帆船

 今日、長崎から帰る前に、大型帆船が集う「2008長崎帆船まつり」を見に行きました。24日から28日まで長崎市の長崎港で開かれています。この祭りは、2000年から毎年開催されているそうですが、今年は、独立行政法人航海訓練所の練習船で、日本最大の帆船「日本丸」(全長約110メートル、2570トン)と「海王丸」(同約110メートル、2876トン)や、韓国国際海洋都市研究院所属の「コリアナ」(135トン)など計6隻が参加しています。
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昨日のテレビでは、長崎市の観光船「飛帆(フェイファン)」を先頭に、女神大橋をくぐって6隻が一列に入港する「入港パレード」が何度も放送されていました。
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 帆船といえば、私がすぐに思い出すのは、フック船長が乗っていて、その船のマストの上でピーターパンと戦う姿です。
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それを思い出したのは、先日テレビで実写版のピーターパンを放送していたからかもしれません。このフック船長の乗っている帆船は、ディズニーのアニメでは、最後のシーンで空を飛んでいく姿が描かれていましたが、ディズニーランドでは、それをモチーフにしたアトラクションに人気があります。2人乗りの空飛ぶ海賊船に乗って、子ども部屋の窓から飛び出し、ロンドンの夜の空を飛び、ネバーランドへ行くのです。
帆船とは「帆」に風を受けて推進力とする船のことで、当然船の歴史の中では古くから乗られています。すでに紀元前3000~4000年ごろには、エジプトのナイル川では、すでに帆をつけた川舟が登場していました。帆に風を受けて走るので、ナイル川周辺では、風はほぼ一年中、川上に向かって吹いているために、川を上るときには帆を張り、川下へ行くときは帆をおろして川の流れにまかせて走ったのでしょう。
 日本のお隣の中国でも1000年以上前に平たい船底を持った「ジャンク」と呼ばれる船が開発されました。このジャンク船は、西洋より何世紀も前に舵や当て木のついた帆を持っていました。この竹で補強された帆は平らな形をたもつことができ、強風のときは帆の一部を簡単に折りたたむこともできるものでした。
日本でも3~5世紀には、すでに簡単な帆が使用されていたようですが、本格的に帆が用いられるようになったのは7~9世紀(奈良時代~平安時代)にかけて中国へ渡った「遣唐使船」からのようです。この船は、2本のマストを持つ中国のジャンク船型の帆船でした。当初の遣唐使船は、全長20~25m、おおよそ100tあまりの船でしたので、今回姿を見せている日本丸に比べると、5分の一くらいの長さで、重さはなんと25分の一にしかなりませんので、さぞかし頼りなかったでしょうね。しかも、潮流や風向きを利用して進む帆船でありながら、当時は航海に際して季節風を知らなかったり、航海術も未熟だったために、多くの遭難船を出しました。ですから、はじめのころは、1隻か2隻の帆船で渡海していましたが、どれか1隻でも中国に着くようにということで、8世紀にはいると4隻で行っています。この時代の遣唐使のうち全ての船が往復できたのは、なんとたった一回だけという遭難率だったそうです。また、奈良朝、平安朝の時代に遣唐使船は18回出港していますが、無事任務を果たして帰ってきたのはたったの8回だと言われています。
今回停泊している帆船は、通常は外洋での走帆訓練の時しか帆を広げた姿は見られませんが、日本丸や海王丸ほどの大きさになると、帆の数は36枚にもなり、帆を広げた帆船は迫力満点で、とても美しい姿です。しかし、その美しさの影に、悲しい歴史の経過を含んでいます。
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帆船” への4件のコメント

  1. 帆をはって優雅に進む帆船は、スケールも大きく力強さを感じるため見ていてわくわくしてきます。でもその歴史は決して優雅なだけではないんですね。何度も失敗を繰り返し今の帆船があると考えると、少し見方が変わります。多くの遭難船を出しながらも航海を続けた人たちの目指したものや思い、それがあったからこそ様々な進歩があったことを考えると、なんだか人事とは思えないところもあります。深い思いが知恵を生み、そして時代を動かしてきたんでしょうね。

  2. 今日の新聞に平成の大修理が進む唐招提寺で、修復を終えた天平の甍が姿を現したという記事がありました。「天平の甍」と言えば、井上靖の小説で有名です。日本から中国に渡った青年僧侶や、戒律を広めるために、苦難の末に日本にたどり着いた鑑真の物語ですね。今なら、海外の新しい情報は、ネットを使えばたちどころに手に入りますが、8世紀の当時は中国に渡るだけでも命がけだったんですね。それでも彼らは、祖国のために勇敢に東シナ海に乗り出して行った。大陸に渡ったとしても帰れる保証もなしにです。『人が人である以上、単なる個人的な幸福を超えた、より大きな理想のためにその人生をかけようと決意する者たちは、昔から存在したし、今も存在するし、未来にもきっと現れてくることだろう。そして、その大部分は理想の実現半ばで力尽き、倒れていくことだろう。だが、彼らの行為は別の者に受け継がれ、どれだけ長い年月をかけようと、いつかは必ず思いは叶う』ー青年僧戒融のこの言葉をかみしめる思いで読みました。「小我」ではなく「大我」に生きる人生をと決意しています。

  3.  帆船は一度だけ見た覚えがあります。その時は幼かったのではっきりとは覚えていないのが残念です。帆船と言って瞬時に思い浮かんだのは海賊船です。映画で話題になった「パイレーツ・オブ・カリビアン」で大きな真っ黒な帆に風を受けて進んでいく姿がとてもかっこ良かったです。
     そんな帆船も今では美しく立派ですが、完成するまでに多くの苦労や犠牲があったとは初めて知りました。そんな大変な苦労や多くの犠牲を抱えている現在の帆船は頑丈でちょとやそっとでの事では動じず、そして帆をはった立派な姿をたくさんの人達に見せて感動を与えていくのですね。

  4. 「帆船まつり」、さぞかし壮観、圧巻、迫力満点のイベントだったことでしょう。私もいつか実際の「まつり」を観てみたいと思いました。実家にある世界の帆船の写真が載っている月めくりカレンダーのことやそのカレンダーを毎年下さる水道工事屋さんのことを思い出しました。ところで公開練習船「日本丸」は田舎にいた時停泊中の船内を見せてもらったことがあります。船内は見せて頂いたのですが、残念ながら帆は張られておりませんでした。今回のブログに掲載されている「日本丸」の全ての帆を張った航行の壮大な様を見てみたいものです。「日本丸」でさらに思い出すことは横浜港に停泊している「日本丸」です。そしてその停泊地にある「日本丸メモリアルパーク」の研修会場で藤森先生と初めてお会いすることができました。かれこれ7年前のことになります。

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