富士測候所

 藤原正彦さんは、数学者でもありエッセイストですが、父親は、直木賞作家である新田次郎で、母親は、やはり作家の藤原ていで、姉も家族を書いた小説を発表している咲子です。
父親である新田次郎は、私の先祖の郷里である長野県諏訪郡上諏訪町の少し山側よりの角間新田(かくましんでん)というところの次男として生まれたので、「新田次郎」というペンネームを使っています。彼は、現在の電気通信大学を卒業して、富士山頂測候所に勤務しました。その経験をもとに、富士山の強力の生き様を描いた「強力伝」で直木賞を受賞しています。また、次郎のおじも気象学者の藤原咲平です。
 一昨日、測候所10カ所を9月末で廃止することが発表されました。新田次郎が勤めたことのある富士山測候所をはじめとして、寿都(北海道)、留萌(同)、小名浜(福島県)、西郷(島根県)、米子(鳥取県)、室戸岬(高知県)、屋久島(鹿児島県)、沖永良部(同)、与那国島(沖縄県)です。
富士測候所は、04年には無人化されていますが、この測候所の役目というのは、「目視による雲量や雲の種類などの天気観測、桜の開花状況、生物季節観測など」です。このIT時代に、実際に目で見て計る「目視」ということが行われているのです。そういえば、桜の開花宣言も、人が実際に見て宣言します。地上気象観測では、さまざまな測器や目視観測によって地上付近の気象現象を観測すると定められています。
目視観測される大気現象には次のようなことがあります。まず、「大気水象」という、水滴または氷粒が大気中を落下したり、浮遊したり、地面から風によって吹き上げられたり、あるいは地面または地面に付着している現象があります。こんな難しい言い方をしますが、気象といわれる雨、あられ、雪などは大気水現といいます。
また、「大気じん象」というのは、水滴または氷粒をほとんど含まない主として固体の粒が、大気中に浮遊していたり地面から風によって吹き上げられたりしている現象のことをいいます。今、問題になっている黄砂や煙霧などはこれに含まれます。「大気光象」というのは、太陽または月の光の反射、屈折、回折、干渉によって生じる光学現象のことをいい、虹、日のかさ、月のかさ、彩雲などを指します。「大気電気象」とは、大気中の電気現象のうち、目視または聴音により、観測される現象のことを言い、雷電、雷光、雷鳴などをいいます。
 空を覆う雲の量や、雲の形、その形ごとの雲量、雲の動く向き、雲の高さ、雲の状態などは、やはり機械では判断できません。これらの大気現象と雲の状態によって天気の観測がされます。また、大気現象がない場合は雲の量によって決まり、全天空の1割以下の場合を「快晴」、2割~8割を「晴れ」、9割以上を「曇り」となりますし、見かけ上、上層の雲「巻雲(すじ雲) 、巻積雲(うろこ雲、いわし雲)、巻層雲」の割合が多い場合は「薄曇りと言います。
富士山測候所は平成16年10月1日に常駐観測を終了し、山頂の気象観測は、自動観測となっていますが、これから人が少なくなって大変ですが、人しか出来ないことも多い気がします。

富士測候所” への4件のコメント

  1. 新田次郎は山岳を舞台にした小説を数多く書いています。伝説の登山家加藤文太郎が主人公の「孤高の人」、映画にもなった「八甲田山死の彷徨」「聖職の碑」「アラスカ物語」等々、山岳という過酷な自然環境に勇敢に立ち向かう人間の生きざまをしっかりとした構成力と緻密な描写で生き生きと描いています。好きな作家の一人です。今も手元に読みかけの短編集があります。明治時代の測量技師を描いた「剣岳 点の記」という小説が映画化され、来年公開される予定です。今から楽しみですね。彼の持前の合理精神は数学者の藤原正彦さんに、文学者としての血筋は娘咲子さんに受け継がれているようです。この親にしてこの子ありですか。

  2.  人が実際に見て観測などをする「目視」というのは今の時代から考えると、とても新鮮だと思いました。今はほとんどがITや機械などが観測、処理をしてくれている時代に、人間の目で観測をしている事は、大切なことだと思います。ブログの最後の文章の「人にしか出来ない事」という言葉がとても素敵に感じました。本当に機械の能力が進んでくる時代に人にしかできない事というのを、もっと見つけるべきだと思いました。

  3. 雲の形などによって明日の天気を予想する方法を、子どものころ教えてもらった記憶があります。天気予報の当たる確率が今よりも低かった頃の話ですが、実際に当たるかどうかよりも、自分で推測することにわくわくした覚えがあります。それが今では全て天気予報まかせです。自然の変化には鈍感になってしまっているかもしれません。測候所の仕事も機械にまかせることが増えていくと、自然を見る力がどんどん落ちてきたりするんでしょうか。

  4. 「測候所」の廃止ニュースに、また一つの時代が終わるのだ、との感を深くしました。現在は衛星の時代でしょうから、宇宙からの情報が測候所を無用にしてしまったのかもしれません。「測候所」というところに行ったことはありませんが、有人の「灯台」に行って、手動でライトを操作した経験があります。中学2年の頃でした。船の航行を司る「灯台」とは異なる「灯台」でした。おそらく密漁船を監視するための灯台だったのでしょう。夏の一夜のことでしたが、何だかとても特別な経験をしたことを思い出しました。ところで人目による観測は今日のブログで紹介されていたような有効性が多分にあります。しかも地震直前の「宏観現象」などは人の目が今のところ頼りのようです。さらに使わないと私たち人間の機能はどんどん衰えていくのだ、ということを再認識せざるを得ません。

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