明日の「時の記念日」に向けて、読売新聞にこんな記事が掲載されていました。
「23年前、美しい詩に彩られた時計会社のCMが、テレビで一度だけ放送された。評判が口コミで広がり、詩は今年、教科書にも載った。その“幻のCM”が時の記念日の10日、ハイビジョンのリメーク版で復活。民放系BS5局で、それぞれ一回だけ放送される。詩の作者は、本紙夕刊で「ドッポたち」を連載している漫画家の小泉吉宏さんだ。」
リメークされたのは、セイコーウオッチの「一秒の言葉」(60秒)です。
「はじめまして」 この一秒ほどの短い言葉に 一生のときめきを感じることがある
「ありがとう」 この一秒ほどの短い言葉に 人の優しさを知ることがある
「がんばって」 この一秒ほどの短い言葉で 勇気がよみがえってくることがある
「おめでとう」 この一秒ほどの短い言葉で しあわせにあふれることがある
「ごめんなさい」 この一秒ほどの短い言葉に 人の弱さを見ることがある
「さようなら」 この一秒ほどの短い言葉が 一生の別れになる時がある
一秒に喜び 一秒に泣く 一生懸命 一秒 一生懸命 コミュニケーション
この詩は、1984年にラジオCMとして制作され、翌85年にテレビCM化、同年暮れの民放「ゆく年くる年」で放送されたものです。校舎を背景に、詩が流れるイメージCMでした。短い言葉で人生を切り取り、一生懸命生きる姿勢に声援を送る内容の詩と、美しい映像が、公開と同時に大きな話題を集めました。セイコーホールディングス株式会社は、6月10日「時の記念日」にちなんで、この「一秒の言葉」をラジオCMおよびテレビCMのリメイク版(オリジナルと同じ詩に、全く新しい映像、音楽、ナレーションをのせたもの)を製作したのです。
当時の日本人に欧米人なみに時間を尊重する意識を持ってもらうことを目的とし、生活改善同盟会が「日本書紀」の天智天皇の条、水時計創設の記によって6月10日を1920(大正9)年に時の記念日として制定されました。
この「一秒の言葉」を書いたのは、今は、漫画家であり絵本作家である小泉 吉宏さんです。彼は、1993年「ブッタとシッタカブッタ」(メディアファクトリー)でデビューし、その3巻目「なぁんでもないよ」で第45回文藝春秋漫画賞受賞しています。このシリーズは、ブタが主人公の4コママンガが中心の本で、「心の運転もまた同じこと 運転の仕方を知らないと、心は迷い、悩み、どこかへ行ってしまうだろう。」ということで、サブタイトルに「心の運転マニュアル本」とつけられています。本の解説には、「ギターの弦は張りすぎると切れ、ゆるめすぎると変な音になる。心も無理やり運転しようとしても苦しいし、ほったらかしでもろくな事にはならない…。自分を運転するあなたに贈る、心の運転マニュアル本。」
賞を取った3巻目は、四苦八苦の説明に始まり、主に「ものの見方」の誤りからくる苦しみをテーマにしています。
『誰かからもらった価値観で生きているから 退屈を感じる 誰かからの評価にとらわれているから 苦しみを感じる』小泉吉宏「ブッタとシッタカブッタ3なあんでもないよ」(メディアファクトリー)より
「一秒の言葉」いい内容ですね。時間も言葉も長さではなく、使い方や受け止め方次第だという事がわかります。よく考えてみれば、短い時間のやりとりの連続で多くの人と関わっています。普段は何気なくやり過ごしてしまっている一秒を、こうして振り返ってみるのも必要なことかもしれません。自分次第で時間の価値観も心のあり方も変わることをあらためて知らされました。
「一秒の言葉」の新旧のCM映像をYouTubeで観ました。目をつむって聞いていると、自分のこれまでの人生のひとコマひとコマが蘇ってきて、不覚にも涙が出そうになりました。いい詩ですね。本当に私たちは人生において数え切れないほど多くの人と出会い、助け合い、励ましあいながら生きているんですね。決して自分一人で生きているんではないということを今の若者は知ってほしいと思います。また自分一人が不幸だなんて思ってほしくない。社会をうらんだって、人を傷つけたって何にもなりはしない。どんなに苦しくても、自分と向き合って自分を変えていくしかない。最近テレビのニュースを見ながら心の中で叫んでしまうことがあります。
普段、何気なく使っている言葉でも、こうして一秒で言える言葉として並べられると、何か感動します。たった一秒で言える言葉でも立派に人とコミュニケーションを取れることが素敵に思えます。しかし、そのコミュニケーションがなかなか出来ない子どもや人が増えてきているのは、どうすればいいのでしょうか?だからと言って無理やり子どもに挨拶させるのも違う気がします…。一秒の言葉から始まるコミュニケーションというのは今の時代はとても重要だと思いました。
一秒に喜び 一秒に泣く ・・・「1秒ほど」という時間の長さがいろいろな意味を持つことを今日のブログによってあらためて知ることができました。そして「1秒ほど」という時間幅の中で実にいろいろ様々なことが起こることも。1秒の積み重ねが1分になり、また1時間になり、そして1日、1月、1年、さらに1生となる。何だかこうして考えると、「1秒ほど」が途轍もなく大きな意味を持ってきます。目で見た瞬間にわかったり、あるいは大きく思い違いをしたり、あるいは大いなる幸福感をつかんだり、します。「瞬間」=「1秒ほど」。「1秒ほど」で嬉しくなったり、辛くなったり、します。どうせなら「1秒ほど」で楽しくなる、そうした価値意識を持ちたいものです。