日本の折り紙は「儀礼折り紙」と「遊戯折り紙」の2種類があります。「紙」という漢字は、もともと絹で作った書写材料を指していたようです。日本語では、「紙」の語源は「樺」とも「簡」ともいわれています。樺の樹皮も、木簡や竹簡も、どちらもそこに書くためのものであり、折るという発想はなかったようです。それが、紙を折りたたむようになったのは、たぶん、紙を使って物を包むようになったからのような気がします。例えば、今日では、帖紙・畳紙といって着物などを包むのに使いますが、平安時代から懐紙や化粧道具などを包むために紙を四角に畳んだのです。また、最近、紙で「垂」「幣束」「形代」などのようにひとがたを作りますが、これらも、もともとは紙で作っていたのではなかったようです。
そんなことを考えると、遊戯折り紙が見られるようになったのは、江戸時代からのようで、浮世絵や、その時代の着物柄に、「折り鶴」や「奴さん」のような折り紙が、描かれています。しかし、その時代に出版された世界最古の折り紙文献といわれている「秘傳千羽鶴折形」は、大人向けに書かれており、今のように子どもの遊戯ではなかったようです。
それが、19世紀の中頃、フリードリッヒ・フレーベルが世界最初の幼稚園を作ったときに、その教育法のなかに、「手技」と呼ばれている遊戯がありますが、その手技の一つが折り紙でした。そのなかは「物品科」「美麗科」「知識科」という三つの範疇に分かれています。普通の折り紙は物品科で扱われ、座布団折りから対称的な模様を折るのは、美麗科で、知識科の折り紙では、簡単な幾何学を教えました。その幼児教育法が日本に取り入れられた際、ヨーロッパの古典折り紙も移入されたのです。反対に、欧米の幼稚園では、日本の古典折り紙を取り入れました。そのときの折り紙のレパートリーが、今日まで伝えられ、伝承折り紙の核になっています。
同時に紙の材質、形が変わってきます。日本では、和紙などを使っていましたが、フレーベル式の折り紙が入ってくることで、片面に色が塗られた正方形の洋紙という形式の折り紙用紙が作られるきっかけになりました。また、「折り紙」という言葉は、「折る」と「紙」とが合わさった言葉であるように、折り紙とは、紙を折ることによって成り立ち、一枚の正方形の紙を糊もはさみも使わずに折るというルールがなんとなくできています。そして、正方形の折り紙用紙さえあれば、ほかに糊など何の道具も使わずにできることが、折り紙の特徴であるともいうことがあります。
しかし、それは大人の世界であり、伝承折り紙の世界であって、子どもは、紙を使って様々な造形活動をすることでいいのではないかと思います。折ったり、切ったり、貼ったり、つないだり、そして創造的にいろいろなものを作り、表現していけばいいと思います。
折り紙は、基本形を折って、それを広げたときの、折り目の位置を示した図を、展開図といいます。いわゆる、図面でいう展開図と同じです。園に、正多面体の展開図が貼られています。その中の正6面体の展開図をある子が真似をして書き写し、さいころを作りました。それを何人かが作っているうちに、そのある面を長くして直方体を作り出しました。そして、それを電車に見立て数日間電車を作るのがはやりました。そのうちにある面を傾斜にしてみた子がいて、新幹線になりました。

それを見た私は感動してその作品を欲しがったので、競ってみんな作り始め、ついに展開図から車を作って私にくれた子がいました。子どもの想像力と、その製作意欲にまたまた感動してしまいました。
正6面体の展開図といえば、確か、小学校高学年で習う内容ですね。藤森先生の園では、あそびの環境として貼ってある展開図から子どもたちの興味が広がって、バスや新幹線、果ては自動車の模型まで作ってしまうのですね。自動車にいたっては大人のペーパークラフトの域に達してますね。おじさんにもなかなか展開図が書けません(笑)。昨日のブログにあった、先生が折り方を一斉に子供たちに教えるやり方では、こんなことは決して起きません。これこそ協同的な学びですね。こんな素晴らしい園で、幼児期を過ごせる園児さんは本当に幸せです。
私が立方体を初めて作ったのは小学校の3年生のサイコロを作りました。それが先生の保育園の子ども達は多面体の展開図の絵を置いておくだけで、作り方を教わったわけでなくサイコロを作り上げ、そして、直方体で電車を作り最後には車を作り上げてしまうとは本当に関心します。先生が言われる「子どもが環境に働きかける」とは、まさにこの事なんですね。先生が何も教えなくても自分から何かを作り上げることができるという力は本当に素晴らしい力だと感じました。明日から、その力を引き出してあげる環境を改めて見直そうと思います。
折り紙遊びは大人のものとして発展していったんですね。それが子どもの遊びとして取り入れられていったことを考えると、ただ決められたように折り方を教えていくだけだとすると、子どもにとっての面白さは十分ではないように思います。折り紙のようなシンプルなものからあれこれ作り上げる楽しさは体験させてあげたいです。
展開図から広がっていった子どもたちの活動はすごいと思います。環境次第で子どもたちはこんなことまでできるんですね。子どもの力を信じなければいけないと思うのと同時に、自分の頭の固さを何とかしなければと思いました。
1枚の正方形の紙からさまざまな形・姿が造作されていく様子はまさに神業です。今の私にはなかなか真似ができません。こんな私でも小学校の3年生頃までは今ほど「不器用」でなかった気がします。いわゆる「図画工作」が得意な分野の一つでした。ところが、人に評価され、その評価がネガティブなものであるともう駄目でした。小学校の高学年以降はもはや「製作」にはほぼ関心を示すことがなく、能動的に何かをやることが極端に減っていったと記憶しています。従って、与えられたモノコトを卆なくこなすことはできても、人に感動してもらったり喜んでもらったりすることがなくなりました。今回写真で紹介されている作品の製作者諸氏は幸いです。相当自信がもてたはずです。殊に「自動車」製作の子どもは前の園では「しゃべらない子」として特に強調されていました。今では、私が近くに行っただけでいろいろなことを話してくれます。