5月病ではありませんが、この時期に「メランコリー」になりそうなときに、喜多条忠作詞、吉田拓郎作曲で、梓みちよさんが歌った歌「メランコリー」にあるように「男はどこかへ 旅立てば それでなんとか 絵になるけれど」という歌詞があります。この時期には、旅に出たくなるのでしょうか。明日の5月16日は「旅の日」です。これは1988年に日本旅のペンクラブが制定したもので、松尾芭蕉の「奥の細道」への旅立ちを記念するものです。
出羽三山のブログで何回か松尾芭蕉を取り上げましたが、彼が「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」と言って江戸を出発したのは元禄2年(1689)の3月27日でした。この日を新暦に換算すると、この年は閏1月があったために2ヶ月もずれこんで5月16日になります。ですから、明日5月16日が出発した日になるのです。
奥の細道の出だしは有名ですが、出発のあたりの文章は知られていません。彼は、どんな気持ちで旅立って行ったのでしょうか。旅立った朝、こんなことを書いています。
「弥生も末の七日、明ぼのゝ空朧々として、月は在明にて光おさまれる物から、不二の嶺幽にみえて、上野・谷中の花の梢、又いつかはと心ぼそし。むつましきかぎりは宵よりつどひて、舟に乗て送る。千じゆと云所にて船をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の泪をそゝぐ。行春や鳥啼魚の目は泪 是を矢立の初として、行道なをすゝまず。人々は途中に立ならびて、後かげのみゆる迄はと見送なるべし。」
まだ空がほんのりと明るくなった朝早く、まだ空にある月がうっすらと富士を照らしているようです。まだ、この頃は江戸から富士が見えたようですが、同じように深川から見渡せる上野や谷中の桜は、もう二度と見ることはできないだろうかと心細くなっているようです。前の日から自分のことを思ってくれている弟子たちが集まり、一緒に千住までの船に乗り込んでくれたようですが、そこで船を下りた瞬間からどうも胸がいっぱいになったようです。そのときに気持ちを「幻のちまたに離別の泪をそゝぐ」と言っていますが、どうも夢心地でありながら、涙が止め処もなく流れ落ちてくるようです。
そして、どうも5月病と同じように、華やかに花が咲き誇り、暖かく希望に満ちた春が去っていくような気がするこの季節に、自分の気持ちを映すかのように、鳥までもわびしさで泣いているように聞こえ、魚も目に涙を光らせているように思われるもののようです。「行春や鳥啼魚の目は泪」と言う句を旅の初めとして足を踏み出したようですが、名残が尽きず、どうもなかなか踏ん切りがつかないようです。その頃の旅に出るというのは、終の別れをするようなものだったのでしょう。自分が旅立つのを、道に立ち並んで見送ってくれるだろうか、姿が見えなくなるまで見送ってくれるだろうかと心配をしています。ずいぶんと正直な人ですね。
江東区芭蕉記念館で9日、松尾芭蕉の生涯を描いた伝記紙芝居を、高木孝さんが上演したことが新聞に掲載されていました。高木さんは、芭蕉が病に苦しみながらも、俳諧の道を究めようと旅を続ける姿に感動して、「死を覚悟してまで俳句の道に身をささげた芭蕉のすごさを、若い世代に伝えたい」と子どもたちに上演を続けているようです。そして、その生き方から、「芭蕉は2400キロにも及ぶ道中を地道に歩いて大作を完成させた。子供たちにも、行動力や努力の大切さを学んでほしい」と言っています。
そんな芭蕉でも、奥の細道の旅立ちのあたりを読んでみると、かなり不安や名残惜しさがあったようで、その人間味になんだかホッとします。
5月16日は「旅の日」なんですね。初めて知りました。旅と旅行というのは一緒かもしれませんが、何か全く別のような気がします。旅というのは目的地も何も決めずに、自分が行きたい方向へ行く感じがします。松尾芭蕉が「奥の細道」への旅立った時でも、何処か行きたい場所があったのかな?と思います。自分の死を覚悟してまで旅に出て、一生涯俳諧へ捧ぐというのが感動しました。最後の最後まで自分がやりたいことを貫き通し、そして「奥の細道」という大作を完成させたのですね。そんな偉人でも旅立ちの時は不安があったとは確かに人間味というのを感じ、安心しました。
松尾芭蕉の出発前の思いを知り、誰でも同じなんだという安心感を覚えました。5月病のようなこの季節特有の感情も昔からあったことなんでしょうね。他の人もそうだから、というわけではありませんが、誰でもこうした思いを持つことを考えると、自分の心が揺れ動くことにあまり神経質にならないほうがいいのかもしれないと思ったりもします。素直に受け入れることも大切なんだろうと、松尾芭蕉が教えてくれているのかも知れません。
松山千春の「旅立ち」という歌が好きで、昔よく歌っていました。
私の瞳が 濡れているのは 涙なんかじゃないわ 泣いたりしない
この日がいつか 来ることなんか 二人が出会った時に 知っていたはず
私のことなど もう気にしないで あなたはあなたの道を 歩いてほしい
大学を出て勤めだした会社にどうしてもなじめず、4年勤めて退社。傷心の思いで生まれ故郷に帰ってきて、これからの人生を考えている時に、松山千春の歌は心の支えでしたね。この歌に刺激されて、旅に出ようと思い立ち、当時乗っていたおんぼろサニーで山口へ。秋芳洞や萩をひとりで旅したのを思い出しました。もうあれから25年になります。無我夢中で生きてきたような気がします。これからもいろんな人との出会いを大切にしながら人生という旅を歩いていこうと思います。松尾芭蕉と関係ない話ですいません。
旅はいいですねぇ。しかも歴史や地理を知っていると十倍・百倍楽しくなります。大げさな言い方ですが、生きていて良かったとさえ思います。松尾芭蕉『奥の細道』との出会いは中学校の国語の教科書でした。高校に進んで古典の授業で今日のブログで紹介された部分を学習しました。懐かしいですね。「前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の泪をそゝぐ。」の部分がお気に入りでした。『奥の細道』の「夏草や」の句に惹かれて平泉へ、「松島や」の句で松島へ、「蝉のこえ」で山寺へ、そして「最上川」の句で酒田へ、と私の旅の誘いとなりました。それにしても実感できることは、いろいろなことに興味関心を持っていると結果として「旅」が楽しくなります。移動の途中で「眠る」ことさえとても勿体ないことだと思います。通過している場所のことに思いを馳せるだけで旅情が深まります。