ブロックで子どもたちは、高いもの、広いものを作ると同時に、橋を作り始めます。同じ鹿島建設のHPの建築博物誌の中の「橋」には、こんなことが書かれています。「人類が最初に手にした「橋」それは、おそらく自然界からの授かりものであったに違いありません。偶然、谷や川をまたぐように倒れた木。その木の上を渡っていく動物たちの姿から、太古の人々は橋という概念を学んだのだろうと考えられています。」
しかし、子どもたちのブロックでの活動を見ていると、人間は、高いところと高いところをつなぐように自然と橋を作ろうとする遺伝子を持っているのではないかと思うほど、自然と作り始めます。それは、作っている本人もたぶんそれを渡ろうとか、何かを通そうとかいう意識はなく、トンネルを作るようにそれをつないでいる気がします。
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HPには、橋の歴史が書かれていますが、「神話や伝説にでてくる橋は、人が橋に架ける夢を語っているように思われます。日本の神話にでてくる最初の橋は「天の浮き橋」で、日本列島を作る際に、この橋を通って、天の神々が自由に天と地の間を行き来したと伝えています(古事記)。福井県の「天橋立」の言い伝えは、日本列島をつくったとされるイザナギの尊が天に上る橋をつくったが、それが横に倒れて天橋立になったという内容です。世界の神話を見ても、たとえば、空に架ける橋が、神が天に昇る橋であるといった神話が多く、そのほとんどは、空にかかる虹を天と地を結ぶ橋としています。」
空高くにあるであろう天に少しでも近づこうと、建物を高くしようとしたように、天に橋をかけようという気持ちは持ったでしょう。虹をそれに見立てたり、遠くまで続く島々や半島をそれに見立てたりはしたでしょう。また、古事記からこんな例を出しています。
「大国主の国曳きの神話で有名な出雲には、『いなばの白兎』という伝説があり、白兎が鮫をだまして、鮫の橋をつくらせ、それを伝って向こうの島を渡ったという話が伝えられています。
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国曳き神話は、たとえば北欧のデンマークなどにも残されており、『遠くのものを引き寄せたい、歩いていけないところへ行きたい』という願いは、人類共通 の夢なのかもしません。」
 園の近くには神田川が流れているために、いくつもの橋があります。また、丘陵地帯でもあるために坂や、道に段差があるので、いくつもの有名な橋があります。そのひとつが、明治通りと目白通りが交差するところに架かる千登世橋・千登世小橋です。この千登世橋は高台を走る目白通りと明治通りの高低差を生かした優美な曲線を持った橋で、造られたのは1933(昭和八)年、その土木的価値から「東京都の著名橋」に指定されています。鋼ヒンジアーチ構造で、橋長は27.81m、幅員18.182m、総鋼重130.0トンです。橋の東側の端に、スコップとハンマーを持った二人の労働者の像が立っていて、その下に「東京府土木部長来馬良亮の記念碑、千登世橋上に建つ」「昭和九年十一月二十二日」「知人相寄りて此を建つ」とあります。
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 この橋の上で何回も追跡が繰り返されたのは、映画「少年探偵団」です。これは、原作者の江戸川乱歩が池袋に在住していたからのようです。
 橋も子どもにとっては、魅力のある建造物です。

” への4件のコメント

  1. 実は、昨日から藤森先生の園の子供たちの積み木の作品に大変興味を覚えています。あの天井にも届かんばかりの塔は、園から見える新宿の超高層ビルでしょうか。完成した時の子どもたちの歓声が聞こえるようです。下の作品は、何かに似てるなあとずっと考えていたんですが、これはイギリスの古代遺跡「ストーンヘンジ」そっくりですね。人間は胎児の時代に動物の進化をたどると聞いたことがありますが、ひょっとして、幼児期は人類の進化をたどって成長するものでしょうか。一度、藤森先生のご意見をお聞きしたいと思います。

  2. 久しぶりに因幡の白兎の話を思い出しましたが、鮫を橋にして渡ることよりも、怒った鮫に皮をはがれ、その体を海水で洗うことになったシーンを思い出してしまいました。今考えても痛々しいです。
    以前ブログで橋のことが紹介されたとき、いろいろ調べていて「ミヨー橋」の存在を知りました。周りにある橋とは違い過ぎてびっくりしました。日本にも世界にもいろんな橋がありますが、子どもたちはあれこれ想像しながら楽しんで眺めそうですね。「もし橋がなかったら・・・」と考えることも、橋のおかげで広がった世界に思いをやることができ、なかなか面白いです。

  3.  鹿島建設のHPに書いてある『「橋」は自然から授かったもの』と文章だけ読むと何か素敵な話に聞こえます。しかし、先生がブログで書かれているように、子どもには高い所から高い所をつなぐように自然と橋を作るという能力を持っている気がします。トンネルも同じだと思います。それは実際に子どもが積み木で遊んでいるところを見ていても、なぜか橋を作っています。橋のように、何かと何かをつなぐように、これからの子ども達も色々な人とのつながりを持ってもらいたいと思いました。

  4. 「橋」の存在は重要です。橋がかけられるあちらとこちらは基本的に結びつくことが困難な場所でした。しかし、困難であっても、それ以上に「結びつく」ことに力点が置かれるている場所でもありました。国際交流などに携わっていてよく耳にしたり口にしたりする表現が「架け橋」です。しかし、実際にかけられた「架け橋」も、比ゆ的に使われる人と人とを結びつける「架け橋」もその「架ける」作業は途轍もなく大変であったでしょう。人間関係が希薄になった、と言われる昨今、どうやら「架け橋」がかつてほど容易ではなくなってきました。それゆえ建築上の橋だけではなく、関係成就としての橋の構築意義が認識されねばならなくなったような気がします。

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