黒石

 私は、最近いろいろなもので「黒い」色のものを見ると反応してしまいます。先日訪れた那智では、いたるところの看板に「那智黒」と書かれているのを見かけます。この黒いものはなんだろうかと思っていると、それは碁石をかたどった「黒あめ」でした。
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この那智黒は、100年の伝統を受け継ぐ独自の製法で、昔ながらの味です。奄美群島徳之島で栽培された良質のサトウキビの絞り汁を直火で炊き上げているそうです。
 では、この地でどうして「碁石」をかたどった黒いあめなのかというと、この地方で「那智黒石」という多量の炭素を含んだ黒色硅質頁岩が取れるからです。この石は、わが国でも屈指の銘石のひとつに数えられています。よく「試金石」という言葉が使われますが、この意味は、「金の品位、真贋を試すために用いた条痕板。俗に那智黒と呼ばれる黒く硬い石が使われ、これにすりつけて条痕を調べる。」ということで、現在では、人物や物事の真価を問うことになるような試練をさすようになっています。このように那智黒石は古くから、この試金石として最良のものだったのです。
熊野三山は、平安の末期、仏法が衰えて社会は乱れ、世は末世と考えられ、人々は争って西方浄土に往生することを願った末法思想が起こります。そして熊野詣が盛んになるのですが、そこに行ったという証として、その黒石をもって帰ったり、山脈に露出した熊野の山岳に似た黒石を掘り出し、持ち帰った石に往生の念仏を念じ、手ですりあわせ磨いているうちに光沢が出てくるので、そこに「極楽世界」を思い描いたようで、その石のことが人々の口から口へと伝言でつたわり、いつのまにか那智黒石と言われるようになったそうです。いま、那智黒石は碁石の黒石、硯、床置石、装飾品、那智黒成型品などに加工され、伝統的な工芸品として販売されています。
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 石というと宝石を思い浮かべますので、色や形がきれいなものが大切にされがちですが、もともと大切な石は黒い色をしていました。鉄鉱石と石炭を混ぜて加熱すると、鉄ができます。この鉄は、鉄器として古代から利用されていましたし、機械や建築を支えたのも鉄でしたし、現代においても、鉄やその化合物は、いまだに大量に使われています。
また、近代産業革命は、黒光りする鉄で作られた蒸気機関車と、その燃料であるやはり黒光りする石炭が主役でした。私が小学生のころ、教室のストーブのために石炭係が石炭を教室まで運んだのですが、そのときの黒光りは忘れられません。今でも石炭は産業上でも重要な位置を占め、エネルギー源としてだけでなく、化学原料としても使われています。このように鉄にしても石炭にしても黒い石は、ずっと昔から現代に至るまで、人間の文明を支えてきた存在といえます。
 そのほかにも、魅力的な黒い石があります。それは、オブシディアン(黒曜石)です。この石は、火山の回りにある、天然ガラスでできた岩石で、色々な成分が混在しているため、黒色ないし灰黒色です。そして割ると鋭利な割れ目を得やすいので、先史時代から世界各地でナイフや矢じり、槍の穂先などの石器として長く使用され、日本でも後期旧石器時代から使われていました。そして、黒曜石は特定の産地からしか取れず、その成分的な特徴から古代の交易ルートが推測できます。
 宝石は、綺麗な色だけではないのですね。