土曜日に、成田で講演がありました。迎えに来た車を駐車した場所が成田山表参道の一番奥でしたので、そこに行くまでずっと参道を歩いて行きました。その参道に軒を連ねる飲食店のほとんどが「うなぎ」を出しています。そして、うなぎを店頭でさばいている老舗らしい店も何軒かあります。ですから、午後からの講演の前に昼食にうなぎを食べることにしました。こんなに成田にうなぎ屋があるのは、この地が利根川と印旗沼に挟まれていて、最近は取れないようですが、昭和初期の漁業暦には、一年を通して「うなぎ」が獲れたと記してあるように、昔はずいぶんとうなぎが取れたようです。
また、平成20年は、成田山開基1070年の勝縁の年に当たるということで、そののぼりがあちこちに立っていましたが、この成田山新勝寺への参詣客が増えていった元禄年間と、ちょうどうなぎを食べる習慣が広まったのと相まって、成田といえばうなぎということになっていったようです。
うなぎといえば、「土用の丑の日」を思い浮かべますが、その日は、土用の間で日の十二支が丑である日のことをさし、今年は7月24日と8月5日です。この日のことに関して、天野祐吉氏は、広告批評についてこんな例を出しています。
「放っておくと暴力になりかねないような広告が、消費者に役立つ面白いものであってほしい。そういうことを見張るジャーナリズムとして広告批評を創刊したわけです。当時はやはり『広告の批評なんて成り立たないだろう』『金をとってスポンサーがやっている仕事を批評するなんて意味がないんじゃないか』と言われました。でも、表現という部分をとれば、批評は成り立つわけです。例えば、うなぎをもっと売るために、平賀源内さんが『土用丑の日にうなぎを食べると夏バテしない』というアイデアを考えた。それはすごいクリエイティブでしょう。うなぎ屋さんの存在とは関係なく、それ自体がすばらしい表現なのかつまらないのかというのは批評の対象になり得るはず。そういうふうに僕は思っていたし、曲がりなりにも広告の批評が成立するんだなということを分かってもらえたことで、この雑誌の役割がかなり果たせたと思っているんです」
ここに出されている広告の例は、200年以上経った今でも、土用丑の日にうなぎを食べる習慣が継承されているということで、日本の広告史上に残る成功例としてよく取り上げられます。
江戸時代、商売がうまく行かない鰻屋が平賀源内の所に相談に行ったところ、源内は、「丑の日に『う』の字が附く物を食べると夏負けしない」という民間伝承からヒントを得て、「本日丑の日」と書いて店先に貼ることを勧めました。すると、物知りとして有名な源内の言うことなら本当だろうということで、その鰻屋は大変繁盛したので、その後、他の鰻屋もそれを真似るようになり、土用の丑の日に鰻を食べる風習が定着したというものです。このように、平賀源内は「名コピーライター」としても才能を発揮したようです。他にも、歯磨きや餅菓子の宣伝文を書いた「引札」(チラシ広告の原形)が残っているそうです。
バレンタインの日にチョコを送る習慣にしても、丑の日にうなぎを食べる習慣も、広告のおかげというか、広告による大衆操作がうまくいった例かもしれません。それらの広告をきちんと批評できるようになりたいものです。
平賀源内は、讃岐国寒川郡志度浦(現在の香川県さぬき市志度)の生まれで、当県が生んだ最大の歴史上の人物です。彼の後には、「あ~う~」で有名な大平首相しかいません(笑)エレキテルの発明者ということは知っていましたが、「土用丑の日にウナギを食べる」ことを初めて言いだしたんですね。調べてみると、明和6年には日本初のCMソングの歯磨き粉『漱石膏』の作詞作曲を手がけたとあります。昭和46年ごろに、NHKで彼を主人公にした『天下御免』という面白い番組があったのを思い出しました。脚本が早坂暁、主演が山口崇、杉田玄白役は在りし日の坂本九さんでした。このころのテレビ番組には、心に残る名作が多いですね。
バレンタインデーのチョコレートが企業の戦略というのは知っていましたが、土用の丑の日のうなぎも同じだったとは知りませんでした。ちょっと驚きました。ここまでの習慣を作ってしまう広告の力はすごいですね。広告の力というより、表現の力と言ったほうがいいのかもしれません。あることを伝えるときに、どんな言葉を選ぶかによって響き方は違ってきます。身のまわりにある広告の表現や取り上げ方、訴え方からも、学べることはいろいろありそうです。
どうして土用の丑の日にはうなぎを食べるのか?不思議に思っていました。その前に土用の丑の日はどうやって分かるのかも知りませんでした。ですが、「土用の丑の日にはうなぎを食べる」というのは、スーパーや魚屋などに張り紙が張ってあったりと広告から自然と土用の丑の日にはうなぎを食べるという習慣が身についてきたのですね。そう考えると広告の大衆操作によって、今では普通の事や、流行っていたりするのも誰かの広告のせいなのかもしれないのですね。
広告に操作されることはよくあることですね。テレビのCMを見ては「買ってみようかな」と思うモノも結構あります。コンシューマーリズムに毒されている自分を発見してぞっとします。もっとも、気がつけば、反省して次からやめよう、と思うこともありますが、気がつかずに、自分の中で当たり前と思いこんでしまっていることもあるようです。「土用の丑の日」に「うなぎ」ということについても平賀源内さんのアイディアであったとは驚きです。このブログを読むまでは、鰻と土用丑日とは古来から関係があり、おそらく神代の昔から滋養強壮の夏バテ対策みたいなことがその背景にあるのだろう、くらいに思っていました。「広告」とは恐れ入りました。