ラジオ2

 私は、戦後生まれですので、ラジオについての戦前の強烈な思い出は、実体験からというよりも、映画などでよく見る戦況報告が流れるラジオの姿です。国民がラジオを通して正確な情報を得るというよりも、後でわかることですが、ラジオを通して情報を操作されていた媒体であったという印象があります。ですから、娯楽としてのラジオの姿はそこにはありませんでした。その集約された姿が、終戦を告げる「玉音放送」です。玉音放送という言葉を若い人は知らないと思いますが、生の声(肉声)のことを玉音ともいい、玉音放送というのは、天皇の肉声を放送することをいいます。その放送が有名になったのは、1945年(昭和20年)8月15日正午(日本時間)、昭和天皇による終戦の詔書を天皇自らの声で読んだのがラジオ放送されたときです。今は、テレビなどを通して天皇の声だけではなく、姿も見ることが出来ますが、当時は、天皇の声を聞くのは国民にとってこのときが始めてであった人が多く、この放送も本当に天皇の声かと思った人が多かったようです。
そんなこともあって、本格的にラジオが国民のものになったは戦後からかもしれません。1950年に放送の自由化に伴って、東京放送局が社団法人から特殊法人に改組され、GHQの指導でアルファベット3文字の略称を決めるようにいわれたため、NHK の名前が生まれました。その頃の私が聞いていたラジオ番組は、ずいぶんと古い話ですが、寝るときに親と聞いた「講談」です。なぜ、これが印象に残っているかわかりませんが、寝る前に聞く親の読み聞かせなどの声を全く反対に、しわがれ声で机をたたく音でリズムを取りながら語る不思議な世界に子ども心に強く残ったのでしょう。
そのあと、娯楽として聞いた番組で印象に残っているのは、1954年4月から1957年3月31日までNHKラジオ第1で放送されていたラジオドラマ「ヤン坊ニン坊トン坊」です。主題歌の「しっかりものの ヤン坊 暴れん坊の ニン坊 可愛いちび助 トン坊 時々けんかもするけれど やっぱり僕らは兄弟だ …」というだけでなく、その子どもの役をやっている声優に大人の女性が演じたのは、この番組が始めてだそうです。特に、トン坊役の黒柳徹子は、これが初の主演番組です。
 そのあと、夢中になったのは、昭和27年から始まったNHK「新諸国物語」です。「白鳥の騎士」(27年)、「笛吹童子」(28年)、「紅孔雀」(29年)、「オテナの塔」(30年)、「七つの誓い」(31年)です。これらの番組は、主題歌もほとんど今でも歌えます。
最近のテレビ番組ドラゴンボールの七つの球は、里見八犬伝の八つの球から発想を得たと思われるように、この頃の話に原点を見ることがあります。「白鳥の騎士」という番組は、愛と正義を象徴する「白鳥珠」と、悪の象徴「されこうべ珠」をそれぞれ受け継ぐ一族の戦いと葛藤を描いていますし、「笛吹童子」は、奈良天平時代、父の城を奪われた双子の兄弟が力をあわせて城を取り戻すまでを描いています。「紅孔雀」は、南紀州に住む那智の嘉門が持つローマの聖者から授けられた「紅孔雀の宝庫」の鍵をねらう元海賊や妖術師との戦いを描いています。テレビのように実際の姿や光景を見ることが出来ない分だけ創造の世界を広げることにもなりました。
今後のラジオの役目を考える上で、ひとつのメリットでした。

ラジオ2” への4件のコメント

  1. テレビはイメージがほぼ固定されてしまいますが、ラジオはふくらみがありますね。確かに受け取り方次第で自由な創造につながります。たまにラジオで昔話を聞きますが、思わずその世界に引き込まれてしまいます。映像が無いことが、かえって生き生きとその場面を思い描けるように思います。その思い描く場面も人によって様々なのでしょうね。受身で聞くことと積極的に聞くことの違いを考えさせられました。

  2. 今では歳をとってすっかり早寝早起きの生活になりましたが、受験生の頃は毎晩ラジオの深夜放送にかじりついていましたね。11時から旺文社の大学受験ラジオ講座(通称ラ講)。ブラームスの「大学祝典序曲」がテーマ曲でした。今考えればすごい先生が揃っていましたね。『赤尾の豆単』で有名な英語の赤尾孝先生、ご存じJ・B・ハリス先生にはネイティブな英語を教わりました。それに寺田文行先生の数学はわかりやすかった。大学受験の前の日に目を通した古文の問題が、本番の試験にそっくり出題されてびっくりしたのを思い出します。この番組もずいぶん前に終了したようで、何か自分の青春時代が遠くなったようで、とてもさびしい気がします。

  3.  ブログに書いてある、どのラジオ番組も初めて聞くばかりです。昔話も、もちろん聞いたことがありません。ですが、今、ラジオで昔話を聞いて自分の頭で風景などを想像して聞くとなると、なかなか出来ないような気がします。基本的に視覚から風景や登場人物を理解しているのに慣れているので、いざ頭で全てを想像するとなると難しいと思います。それだけ、私は目に頼りすぎていると感じました。もっと話を聞く力というのをつけないといけないと思いました。なので、たまにはラジオも聞いてみるのもいいのかもしれませんね。

  4. 昨日のブログに引き続き、私のラジオ体験を記します。私もラジオドラマをよく聴いていました。今でも鮮明におぼえているのが小松左京さん原作「日本沈没」です。後にテレビで放映され映画にもなりました。しかしラジオで聴いていたときの緊張感や迫力に欠けるような気がしました。毎回30分ほどだったでしょうか、ラジオから流れる声優さんたちの語りからいろいろと想像しました。そして自らが創造した想像に恐怖感すら覚えていたのです。その後もNHK-FMなどでラジオドラマを聴きました。そのたびに勝手に空想して場面を拵えていました。現在ラジオを聴くとすると語学学習も兼ねて英国BBCや米国のRBNです。それからNHK-FMはクラシック番組中心にやはり聞いています。そうそう家内はいまだにJ-WAVEが好きです。

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