2008年04月29日 [講演先にて]
出羽三山
羽黒山参道には、「奥の細道」には書かれていないいくつかのシンボル的な場所があります。
宿坊が立ち並ぶ道から随神門をくぐると、2446段の石段からなる参道に入ります。
その道の両脇には、樹齢300年から600年の老杉が鬱蒼と繁っています。その杉並木を歩いていくと突き当たるのが、シンボル的存在の「爺杉」です。
推定樹齢は1000年を超え圧倒的迫力があります。周囲11m50cm、樹高は48mを越える羽黒山内一の巨木で、国の天然記念物に指定されています。以前は同様の老杉、婆杉と並んでいたそうですが、今は、台風で失われてしまって、現在は爺杉のみとなっています。
その手前を右に折れて少し行くと、今度は「神橋」を渡ったところに、わずかな流れですが「原賀の滝」が見えてきます。修験場には、身を打たせる滝があることが多いのですが、この滝はどうも打たせるほどの水の流れではありませんが、かつては激しかったのでしょうか。一の坂の上り口である杉並木の中に、とても美しい姿を現したものが、東北地方では最古の塔といわれ、創建は平安中期、平将門の建立と伝えられていますが、定かではないようです。
純和様の伝統的な手法を厳格に守った素木造りの外観が特徴となっていて、古式の技法を伝える中世五重塔の代表的な例です。出羽三山(羽黒山、月山、湯殿山)では、奈良時代後期より月山神を奉じ、平安から鎌倉にかけて盛んとなった神を仏の仮の姿とする本地垂迹思想により神仏習合の修験道(教団)が成立しました。明治の神仏分離令(廃仏毀釈)により多くの堂舎が破壊されましたが、この五重塔は破壊を免れています。現在は出羽三山神社が奉戴し仏塔ではあるのですが、祭神を祀っています。
出羽三山のうち羽黒山のほか月山には、8日に芭蕉は登っています。「木綿しめ身に引かけ、宝冠に頭を包、強力と云ものに道びかれて、雲霧山気の中に氷雪を踏てのぼる事八里、更に日月行道の雲関に入かとあやしまれ、息絶身こゞえて頂上に至れば、日没て月顕る。」
この登るときに首に巻いていた「木綿注連」を、今週の日曜日にたまたま深川にある芭蕉記念館に展示されているのを見ることが出来ました。
月山は、今でも夏にスキーが出来る山として有名ですが、7月に芭蕉が登った時にも「氷雪を踏んで八里ばかり登れば」とあるように雪があったようです。私もこのあいだ羽黒山に登ったときにも、周りにはずいぶんと雪が残っていました。
そして、次の日、芭蕉は三山のもうひとつの湯殿山の方へ下っています。
「谷の傍に鍛治小屋と云有。此国の鍛治、霊水を撰て爰に潔斎して劔を打、終月山と銘を切て世に賞せらる。彼龍泉に剣を淬とかや。干将・莫耶のむかしをしたふ。道に堪能の執あさからぬ事しられたり。」(谷の傍らに鍛冶小屋というのがある。この国の刀鍛冶である月山という人が、霊験あらたかな水をここに選び、身を清めて剣を打ち、ついに「月山」と銘を刻んで世にもてはやされた。これは、中国のかの龍泉の水で鍛錬したというのに通じるものだろうか。その昔、名剣を作り上げた干将と妻の莫耶の故事を慕うものである。熟達した技を身につけるには、それに深くこだわることが大切と知られたことである。)
良い剣や刀は、良い水が必要なようです。そして、そのこだわりがプロなのでしょう。
投稿者 fujimori : 2008年04月29日 23:31
コメント
以前、鳥取の大山に登った時に、麓の大山寺の中に神社があって、とても不思議に思ったことがありますが、あれが神仏習合の名残だったのですね。そういえば立山もそうでした。外来の宗教であった仏教が、なぜ土着の信仰と結びついたのかとても興味がありますが、その事はまた藤森先生に教えていただくこととして・・。芭蕉の月山登山のくだりは、当時の山登りの様子が垣間見えておもしろいですね。修験者の衣装に身をまとい、ポーターを伴って、雪渓も踏み越えて、息も絶え絶えになって頂上へたどりついた苦労がしのばれます。『雲の峯 幾つ崩て 月の山』
投稿者 yamaya49 : 2008年04月30日 17:52
五重塔は存在感がありますね。いつも思うのですが、このブログに載せられる写真はとてもきれいです。行ってみたい、実際に見てみたいと思わされます。
剣や刀を作るのに水が影響するということには興味がわきました。どんな水でも良さそうで水の質が剣の質に影響するとは考えたことはありませんでしたが、言われるように、このこだわりが大切なんでしょうね。知らない人からすれば、なぜそんなことにこだわるのか?と思えるようなものまでこだわること、こだわり続けることから見えてくるものもあるんだろうと思いました。
投稿者 あいやま : 2008年04月30日 22:20
写真掲載の「素木造りの五重塔」は実に見事です。近くまで行ったことがありますが、この塔は見ずじまいでした。「五重塔」は仏教の「仏塔」から来ているのですが、神仏混合のゆえに明治初期の廃仏毀釈では「神」を祭ることによってその難を逃れられた。まさに本地垂迹、八百万の神々の国日本ならでは、です。多神教であるがゆえに、最悪の事態を免れる。どうやら私たちはそうした生き方が自然のようです。近視眼的にモノを見たり、原理主義的にコトを捉えると「不自然」です。ファジィーさは私たち日本人の十八番と言えるでしょう。ところで近年は月山山麓に高速道路トンネルが通っています。昔の人の視点からするとご神体である山に穴を開けるわけですから驚きの対象となるかもしれませんが、おそらく「ファジィーさ」によってやがて受け入れられるのでしょうが。
投稿者 toshi0402 : 2008年05月06日 20:45