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2008年07月31日 [新聞記事より]
どこに寄付?
先日のブログで、「寄付」について日本人と外国人との考え方の違いについて書きましたが、どこに寄付をするかについて、最近、新幹線に乗っているときにテロップに流れてびっくりしたことがありました。
それは、米マイクロソフト社の共同創業者で慈善家であるビル・ゲイツ氏と、大富豪でニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグ氏が、米国時間7月23日、発展途上国における禁煙推進のために5億ドル(約536億円)を寄付することを発表したというニュースです。なお、ゲイツ氏は、中国やインド、アフリカなどの国々におけるたばこに関連する問題に取り組むプロジェクトに対し、今後5年間で1億2500万ドルを寄付する予定であるということも表明しています。
総資産160億ドル(1.7兆円)を所有するブルームバーグ市長は、ゲイツ氏との共同記者会見で「たばこの無い世界では皆が長生きし、幸福に暮らすことができる」と語りました。ゲイツ氏は、妻メリンダ・ゲイツさんと創設した世界最大の慈善基金団体「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」が掲げる主要分野は、Global Health(世界の健康)であり、その名で1億2500万ドル(約134億円)を寄付します。ブルームバーグ氏は既に寄付している1億2500万ドル(約134億円)に加え、さらに2億5000万ドル(約266億円)を寄付するといいます。そして、両氏が提供する寄付金は世界保健機関(WHO)・疾病予防管理センター(CDC)などでたばこの消費を減らす運動に使われる予定です。
今、世界のたばこの売上げは2012年までに4640億ドル(約49兆円)に達すると予想されています。そして、米国のたばこ企業は、国内で嫌煙運動が広がりたばこの売上げ・消費量が減少する中、発展途上国など国外市場開発に目を向け始めていることに危機感を持ち、ゲイツ氏は「特に人口の多いインドと中国で禁煙運動を広める必要がある」と語っているのです。そのために、貧しい人々がたばこを簡単に購入できないようにたばこ税を引き上げること、たばこに関する広告を禁止すること、未成年者への影響を考慮して映画の主役がたばこを吸うシーンをなくことの3点を主張しました。一方、ブルームバーグ氏は「中国には国営のたばこ企業があるため、禁煙運動を広めるのはインドよりも難しいだろう」と語り、「現代の(映画の)ヒーローにはたばこを吸って欲しくない」とアピールしました。
こんなニュースを聞くと、発展途上国が先進国の儲けのために、真実を知らされずに犠牲になっているので、それを救おうということは、先進国の国民がタバコを吸うことは考えられないようです。
英国在住の山田直氏が、イギリスの寄付事情を調査研究しています。2005・06年度調査によると、英国の成人一人当たりの平均寄付金額は、183ポンド(約46,000円*3)で、全寄付金額は89億ポンド(2兆2,250億円)と推定されるそうです。これは、英国の成人の約58%(女性は61%、男性は53%)にあたる約2,800万人が、最低月1回の寄付をしていることになるそうです。そして、その寄付の目的に関しては、医学研究が昨年に続き最も高い比率を占めており、昨年の34%から40%に躍進しています。また、全寄付金額に対する医学研究向け寄付金額の比率も昨年の13%から19%に増加しています。宗教関連団体が二番目に高い寄付金額を受けており、昨年比3%増の16%です。高額寄付者は他の寄付者に比べて、宗教関係には3倍近く、又海外向けには2倍近い寄付を行っています。
どこの寄付をするのか、何に使うために寄付をするのかを見ると、国民性が分かりますね。
投稿者 fujimori : 21:25 | コメント (4)
2008年07月30日 [新聞記事より]
父親
家ではテレビを見るか、寝るか、ご飯を食べるか、パソコンするしかない。共働きだから親とは話さない。いつも何話してるんだろ。うーん……。話すのでなく、言われる。「宿題したか」「風呂入ったか」「テレビ近すぎ」「パソコンいじるな」。(小6女子)
自分のことを思ってくれるが、重い。思ってくれるのはわかるけど、勉強とか学校のこととか、いちいち言われるのがうれしくない。(中1男子)
親はいなくてもいい。いや、どうしてもいなきゃいけないかな。なぜなら、僕が生活するため。お金を稼いでくれるから。(中1男子)
厳しい。意味わかんないとき怒られる。(小5男子)
29日の朝日新聞に掲載されていた「親ってなんだろう」という特集記事です。
今週号のAERAに「父原病が子を壊す」という特集が組まれています。
父親を刺殺した少女は、「お父さんむかつく、うざい」が口癖で、「両親から勉強しろと言われて、うっとうしかった」。バスジャック事件を起こした少年の父親は、子ども部屋に「成績が落ちたら違う人生を考える」という張り紙をさせ、携帯電話を取り上げて勉強させていた。自宅に放火して母、弟、妹を殺害した少年の父親は、勉強部屋を「ICU(集中治療室)」と呼んで、つきっきりで勉強を教えていた。
このように、過干渉の父親が増殖しているといます。また、こんな例もあります。
子どもが小さい頃、仕事が忙しく、家に帰らず2~3日徹夜することもあり、子どもがどう成長してきたか分からない父親。その埋め合わせに、数年前から土、日のたびに、博物館、キャッチボール、手料理と自分では距離を縮めているつもりの父親。しかし、子どもからすると、「父親のいやなところ―休みになると強引に外に連れて行こうとするところ」これを振り返って、父親は、「一番大事な幼少期に関わっていないと、急に無理をしてもダメだったのでしょうか」このように、一方的にフレンドリーになろうとする父親も子どもにとっては負担のようです。
私が、何年か前に書いた本「やってあげる育児から見守る育児へ」(学研)の中で、親の心得「見守ること」について、14か条を書いたことがあります。その心得とは全く逆な態度をする親が多くなり、その親の子が最近事件を起こす傾向が多いような気がします。14か条のなかからいくつかを紹介します。
「子どもが何か問題を抱えているときに、それを除いてあげようとするのではなく、自分でそれを解決できるように援助してあげます」「子どもが何を考えているかを、いつも先回りして考えるのではなく、子どもの考えを聞いてあげます」「子どもは、何かものを与えれば喜ぶのではなく、気持ちをわかってもらうことを望んでいます」「子どもは、自分のために親が犠牲になることを望むのではなく、子どもから望んだときに、自分が優先順位の高いことを望みます」「子どもが自分でできることや、自分でやろうとすることを手伝うことは、子どもにとっては迷惑です」「子どもを甘やかすことと、子どもの甘えを受容することは違います」「子どもが次第に自立していき、親が必要でなくなってくることは、うれしいことであり、さびしいことではありません」
投稿者 fujimori : 22:24 | コメント (4)
2008年07月29日 [近頃思うこと]
教師の質
先週の土曜日に園で「夕涼み会」が開催されました。テーマは、昨年に続いて「自然」です。全体構成として、三階は銀河系、二階は太陽系、一階は地球をテーマに、カイを降りるに下がて次第に自分たちの住む地球に戻ってくるという仕掛けです。その地球には、青い空があり、水があり、植物が生え、動物が息づいており、その掛け替えの無い地球を大切にしなければということをなんとなく感じて欲しいという企画でした。
銀河系の部屋では、先日、小さい頃からの夢である宇宙飛行士になって、米スペースシャトル「エンデバー」に乗って宇宙に行った星出さんをテーマに、彼の同級生たちが作った応援歌「ロボットアームで抱きしめて」(仮題)が流されました。
夕涼み会が開催されていた当日、新聞に、がんで余命数カ月と告知されながらも、講義で自分の夢を語った米国の大学教授が25日、息を引き取ったという記事が掲載されていました。その講義は「最後の授業」の題名でインターネットに流れ、世界の600万人以上が受講したといわれ、その本が国際的なベストセラーになっていました。
その教授はカーネギーメロン大学のランディ・パウシュ教授で、47歳だったそうです。彼は、がんを宣告され、余命3~6カ月と告知された数週間後に「子どもの頃の夢を実現すること」と題して特別講義をし、壇上で腕立て伏せもする快活さを見せながら人生の意味を語りました。無重力を体験したい、ディズニーの技術者になりたい――などの夢を振り返り、「かなえられなかった夢から、より多くを学んだ」と回顧し、「(夢を阻む)れんがの壁がそこにあるのは、自分がどれほどそれを望んでいるかを試すチャンスを与えてくれるためだ」とか、「私は物事を楽しまない道を知らない。やがて死ぬけれども、残る日々も楽しむつもりだ」と語りかけたのです。この授業は同時に自分の3人の子どもへの遺訓だったとしつつ、「多くの人が価値を見いだしてくれたなら素晴らしい」と自身のウェブサイトに記しています。
このような授業を見ると、授業内容の質とは何か、教師の質とは何かを考えてしまいます。それは、決して知識の豊富さでもなければ、教える技術でもなく、その人の生き様であり、その教師の「人」そのものです。
「教師の資質とは何でしょうか」という問いに対して、武庫川女子大「中谷彪」氏は、「最小限、『子供が好き、教えることが好き』『勉強が好き』の2点。後者は絶えず努力し自主研修ができる人、という意味。前者はたくさんいるが後者はなかなかいない。教員を志望する若者は『子供が好きだ。子供のために何かしたい』と熱意はあるが、教師とは何か、教育の社会的機能は何か、などについて考えることは後回しにする傾向だ」といい、「教師は絶えず向上しないといけない」と提案しています。
教師は、まさに「今の子ども」と接している身であるために、子どもの姿をよく見ることによって、常に時代の先端にいて、新しい時代を提案しなければいけない立場にあります。しかし、現実は、小・中学校長に聞いた2006年東京大学教育学研究科COEプロジェクト調査によると、「改革が早すぎて現場がついて行けない」という問いについて、強くそう思う19.5%、そう思う55.4%、そう思わない14.7%とあり、8割の学校で「改革が早すぎて現場は着いて行けないと答えています。
夢は、先のことです。夢を語ることの出来る教師は、時代についていくだけでなく、先を見ることの出来る人かもしれません。
投稿者 fujimori : 22:26 | コメント (5)
2008年07月28日 [新聞記事より]
先生
朝日のアンケートの中で、教師について、「学校の先生は信頼できる」(「とても」「やや」の計)と感じる保護者は56.8%で9ポイント上がり、「先生たちの教育熱心さ」に満足しているのは64.0%と3ポイント増という結果が出ています。その反面、教員免許制度更新制についての評価は高くなっています。
また、「教科の学習指導」への満足度も72.6%と3ポイント増え、「学校は一人ひとりに応じた教育を行っていない」という答えは54.4%と8ポイント減っています。「先生の教える力が低下している」と感じる人も49.4%と4ポイント低くなっています。ずいぶんと、学校の先生は努力しているようです。
昨年、日経新聞のコラムで、教育行政学専攻で元大阪教育大学長の武庫川女子大「中谷彪」氏が、インタビューにこんなコメントを言っています。
「小学校や中学校で若手教師が退職するケースが増えているとききましたが」という質問に対して、「ある自治体では夏までに新任教員の一割が辞めた。校長らはその穴埋めに走り回ることになる。教員採用数が増え、企業への就職率も改善しているので、昔のように『待機者』が少ない。教委にも『ストック』はほとんどない。そんな中で集める急場しのぎの講師には、訓練を受けていない人が含まれている。指導力低下など現職教員の問題が指摘されている上に、実際には多様な人々が現場に入っている」
今回改定された保育所保育指針にも「保育士の質の向上」が新たに章立てされました。教員の質については、長い間の課題です。ひとつには、なにが質の高さかです。その前に、教員の質とは何かです。教える技術とか、子どもをコントロールする技なのか、それは時代によって、望ましい子ども像によってずいぶんと違ってきます。
中谷さんは、こう言っています。
「教員の年齢構成は、近年は都市部で50代と2―3年までの若手だけが多い『ワイングラス型』。だが、細いところ(採用倍率が高かったころ)の教員が目立って優秀かというとそうでもない。受験エリートたちは、子供がなぜ分からないのかが分からなかったり、人間関係が苦手だったりする。この層は大量採用のベテランを見下し、ベテランは『学歴ばかりが立派でも』と対抗する。どの層でもあつれきが生じている」
かつて優秀だと評価され、高学歴な人材と、現代において優秀な人材といわれる力とは違ってきているので厄介です。また、本人が優秀なのと、優秀な人材を育てる能力は別ということもあります。
そして、教員の質は、教員採用に時期と、社会的状況が密接に関係あるといわれています。それは、教員採用試験の倍率に左右されます。しかし、教員採用試験の倍率低下が、教師の「質」の低下につながるのかということに対して中谷さんはこう言っています。「今の40代後半―50代は大量採用世代で、かつて『でもしか先生』と言われた。実際に十年ほど前、その層で学級崩壊が問題化。学校不信、塾への逃避など学校を巡る社会の流れをみても、背景に彼らの力量の問題があったといわざるをえない。この層の退職時に大量採用が繰り返されることは予測できたはずだ。私の試算ではそれは18年周期。長期的に考えた採用形態を考えるべきなのに、採用側は予算上、定員分を採ることになる」
教育再生は時間がかかることです。一度道を間違えると、その修正にはかなりの時間を要します。慎重に行うとともに、長期見通しをきちんと立てなければならないでしょう。
投稿者 fujimori : 23:33 | コメント (4)
2008年07月27日 [新聞記事より]
公立校
昨日の朝日新聞の1面の記事には少しびっくりしました。
「公立の小中学校に満足している保護者は8割近くに達し、先生への評価も上昇――。」という結果が、朝日新聞社とベネッセ教育研究開発センターが共同実施した5千人を超える保護者への意識調査でこのような結果が出たという記事です。しかも、4年前の前回、満足度の低かった都市部や高学歴の親で伸びが目立ち、公立学校への信頼回復の兆しがうかがえるということには申し訳ありませんが、「ほんとう?」と思いました。
まあ、この結果についてうそとも思いませんし、確かに教員たちは一生懸命に努力をしているでしょうし、制度的にも色々と改革しようとしています。しかし、現場から見ると、どうしてそのような結果になったのかが実感として湧きませんし、逆に「それでいいの?」と思ってしまいます。この調査は、「5千人を超える規模で、学歴や経済的なゆとりにまで踏み込んで尋ね、学校や教育政策への意見の変化を継続的に調査・分析したものはない」と自負していますが、どうでしょうか。
今回、子どもの通う学校に、「満足している」(「とても」「まあ」の計)と答えたのは77.2%。前回から継続して参加した計31校の小中学校で変化を見ると、満足度は72.8%から76.4%に上がったということで、特に、前回満足していなかった層で上昇が目立っているそうです。それは、前回、最も満足度の低かった「東京23区と県庁所在地」が75.2%で、12ポイントアップ。学校別では中学生の子をもつ家庭で9ポイント高まり、70.1%になったそうです。この結果についての分析で、「不満層の子どもの一部が私立や国立の中学に進学して調査対象から抜けた」というのは、特に都区内で満足度が増したということに対しては納得できるかもしれません。
もし、そうであれば、この結果についてはとても危険をはらんでいます。教育についての格差が広がっているということだからです。この格差については、以前から指摘されていることですが、今後、社会に対しての不安や、ますます青少年による犯罪が増えることになる可能性が高いからです。10年位前に、アメリカの高校生が我が家に一ヶ月くらいホームステイをしたときに、その頃のわが子二人が、公立の小、中学校に通学していたことにびっくりしていました。それは、必ずしも進学だけのためではなく、その高校生からすると、環境として公立小、中学校は下層階級の人たちが通うところだと思っていたようです。
次のような結果も、それを裏付けるようで、なんだか心配です。保護者の学歴についても、「父母とも非大卒」が2ポイント増えたといいます。また、母親の就労別だと、最も低かった「専業主婦」が77.0%に増え、「パートやフリー」「常勤」と並んだという結果が出ています。全体の社会的傾向からすると、なんだか逆行しているようです。この結果も、公立校に通学している子の保護者対象の調査だとすれば、社会全体の家庭から、そのような家庭の子が公立校に通学するような状況になってきたという、「公」という考え方が、「パブリック」ではなくなってきたということになりかねません。
アンケート結果で喜んでいる場合ではなさそうです。
投稿者 fujimori : 21:02 | コメント (4)
2008年07月26日 [近頃思うこと]
庭園様式3
昨日のブログでも書いたように、日本庭園には、「寝殿造り庭園」から発展していった「築山泉水様式」とか、禅宗寺などで見る「枯山水」のほかにもうひとつ、「茶庭」といわれる様式があります。安土・桃山時代になると、日本の美に大きな影響を与える「茶の湯」が流行します。その流行とともに茶室や茶道具、そして、庭が整備されていきます。石灯籠、つくばい手水鉢、飛び石、延段、竹垣などが茶の流儀に則って配置されていきます。この様式は、「露地」とも呼ばれ、作庭の三つの流れ式が出来ていきます。そして、江戸時代は、この築山泉水(山水式)様式、枯山水、露地という日本庭園の三大様式をすべてあわせ池庭と石庭が渾然一体となった庭が作られ、それが大名の間で流行したために「大名庭園」とも呼ばれるようになります。庭には、見て味わうほか、散策するために庭もあり、この大名庭園は、広大な大名の庭を散策できるように露地、橋などが造られ、庭の中を散策して楽しむのが特徴です。
これらの庭は、当然「庭師」と呼ばれる人たちが、伝統を取り入れ、新たの様式を生み出し、伝承によって受け継がれていきます。伝説によると、聖徳太子の遺墨とか、印度伝来ともいわれるようなある基準があるようで、築山泉水を造るに、その築庭規矩に基本をおいて、種々の石や、樹木を配し、様々の景を描出していたもので、昔から日本庭園設計の虎の巻とされているそうです。その庭の作り手は「山水河原者、即ち阿弥達であり、江戸時代に入ってからは庭師と呼ばれる職人たちであった」と「日本の庭」には書かれています。
WEDGEの今月号に紹介されているのは、飯田十基に師事して石正園を設立した平井孝幸さんとその弟子の庭師の話です。石正園のHPには、平井さんの言葉が掲載されています。「庭づくりの最高のお手本は自然。自然の美しさにかなうものはない。誰も手をつけず林の中にひっそりとたたずむような庭。それは人の記憶の深いところに潜む、誰もが想像するだろう風景を持った庭である。私の庭であり、あなたの庭でもある。そんな庭を作りたいと、常々思っている。」

彼の師匠であった飯田十基は、昭和を代表する庭師で、等々力渓谷公園などを設計しており、「雑木の庭」という昭和時代の庭園様式を完成させ、それまでになかった庭の美を作り出した人です。
飛鳥時代から受け継がれてきた日本の美は脈々と受け継がれ、現在にもそれは生きているようです。その担い手の一人である平井さんの美意識の根底にあるものについてこう記事の中に書かれています。ライターの人が平井さんを訪れたとき「十基の博覧強記振りはつとに有名だが、さすが門下の平井さんだけあって知識の豊富さは、事務所に通されたとき、書棚の古書、書籍の多さで見て取れた。美意識は感性だけで磨けないということだ。京都修学院離宮の庭の人工と自然の調和美は、施主である後水尾帝の人物を知ることで凄さが加わる。」
彼の弟子になりたい若者は五万といるそうです。岩手出身の彼の弟子の小原さんに「岩手には岩手に適した木、そうだな、ナラ、サルスベリあたりをうまくつかうといい。庭木は育つ、育ちを抑える剪定はおぼえたろ?」などと語る平井さんの言葉から身についた自然観と技量、美しいものを見分ける力が、いずれ岩手の若き庭師として造るであろう日本の庭に生かされるのである。と、ライターの林さんは結んでいます。
投稿者 fujimori : 23:41 | コメント (3)
2008年07月25日 [近頃思うこと]
庭園様式2
世界には素晴らしい庭園がいくつもあります。しかし、なんと言ってもすばらしいのは、日本庭園の気がします。自然の取り入れ方や、エコの考え方などは世界でも類にないほど高度な考え方をしています。それを感じるような記事が、今月号のWEDGEに掲載されています。
外国の庭園との違いについて、まず、「日本の庭」(立原正秋著 新潮社)から引用しています。「路地の石敷はそれぞれ形が違う石を敷きつめ、不完全ななかに美をもとめている。こうした美意識はどこからきているのだろう。ヨーロッパの石敷を知的構成によるものとすればこちらは感情的構成である」と書かれています。その文章に対して、WEDGEの林さんは、「ヨーロッパの装飾的な整然とした庭造りとは全く違う発想の庭がここにある。英国ガーディニング風のしつらえでもない。日本の里山を散策しているとふいに出会う雑木林、それを写し取ったような庭である。ナラやカツラ、モミジやヒメシャラといった落葉樹、それも森の木々のように幹や枝が曲がって幾重にも重なり、伸びた枝を風がやさしげに羽音とともに渡る。木立の下は大きな自然石によるせせらぎ。庭の奥を見やると築山、そこから水がさらさら流れてくる。水辺のシダやセキショウが濡れそぼち、もしや、ザリガニでもいるんじゃないかと、小石の水溜りを覗き込んだのである。こんな庭は、世界ひろしと言えども日本でしか見られず、日本人しか創り出せないだろう。まさしく日本の庭である。」
日本庭園には、平安時代にその様式が作られたという「寝殿造り庭園」というものがありますが、この庭園様式は、庭にいるだけで、山、川、海、など自然を目の当たりできるという庭です。その庭には、船を浮かべられるほどの大きな池、池を間近に眺める泉殿、釣殿といった建物が付属しています。そして、湧水とか、外部から水を取り込んだ遣水が特徴です。そして、狭い庭をひろく、雄大に見せるために、周囲の山々を借景として取り込み、後には庭に築山や石などを置くようにしていきます。この様式は、その後、築山泉水様式とか借景庭園となっていきます。
このような自然そのものを使うところから、庭の景色は、精神的なところへと昇華していきます。その究極の様式が、室町・戦国時代に多く作られていった「枯山水」です。この様式では、水を用いることなく、白砂や石、植栽で山や水を表現する庭園様式で、ごく限られた狭い寺院の中で、幽玄の世界と大自然を表す庭として造られました。狭いゆえに、白砂に熊手で描いた線を海や川に見立てたり、置かれた石を島に見立てたりと、日本庭園の技術の最高峰ともいわれ、この庭と対峙するときには、心を落ち着かせ、感性を研ぎ澄ます必要があります。
そのために日本では庭師になるために必要なことは、「庭師に必要なのは、茶道や華道だけでなく、歴史文学哲学の教養」と、WEDGEに紹介されている言葉は、とても深みがあります。「白砂の中に海を見る」という感性は、稟とした静けさの中に自分自身を見つめることができないとできませんし、また、その庭を感じることで、自分自身を見つめることが出来るのです。こんなに心に問いかける庭は日本独特なものかもしれません。
投稿者 fujimori : 23:50 | コメント (4)
2008年07月24日 [近頃思うこと]
庭園様式1
私はブログで一時期、庭について何回か書いたことがありました。庭という空間に植物を植え、石を配し、水をめぐらせ、ひとつの小宇宙をつくり出す美しさに感動するからです。その庭の造形美は、各国でも同様にあります。しかし、その空間占めるさまざまなものは、国によって違うようです。
少し前に訪れたザルツブルグには、ミラベル庭園があります。この庭園は、ザルツァッハ川の右岸にあり、ホーエンザルツブルク城をバックに旧市街を見渡せる絶好の場所にあるミラベル宮殿にあります。

この庭園が有名になったのは、映画「サウンド・オブ・ミュージック」の中で、子どもたちと一緒に「ドレミの歌」を歌うときの背景として使われているからです。この宮殿は、1606年に大司教ヴォルフ・ディートリヒが愛人と子供たちのために建てたもので、最初は愛人サロメ・アルトの名前をとって「アルトナウ宮殿」と呼ばれていましたが、後継者の大司教シティカスが「美しい眺め」という意味の「ミラベル宮殿」という名前に改名したものです。このミラベル庭園は、著名なバロック建築家フィッシャー・フォン・エアララッハの設計で、庭園の中央には「ペガサスの泉」があり、空気・大地・火・水を表す4つの像が囲んでいます。北側の門の両側にはユニコーンの像が座っているほか、庭園内にはギリシアとローマの神々の像が並んでいます。そして、その周りを壇、噴水、庭木が美しく配置されています。

この庭園を訪れるのは何回目ですが、6月という花の季節に訪れたのは初めてで、それまでは一面の雪景色しか知りませんでした。

庭園には、日本での寝殿造り庭園のように、ある様式があります。この様式は、国によって美しさの価値観の違いや、その土地の自然を取り入れたり、歴史を取り入れることによって出来てきたので、国の間苗がついていることが多いようです。
たとえば、「フランス式庭園」と呼ばれる平坦で広大な敷地に軸線(ビスタ)を設定しての左右対称性、幾何学的な池の配置や植栽の人工的整形などを特徴とした西洋風庭園があります。この庭園は、主に17~18世紀にフランスで発達し、人工的に、幾何学的に配置されますので、「平面幾何学式庭園」とも呼ばれています。また、同じ幾何学的庭園に「イタリア式庭園」というテラス式、あるいは露段式庭園とも呼ばれるものがあります。14世紀から16世紀にかけて主にイタリア郊外の別荘で発達しました。
しかし、18世紀になると、人間の力で自然を征服しことを誇示するような人工美の整形式庭園にたいして、イギリスで、そんな人工美よりも庭園の中に自然風景の美しさを入れ、大自然の優美さを褒め称えようという動きが盛んになってきました。そして、フランス式庭園が持つ拘束性を、自由と思想性と自然賛美を結びつけて攻撃しました。それが「イギリス式庭園」と呼ばれている西洋風の庭園の様式です。自然の景観美を追求した、広大な苑池から構成される風景式庭園を指します。しかし、最近は、流行っているガーデニングと呼ばれる家庭園芸を指す言葉として、イングリッシュガーデンということがあるようです。
それに引き換え、日本では、もともと自然を取り入れた庭園を作っています。というよりは、庭園で自然を表現しようとしたのです。そして、それが今にどのように伝えられているでしょうか。
投稿者 fujimori : 21:10 | コメント (4)
2008年07月23日 [近頃思うこと]
夏風邪
昨日、今日、発熱で休む職員が多くいます。しかも、高熱なので、本人は辛そうです。これは、どうも「夏風邪」のようです。風邪というと冬の風物詩のような気がします。当然、「風邪」というと冬の季語です。これに類する言葉として、感冒、流行風邪、流感、風邪声、鼻風邪、風邪心地、風邪薬、風邪の神などの冬の季語になります。しかし、風邪は冬だけではありません。「春の風邪」という余寒や寒気のぶり返しから、春になるとひいてしまう風邪があります。この言葉は、春の季語で、冬の風邪に対して風流に読まれることが多いそうです。
その風邪に夏にもかかる人が多くなりました。その原因は、余りにも寒いくらいどこでもかけているクーラーがあります。もちろん、風邪は寒いだけではかかりません。ウイルスの進入が原因だからです。しかし、まず、人間の体はその侵入を防ごうとします。そのためにのどや鼻の粘膜を免疫によって守っているのです。しかし、エアコンや扇風機などはその粘液を乾燥させてしまい、局所的な免疫力低下を引き起こしてしまいます。また、涼しい室内から暑い屋外に出ることによる急激な温度変化は、体温を一定に保とうと機能している自律神経のバランスまでも崩してしまいます。まだまだ自己免疫力を低下させるのもが夏にはあります。それは、ここの所、毎晩続く熱帯夜による寝不足や、夏バテによる食欲不振があります。冬に風邪をひく場合は、風邪が流行することによって広がっていくのと違って、夏風邪は、個 人の生活習慣によってかかることが多いのです。
ですから、夏風邪の予防は冬の場合と少し違うことがあります。もちろん、ウイルスの仕業であることは同じですので、人ごみを避けるとか、手洗い、うがいをきちんとするということは予防に効果はありますし、普段からビタミンを積極的に摂って、栄養バランスのとれた食事を心がけ、体調を整えることは、免疫力の低下を予防する効果があります。特に、夏の場合は、暑さによって食欲がなくなりやすくなり、また、発汗によって体力を消耗しがちですので、高カロリー、高タンパク、低脂肪の食事を摂ることは必要です。
もうひとつ、風邪の予防にクーラーの使い方を考えます。汗をかくという機能は脳の温度、皮膚の温度によって神経で制御されています。このうち皮膚温は33℃以下であれば汗をかきにくくなるのですが、この温度になるときは、環境温度が約28℃だといわれています。
しかし、環境温が28℃だと暑く感じます。それは湿度が高い場合です。ですから、温度だけではなく、湿度の調節も考える必要があります。また、木陰で爽やかな風に当たるとき、涼しく感じますし、風鈴の音を聞くとか、氷を入れた麦茶を口に含んだだけでも涼しく感じます。それは、脳で感じる温度というものがあるからです。ただし、実際の脳の温度は34~35℃前後にほぼ一定に保たれており、本当に脳の温度が変化するわけではありませんので、あくまでも涼しく感じるという「気の持ちよう」という方法を見つけることです。「保冷剤をタオルに包み、首の両側にあてる」とか、「靴・靴下を脱いで裸足になる」とか「氷片を口に含む」などは効果があるようです。職場や外出先でクーラーが利いているときは、長袖のカーディガン、ひざかけ、靴下などで体を冷やし過ぎないように気をつけることも必要です。
まあ、ひいてしまったら、ゆっくりと休養するしかありませんね。
投稿者 fujimori : 23:29 | コメント (4)
2008年07月22日 [近頃思うこと]
寄付2
日本は、寄付金が少ないというのは、決して国民性でないことが他の事例でも分かります。江戸時代では、相互扶助という概念が強かったのですが、明治に入ると寄付は盛んになります。第二次世界大戦以前は、皇室や財閥などによる寄付が寄付総額の30%にのぼるなど、福祉のかなりの部分を寄付が担っていました。しかし、日本は民主主義国家でありながら、世界でもまれな福祉国家になって行きます。それによって、福祉は政府が責任を持つという意識が広がり、お互い様というよりも、国がやってくれるだろう、国がやるべきという考え方が広がり、寄付に対する考え方は薄れてきます。そうは言っても、何か災害が起きると、多くの人たちは義捐金というものを寄せてくれますし、若い人も率先してボランティア活動を行います。それは、日本海での重油騒動のときでも、阪神・淡路大震災のときでも多くの人が復興に協力しました。
しかし、それら寄付行為というものが日常化しないのは、寄付がどのように使われるのかが明確でないなど、本当に必要な人のところに届いているのかが見えないことにあります。もうひとつには、寄付行為に対しての税金控除が少ないことにあるような気がします。
現在、納税者が国や地方公共団体、特定公益増進法人などに対し、「特定寄附金」を支出した場合には、所得控除を受けることができます。これを寄附金控除といいます。そして、政治活動に関する寄附金のうち一定のものについては、所得控除に代えて、税額控除を受けることも出来ます。これは、ある算式で計算した金額(その年分の所得税額の25%相当額を限度とします。)について、税額控除がうけられるのです。この一定のものというのは、政治資金規正法第3条第2項に規定する政党及び政治資金規正法第5条第1項第2号に規定する政治資金団体に対する政治活動に関する寄附(同法の規定に違反することとなるもの及びその寄附をした人に特別の利益が及ぶと認められるものを除く。)で、政治資金規正法第12条又は政治資金規正法第17条による報告書により報告されたものと決められています。
しかし、政治活動への寄付行為に対しての優遇措置に比べて、国や地方公共団体、特定公益増進法人などに対し手の寄付行為に対しては余り優遇されていない観があります。そこで、昨年、税制改正に伴い、4月1日より「所得税法等の一部を改正するの法律」が施行され、所得税に係る寄付金控除について、控除限度額が引き上げられることとなりました。この控除限度額については、これまで、寄付者のその年分の総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額(以下「総所得金額等」という)の30%相当額とされていましたが、規定が改正され、総所得金額等の「40%相当額」に引き上げられました。これで、少しは寄付が増えるようになるでしょうが、しかしこれでは、土地や家などの寄付はしないでしょうね。また、アメリカでは、高額だけでなく、少額でも控除対象になります。
今後の問題として、私たちは、なんでもお上がやってくれるだろう、ただ、要求をするのではなく、自分たちは何が出来るだろうかと考えることが必要になってきます。また、国でも、寄付やボランティアを個人的に思いだけに頼るのではなく、きちんとそれを受けるシステムなり、透明性を確保する必要がある気がします。せっかく、人のために何かしようという気持ちがあるのですから、それを上手に生かす工夫をしてもらいたいものです。
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2008年07月21日 [近頃思うこと]
寄付
いま、日本では、少子化でありながら、保育園の数が足りません。しかし、保育園を数多く作ろうとしても、保育者が多く必要になりますし、用地が多く必要になります。とくに、保育園が必要な地域は、土地の価格が高い場所ですので、どうするのでしょうか。ドイツでも、まだまだ保育園が足りません。その拡大を打ち出したところは日本と同じですが、土地の確保については、子どもの施設に使ってくださいと寄付をする人が多く、その建物を使うことが多いということを先日のドイツ報告のブログの中で紹介しました。
よく、欧米人は寄付をする人が多いということが言われます。今週号のR25では、「欧米人の寄付金額が日本人より遥かに多い謎」という特集が掲載されています。そこに掲載されているのは、アメリカの投資家、ウォーレン・バフェット氏が374億ドル(日本円にして約4兆円)を慈善団体に寄付したというニュースです。これは桁外れに多いとしても、アメリカ人にとっては、収入の1割を寄付することは特別なことではないといいます。このような傾向に対して、ボランティアの文化に詳しい天理大学人間学部の渡辺一城准教授は、このように分析しています。「出る杭は打たれるという言葉があるように、日本人は横並びを好む傾向にある。だから、一人だけ目立つ額の寄付はしづらいのでしょう。それに、日本は陰徳の文化なので“私が、私が”は嫌われ、匿名での寄付が美徳と考えられているんです」といいます。
更に、寄付行為としては、経済企画庁の調査では、寄付をする家庭の割合は日米とも75%前後とほぼ同じですが、金額は、年間3000円程度の日本に対して、アメリカは約9万円と30倍以上の開きがあるようです。これは、ボランティアに対する考え方の違いと渡辺氏は言います。「アメリカでは寄付はボランティアの一部と考えられています。ボランティアの精神をボランタリズムと言いますが、これには“自主性”という意味以外に“自立”や“反権力”といった意味もあります。アメリカは、移民が自ら建国しルールを作り上げてきた(自立)。いわば政府に必ずしも依存せず、自らの力で解決していこうとします(反権力)。コミュニティーづくりは自分たちの責任といった考えが寄付やボランティアを積極的に行う風土を生んだのでしょう」
しかし、私は日本人が寄付とか、ボランティアの意識が薄いとは思いません。奈良時代には行基などによって河川の堤防やため池・井戸などの社会インフラの整備や、利水・治水や橋・道路建設などの公共事業や大仏建立などのために勧進という寄付が行われ、托鉢も一種の寄付をを受けるやり方です。そして、中世は自力救済の時代でしたが、民衆の間に頼母子講などの相互扶助が始まります。相互扶助というのは、集団で金銭を貯蓄し貧困者などに順番で供与するという、寄付と同様の機能を持ったものであり、それは、近世に入ってもその伝統は継承されています。
また、先日のブログで大阪人は、杭倒れということを書きましたが、大阪の八百八橋は皆町人の寄付で作られたといわれています。大阪人の商売はきたないといわれますが、実は、商売上では、無駄を省いて倹約に倹約を重ねて資本を蓄えるのですが、商売から離れれば、人として、世のためや人のためにはできるだけの事をやるのが美徳であるとの価値観を持っていました。ですから、明治になっても、中ノ島公会堂の公共施設や美術館、小学校などが市民の寄付で作られています。
いつ、自分のものは自分のもの、人のものも自分のものという時代になったのでしょう。
投稿者 fujimori : 22:53 | コメント (4)
2008年07月20日 [講演先にて]
トンボ
今日は、香川から福井への移動日でした。JRで坂出まで出て、そこからマリンライナーに乗って、瀬戸大橋を渡って岡山行き、そこから新幹線で京都まで行き、京都からサンダーバードに乗って福井まできました。そして、今日の宿泊先は、一昨年ブログで書いた「一筆啓上」で有名になった丸岡です。また、このあたりは、福井県出身の作家・故水上勉氏の小説「越前竹人形」でその名が全国的に知られるようになった越前竹人形が有名です。豪雪地帯の厳しい寒さに耐えうる良質の真竹や孟宗竹が育つ越前では、この竹を利用して籠や笊、花器などの竹工芸品が古くから作られてきました。その竹細工のなかで、特に真竹、孟宗竹など竹の持つ直線と曲線の美しさをそのまま取り入れて創られる竹人形は、今や伝統工芸にもなっていていますが、その繊細で美しい姿は素晴らしいものがあります。
今、夏休みで子どもたちは色々な体験をしていますが、このあたりでは、様々な竹工房があり、様々な竹細工工作教室が開かれています。その初級者対象として「竹とんぼ」があります。この竹とんぼとは、プロペラと軸によって構成される日本の伝統的な飛翔玩具ですが、その名前は当然、素材として竹が用いて、トンボのように飛ぶので、「竹蜻蛉」と書くことが多いようですが、実は、竹飛ぶ棒(竹トブボウ)から竹トンボ、また、竹品棒から竹トンボの名前となったともいわれています。
もうひとつ、竹細工でトンボといえば、以前、園の近所の方からいただいた「ゆらりトンボ」というものがあります。これは、「やじろべえ」の原理で、細い竹の絵での先端に、風の吹くまま気の向くまま、ゆらゆらゆらりとバランスを取って同じく竹で作ったトンボが乗っています。トンボといえば、校庭などでクラブ活動の最後にその土をならすために使う「T字型の整地用具」がありますが、これは、トンボの全身に似ていることからこの名が付けられています。

なんで、こんなに「とんぼ」が話題になるかというと、移動の途中で時間が少しあったので散策した鴨川で、懐かしいトンボを見たからです。そのトンボは、真っ黒な羽根に、コバルトブルーの胴体をしています。「ハグロトンボ」です。
河原や水辺に近い涼しい木陰を好むこの夏のトンボは、ここ数年は絶滅も心配されていたようです。私も、昔はよく見かけましたが、最近は余り見なくなりました。しかし、ここ数年は、各地で目撃されているようです。今日見かけたハグロトンボは、胴体がコバルトブルーをしていましたがこのように、体色が全体的に黒く、緑色の金属光沢がある胴体を持つのは、実は雄だけのようです。雌は黒褐色です。このトンボは、姿が他のトンボと違うだけでなく、その飛び方も他のトンボのように素早く飛翔したりホバリングしたりはしないで、蝶のようにひらひらと舞うように羽ばたきます。そして、止まるときは、羽をたたみます。これは、生きた化石といわれている「ムカシトンボ」のように、原始的な形が今でも残っていると聞いたことがありますが、ちょっと、定かではありません。
また、このハグロトンボのことを私は「おはぐろトンボ」と言っていました。ですから、「羽黒トンボ」という漢字を見たときに、「あれっ?」と思ってしまいました。この名前の由来は、翅が黒いことに由来するのではなく、婦人が歯を黒く染めた「お歯黒」に似た翅の色から「オハグロトンボ」と呼ぼれていたことに由来しています。また、歯を黒くすることを「鉄奬つけ」といったので「カネツケトンボ」と呼ぶこともあり、ゴクラクトンボ、ホトケトンボ、カミサマトンボなどの呼び方もあります。
梅雨が明けたあとの、夏本番になったという実感を持ったひと時でした。
投稿者 fujimori : 21:02 | コメント (5)
2008年07月19日 [近頃思うこと]
夏の音
昨日、木陰を歩いていてふと気がついたら、蝉が盛んに鳴いていました。「あれっ?梅雨って、明けたっけ?」と思ってしまいました。すると、今日になって、気象庁では関東甲信、東海、北陸、東北南部、東北北部が梅雨明けしたと思われると発表しました。すると、突然各地で気温が上昇し、猛暑日となったようです。これで、16日、近畿と中国地方が梅雨明けしたとみられるに続いての発表です。今年の梅雨は、梅雨前線の動きは平年より活発ではなく、例年に比べてずいぶんと雨量は少ないようです。関東甲信地方でも「太平洋高気圧の張り出しがまだ弱い」ために、実際は雨があまり降らず、もう明けているのではないかと疑う日が続きましたが、やっと今日の発表になりました。やはり、蝉のほうが先に梅雨明けを発表したようです。
このように、音によって季節を感じることがあります。1971年の吉田拓郎の名曲に「夏休み」という歌がありますが、1番に歌詞に「麦藁帽子は もう消えた 田んぼの蛙は もう消えた それでも待ってる 夏休み」というのがあります。今日から小学生たちは夏休みに入ります。今、香川に来ていますが、夜は周りの田んぼから蛙の声がします。このように世界中で蛙は鳴くことで有名ですが、そのほとんどは、オスがメスを呼ぶために大声で鳴きます。しかし、日本では、それだけでなく、かえるの鳴き声で気候とか、季節を感じます。アマガエルなどは、その名のとおり、低気圧が近づいたり、雨が降っているときに鳴きだします。
今日の夜聞いた水田で一斉に鳴きだした蛙の声は、「蛙の大合唱」といって夏から秋の風物詩となっています。この鳴き声は、「広告音」といって、繁殖期にオスが他の個体に対し、自分の存在をアピールして鳴くものです。そうすることによって、メスを引き付け、オスを排除しているのです。
その騒がしく聞こえる蛙の声とは逆に、蛙の鳴き声によって、静けさを感じることもあります。夜、家の外から静かに響いてくる蛙の鳴き声に美しさを感じるのは、日本人特有かもしれません。古くから、多くの俳句や歌に詠まれています。先日、テレビで特集していましたが、芭蕉の有名な句である「古池や蛙飛び込む水の音」は、その静けさを、蛙の声ではなく、飛び込む水の音で表現したのは当時非常に珍しく、名句といわれる所以だそうです。
このような聴覚も五感のひとつです。昨日のブログでやはり五感のひとつである視覚を刺激するために色彩を取り上げましたが、この聴覚への刺激も必要でしょう。聴覚といっても、音の強さ、音高、音色、音源の方向、リズム、言語など様々な音を認識する能力です。今年の園の夕涼み会では、五感を刺激するコーナーが、自然をテーマに作られます。その中で、聴覚についてのコーナーでは、4種類の音を聞かせ、それぞれの音はどの季節の音かを子ども達に当ててもらう予定です。準備の話し合いの中で何の音にしようかということで、、当然、夏の音は、蝉の鳴き声です。それから、春の音は、鶯などの鳥の声でしょうし、秋の音は虫の声でしょう。では、冬の音は何かという話になりました。たぶん、雪が深深と降っている音ということで、無音にしようという計画です。無音も、音のひとつかもしれません。
投稿者 fujimori : 23:11 | コメント (4)
2008年07月18日 [近頃思うこと]
イタリアの色彩
昨日、イタリア文化会館、株式会社学習研究社、Shiodomeitaliaクリエイティブ・センター主催による「子ども、空間、関係性 ~子どもの環境のためのメタプロジェクト~」日本語出版発表会に参加しました。会場は、東京九段下にある「イタリア文化会館」でした。この建物は、2005年、イタリアの建築家ガエ・アウレンティのコンセプトデザインによって建てられました。外観は、コンクリートとガラスによるイタリア風のデザインが、日本の城壁や石垣、格子や障子を思わせる幾何学模様と巧みな融合をみせていて、とても美しい姿を見せてくれます。ところが、この建物の真っ赤な外壁色の是非が、景観問題として話題となりました。その理由のひとつに、この建物が東京都千代田区の一角にあり、皇居に近く、皇居周辺の美観地区として景観が守られてきた場所に建てられたということがあります。

設計意図としては、内堀通りの広い道路を隔てて正面に学校、隣も学校とオフィスビルがあり、無彩色に近い穏やかな街並みに、格子のパターン+漆の赤色=日本のイメージによるものでした。しかし、住民アンケートによると、40%以上の人がこの色彩は問題であると答えており、日本を象徴する色として朱漆の赤に思いを込めたという色にしては、日本人から見るとかなり攻撃的なイメージを持ったようです。結局は、当初のプランより抑えた赤に変更し施行したそうです。
色彩というものは、文化かもしれません。子どもたちの生活環境の中で大事な視点として「五感」を刺激するというものがありますが、そのひとつである視覚を刺激するものとして色彩は重要なものです。今回出版された「子どもの環境のためのメタプロジェクト」という書物では、「乳児保育所と幼児学校で蓄積された実践の批判的読解を通して、幼児期のための空間がどのような特徴を持つべきか」という課題について語られていますが、その実践は、数年前から世界的に注目されているイタリアのエミリア市レッジョ・チルドレンと、ドムス・アカデミーによる共同研究プロジェクトです。この本の中で、空間の特徴を「位置的指標とソフト・クオリティーズ(光、色彩、素材、嗅覚、音、微気候)を伴う設計上の手段に関する考察」という内容が2章で語られています。
そこには、「子どもは生まれながら色彩が好きで、自然にそれに反応します」と書かれていますが、どの色が幼児期にふさわしいかについて、色を限定せず、より広範囲で、もっと変化に富む色彩の好みがあるとしています。「実際、植物やある種の昆虫に対する色彩の影響は科学的に照明されていますが、色彩の人間工学は、まだ人間に対する詳細状況の指標を提供し得ていません」として、「色彩の好みは文化的な現象です。厳密に生物学的心理的反応は非常に限られています」としています。
イタリアでは、あずき色的な「赤」は、至る所で見られます。役所や学校、図書館、美術館などの公共の建物の窓枠やカーテン、市内バス、公衆電話のボックス、ごみ入れ、などです。その色は、グレーやベージュの石やレンガ造りの建物にマッチして、大変落ち着いた環境を構成しています。その文化を、日本に持ってきても、風土や歴史が違うために「イタリア文化会館」の赤は、すぐには受け入れられなかったのかもしれません。
投稿者 fujimori : 22:04 | コメント (4)
2008年07月17日 [近頃思うこと]
フレネ
フランスにフレネという人がいました。フレネは、ニースの師範学校在学中に第一次世界大戦が勃発したために、卒業を待たずに代用教員になり、そして戦場へ送られます。その戦場で毒ガスに肺を侵され、70%肺を切除しなければならなくなります。その障害者になった彼が戦後学校に勤務したとき、大声を出せなかったために、一斉に声を出して知識を子どもに伝えるという授業に疑問を持ちます。しかも、今までの教育が戦争を起こし、自分が受けた傷のように、人々に悲惨な後遺症をもたらしていることに危機感を持ちます。2007年1月5日のブログでは、口のきけない「機関車先生」という映画の話をしました。2006年1月14日のブログでは、声が出なくなった実習生の話をしました。
大声が出せなくなったフレネは、どのような教育をしようとしたのでしょうか。彼は、子どもの生活、かれらの表現そのものを学習の中心にすえることに活路を見いだしていきます。知識の伝達ではなく、「子どもの生活、興味、自由な表現」からの出発は、いまだに教科書、知識中心の授業から脱皮できない日本の教育の課題でもあります。彼の最初の実践は、特に保育にも参考になります。
南フランスの山の中の小さな学校に赴任したフレネは、そこで行われている授業に愕然とします。子どもの世界とかけ離れた教科書とその説明に終始する教師、その反復練習のためにすっかり学習意欲を無くした子どもたち、まさに、今の日本の教室の中を見ているようです。そんな子どもたちに、まず、フレネは午後の時間を使って散歩教室を始めます。村の小川や野原を歩いたり、畑や職人達の仕事場を見てまわったりしました。すると、子どもたちは好奇心と活力にあふれた表情をみせ、教師とも親しげに語り合うようになりました。そして、教室に戻って、散歩から持ち帰った収穫物を見せ合ったり、見てきたことを話し合ったりしました。しかし、そこで限界があります。それは、教室に戻ると、再び、教科書を開いて、教師の話を聞くだけになってしまうからです。子どもたちが教科書に頼ることなく自分の力で研究を進めていくためには参考資料が必要になってきます。そこで、印刷機が導入され、子ども達が綴った文を印刷しそれを教科書にかえて「自由な教科書」として使うことを考えたのです。そして、プリントを交換する学校間通信が始まり、資料カードや小冊子が整えられることになり、学級文庫が誕生します。
しかし、学校教育の中ではもうひとつ問題があります。それは、そのようなやり方で自由研究は進んで行きますが、計算や文法のような基礎的学力といわれる力であったり、想像する上で必要な知識などを習得していくことの必要です。フレネは、これらの学習を、画一的に強制されるのではなく、個々のこどもが自分のレベルに合わせて自分のリズムで学習し、自分自身で誤りを訂正できることが望ましいと考えます。そこで、プログラム化された自己訂正式自習カードが作成され、自分でつくる学習計画表が生まれていきます。あくまでも、子どもの自発性から学習を進めていくのです。
年齢という外から見える形で子どもを分け、同じ年齢は均一的な発達をしているという刷り込みではなく、子どもの自治を大切にします。生活と教育を結びつけることを追求し、学校印刷所運動がその基礎に置かれます。昨日のブログの「おたのしみかいだより」も、そのような教育の試みでした。
投稿者 fujimori : 22:32 | コメント (4)
2008年07月16日 [教員の頃]
おたのしみかいだより
古い書類を整理していたら、こんな通信が出てきました。
それは、私が、学校建築の研究のために小学校に勤務していたときの通信です。1年生を担任していたとき、クラスの子どもたちが発行した「おたのしみかいだより」というもので、全部で4号までありました。

1号にはこう書かれています。「こんど1ねん1くみでおたのしみかいをやります。きめたこと(1)かいのなまえ…おたのしみかい (2)はん…バス、のこぎりざめ、あらいぐま、ひこうき、かに (3)せきにんしゃ…かわさき、みやざき (4)かくひと…わたなべ やっているときにふざけない(みやざき)はんでやることをきめておいてください(かわさき)おたのしみにね!」
これは、B5の更紙に印刷されています。この子たちは、今は30歳後半になっているでしょうが、子どもが自らつけた班の名前からも時代が感じられます。この計画に、私はどのくらい関わっているかわかりませんが、子どもたちだけで話し合いをして、自分たちでいろいろなことを決めているようです。第2号(12月10日)には、こんなことが書かれています。
「みんなでいろいろはなしあって、ひにちをつぎのようにきめました。12月23日(金)1,2じかんめ だいたいやることをきめました。ひこうき…かみしばい かに…にんぎょうげき あらいぐま…おりがみ のこぎりざめ…がっそう バス…げき」
こんな頃、ある子から私にこんな手紙がきました。「先生へ おたのしみかいについて 私はげきをやりたいとおもいます。しかし、はんのみんなはれんしゅうをしようとおもってもならいごとがあるからって あつまってくれません。どうしたらいいでしょう。わたしは一人でもやりたいとおもいますけど どうしたらいいの。えりこ」
この手紙に私はどう答えたのでしょうか。そのあと、その班はどうなったのでしょうか。3号(12月16日)には、日程表がカレンダーになっていてそこに予定が書かれてあります。
「よていひょう 17(土)かかりをきめる 19(月)~22(木)れんしゅう 21(水)ぷろぐらむをつくる 22(木)しょうたいじょうをつくる 23(金)おたのしみかい」
出てきたこの「おたのしみかいだより」は、4号までしかありませんが、発行されたのも4号までなのかわかりませんが、プログラムも出てきたので、たぶん、この号で終わりでしょう。
「かかり ぷろぐらむ…かに かいじょう…あらいぐま かざり…ひこうき しかい、うけつけ…のこぎりざめ どうぐ、あんない…バス りっこうほしてかざりかいがいいといったぐるーぷが、ひこうきとのこぎりざめです。はんちょうがじぶんのはんは、こうするといって みんなで手をあげて ひこうきにきまりました。」
係りをきめるのは、どうもそれぞれが自主的に立候補しているようです。そして、競合した場合は、班長がどのようにやるかプレゼンをして、みんなで選んでいるようです。そして、プログラムがあります。「1、はじめのことば(かわさき みやざき)2、先生のことば 3、うた ぜんいん(むしむしむしめがね)4、かみしばい(ひこうき)5、げき(バス)6、にんぎょうげき(あらいぐま)7、がっそう(のこぎりざめ)8、にんぎょうげき(かに)9、がっそう ぜんいん 10、ぽんぽんぴあの 11、さんたのおじさんのことば 12、おきゃくさんのことば 13、おわりのことば(わたなべ)」
どうも、最初の予定通り、劇をやったようです。このプログラムに、やっと私が登場します。もちろん、すべてを子ども達だけで進めているはずはありませんが、今これを読み返してみると、1年生が生き生きと自分たちで会の準備を進めていっている姿が伝わります。なんだか、もう一度教師をやりたくなりました。
投稿者 fujimori : 21:40 | コメント (4)
2008年07月15日 [近頃思うこと]
便器
ドイツ報告の中で、日本の保育園、幼稚園には必ずどの園にあるのに、ドイツの園にはないものに、プールがあるということを書きました。他にもいくつかあります。
そのひとつが、トイレに小便器がないことです。小学校は見ていないのでわかりませんが、どの幼稚園、保育園にも小便器はありませんでした。
小便器の歴史は意外と古く、日本に小便器が登場したのは、平安時代だと言われています。そんなに歴史が古いのは、農村部では昭和初期まで女性も立って用を足していたというくらいに、立ったまま用を足すのは、自然なのかもしれません。実際に、商品として「サニスタンド」といって、欧米には女の人が立ったまま中腰で、後ろ向きにおしっこができる小便器があったようです。それは、1920年代に、アメリカの女性がナイロンストッキングをはき始めた頃に使われ出したのがはじまりといわれています。当時のストッキングは、まだ質が良くなかったので、ふつうの洋式便器にすわると、伸びたり伝線してしまうので、中腰の姿勢で出来る「サニスタンド」が考え出されたそうです。その後、日本でも発売されますが、やはり女の人が立ってすることに抵抗が強く、あまり広まらなかったようです。しかし、今から52年前にTOTOから発売され、1964年の東京オリンピックでは国立競技場に設置されて評判になったといいます。たしかに、スポーツ選手は、立ったまま出来るのは便利かもしれません。その後約20年間も販売されていたとは驚きです。
日本では、平安時代の小便器は、木製で箱のような形をしていて、その中に尿を貯めたそうです。江戸時代になると、よく、昔の家など保存されているところで見るようなお風呂の桶を縦に伸ばしたような筒型の小便器が使われていたようです。それが、徐々に木製から陶器に進化して、明治・大正時代には、筒の上部が広がったような形の小便器になりました。特に、日本では、和式便器では、男性は立って小便をするときには、狙いが定めにくく、周りに飛び散り不潔だということで、特に公共の場などには大便器のほかに、小便器が取り付けられました。それは、特に設置義務はありませんが、保育園、幼稚園にも設置されています。
2007年4月4日のブログでも書きましたが、小学校では、男子便所全個室化が進んでいる昨今、それでは最初から小便器なんて、取り付ける必要ないという意見があるのは当然かもしれません。それは、大便・小便とも同じ個室に入る女子に比べ、小便器がある男子トイレでは、「個室に入ること=うんちをする」ことになるから、からかわれやすいからです。また、洋式の場合は、立って小便をしても、小便器にするのと同じように出来るからです。しかし、ドイツで、個室で小便をするときに、立ったままするか座ってするかは、家庭でのしつけによって違うそうですが、どちらにしても家庭には小便器はないという考えです。
また、0歳児から2歳児までの園を訪れたときにもうひとつ気がついたことは、便器が、日本のように小さくないことです。大人用に踏み台をつけて使用させます。
保育園、幼稚園の目的は、家庭で、自分で出来るようにすることであり、そのためにできるだけ家庭と同じ環境にします。日本のように、大きさが何通りもある便器を使わせる丁寧さが、果たして、子どものためにしていることでしょうか。
投稿者 fujimori : 21:49 | コメント (4)
2008年07月14日 [近頃思うこと]
ラジオ3
iPhoneが話題の昨今、ラジオは生き残る道はあるのでしょうか。ラジオから初めて声や音楽が流れたとき、人々はびっくりしたことでしょう。それは、声が電波によって伝わってくるとは思いもよらなかったからです。それが、あっという間に茶の間の中心に置かれ始めました。そして、伝説の番組が生まれます。「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」というナレーションで始まる、脚本家・菊田一夫の代表作「君の名は」です。このラジオドラマは、1952年に放送され、「番組が始まる時間になると、銭湯の女湯がからになる」と言われたほどの人気がありました。
子どもたちも、夜の団欒のときに聴くラジオ番組を楽しみになります。私たち子どもたちはその番組に釘付けになります。1957年にラジオ東京 (現TBSラジオ)から放送された「赤胴 鈴之助」は、その主題歌と同時に必殺技である「真空斬り」はみんなマネをしたものです。そういえば、孫悟空をはじめ「ドラゴンボール」に登場する多くの戦士達が使用する「気功波」の原型かもしれません。この「赤胴 鈴之助」の声の出演に、公募で選ばれた当時小学生だった吉永小百合や藤田弓子が出演していたことでも有名です。
このように、ラジオ放送は、新しい文化の誕生を告げるものでしたが、 その後、時代とともに、テレビという新しいメディアの発達により、次第に家族団らんのときの地位は取って代わられていきます。しかし、聞くだけのラジオは、かえってほかの事をしながら聞くことが出来るためにその存在意義は残って行きます。仕事や家事をしながら、また、コメントにあったように勉強しながらでも聞くことが出来るのです。また、戸外へ出て移動中に聞くことも出来ます。また、コメントにあったように、テレビでは電波が届きにくい、山の上とか、旅の友としても役に立ちます。しかし、今、政府は国策として、地上波テレビのデジタル化を進め、今のアナログ放送を2011年に中止し、デジタルに完全移行しようとしています。そうすることにより、テレビが、移動時でも高画質の映像を安定的に送れることができ、携帯電話でも地上波デジタル・テレビが受信できるようになります。
それに対抗して、ラジオでも「デジタル音声放送」化に向かっています。そうすることにより、音楽などCD並みの高品質音声に加えて、文字・写真などの静止画・簡易動画を含むデータ放送まで多彩なサービスが提供できる新しい放送であり、しかも、屋内での受信はもとより、カーラジオなどの車載受信機やポケットタイプ、PDAタイプ、携帯電話一体型タイプなどの携帯受信機でもクリアーな受信ができるなど、場所、端末を選ばず、高品質なサービスが期待できるもののようです。
いま、先端を行くネット業界のライブドアの堀江が、ニッポン放送の経営権を握ろうとし、ニッポン放送株を巡ってフジテレビの激しい争いをしたときに、何でいまさらラジオ局かと思ったものでした。しかし、ネット配信に積極的でないテレビ局にたいして、ラジオ局が動画放送のネット展開を積極的に推し進めていくでしょう。危機感のある業界ほど積極的に新しい試みを行おうとします。事実、既に、ニッポン放送のネット番組「ブロードバンド!ニッポン」のサイトなどではラジオも動画を流しているようです。今後も、インターネットと放送を融合させた事業がますます進み、ラジオ、テレビ、インターネット業などがそれぞれ融合させ、デジタル分野での競争が始まるといわれています。
何にしても、現状に満足し、改革をしようとしない業界はどんどんおいていかれるでしょう。
投稿者 fujimori : 22:49 | コメント (4)
2008年07月13日 [近頃思うこと]
ラジオ2
私は、戦後生まれですので、ラジオについての戦前の強烈な思い出は、実体験からというよりも、映画などでよく見る戦況報告が流れるラジオの姿です。国民がラジオを通して正確な情報を得るというよりも、後でわかることですが、ラジオを通して情報を操作されていた媒体であったという印象があります。ですから、娯楽としてのラジオの姿はそこにはありませんでした。その集約された姿が、終戦を告げる「玉音放送」です。玉音放送という言葉を若い人は知らないと思いますが、生の声(肉声)のことを玉音ともいい、玉音放送というのは、天皇の肉声を放送することをいいます。その放送が有名になったのは、1945年(昭和20年)8月15日正午(日本時間)、昭和天皇による終戦の詔書を天皇自らの声で読んだのがラジオ放送されたときです。今は、テレビなどを通して天皇の声だけではなく、姿も見ることが出来ますが、当時は、天皇の声を聞くのは国民にとってこのときが始めてであった人が多く、この放送も本当に天皇の声かと思った人が多かったようです。
そんなこともあって、本格的にラジオが国民のものになったは戦後からかもしれません。1950年に放送の自由化に伴って、東京放送局が社団法人から特殊法人に改組され、GHQの指導でアルファベット3文字の略称を決めるようにいわれたため、NHK の名前が生まれました。その頃の私が聞いていたラジオ番組は、ずいぶんと古い話ですが、寝るときに親と聞いた「講談」です。なぜ、これが印象に残っているかわかりませんが、寝る前に聞く親の読み聞かせなどの声を全く反対に、しわがれ声で机をたたく音でリズムを取りながら語る不思議な世界に子ども心に強く残ったのでしょう。
そのあと、娯楽として聞いた番組で印象に残っているのは、1954年4月から1957年3月31日までNHKラジオ第1で放送されていたラジオドラマ「ヤン坊ニン坊トン坊」です。主題歌の「しっかりものの ヤン坊 暴れん坊の ニン坊 可愛いちび助 トン坊 時々けんかもするけれど やっぱり僕らは兄弟だ …」というだけでなく、その子どもの役をやっている声優に大人の女性が演じたのは、この番組が始めてだそうです。特に、トン坊役の黒柳徹子は、これが初の主演番組です。
そのあと、夢中になったのは、昭和27年から始まったNHK「新諸国物語」です。「白鳥の騎士」(27年)、「笛吹童子」(28年)、「紅孔雀」(29年)、「オテナの塔」(30年)、「七つの誓い」(31年)です。これらの番組は、主題歌もほとんど今でも歌えます。
最近のテレビ番組ドラゴンボールの七つの球は、里見八犬伝の八つの球から発想を得たと思われるように、この頃の話に原点を見ることがあります。「白鳥の騎士」という番組は、愛と正義を象徴する「白鳥珠」と、悪の象徴「されこうべ珠」をそれぞれ受け継ぐ一族の戦いと葛藤を描いていますし、「笛吹童子」は、奈良天平時代、父の城を奪われた双子の兄弟が力をあわせて城を取り戻すまでを描いています。「紅孔雀」は、南紀州に住む那智の嘉門が持つローマの聖者から授けられた「紅孔雀の宝庫」の鍵をねらう元海賊や妖術師との戦いを描いています。テレビのように実際の姿や光景を見ることが出来ない分だけ創造の世界を広げることにもなりました。
今後のラジオの役目を考える上で、ひとつのメリットでした。
投稿者 fujimori : 21:15 | コメント (4)
2008年07月12日 [記念日]
ラジオ1
先日、テレビ放送の開始について、何回かブログで取り上げましたが、そのときのコメントにもありましたように、私たちの世代は、テレビといえば、同時にラジオの時代でもあったのです。私が小さかった頃のラジオの思い出には、テレビの思い出同様、強い思いがあります。
ラジオとともに生活をする印象は、子どものころの思い出だけではなく、受験時代での深夜放送、巨人全盛の頃の野球放送、ジェットストリームに代表される音楽放送など様々な年代に、様々な放送番組を楽しみました。
そんなラジオの本放送は、1925(大正14)年7月12日、東京放送局(現在のNHK)が愛宕山でラジオの本放送を開始したのがはじまりでした。ですから、今日(7月12日)は、「ラジオ本放送の日」です。しかし、その前に仮放送をしていました。その仮放送が始まったのはその年の3月22日、東京芝浦の東京放送局仮放送所からで、アナウンサーは、その第一声、JOAKを「ジェーイ、オーウ、エーイ、ケーイ」と遠くに呼びかけるように読み上げたと伝わっています。このあと、初代の総裁である東京市長や逓信大臣・満州鉄道総裁などとしても知られる後藤新平初代総裁の後藤新平が、ラジオの機能について強調した挨拶をしました。その機能とは、「文化の機会均等」(文化の機会均等。放送は地域・年齢性別に関係なく聞くことができる)、「家庭生活の革新」(ラジオを取り囲んでの家庭内での団欒。外に行かなくても家で寄席などが聞ける)、「教育の社会化」(社会人でも放送を通して教育を受けることができる)、「経済活動の活性化」(経済機能の敏活化に寄与する)です。この仮放送した3月22日が「放送記念日 」となっています。
初めて放送を開始した今のNHKの東京放送局は、もともとは電機メーカーや新聞社などが共同で設立した社団法人で、その開局に続いて、大阪・名古屋でも独立にあり、JOAK=東京放送局、JOBK=大阪放送局、JOCK=名古屋放送局、とコールサインは決められていました。
開局が大正14年といえば思い出すのが、その2年前の12年には関東大震災が東京を襲っています。そのときに流言飛語してひどい目にあったのが、この震災は、外国の攻撃らしいなどといった全くのデマが飛び交い、朝鮮系の人たちが襲撃されて命を落とす事件が多数起きました。このように正しい情報が伝わらない悲劇を、当時の東京市長であった後藤新平は、ラジオ局開局に力を入れていたのでしょう。
仮放送が開始された時点では、ラジオの受信契約者は5455人で、テレビの黎明期に、店頭に人だかりがしたように、ラジオの置かれた商店などの前には、毎日のように人だかりしていたそうです。それが、その年のうちにすでに聴取者は東京で13万人、大阪で5万人、名古屋で1.5万人にまで増えていきます。このときに、ある会社の転機が訪れます。それは、現在は液晶テレビなどでシェアを占めているシャープという会社です。シャープというと、もともとは、「シャープペンシル」のシャープなのです。そのシャープが、ラジオブームに乗って、開局した年の4月に鉱石ラジオを発売し、これが飛ぶように売れて今のシャープのような会社に変わっていくのです。
明日は、このラジオでの番組の思い出と、ラジオの将来について書いてみようと思います。
投稿者 fujimori : 21:20 | コメント (4)
2008年07月11日 [近頃思うこと]
メガから
伝説として有名な話ですが、味の素の売り上げを上げるためのアイデアを募集したところ、女性社員が何気なく話した「容器のキャップの穴の大きさを2倍にする」というアイデアが採用され、本当に売上が2倍になったそうです。一度に振り掛ける量が二倍になったということでしょう。この真偽はわかりませんが、昨今巷ではやっている「メガ」ブームには、そういう作戦があるような気がしないでもありません。
この「メガ」とは、通常より量が多いことを売りとした食品の総称のことを言います。マクドナルドのメガマックが好評を博したことから、ボリューム重視の「メガ盛り」商品を発売するブームが発生し、若年男性層に好評を得ています。そのほかにもマクドナルドからだけでも、「メガてりやき」「メガたまご」「メガトマト」「メガマフィン」「メガフィレオフィッシュ」「メガチキンフィレオ」など、あらゆる商品が大きくなったものが発売されています。
私が、ドイツに行くときにいつも持参するのは、「カップ焼きそば」です。意外と日本食よりも、これを、なんだか無性に食べたくなるからです。ドイツで日本食はかなり食べることができるからということもありますが。そのカップ焼きそばを買いに行くと、今はどの商品も「大盛り」「超大盛り」「デカ王」「激盛り」などがつく商品になっています。
ウェンディーズでは「スーパーメガウェンディーズ」、すき屋では「特盛り」の上をいく「メガ牛丼」が発売され、ファミリーマートでは「メガハンバーグ弁当」「メガメンチカツ弁当」画人気があり、様々な「メガ」商品がメニューに載っています。
たしかに、今までの焼きそばは少し足りないかなと思いましたが、実際はそれでよかったのかもしれません。このメタボが叫ばれている時代にいいのかなと思ってしまいます。しかし、どうも逆のようです。あまりにメタボと叫ばれているので、その反動で、中高年層はストレスがたまり、「たまにはお腹いっぱい食べたい!」という気もちの表れだといわれています。また、少しも改善されない格差社会において、腹いっぱい食べられない層が発生し、「切実に大盛りを食べたい」という彼らの欲求が、ブームを後押ししているのだという説もあるようです。
もともとメガ(mega, 記号:M)とは、基礎となる単位の10の6乗(=百万)倍の量であることを示す単位です。だからといって、メガマックが、普通のマックの100万倍の量があるとは思えませんが。それが、最近は、「ギガ」という10の9乗(10億)とか、「テラ」という10の12乗(1兆)などがつく商品まで出てきているそうです。テレビ東京系「テレビチャンピオン2 デカ盛り王選手権」での現チャンピオンが運営するサイトは、「テラめし倶楽部」というそうです。
メガ盛りブームの「次なるトレンドはなんだ?」という記事が、無料配布雑誌「R25」に「食」のトレンド&グルメニュースを配信しているサイト「フードスタジアム」の佐藤こうぞう編集長の話として書かれていました。佐藤さんの考えるキーワードとしてのひとつに「健康美食」があげられていますが、これはいいですね。それから、「地産東消」。これは「地方で生産、東京で消費」を意味する言葉だそうで、エコ意識、食料自給率の底上げ、輸入食品の安心低下などにより、国産食材に対する注目が高まって来たことがあるようです。
食は、その地の風土や歴史、時代を写す現象で、その地の文化でもあります。情報や流行に流されないで、きちんと考えたいものです。
投稿者 fujimori : 23:52 | コメント (3)
2008年07月10日 [近頃思うこと]
地域性2
私の園に今年4月に大阪人の男性保育士が入りました。先輩の職員たちは、とても喜びました。今テレビ界ではお笑いブームで、その中で吉本興業の芸人さんたちが人気があり、関東の人間からすると、大阪の人はみんな吉本の芸人さんかと思うからです。初めての職員会議で、みんなで、彼に対してピストルで撃つまねをしました。きっと、討たれて死んだ真似をするであろうと思うからです。また、彼が話しをし始めると、みんな真剣に聞いています。それは、きっと、最後には落ちがあるだろうと思うからです。彼にしては、気の毒なことです。そんなときに、「関西人だって、面白くない人もいるし、真面目に話す人もいるんだから!」とむきになっていました。
確かにその性格は個人差でしょうが、どうも、それ以上に県民気質をいうものを刷り込んでしまうようです。それは、県民性という、その県ならではの共通した思考・行動パターンや気質があるからです。こんなデータがありますが、該当する県の皆さんはどうでしょうか。
NHK全国県民意識調査(1996年)によると、「ウソをつくこと」「婚外交渉」「ギャンブル」などが悪いと思っている人が全国で最も少ない県の1位が千葉県だそうです。関東の道徳観は、群馬を除いて最もゆるいそうです。もっとも、関東といえば、東京をはじめとして、神奈川、埼玉というように全国からの流入が多い県ですから、県民性というよりは、地元の県から都会に出ようとする人たちの集まっている場所ということもあるでしょう。
これと反対に、これは、気質ではありませんが、総務省統計局・社会生活基本調査(2001年)によると、睡眠時間が長い県1位は岩手県で、テレビなどを見る時間が長い県1位は青森県という結果が出ています。たぶん、東北地方のように寒く、雪が多い地方では家にいる時間が長くなるのでしょう。たしか、子どもたちのテレビゲームをやる時間が長いのも東北地方だった気がします。ですから、この地方では、保育園や幼稚園のような小さい頃からの子ども集団体験がとても重要になってきます。それから、青少年のたまり場を作っていかなければならないでしょう。県民性の調査では、その地方の課題も見えてきます。
では、北陸地方はどんな気質があるでしょうか。総務省統計局・社会生活統計指標(1999年)によると、1世帯あたりの貯蓄現在高の1位が福井県、2位は東京都ですが、3位は岐阜県、4位が石川県、そして、8位に愛知があります。これらの県は、冠婚葬祭が派手で有名な県ですが、もしかしたら、そのために貯蓄をしているのかもしれません。何に価値観を持つかの違いでしょうが、もし、そんなために貯めているのなら、冠婚葬祭は、もう少し地味にして、豊かな生活を送ったほうがいいのにと思います。しかし、豊かというのも考えものという気がすることもあります。預貯金高が最下位の沖縄県では、離婚率では1位です。もう少し、我慢も必要でしょうか。
そのほかの地域では、化粧品にかけるお金は、四国地方が1位で、近畿地方が2位で、関東地方が最下位という結果が、総務省統計局・全国消費実態調査(1999年)にあります。なんだか逆な気がします。
こんな言い方も面白いですね。「東京は人間関係ができる、大阪は人間関係を作る、名古屋は人間関係がある」といいます。これは、東京は自然に人間関係が作られるが,大阪は意図的に人間関係を作る,名古屋はもともと人間関係が出来ているという意味です。
データは、きちんとした検証、分析がなければ正確には読み取れませんが、印象としてなるほどと思うところがありますね。
投稿者 fujimori : 23:26 | コメント (4)
2008年07月09日 [近頃思うこと]
地域性1
昨日、長いあいだ大阪の象徴であった「食い倒れ人形」がその役目を終えました。この人形が大阪の象徴であったというのは、テレビなどで大阪といえばその人形が移っていたということもありますが、もうひとつ、大阪の県民性を現しているからです。江戸時代から地域性を表した慣用句がありました。その代表的なものに「京の着倒れ、大阪の食い倒れ」という、「京都の人間は着物道楽が過ぎて財産を無くすが、大阪の人間は美食が過ぎて財産を失う」との意味の言葉があったのです。
しかし、この「くいだおれ」には、もうひとつの意味があるといわれています。江戸時代の江戸は「八百八町」といわれるほど、家が建て込んでいました。ですから、火事にでもなると大変で、放火はとても重い罪でした。ですから、振袖火事などというように、いくつかの有名な大火があります。それに引き換え、大阪では、「八百八橋」といわれたほど町の中を縦横に堀や川が張り巡らされ、海運業が盛んでした。そして、その堀や川には、木造の橋が沢山架けられていました。しかし、大阪での商業が盛んになればなるほどその橋脚を取り替えなければならず、その費用をずいぶん費やしたので、大阪の商業の繁栄を象徴する言葉として「杭だおれ」といい、それが転じて「食い倒れ」になったといわれています。
そのほかにもそのような県民性を表した慣用句があります。例えば、「京の着倒れ」とは、京都の人が西陣織や友禅染めなど高級な着物を着るために破綻してしまうという意味で、体面を気にする京都人を皮肉って使われますが、どちらが本当かわかりませんが、京都の人はとても気をつかうので、「晴れの舞台」に立派な着物を着るのは見栄ではなく、会う人に対する気遣いだということで、「気だおれ」から来たとか、実は京都人の高級な衣装をしめすとともに、朝粥やお茶漬けを常食とする京都の食生活の貧しさを意味するものであったともいいます。
同じような言い方で、「江戸の履き倒れ、呑み倒れ、買い倒れ」「神戸の履き倒れ」「名古屋の履き倒れ」ということもあります。なんだかこうなると、こじつけのような気がします。しかし、それぞれの県民性として、何に価値を感じ、何を優先するかということを表しています。
よく「江戸っ子は、宵越しの銭は持たない」といわれますが、これは、江戸っ子はお金に対する執着心がなく、消費性向が高いという意味ですが、物事には二面あって、逆に言えば、その日暮らしとか、刹那主義とか、先や将来のことは考えないとか、計画性がない性格ということを表しているともいえます。
しかし、この江戸っ子というのにも定義があります。私は、東京育ちで、人から「江戸っ子ですね」と言われますが、正確に言うと、3代江戸に住んでいないと江戸っ子といわないということを子どものころに言われたことがありました。「京都十代,東京三代,大阪一代」といわれているように、その土地の人間になりきるのは,京都は十代かかり、東京は三代、大阪は一代でよいといわれています。はやり歴史のある京都は、十代住み続けて、はじめて京都人として認められるのですね。
何代かその地に住むと、その地の風土や環境が人を作ることがあるのでしょうね。
投稿者 fujimori : 22:42 | コメント (4)
2008年07月08日 [新聞記事より]
職場体験
先日の新聞に、小中学生や高校生などの職場体験を受け入れた企業のうち、「今後も続けたい」と考えている企業は約6割にとどまることが、東京商工会議所の調査でわかったということが取り上げられていました。その理由として、学校との調整が難しいことや、企業側の負担が大きいことが背景にあるようです。
小さい頃に将来何になりたいかという夢を持つことは、大人になってその職業に必ずしもなることはできなくても、何らかの職業に就こうとする意欲につながっているように、この職場体験は、不登校の子が登校しようという意欲や、将来の就業意欲につながっているといわれています。しかし、この職場体験には、受け入れの職場が必要であり、企業の教育支援の意識が必要になります。そんな支援を毎年行ってきた企業へのアンケートでは、そのような支援を今後も継続する意向の企業は、小学生の受け入れで58・1%、中学生は66・5%となり、企業側は、どうもためらっているという結果が出たようです。
このような職場体験が注目されたのは、兵庫県と富山県の試みです。
兵庫県は、1995年の阪神・淡路大震災、1997年の神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇事件)をきっかけに、子どもたちを地域で見ていこうということで、学校、家庭、地域の3者が協力して、1998年から実施されている県内の中学2年生を対象とした五日間の職場体験です。略称は、「トライやる」といいます。また、教員にも生徒よりも期間が短い「先生のトライやる」と称する職場研修が課せられています。
平成17年11月に文部科学省から、その成果が報告され、職場体験の必要性が出されています。その中で、この職場体験が求められる背景として、次のような最近の子どもの様子を示しています。
「最近の子どもたちは、これまでの子どもたちには見られなかった柔軟な感性や遊び心、ボランティア活動等への高い参加意欲を持っているなどの積極性は見られるものの、社会性の不足、規範意識の低下、人間関係や連帯感の希薄化、集団や社会の一員としての自覚や責任感の低下などが指摘されている。そして、変化の激しい先行き不透明な社会を背景として、若者の世界に漠然とした閉塞感や無力感、あるいは、職業について考えたり、職業の選択・決定を先送りにするモラトリアム傾向やフリーター志向の広がり、高水準で推移する若年者の失業率やいわゆる「753」といわれる就職後の早期離職、また最近ではニート(NEET:Not in Education,Employment,or Training)の問題が指摘される中で、生徒の進路意識や目的意識の低下が懸念されている。」
このフリーターやニートの増加は、若者をめぐる不安定雇用が背景にあるのですが、「フリーター比率」とよばれる新卒者のうち進学も就職もしない者の比率にとても興味深いものが見られます。この比率が31.5%の沖縄をトップに全国平均15.3%に対し、富山県は5%と最も低いのです。このフリーター比率の低さと直結しているかどうかは別にして、確かに富山県では若者の職業意識を育てるために様々な試みが行われているのです。その1つが「14歳の挑戦」といって、富山県が国公立中学を対象に義務づけているもので、中学2年の生徒たちが5日間学校を離れ、地元の企業で実際に働きながら、仕事とは何かを学ぶ体験学習です。2005年度は10,028人の中学生が参加し、受け入れ事業所は3272ヶ所に達しているようです。
この事業に限らず、子どもの育児、保育、教育は、社会全体の問題として取り組まなければいけないのではないかと思います。
投稿者 fujimori : 23:33 | コメント (3)
2008年07月07日 [近頃思うこと]
卒業アルバム
最近、犯罪が起きると、必ず出てくるのが犯人、容疑者の卒業アルバムとか、卒業文集です。こんなことを書いていた、こんなことに興味を持っていた、友達からこんな風に見られていたなど、その犯罪の兆候を見ようとします。そして、それに結びつくような部分を公表するので、見せられた私たちは「やっぱりねえ」と納得してしまいます。
しかし、よく見ると、それ以上にびっくりするのが、「こんなことを卒業アルバムで書かせていたのか」「こんなことを書いてもそのまま載せていたのか」など、常識の範囲を超える内容を見たときです。
数年前から、各地で卒業文集の定番として行われているのが、「何でもアンケート」です。そのアンケート項目が、「自分はどんな夢を持っているか?」「自分はどんな人になりたかったのか?」「自分の好きな言葉は?」「自分の尊敬する人物は?」など自分の考えを聞くのではなく、たとえば、「有名になりそうな人」「子どもをたくさんつくりそうな人」といった設問を考え、クラスで投票するアンケートのことです。新聞にこんな「何でもアンケート」が出ていました。ある中学校で、卒業文集に「将来ホームレスになってそうな人」として男女14人の生徒の実名が載せられていたというのです。保護者からの情報で事実確認した市教委が、同校へ文集の回収を指示しています。
そのほかにも、「放火しそうな人」でランキングをつくった中学校や、「早死にしそうな人」「ニートになりそうな人」でアンケートした中学校もあります。これらの質問には、性や職業差別をはらんでいる場合が多くあります。そして、なんだか人を馬鹿にしたり、いじめのような気がします。しかし、子どもの自主性を重んじるとか、大人の検閲は良くないとか、多くの学校の場合、このくらいはいいのではと思うようです。はたして、そうでしょうか。
私は、卒業は、希望を持って次へ進むステップだと思います。何かが終わるのではなく、これから始まるのです。そんなときに、人をおちょくるとか、マイナスイメージを持つとか、なんだか情けなくなります。私の園では、もちろん対象が幼児ということもありますが、子どもには、将来なりたい職業になっている自分の姿を絵で書いてもらい、保護者には、それに対してエールを送るようなことを書いてもらっています。かつての卒園児に「将来、保母さんになりたい!」と書いた子が、今、私の園で保育士として働いていますし、「将来、漫画家になりたい」といった男の子は、いま、アニメーテーになって活躍しています。 もちろん、そのときの夢がかなう人は少ないかもしれません。しかし、小さい頃に、自分のことを考え、いろいろな職業を考えることはとても重要であり、また、あとになって当時、こんな夢を持っていたのだとあとで思い返すことも大切なことです。
また、今、子どもの写真は載せないでほしいとか、後ろ向きにして欲しい、斜め前からにして欲しいなどの注文も多いようです。これについても様々な考え方がありますので、一概におかしいということは言えませんが、大人になってよく卒業アルバムを見ることがありますが、そのときには、顔の写真を見ることが多いような気がします。それは、久しぶりに会うとか、何かでその名前を聞いたときとか、同窓会を久しぶりに開くときとかにどんな顔だったかを思い出すためです。そんなときに、見返してみると、その子の顔が真っ黒だったり、後ろ向きだったときにはがっかりするでしょうね。
投稿者 fujimori : 23:25 | コメント (4)
2008年07月06日 [近頃思うこと]
歴史と地理
今、パソコンでいろいろなことが出来ます。また、いろいろなことを調べることができます。様々な情報も豊富にあります。最近、私は、新聞も紙面で読むよりは、パソコンで読むことが多くなりました。紙面では、せいぜい1日に2回、朝夕配達されますが、ネットでは、まさにタイムリーに読むことができます。
そんなことで、最近学力観が変わってきています。ものを多く覚えることに価値がなくなってきました。しかも、知識を切り離して単独で覚えることは特に意味がないことがわかってきました。しかし、小、中学生時代は、そんな知識を覚える毎日だったような気がします。その代表的な科目が、歴史や地理での年代や語句の暗記でした。私は、どうも勉強嫌いという事もあって、暗記が苦手で、しかも、試験範囲のあるテストが苦手でした。今でも、試験前までに試験範囲がおぼえられずあせる夢を見るくらいです。
しかし、時代が変わってきていろいろなことが解明されたり、研究されていくにしたがって覚えさせられてきたことが違っていることに気づかされると、愕然とします。その代表が、「鎌倉幕府成立の年は?」です。これを当時「イイクニ作ろう鎌倉幕府」とこじつけて1192年と覚えたものです。しかし、最近の教科書である山川出版社の詳説日本史Bには「1185年、頼朝は諸国に守護・地頭という役人を任命する権利などを獲得。東国が中心だった支配権が西国にも及び武家政権としての鎌倉幕府が成立」と書かれています。一般に浸透しているので1192年と書いている教科書もあるようですが、学会では1192年説は少数派だそうです。
「なぜ偉人たちは教科書から消えたのか “肖像画”が語る通説破りの日本史」(河合 敦 著 光文社)によると、超有名な歴史上の人物たちの肖像が、じつは本人ではなかったということがわかってきたので、肖像画が教科書から消えてきているそうです。鎌倉幕府の成立の年号と同時に思い浮かべるのが、裾を広くした黒い服を着た源頼朝ですが、現在は、ほとんどの教科書からこの頼朝の肖像画は消えています。他にも、聖徳太子も、足利尊氏も、武田信玄も、西郷隆盛も、じつは違う人物ではないかという疑惑があるそうです。
06年に「覚えることが多くて負担になる」ということで受験科目に入れない高校世界史の未履修が問題になりました。そこで、当時の生徒たちは補習を受けるなどして卒業し、各地の教育委員会も学習指導要領通り、世界史を必修とし、日本史、地理から選択することを徹底させるようになりました。それはわかるのですが、それよりもただ年号を覚えるような科目のあり方が問題なのです。
そこで、各分野の研究者からなる「日本学術会議」では、昨年5月、分科会をつくり、「グローバル時代の高校教育には世界史、日本史、地理のどれも必要だ」と、授業時間が限られるなかで3科目とも共存させる道を検討してきました。その中間報告のシンポジウムが先月開かれました。その中で、世界史と日本史を合わせた「歴史基礎」をつくり、「地理基礎」とともに必修にする案や、3科目はそのままで、それぞれの中に「地歴融合単元」をつくる案などがでました。
ニュースを見て、その場所がどこにあるのか、その地域にはどんな歴史があるのか、知っているというよりも、そんな背景を知ろうとする知識欲が大切な気がします。
投稿者 fujimori : 19:15 | コメント (4)
2008年07月05日 [近頃思うこと]
おもちゃ2
おもちゃにおける魅力ある商品開発のひとつとして、社団法人日本玩具協会では、玩具生産の海外移転が進むなか、開発力の維持や玩具開発者への刺激・啓発などを目的として、今年度から「日本おもちゃ大賞」(審査委員長: 北原照久・トーイズ代表)を創設しました。そして、「東京おもちゃショー2008」開催に先立って、第1回日本おもちゃ大賞5作品を発表しました。07年10月~08年9月に発売、発売予定の玩具が対象で、共遊玩具部門、トレンディ・トイ部門、ハイターゲッティング・トイ部門、ベーシック・トイ部門、イノベーション・トイ部門5部門に分けられ、計365点の応募があり、審査員17人が選考、部門ごとに大賞を選びました。
障害を持つ子どもも遊びやすいよう工夫した「共遊玩具部門」では、障害の有無を問わず共に遊べる玩具性が評価され、セガトイズの「おみせでおかいもの おしゃべりいっぱいアンパンマンレジスター」が受賞しました。これは、「バナナ100円」などの声が出て、目が不自由でも楽しめる点が評価されました。
「トレンディ部門」では、エダマメをむく感触を繰り返し楽しめるバンダイの「∞(むげん)にできるシリーズ」が受賞しました。この∞にできるシリーズは、∞プチプチ、∞プチプチ萌え、∞エダマメなどがあり、あのストレス解消などにもなる割れ物を包む緩衝材をプチプチつぶす感覚を再現した玩具です。この商品は、バンダイが、プチプチ(エアパッキン)の発売元である川上産業(株)の協力を得て開発しました。本物のプチプチにできるだけ似せるために、ボタン部分をシリコンラバーの2重構造にして、空気がはじける感触に近づけているのが特徴で、ボタンを押した際にスピーカーから出力される効果音は、本物のプチプチを潰した時の音を録音して使用しています。また、プチプチを潰していると100回の1回の割合で“おなら”“セクシーボイス”“犬の鳴き声”などの効果音が鳴る仕掛けになっています。
大人でも楽しめる玩具などの「ハイターゲット・トイ部門」では、タカラトミーの「マイクロスロットカー Owner's ベーシックセット」が受賞しました。子ども向け「ベーシック部門」では発売から38年目を迎えたタカラトミーのトミカシリーズの「びゅんびゅんサーキット」が受賞しました。タカラというと、女の子は「リカちゃんシリーズ」が有名で、男の子は、「タカラトミーシリーズ」に夢中になりました。タカラとは、会社が宝町にあったことで、トミーは、社長が富山といって、「トミヤーマ」と呼ばれていたのを、もっと呼びやすくということでトミーにしたそうです。1年で、1800種類も出ているそうです。
新しい技術やアイデアに満ちた「イノベーション部門」は、テレビで倍率200倍の画像を楽しめるデジタル顕微鏡「アイクロップス」(バンダイ)が受賞しました。このアイクロップスは米JAKKS Pacificが開発したもので、昨年の発売以来、既に60万個以上を出荷する人気商品となっています。虫眼鏡の現代版のようなもので、CMコピーでは、「お子さんたちの自由研究などに使えるのはもちろんですが、お母さんは小ジワやお肌のチェックに、お父さんの頭皮のチェックなどにも使えます。家族のいないときにテレビにつないで、こっそりと……」と言っているように面白い売り方ですね。いかにもはっきりと拡大してみることができる気がします。
新旧多彩な作品に審査委員長で玩具コレクターの北原照久さんは「日本のおもちゃ文化は世界に誇れる」と称賛したそうです。ただ、もう少し、五感を大切にする手作りおもちゃも大事にして欲しい気がします。
投稿者 fujimori : 22:18 | コメント (3)
2008年07月04日 [近頃思うこと]
おもちゃ1
子どもの五感を刺激することがよいといわれますが、それは、聞く、触る、味わう、臭いをかぐという動作をする度に、脳と神経細胞の連結部分の効果を増す信号が25回、脳に送られといわれているからです。そして、その五感を刺激していくものが、子どもにとっては遊びであり、さまざまな最良の遊びが、より良い効果を促すのです。そして、その遊びに興味を持ち、遊びの中から新しい発見をし、それを繰り返していくことによって、脳のシナプスといわれている連結箇所が強化されていきます。
また、子どもたちが遊びに熱中することがありますが、このように遊びに没頭しない子どもの脳は、通常の子どもより20~30%小さく、孤独、落胆、軟弱といった症状が見られるようになって行きます。このような「遊びの欠乏」症状は、社会性、技術力に欠け、自信を失い、内気な性格になる傾向があります。
おもちゃは、子どもたちにとっては、五感を刺激するためにとても効果的な遊びの道具です。そして、おもちゃは、子どもたちの想像力を養いながら学び、使い、管理、創造、発明するための大切な手段であり、成長の手助けをする、必要不可欠な道具です。
社団法人日本玩具協会による「東京おもちゃショー2008」が6月19日より22日まで東京ビッグサイトにて開催されました。東京おもちゃショーでの来場者は年々増加傾向にあり、2007年の総来場者数は11万1619人(うち業者日は1万8325人)と10万人を突破しました。
そのイベントに伴って行ったアンケートによると、2007年度(07年4月~08年3月)の国内玩具市場規模は6709億円で、前年度比3%増と4年ぶりに前年プラスとなりました。近年、玩具の需要は減退傾向にありましたが、任天堂DS等携帯型ゲーム機のヒットの影響で、玩具の市場にようやく明るさが戻ったようです。ただ、少子化のなか、各社とも玩具の対象年齢層を広げる工夫をしているようです。また、玩具の販売チャネル自体は多様化しており、玩具の小売業の売上高は、07年度も前年度を下回っているところが多く、家電・カメラ量販店、ネット小売業などの新しい販路での売り上げが拡大しているとの指摘もあります。
07年度の玩具市場で最も伸びが大きかったのは、カードゲーム・トレーディングカードの部門で、前年度比4割増でした。携帯型ゲーム機人気の影響を最も大きく受けたジャンルですが、「遊戯王」(コナミ)や、「デュエル・マスターズ」(タカラトミー)などの新シリーズが好調で復調したようです。市場規模は545億円と、全体の8%強になっています。また、「Yes!プリキュア5」やクッキングトイ、ビーズ商品などが好調だった女児玩具は、前年度比13%増(443億円)、「仮面ライダー電王」「ポケモン」「トランスフォーマー」などが伸びた男児キャラクター玩具も同11.5%増(396億円)、ミニカーやレールトイの伸びた男児玩具も同10.4%増(500億円)だったそうです。
一方、市場規模で最大の知育・教育部門は、少子化を反映して前年度比0.5%減(1470億円)と伸び並み傾向は変わらず、また、前年度は「たまごっちプラス」のヒットで拡大したハイテク系トレンドトイも、今年度は点数が少なかったことや、話題となるような大きなヒット商品が不在だったため、前年度実績の約5割(87億円)の水準に落ち込んだようです。
少子化は、こんなところにも影響してきますが、やはり魅力ある商品開発が決めてでしょうね。
投稿者 fujimori : 22:36 | コメント (4)
2008年07月03日 [新聞記事より]
マイ箸
今年の園の夕涼み会の企画に、保護者も参加してもらおうと呼びかけました。数人の参加があり、園の趣旨と考え方の説明のあと、今年のテーマが「自然」であることで、色々なアイデアを出してもらいました。その中で、食事のときに、「マイ箸」を持ってきた子には、シールなどでポイントをあげるのはどうかという案が出されました。昨年も、食事に焼きそばを出したのですが、容器として使い捨ての神皿を使うのをやめて、洗えるお皿を用意しました。また、箸についても、できるだけマイ箸の使用を呼びかけました。それを、今年はもう一歩進めて、子どもたちのゲーム感覚を取り入れ、ポイント制にしたらどうかという案です。
毎月、誕生児を祝う誕生会で、各年齢ごとのプレゼントとして、ある年齢の子たちに「マイ箸入れ」を職員が布で作ってあげています。先日の新聞に、ファミリーレストラン最大手のすかいらーくは7月末までに、傘下のガストやバーミヤンなど約2600店で使っている割りばしの使用をやめるというニュースが掲載されていました。使い捨ての割り箸から、洗って何度でも使える樹脂製のはしに切り替えることによって、年間650トンのゴミ削減につなげる計画です。すかいらーくグループは、年に5億本(2億5千万膳(ぜん))近く割りばしを使ってきました。しかし、環境への意識の高まりをうけて、すかいらーくでは「ジョナサン」が06年中に切り替えたのを皮切りに、07年中に「すかいらーく」、08年5月までに「ガスト」で切り替えが完了しています。そして、「夢庵」は同年6月までに、「バーミヤン」でも同年7月までをめどに進めています。
日本では年間250億膳の割り箸が使われているといいます。しかし、外食店では、他にも居酒屋チェーンのワタミや牛丼チェーンの松屋フーズなども、割りばしの使用をやめています。
和食チェーン「松屋」を展開する松屋フーズ では、08年1月から5月までに全国721店舗で樹脂製の箸に切り替えました。1日あたり35万人が来店する同店では、使い捨てられていた割り箸が年間558トンにもなっていました。しかし、口に入れる箸を使いまわすことで、穢いとか、気持ち悪いとか言う意見が寄せられることがあります。そこで、「松屋」では箸や食器を洗う際に、大きく3ステップを実施しています。まず、従業員が手洗いし、次に食器洗い器で洗い、その後除菌をします。しかし、一方では、水道代や電気代が以前よりかさむのではないかという質問がありますが、それはさほど負担になっていないようですが、従業員の仕事量は増えたそうです。
そんなに穢いと思うのであれば、マイ箸を持参すればいいのにと思います。最近では、エコに取り組む人の間で自分の箸「マイ箸」を持ち歩くのがブームになっています。お気に入りの箸をケースに入れて持ち運ぶのですが、なかには1万円以上の高級なものもあり、ずいぶんこだわりを持つ人がいますね。私もかばんの中には、そんなに高い箸ではありませんが、いつもマイ箸が入っています。
ネットでも、マイ箸の愛好家が情報交換をするサイト「マイ箸クラブ」があるくらいで、1578人が会員になっていると新聞で報道されていました。
マイ箸や割り箸廃止の動機は様々かもしれません。そんなに高尚な理念の下ではなく、経費削減かもしれません。しかし、どんな理由からにしても、よい動きですね。
投稿者 fujimori : 22:15 | コメント (5)
2008年07月02日 [新聞記事より]
仰天ニュース
今日のテレビで、世界仰天ニュースという番組が放送されていましたが、本当に世界ではびっくりするようなニュースがありますね。そのひとつには、国、地方によって文化や価値観が違うので、びっくりするようなことが起きます。ドイツへ出発する日の22日の日曜日のニュースだけでもいくつかありました。
よくある話しが、犯罪についての考え方です。日本ではたいしたことがないような犯罪でも、その国にとっては重罪であることが多いようです。中国のニュースなどを見ると、その基準の違いにびっくりすることが多くあります。
パキスタン東部シアルコットの地裁は、イスラム教の聖典コーランを焼き、預言者ムハンマドを侮辱する言葉を使ったとして、20台前半のイスラム教徒の男性に死刑を言い渡したというニュースがありました。確かに、この国ではイスラム教を大切に思っているようですが、侮辱した罪での死刑判決は同国でもまれで、今まで執行された例はないといいます。よほど、頭にきたのでしょうが、それぞれの人が大切に思っていることを尊重してあげなければ、死刑にもなってしまいという例かもしれません。
日本でも、びっくりする話しがあります。いつもニュースで私が驚くのは「振り込め詐欺」です。その被害金額の多さと、詐欺が報道されているにもかかわらず、相変わらず被害が続出していることです。しかも、このようなニュースでは更にびっくりしました。振り込め詐欺被害者の約3割が、金融機関の現金自動出入機(ATM)コーナーや窓口で行員らから事実確認を促されたのに被害に遭っていたことが警視庁の調査でわかったということです。昨年1年間に300万円以上をだまし取られた30歳代~90歳代の429人(男性114人、女性315人)に被害に遭った状況などを尋ねた結果、全員が「振り込め詐欺を知っていた」と回答し、8割以上が「自分が被害に遭うとは思わなかった」と答えています。また約3割が「行員から注意喚起された」というのです。なんで?と思います。今年4月の被害額は約33億円にのぼり、今年1~4月の被害総額は前年同期の1.7倍の約111億円にもなっているそうです。
アダルト作品の自主審査機関「日本ビデオ倫理協会」が、審査部門責任者が警視庁に逮捕された事件を受け、今月限りで作品の審査をやめるようです。倫理を扱う機関がどうして?と思ってしまいます。
そんな人間の情けない話に比べて、こちらはどうでしょうか。
札幌市円山動物園のオランウータンの弟路郎が、オリから抜け出し、屋根(高さ3メートル)に上ってあわや脱走する騒ぎとなりました。ロープにぶら下がった後、反動を利用して一気に屋根に乗り移ったようです。来園者が気付いて大騒ぎとなり、同園は出入り口を閉鎖して捕獲の準備を整えましたが、担当の飼育員が近付くと、弟路郎はおとなしく屋根から下り、放飼場に戻ったそうです。ロープが大のお気に入りで、2か月の間に習得した「技」を使い、好奇心からオリの外に出ようとした可能性もあるといいます。しかし、オランウータンは人間の4、5歳児程度の知能があるといわれ、自らオリに戻ったといいます。好奇心から部屋から出て行ってしまう子どもたちも、そのまま見守っていれば、自分から戻ってくるでしょうか。戻ってくるような子どもたちにしなければいけないでしょうね。
投稿者 fujimori : 23:17 | コメント (5)
2008年07月01日 [近頃思うこと]
食事2
新しいことやろうとすると、様々な反対にあいます。それが、子どもにとってよいこととは知りつつも、今までと同じ、そのままでいいという思いで、なかなか踏み切れません。
6月21日のブログの続きです。大塚さんは、給食のメニューを変えようとしたときに、ただ理論的に説明するのではなく、栄養士の考えたメニューの試食を繰り返し、生徒には特別授業を設けて教えていきます。そして、血液をきれいにし、血管を柔らかくしてくれるGABAが含まれる発芽玄米を10%以上加えた米飯給食を週6日のうち5日実施するようにしました。すると、7ヶ月位して、学校全体が落ち着き始め、校内にタバコの吸殻もなくなり、その後、非行、犯罪はゼロになり、学習意欲も高まり、荒れていた頃利用されなかった図書館も昼休みには満席になるほど利用され始めました。読売新聞全国作文コンクールで毎年1位か2位に入賞する生徒が出てきました。
その実績を買われて、大塚さんは真田町の教育長になります。ここでは、今度は町全体として取り組むようになります。その中から、しばらく置いておいても堅くならず、カビも生えないパンに疑問を持ち、これには多くの軟化剤や防腐剤が入っているということから子どもたちへの体への影響に対して危機感を感じます。そこで、米飯給食に切り替えていくのですが、その米も、収穫時の田んぼで、展着剤という農薬が付着しやすいような役目の薬剤で真っ白になった籾を見たこととか、農薬をしみ込ませていつまでも穀象虫がわかないようにしていることから、今度は大規模農家と契約をして無農薬の米を作ってもらい、それを食べることにしたのです。すると、供給ルートからのものすごい圧力とか、「一部の農家の利益のために教育長は学校給食を私物化している」とか、様々な圧力やビラを貼られたりします。そこで、今度は農協と組んで低農薬で作ってもらったところ、「一営利団体の利益のために給食を私物化している」と叩かれます。
しかし、国からの補助金削減が始まり、時代的にも次第に地産地消が言われるようになり、その試みは認められて行きます。そして、そういった教育改革を続けた結果、真田町は青少年の非行、犯罪、校内暴力がゼロになって5年たち、警察にも全国で珍しいといわれているそうです。
神戸の酒鬼薔薇事件の少年や、東大寺学園の母親と弟妹を焼き殺した少年や、会津若松で母親の首を切って持ち歩いた少年などの食生活を調べてみると、どの少年も肉が好きで、母親は多く与えていたという共通点が見られたといいます。少年犯罪と食生活はかなり関係しているようです。また、バランスの良い米飯給食に変えてから少年犯罪が減っただけでなく、家庭での食事も変わってきたといいます。試食会やフォーラム、各家庭での食のあり方の発表会などを通して親の認識が変わってきました。例えば、カップ麺やコンビニ弁当、冷凍食品を買わなくなり、食材も今までは色や形のいいものを選んでいたけど、野菜などは虫が食べたものも買うし、ハムなどは何が含まれているか裏の表示をしっかり見てから買うようになって行きました。
家庭のせいにするとか、家庭に注文するのではなく、まず自らの学校を変えていくことで、子どもたちの姿を変えていき、そこから家庭が変わっていくという考え方は、今の学力低下や、しつけが出来ていないなどということを、ただ家庭の責任にしたり、家庭での教育を促すだけでなく、自分のところから実践し、家庭にも積極的に働きかけ、子どもにとってよいものに変えていく努力をすることの必要性を教えてくれます。