも4号までなのかわかりませんが、プログラムも出てきたので、たぶん、この号で終わりでしょう。
tayori1.JPG
「かかり ぷろぐらむ…かに かいじょう…あらいぐま かざり…ひこうき しかい、うけつけ…のこぎりざめ どうぐ、あんない…バス りっこうほしてかざりかいがいいといったぐるーぷが、ひこうきとのこぎりざめです。はんちょうがじぶんのはんは、こうするといって みんなで手をあげて ひこうきにきまりました。」
 係りをきめるのは、どうもそれぞれが自主的に立候補しているようです。そして、競合した場合は、班長がどのようにやるかプレゼンをして、みんなで選んでいるようです。そして、プログラムがあります。「1、はじめのことば(かわさき みやざき)2、先生のことば 3、うた ぜんいん(むしむしむしめがね)4、かみしばい(ひこうき)5、げき(バス)6、にんぎょうげき(あらいぐま)7、がっそう(のこぎりざめ)8、にんぎょうげき(かに)9、がっそう ぜんいん 10、ぽんぽんぴあの 11、さんたのおじさんのことば 12、おきゃくさんのことば 13、おわりのことば(わたなべ)」
 どうも、最初の予定通り、劇をやったようです。このプログラムに、やっと私が登場します。もちろん、すべてを子ども達だけで進めているはずはありませんが、今これを読み返してみると、1年生が生き生きと自分たちで会の準備を進めていっている姿が伝わります。なんだか、もう一度教師をやりたくなりました。

おたのしみかいだより” への6件のコメント

  1. 「もう一度教師をやりたくなった」という最後の言葉を読んで、数年後に本当に教師をされているかもしれないと思ってしまいました。いや教師ではなく校長先生になって今後の小学校のモデルになるような学校づくりをされているかもしれないなどと、勝手に想像してしまいました。
    「おたのしみかいだより」ですが、子どもたちはおそらく積極的に取り組んでいるんだろうと読んでいて予想されます。やらされている感じがしません。他人の私が見てもなんだかにっこりしてしまうくらいの便りです。自分にもこんな思い出が出てくるようになると嬉しいだろうと思います。それにしても、みんなが集まってくれずに困っているえりこさんは、この後どのような助言を受けてどう行動したのか、ちょっと気になります。

  2. この「お楽しみ会だより」を読むと、藤森先生に見守られながら生き生きと学校生活を楽しむ子どもたちの笑顔が目に浮かんできます。青年藤森先生はこの頃から、子どもの主体性を大事にする教育を志向されていたんですね。班(PT)を作って、お互いの意見を戦わせたり調整したりしながら物事を決めていって、目標を実現するという経験は、将来社会に出た時に大いに役にたちます。それこそこのブログの一つのテーマである子供たちのコミュニケーション能力を養う教育プログラムですね。それにしても、バス班のえりこさんに藤森先生はどんなアドバイスをしたのでしょう。また。思い出したら教えてください。

  3.  小学校の一年生が、自分たちで係りなどを決めて自主的に行動する姿は、ドイツと一緒ですね。やはり藤森先生は教員時代の時から今の考えと全く一緒なんですね。それよりも、教員時代の時から今まで少しも考えが変わらないことに私は驚きです。これだけ年月がたてば人の考えも少しは変わると思うのですが、先生の場合はそれが一つも変わらず、むしろ進化しています。私も自分なりに信念というものを持っていますが、その信念を一生涯、貫き通してみよう!とブログを読んで思いました。

  4. 今回のブログ「おたのしみかいだより」には驚かされるやら感動させられるやら、です。小学校1年生が自分のたちの行事内容を自分たちで決めて実行に移そうとする意欲・心情・態度が見て取れ、驚嘆と感動がない混ぜになった気持ちです。というのも私の息子が今小学1年生で、過日運動会やら授業参加やらを拝見したのですが、先生の指示のままに子どもたちが動く、という姿をまのあたりにし、落胆と疑問の渦の中に置かれていました。藤森先生が担任されていた1年生の生徒さんたち、自分たちでやっている、という意気込み・喜び・幸せを「たより」の文字から推察できます。教育界はこうした事象が現場でもっともっと起こすよう創意工夫をしなければならないのに、・・・。とてもすばらしい「おたより」を拝見いたしました。

  5. 子どもたちが主体になって取り組んでいる様子がとても伝わってきますね。また、ある女の子が書いた手紙の内容がすごいですね。「はんのみんなはれんしゅうをしようとおもってもならいごとがあるからって あつまってくれません。どうしたらいいでしょう。」という悩みは、まるで大人のようです。子どもだらとか大人だからとかではない、真剣に自ら物事に取り組んでいる人には、同じような景色や悩みが舞い込んでいるといった印象を受けました。そして、子どもたちが発行する便りの存在を活用して、周囲の人に発信しながら、社会を知っていく過程のようで感動しました。

  6. 写真のおたのしみかだよりの雰囲気、文章から子どもたちが主体的に取組んでいることが伝わってきました。えりこちゃんの悩みもありましたが、おたのしみかいに向けて真剣に取組んでいるからこそ生まれる悩みなのだろうなと想像しました。おたのしみかいに向けて積極的にイキイキととりくんでいる子どもたちの後ろにはしっかり藤森先生の姿が見えてきます。藤森先生が見守ってくれているという安心感が子どもたちをこんなにも輝かせているのだと思います。それは園長先生になった今も同じです。私たち職員がイキイキと主体的に働くことができるのも先生が見守ってくださっているからです。当時の一年生の気持ちにリンクするようでした!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です