今年の朝日新聞東京本社発行1月1日付朝刊に2030年のある家庭の会話が掲載されていました。
「55歳おめでとう。あと定年まで10年だね」。朝食のテーブルで誠(55)は妻の陽子(56)と、長男の翔(しょう)(23)に祝福された。誠と陽子は団塊世代を親に持つ団塊ジュニアだ。「とにかく健康が一番ですよ」。誠の母で、入居中の有料老人ホームから遊びに来た幸子(83)も声をかける。生活習慣病予防の健診を受け、律義に医師の指導を守ってきたかいがあり、大きな病気はしていない。「病院の窓口負担は、あなたたちと同じ3割になった。これで病気になったら、ただでさえ色々と天引きされて少ない年金がなくなってしまうからね」と元気そのものだ。
誠の勤める製薬会社は、60歳だった定年を65歳に引き上げた。その後も嘱託やパートで働ける。地価も下がり、夢だった都内で3階建ての庭付き住宅も買えた。「35年の住宅ローンの返済もそれほど負担ではないな」と誠は感じている。「野菜サラダどう?レタスとトマトが新鮮でしょ」。陽子がほほえむ。農業に携わる人が高齢化し、耕作が放棄された農地が増えた。野菜は空洞化が進んだ都心のオフィスでも作られている。照明は発光ダイオード(LED)、室温や肥料もハイテク管理で、水耕栽培で育てる。
看護師の陽子が「うちの病院ではフィリピンの看護師が増えたわ」と話を切り出した。「そういえば、翔のベビーシッターもフィリピン人に頼んだこともあったね」と誠。「私の住んでいるホームでも、たくさん働いているわ」と幸子が相づちを打った。
朝食後、掃除ロボットで部屋を片づけ、留守番ロボットをセットして2人は職場に向かった。介護施設の見守りロボット、企業の受付や店舗で案内ロボット……人手不足を補うため、サービスロボットが大活躍だ。誠のオフィスは都心にある。新入社員時代は通勤ラッシュに悩まされたが、最近は電車の混雑もそれほどでもなく、座って新聞を読める日もある。翔は大学院へ向かった。電車の窓から、昔、通った幼稚園と保育園が一体化した総合施設が見える。「おふくろが迎えに来るのは、延長保育が終わる夜8時15分ぎりぎりだったな」。街の景色を見ながら、思い出が頭をよぎる。
小学校は自宅から5キロも離れていた。子供の数が減り、統廃合が進んだためだ。当時、30代前半でフリーターだった叔父が毎日、車で送り迎えしてくれた。「おれが大学生の頃は不景気で、就職できなかった。でも、組織に縛られない自由な生活もいいもんだぞ」と何度も聞かされた。
何年か前に鉄腕アトムのいる未来が予測されました。その時代が現実的に訪れ、その通りになったことと、そうではないことがあります。この記事の中で、何が本当になるでしょうか。今日の朝日新聞に、以前ブログでも書いた私の園で実験している水耕栽培の記事が掲載されました。いくら土があっても、その土を耕す人がいなくなったり、その土に生息する菌に人が弱くなり、農薬を大量に使うようになったりといろいろな問題が起きてきます。また、保育園、幼稚園も変わりつつあります。しかし、子どもに関する変化を、ただ、合理的とか、経済的とかいうことだけで行ってはいけないでしょう。
2030年には本当にこの会話のような世の中になるのか?と考えると案外そうなる気もします。ロボットに関しては二足歩行ができるロボットも開発されていますし、野菜も水耕栽培が広がれば場所はどこでもできます。野菜に関して逆に考えれば人の手によって丁寧に土で栽培された野菜が希少価値が高くなったりする気もします。2030年になれば保育園、幼稚園も今と比べたら色々な面で変わっていくかもしれませんが。少なくとも子どもの事を優先的に考えた変化をして欲しいです。
2030年の会話をこうして想像するのもおもしろいですね。なんだかさみしくなってしまう内容もありますが、逆に今の自分のすべきことを確認できたような気もしてよかったとも思います。大きなことは変えられないかもしれませんが、これからを作っていくのは自分の行動ひとつひとつだと考えると、結局は自分次第だと思えてきます。できることをひとつずつ確実にというスタンスを崩さずに進んでいこうと思います。
2030年といえば、あと22年後の話ですね。今、保育園でいる子どもたちはみんな成人しているはずです。みんな幸せであってほしいですね。最近読んだ「平等社会フィンランドが育む未来型学力」に、『今から15~20年後に、社会の一員としても個人としても責任のある行動をとれる若者を、現在、フィンランドでは育てているのです。』とありました。しっかり未来を見据えてますね。また『現在の教育制度によって得られる結果は、早くても15年先になってやっと分析できるであろう』とも書かれています。つまり、PISA世界一の今の成果は、15年前の教育に遠因があるということになります。国を挙げて、予算も惜しまず、時間をかけて、教育の改革に取り組むフィンランドに学ぶことは多いようです。
2030年・・・もし生きているとしたら云才。今回紹介された2030年の家族の会話、案外当たっているかもしれないと思いました。老境に至るであろう自分たちのこともさることながら、小学一年生のわが子やその友だちがどんな風になっているのかとても興味をそそられます。30歳を目前にしてどんな夢を将来に描いているのだろうか、と楽しみになります。夢を追いながら歩一歩ずつ歩んでいるなら親としてこの上ない喜びです。そして老境にいる私自身も10年20年後を息子に語ることができれば、これ以上のことはありません。やりたいことが常にあり、その時々の未来に向かって進む。そして個々の夢や希望をみんなで祝福しあう、そうした社会を実現させたいものです。