ラジオ1

  先日、テレビ放送の開始について、何回かブログで取り上げましたが、そのときのコメントにもありましたように、私たちの世代は、テレビといえば、同時にラジオの時代でもあったのです。私が小さかった頃のラジオの思い出には、テレビの思い出同様、強い思いがあります。
  ラジオとともに生活をする印象は、子どものころの思い出だけではなく、受験時代での深夜放送、巨人全盛の頃の野球放送、ジェットストリームに代表される音楽放送など様々な年代に、様々な放送番組を楽しみました。
  そんなラジオの本放送は、1925(大正14)年7月12日、東京放送局(現在のNHK)が愛宕山でラジオの本放送を開始したのがはじまりでした。ですから、今日(7月12日)は、「ラジオ本放送の日」です。しかし、その前に仮放送をしていました。その仮放送が始まったのはその年の3月22日、東京芝浦の東京放送局仮放送所からで、アナウンサーは、その第一声、JOAKを「ジェーイ、オーウ、エーイ、ケーイ」と遠くに呼びかけるように読み上げたと伝わっています。このあと、初代の総裁である東京市長や逓信大臣・満州鉄道総裁などとしても知られる後藤新平初代総裁の後藤新平が、ラジオの機能について強調した挨拶をしました。その機能とは、「文化の機会均等」(文化の機会均等。放送は地域・年齢性別に関係なく聞くことができる)、「家庭生活の革新」(ラジオを取り囲んでの家庭内での団欒。外に行かなくても家で寄席などが聞ける)、「教育の社会化」(社会人でも放送を通して教育を受けることができる)、「経済活動の活性化」(経済機能の敏活化に寄与する)です。この仮放送した3月22日が「放送記念日 」となっています。
 初めて放送を開始した今のNHKの東京放送局は、もともとは電機メーカーや新聞社などが共同で設立した社団法人で、その開局に続いて、大阪・名古屋でも独立にあり、JOAK=東京放送局、JOBK=大阪放送局、JOCK=名古屋放送局、とコールサインは決められていました。
 開局が大正14年といえば思い出すのが、その2年前の12年には関東大震災が東京を襲っています。そのときに流言飛語してひどい目にあったのが、この震災は、外国の攻撃らしいなどといった全くのデマが飛び交い、朝鮮系の人たちが襲撃されて命を落とす事件が多数起きました。このように正しい情報が伝わらない悲劇を、当時の東京市長であった後藤新平は、ラジオ局開局に力を入れていたのでしょう。
 仮放送が開始された時点では、ラジオの受信契約者は5455人で、テレビの黎明期に、店頭に人だかりがしたように、ラジオの置かれた商店などの前には、毎日のように人だかりしていたそうです。それが、その年のうちにすでに聴取者は東京で13万人、大阪で5万人、名古屋で1.5万人にまで増えていきます。このときに、ある会社の転機が訪れます。それは、現在は液晶テレビなどでシェアを占めているシャープという会社です。シャープというと、もともとは、「シャープペンシル」のシャープなのです。そのシャープが、ラジオブームに乗って、開局した年の4月に鉱石ラジオを発売し、これが飛ぶように売れて今のシャープのような会社に変わっていくのです。
 明日は、このラジオでの番組の思い出と、ラジオの将来について書いてみようと思います。

ラジオ1” への4件のコメント

  1. 勉強しながらのラジオはよく聞いていました。とはいってもおそらく勉強はできていなかったと思いますが。深夜放送という言葉を聞くと、学生時代のことが懐かしく思い出されます。
    テレビはみることが少なくなりましたが、ラジオを聞くことは反対に増えています。毎日通勤の車の中で聞いているのですが、いろんな人の考えに触れることができるので楽しんでいます。聞けば聞くほどラジオの良さを感じるようになっています。だからこそ明日の「ラジオの将来」は気になります。

  2. 私らヤマ屋にとっては、ラジオは山で一夜を過ごす時の寂しさを癒してくれる友達みたいなものですね。特に無人の避難小屋で一人という時は、家ではあまり聞かないラジオに耳を傾けることが多いですね。もちろん明日の天気予報が一番気になりますが、クラシックなんかをFMで聴くのもいいですね。山の上の大自然の中で聴くモーツァルトなんかは格別ですよ。私みたいな人間でも哲学者にしてくれます。ラジオというのは、耳から入って、心の琴線に触れるメディアと言っていいと思います。

  3.  最近ラジオはあまり聞かないですが、私が高校の時に寝る前によく聞いていました。その時、聞いていたのは「オールナイトニッポン」でした。曜日によって司会が変わるので、楽しみにしていました。こうして藤森先生のブログでラジオの歴史を書かれると本当に勉強になります。今では当たり前のように存在するラジオがどのようにして広まってきたかが分かります。ラジオはテレビと違って耳だけで聞くものです。それだけ、司会者の表現力が問われます。この職業はいかに聞いている人に詳しく、そして面白く伝えるかが重要な気がしました。

  4. 小学校の高学年になると民放ラジオを聴いていました。Sasukeさんも聴いていた「オールナイトニッポン」は小六からお世話になっていました。その後中学高校に至るまでニッポン放送とか文化放送をよく聴いていました。中学になると文化放送で「シューエイシャのザッシデスゥ~」のCMの流れる番組や「インナートリップ~~会」提供の番組をよく聴いていました。当時は母が「お夜食」を私の部屋に届けてくれました。栄養剤やカップラーメンでした。翌日が休みの日は午前3時頃まで深夜ラジオに付き合い、夏の朝焼けを見ながら眠りについていました。何だかとても懐かしいですね。深夜ラジオ放送を聴きながらテスト勉強した友だちももうみんな良いお父さんになっています。

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