今日は、今年度の園の植栽計画について話し合いました。今年の取り組みのひとつは、以前のブログで紹介した外壁の活用です。昨年度一番下の段の活用で、睡蓮を浮かべ、めだかを泳がせました。そのおかげで、地域からはめだかのいる園ということで様々な人がその前でコミュニケーションを取り合っています。今年は、2段目の活用です。そこを田んぼにしようと思っています。幸い湧き水が出ているので、その湧き水を田んぼに流し、そこからあふれた水をめだかの池に流すという計画です。来月田んぼに土を入れ、田植えを行います。そのときは、また報告します。
次に、やはり湧き水を利用して、玄関脇に「ししおどし」を作ることです。水の流れを音によって感じようということです。西洋の庭園は、水の流れをせき止め、静かな水面にして、そこに白鳥が泳ぐというように、人工的なものを感じます。西洋の庭園につき物の噴水も、水は上から下に流れるという自然に逆らって、下から上に吹き上げさせることで、美を感じていたようです。このような噴水は、日本庭園には余り見かけません。
以前のブログでは、日本庭園における「石」の効用を何回か書きましたが、「水」も日本庭園には欠かせないものです。庭園における水には、かなり思いを入れていて、それは西洋庭園には見ないものです。日本では、庭をつくるときには木より花より、どこに水を置くかに腐心します。そして、その水の扱いは、人工的に見せるのではなく、あくまでも自然をあらわそうとしました。急流・緩流・せせらぎなどの渓谷風景などから、淀・渚・吹き上げなど妙味のある変化をつけます。水の流れも、その途中は屈曲し、山や樹木で見え隠れするように流れるような工夫をします。また、その流れの水源は、あたかも湧き水のように、石の間から湧き出る泉のようにしたものや、深い渓谷から流れ出た水が滝となって落ちるように見せたり、谷間の灌木の下から流れ出したように見せるなど風情たっぷりに造ります。
坪庭や、個人の小さな庭では、筧の落口を蹲踞(つくばい)に落とし、その水があふれて玉石の間を流れ去るようにしたり、また手水鉢の底の穴から水を湧きあがらせて、その穴を栗石で隠し水の淀む風情にも造ったりします。そのひとつの方法である竹筒から流れる水をししおどしで受け、それを手水鉢に流し込み、その窪んだ所からあふれた水を玉石の間を細く流れていくように園で計画しているのです。
日本の庭には水を置こうとする欲求には強いものがあります。それは、日本では農耕民族ということもあって、水の大切さを古くから知っているからかもしれません。そして、水があるところには、苔がむし、草が生え、木が生えるというように生命が息づいてくるからです。ですから、日本庭園はもともとビオトープなのです。それは、生きる物の場所で、そのために自然の風を尊び、作りすぎを嫌います。そして、その庭は季節によって変化し、その庭から季節を感じるように水をたたえ、石を配し、樹を植え、足元には苔や草が覆っています。それはまさに日本の風景です。
同時に、日本庭園は、水の流れから音も楽しむように工夫されています。「せせらぎ」も音を意味し、「ししおどし」や「水琴窟」などは、水の流れを音で楽しみます。
園で計画している水の流れは、玄関脇の目立たない場所ですので、音によって感じてもらおうと思っています。庭園というものは、その作者の意図を知ると、さらに庭の美しさを感じられるものです。
日本庭園は「石」も必要ですが、「水」もとても大事ですね。私も「ししおどし」の音はとても大好きです。本当に見ていても聞いていても心が落ち着きます。それを園に置くのは驚きですね。子どもにもとても良い影響だと思います。
子どもの為の園の環境設定というのは、先生の園で目立たない場所に日本庭園を作っても、子どもにはとても興味が出ると思いますし、それが何か?と自然に親や先生に聞くと思います。それが環境設定だと思いました。先生から無理やりに何かを教えるのではなく、子どもが園の環境に興味を持ち、それを子どもが調べたり聞いたりする事が大事な事だと思います。それにしても「ししおどし」を保育園に置かれるのは本当に素晴らしいと思いました。
新宿せいが保育園を見学させていただいた時に、一番驚いたのが子供たちがせいがの森に比べてより自由闊達に遊びを楽しんでいるということ、そして保育環境に日本文化のテイストを積極的に取り入れているという点でした。自然との共生を考えてビオトープを作られたのがせいがの森なら、新宿せいがの「ししおどしの庭園」には子供たちに日本文化を大事にしてほしいという願いが込められているのですね。竹筒がカッポンと音を立てながら水を流す様子を見て、子供たちはどんな会話をするんだろうと想像すると楽しくなります。国際人の条件は、英語が堪能なことだけでなく、教養として日本の固有の文化を体現できることのような気がします。
湧き水があるのはいいですね。そこにあるものを自然な形で活用するのは当たり前のことのようで、つい忘れてしまいがちです。その場所ならではの庭造りを心がけたいものです。
先日園庭にほんのわずかですが水が登場しました。水があるだけでなんとなく雰囲気が変わります。「水があるところには、苔がむし、草が生え、木が生えるというように生命が息づいてくるからです。」とあるように、植物が育ち、生き物が集まり、それを子どもたちが楽しめるように、第2第3の計画を楽しみながら進めていきたいと思います。
手水鉢に水の重さで竹筒が振り落ち、石と竹筒から自然の音が醸し出される。一体どんな音になるのでしょうか、今からとても楽しみです。園の裏側にある「おとめやま公園」はそれ自体が「ビオトープ」です。子どもたちはお散歩の中でそのビオトープを体験します。園には「庭園」。「園庭」は保育園・幼稚園には当たり前ですが、「ししおどし」のある「庭園」は子どもたちの興味関心の地平を広げる可能性を帯びています。「めだかの保育園」がやがて「田んぼの保育園」、そして「ししおどしの保育園」として地域の皆さんに親しんでもらえるだろうことが今から期待できますね。おとめやま公園の「蛍」と呼応するかのごとく地域の風物詩として「新宿せいが保育園」が存在することはとりもなおさず次代を担う乳幼児の可能性の領野を広げることに繋がります。
教えて下さい。
この度小さな庭ですが造り直す事にしましたが、業者からの提案で自然石を細工した所に「水」を溜めるのと流す計画が有りますが、時折「庭には水は良くない!」との話を耳にしますが、何故悪いのでしょうか?
悪いと言われて居る物を、無理して入れることもないと思い、お尋ねします。
2008.07.15