農事

 園の外壁の隙間に湧き水を利用して水を張り、そこにめだかを放ち、睡蓮が花を咲かせ、地域の人たちの憩いの場所になっています。以前のブログでも予告しましたが、そのすぐ上の段の隙間は、田んぼにしようということで、今日、田植が行われました。田植えの時期としてはだいぶ遅いので、苗はかなり大きくなっています。
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 いつ頃田植えをすればよいかは、人々は暦を見て判断するのですが、稲の生育は自然条件の影響を受けることが大きく、特に稲作の始まりと終わりはいずれも気象的な制約を受けます。ですから、昔から田植えの時期は、暦はあくまでも目安で、周囲の山の雪型とか、鳥の初鳴きなどで季節を察知し、農事の時期を判断していました。
 そのひとつは、日本列島が新緑で包みこまれる頃、各地の山肌に、「雪形」が現れます。この雪形を人や動物などに見立てて、それが少しずつ変わっていく形で農業の作業時分を判断していました。残雪量は積雪量や気温に左右され、その後の用水の多寡にも反映されるため、農業にとっては、とても重要な目安になるのです。積雪量が少なく雪形が早く消えた年は水不足が懸念され、またいつまでも消え残る年は冷害が予見されます。
富士山に現れる雪形は「農鳥」と呼ばれ、その出現を合図に麓の町では田植えを始めたといわれています。しかし、富士山はどこからでっ見ることが出来、また、雪がいつまでも残っているので、色々形がいろいろな方向に現れます。豆まき小僧、農牛、お犬雪、農男などに見立てられます。
また、全国に多い「駒ケ岳」とか「白馬」という山は、ほとんど雪形が馬の形であることから付けられています。残雪の形は農事の時期を判断するだけでなく、様々な伝説も生み出しています。北アルプス白馬岳も、農家の娘と白い馬が恋仲になり、それに反対する父親が殺してしまった白馬を追って「毎年苗代のころにはきっと姿を見せるようにします」と言って、天にのぼっていったという話です。
2千年以上前から日本で栽培されてきた稲を育てる農業は、古くから日本人の生活に密着してきました。また、稲が実るまでに様々な手順を踏んで行きます。「米」という字は、八十八の手間暇を現した象形文字で、たくさんの手間隙を費やして育てるという意味です。ですから伝説を生んだり、農事をさまざまなたとえとしてあらわしたりしています。「早乙女」という言葉もその一つです。
土を掘り、水を張り、代掻きをして田植えの準備をします。園でも、土を入れてから、しばらく水を張り準備をしました。そして、苗代で育てた稲の苗を大切に植えます。昔から田植えをする女性のことを、田の神様に仕えるという意味から早乙女(さおとめ)と呼んできました。私たちの園では、不耕起栽培という農法を取るために、少し土は固めです。それを掘り起こしながら植えて行きます。早乙女は、田の神様に豊作を祈って田植えをし、収穫に感謝します。
稲作は、約1万5千年前、世界の稲作はインドのアッサム地方、中国雲南省、タイ、ミャンマーから始まったと考えられています。現在では世界の人口の半数がお米を主食にしていると言われ、国連食糧農業機関(FAO)による2005年の世界の生産量は6億1500万トンで、中国とインドで半数を占めています。
日本もまたお米の国です。平成19年産の水稲収穫量は870万5千トンで、品種はコシヒカリ、ひとめぼれ、ヒノヒカリ、あきたこまちが上位を占めています。日本の稲作は2000年の歴史を有するといわれていますが、このような品種の分化が進んだのは室町時代以降です。それまでは、せいぜい早生と晩生、もちごめとうるちが区分されていた程度にすぎなかったようです。日本の稲が現在のような姿になったのは、長い栽培の歴史の中で時間をかけてそうした方向に変えてきたからで、日本で稲作を始めた時からずっと、おいしい米を、たくさんとる、そのためには人手を惜しまない、という先祖代々の共通の思いがありました。
 園のほんの小さな水田にも、日本人の長い知恵の歴史を伝える役目があります。

農事” への4件のコメント

  1. 雪形で農作業の時期を決めていたというのは興味深いです。自然を見る力や知恵を現代は失いつつあるんでしょうね。これらを残し伝えることは大きな課題だと思います。どちらかというと派手で進化の著しいものが注目されがちですが、繰り返しの中でゆっくりと進化し究められてきた農業の存在から学ぶべきことは多いように思います。

  2. 信州の安曇野や大町の近辺には、雪形で有名な山が多いですね。常念岳は常念坊というお坊さんの姿が、蝶ヶ岳は羽を広げた蝶で、爺ヶ岳は種まき爺さんが田植えの時期を知らせてくれます。五竜岳山腹の武田菱は戦国の歴史を感じさせます。安曇野市の田淵行雄記念館では、珍しい雪形の写真を数多く見ることができます。新宿せいがの田んぼには、苗がしっかり植えられたようですが、秋には無事収穫ができればいいですね。都会のカラスだけでなく、最近はチューリップの花を傷める不逞の輩もいるようですから、くれぐれも人間様にも要注意です。

  3.  保育園の狭いスペースで水田をしたのは、本当に驚きました。ただでさえ、都会のど真ん中にメダカがいるのに、今度は田んぼが出来るとなると、ますます有名な保育園になりますね。しかし、先生の保育園では水耕栽培で野菜をしていて、土で田植えもしていると、子ども達は色々な体験ができうらやましい限りです。普段食べているお米も、どのように出来るのか、という知識が自然と身につきます。環境を整えると言うのは、こういう事なのですね。

  4. 「田植え」が無事終わり何よりでした。開園1年目は「めだかと睡蓮」&「水耕栽培」、そして2年目は「不耕起稲作」と「ゴーヤー栽培」。今後もさまざまな育ちが期待できます。とても楽しみです。私たちが普通に食しているお米は「ジャポニカ米」と言われます。フィリピン・ミンダナオ島の農家の方が日本米にとても興味を抱いてくれました。そしてミンダナオ島で栽培されたジャポニカ米を頂き、感動したことを思い出します。東南アジアや南アジアはほとんど「インディカ米」です。日本が米不足に見舞われた時の「タイ米」ですね。園で栽培されるお米の味が今から楽しみです。それから「田んぼ」にどんな生きものがやってくるかも楽しみです。今日のブログ掲載の写真の「蔦草」の緑、早苗の緑、そして園帽の緑、が心を穏やかにしてくれます。

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