さまざまな建築

鹿島建設株式会社のHPの中に「建築博物誌」というサイトがありますが、私にはとても興味深いものがあります。その内容はいくつかに分かれていて、「超高層」「橋」「大空間」「トンネル」「ダム」です。まず、この分け方の中に「大空間」という建築カテゴリーがあるのは面白いですね。建物は、「より高く」を目指してきたことがバベルの塔でわかりますが、同様に大空間の歴史を見ると、「より広く」も目指してきたことがわかります。そう考えると、橋やトンネルは、「より長く」を目指してきたのかもしれません。
より高くを目指してきたのは、「高い建造物は、単に権力や経済力の象徴であるだけでなく、古来より続く人類のあこがれともいえます。それゆえ、「超高層」という言葉は、私達に広大なパノラマを紡ぎ出して見せてくれるのです。」と書かれてあるように、神は空の上のほうの高いところにいるというイメージなので、高いところというのは、地位が高いとか、高貴とかとダブってみてきたのかもしれません。また、日本語では超高層といいますが、英語ではスカイスクレーパーといいます。これは、「空をひっかくもの」という意味です。
それにたいして、広い空間とはどんなイメージを持ったのでしょう。「古来、大空間は神聖な場所であり、造られた時代時代の世界観が強く表れていました。そして今、コンサートやスポーツ観戦など、大空間の利用範囲は広がっています。より身近になった現代の大空間には、どんな夢や世界観が表れているのでしょうか。」大空間は、やはり神の住む場所とか、大勢の人が集うというところから、神に祈る場所としてはじまったようです。神殿とか、協会などに広い空間が作られていきました。同じように、日本では祈る場所というより、祀る場所として作られてきました。今でも、東大寺大仏殿は木造建築の中で最も広い空間を持っています。ですから次第に、当然これは富や権力の象徴にもなっていきました。
トンネルについても、とても面白い見方ができます。「古代人のすみかだった自然の洞窟。やがて人類は、自ら掘ることを覚え、トンネルが生まれました。そして、トンネルは、険しい山や崖、海峡など、大自然によって隔絶されていた地域間をつなげて、国と国、人と人を結びつけてきたのです。」トンネルというと、穴を掘るという意味であれば、最初は当然住まいや貯蔵の場所としての穴だったでしょう。先日職員と「アリババと40人の盗賊」という話をきちんと覚えているかという話をしましたが、この話に出てくる盗賊たちが奪った宝を隠している洞穴の扉を開ける呪文が「開けゴマ」という言葉で、その英語が「オープンセサミ」ということで、テレビ番組の「セサミストリート」は、魔法の扉が開いた先にある町ということではないかということになりました。
子どもたちが積み木で何かを造ろうとするとき、まず、高く積もうとします。背が届かないくらい高くなると、椅子をもってきて、それに乗って積もうとします。
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また、ブロックで広く作ろうとします。大きな空間を作り、その中に動物や人を入れます。
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そして、砂場で遊ぶときには、トンネルを作ろうとします。大きな山を作って、穴を掘っていきます。もっと高度になると、両側から掘り進めて行き、真ん中で穴を開通させます。
誰が教えたでもなく、何かを読んで学んだわけでもありませんが、子どもたちは、人間としての技術を学んでいっているのです。

さまざまな建築” への4件のコメント

  1. 大空間と言えば頭に教会が浮かんできます。あの広さと高さは無条件で厳粛な気持ちにさせてくれる力を持っているといつも感じます。それとも人がそのように感じる遺伝子をもともと持っているんでしょうか。子どもの積み木遊びを見ていると、高いものや広いものを自在に作り上げていきます。子どもも大人も同じ思いを持っているのかもしれないと思ったりします。

  2. あの秋葉原の事件以来、何か自分の心の中に暗くて重たい何かが棲みついたようになっています。評論家は訳知り顔に格差社会や日本の治安を問題にします。でもなんとなく釈然としません。藤森先生の「やってあげる保育から見守る保育へ」の中に、『常に自分だけに声をかけられ、自分が望んでいることを黙ってやってもらってきた子どもは、集団の中に置かれると、自分の存在が確認できなくなってしまいます。それを確認するために、異常な犯罪を犯してしまったり、成人式で目立つ行動をしてしまいます。そして、まわりが思い通りにいかなくなると、自分の世界に閉じこもってしまいます。』とあります。この事件の犯人もまさしくこのような育ちをしてきたようですね。『人間としての技術』を幼児期に学べる保育が今こそ求められていると思います。

  3.  写真の積み木は素晴らしいですね。私が幼稚園の頃、積み木で遊んだ記憶がありません。むしろ幼稚園に積み木が無かった気がします。自宅には積み木がありましたが、三角や四角の形をしたものばかりで、写真のような遊び方は今回のブログで初めて知りました。砂場は近くに公園があったのでよく行って遊びましたが、まさにブログに書いてある通りに遊びました。確かに、その遊び方は誰から教わったものでまなく、友人と遊んでいく中で発展していった気がします。子ども達は人との関わりの中で生きる上で必要な技術を自然と学んでいくのですね。

  4. 自分が何をつくっているか、をわかり始めた時すでに砂浜でトンネルを掘っていました。「穴を掘る」ということを誰かに教わったいたのだろうと思います。父の作業場にはいつも材木の切れ端があり、それら切れ端を並べてビルを作り、弟と一緒に「ウルトラマン」ごっこをしていました。「怪獣」となって切れ端「ビル」をおもむろに倒していく。破壊、という行為ではありますが、子どもながらに楽しんでいました。園の子どもたちが作る「ブロック」製作は時に芸術そのもの、です。感動します。積み木が「積み」あがるだけでなく、並べたり敷き詰めたり、さまざまな造形を示します。そこでは「ウルトラマンごっこ」は繰り広げられません。むしろ、ブロック作品を壊さないように静かに歩く子どもたちの印象的な姿があります。

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