2008年03月09日 [近頃思うこと]
マガジン
週刊少年サンデーで夢中になった漫画に、忍者ものがありました。作者は三国志などで有名な横山光輝氏で、「伊賀の影丸」「仮面の忍者赤影(飛騨の赤影)」白土三平氏の「カムイ外伝」「サスケ」などです。
野球物では、古いところでは、寺田ヒロオ氏の「スポーツマン金太郎」は創刊号から連載されました。オトギ村の金太郎少年と桃太郎少年がプロ野球に入団して活躍する物語で、金太郎はジャイアンツで桃太郎はライオンズに入団します。同じ寺田さんの作品に「背番号0」がありますが、これは、野球が好きで心優しい少年、ゼロくんと妹のキミ子ちゃん、それにゼロくんの友達の活躍を描いた作品です。これら寺田さんの作品は、基本的にはほのぼのしたストーリーで、スポーツ少年達の生活や友情を一貫して描いています。他に水島新司氏の「一球さん」「男どアホウ甲子園」、あの「巨人の星」を描いた川崎のぼる氏がレスリングの世界を描いた「アニマル1(ワン)」がありました。
当時、どの子どもたちもあこがれ、夢中になったヒーローがいました。「少年ケニア」、「スーパージェッター」「ローンレンジャー」「赤胴鈴之助」などです。そのほか、ナンセンス物として、「おらぁグズラだど」「がんばれ!ロボコン」などは懐かしいですね。「今は大御所となった漫画家の初期の作品が掲載されています。「冒険ガボテン島」は、テレビ放送もされましたが、無人島に漂着した少年少女たちが、その島を「ガボテン島」と名づけ、厳しい環境の中で懸命に生きる姿を描いていました。
一方、週刊少年マガジンは、やはり1959年、講談社から発行されました。この創刊号の表紙を飾ったのは大相撲の横綱朝潮です。創刊当時の定価は、40円で、途中で30円に値下げされました。初期のころのキャッチコピーは「ゆめと希望の少年マガジン」のように、少年のものでした。そのなかで、「エイトマン」「ちかいの魔球」「紫電改のタカ」「サイボーグ009」がありました。そして、1965年の「ハリスの旋風」を皮切りに2大スポコン「巨人の星」と「あしたのジョー」がはじまりました。またマガジンは、ちょうど私の年齢が上がってきて、ほのぼの系よりも、ちょっときつめのほうが面白くなってきたころ「キッカイくん」「アシュラ」「ワル」などの問題作が連載されはじめました。また、スポコンに代わって、「空手バカ一代」「おれは鉄兵」「釣りキチ三平」などがスタートしました。
この中で、「紫電改のタカ」は、ちばてつや氏の作品です。珍しく戦場漫画でしたが、当時の多くの子ども心をつかんで、人気作品となりました。主人公は日本帝国海軍の青年パイロットです。彼は、新戦法をあみだし、撃墜王となっていきますが、終戦を目前にして特攻隊員として出撃してゆく姿を描いています。当時は夢中になりましたが、1963年から1年半の連載で、戦後20年余りもたった時代としては、今考えると、随分と古臭いテーマでしたが、戦争の中で生きる若者たちの苦痛や苦悩を描き出されていて、戦争を考えるきっかけにもなりました。
サンデーにしても、マガジンにしても、「当時の子どもに夢と希望と、豊かな心を育てた」などというとなんだか“くさい”ようですが、本当にそういう感じでした。今は、そのような言葉は“死語”になってしまったのでしょうか。
投稿者 fujimori : 2008年03月09日 23:17
コメント
初めて聞く漫画が多くあります。その中でいくつか知っている漫画もありますが、中でも「仮面の忍者赤影」はとても懐かしいです。リアルタイムではもちろん見れませんが、現代風にリメイクされたアニメを見ていました。また、たまたま友人の家にあった「紫電改のタカ」を見たのを覚えています。絵が古臭かったので、どうなのかな?と思っていましたが、読めば読むほどはまってしまいました。
「当時の子どもに夢と希望と、豊かな心を育てた」という言葉は死語ではないと思います。漫画を通して多くの人たちに作者が伝えたいことがあると思いますが、なかなか難しい気がします。今後、多くの漫画を読むと思いますが、作者が何を伝えたいのか、理解しながら漫画を読むのも大事だと思いました。
投稿者 Sasuke : 2008年03月10日 07:50
藤森先生はかなりマンガを読みこまれたんですね。熱い思いが伝わってきます。時代を象徴するヒーローものはいつも注目されますが、私はナンセンスものも時代をあらわしていると思います。世の中に多く存在する理不尽な出来事を笑い飛ばしてしまう、そんな不思議な力をもっているのがナンセンスものだと思っています。教育的ではないかもしれませんが、価値のあるナンセンスもの?が次々に登場してくることを期待しています。
投稿者 あいやま : 2008年03月10日 09:54
懐かしいですね。このブログで紹介していただいた漫画はほとんどリアルタイムで読んでいます。「伊賀の影丸」や「仮面の忍者赤影」をみては近所の仲間で忍者ごっこ。みんなが影丸や赤影をやりたがって困ったものです。スポーツといえばあの頃はなんといっても野球でした。「巨人の星」の星飛雄馬の大リーグボールを大真面目に練習したのは私だけでしょうか(笑)。「エイトマン」の本名はなんと「東八郎」といいます。疲れた時に煙草型の強化剤を吸っていました。「スーパージェッター」の主人公が「流星号、流星号、応答せよ」と腕時計に呼び掛けると、マッハ15で飛んでくるんですよね。「紫電改のタカ」は・・・・う~ん、きりがないのでこのへんで。
投稿者 yamaya49 : 2008年03月10日 17:50
白土三平氏の「サスケ」や「カムイ外伝」を大学院時代に下宿していた学部時代の同級生のお宅近くにあった喫茶店に籠もって読みふけりました。それよりずっと以前にテレビ漫画で見ていたことがきっかけです。スポコンにはあまり興味関心がなく、どちらかというと「ナンセンス物」が好きでした。「おらぁグズラだど」「がんばれ!ロボコン」はテレビで観た記憶があります。ですから、週刊漫画雑誌の中の「グズラ」や「ロボコン」については、多分読んだと思うのですが、あまり印象に残っていません。「エイトマン」や「サイボーグ009」もテレビですね。今振り返ると、私は子どもの頃は相当テレビっ子だったと思います。漫画雑誌を読まなかったはずだ、と30数年経った今わかります。
投稿者 toshi0204 : 2008年03月11日 00:10
懐かしいタイトルが幾つもありまして、嬉しいですね。
タイトルだけは全部知っています。toshi0204さんと同じくアニメーションで知っているものが多いですが、スポ-ツマン金太郎や少年ケニアなどは近所のお兄さんから貰ったお古の漫画で読んでいました。
アニメでは、サイボーグ009を映画館で見た時のワクワク感がたまらなくて、テレビシリーズが不満だったのを今でも覚えています。
アニメーションについて、ここで名前が挙がっていませんが、(ディアゴスティーニからガッチャマンDVD付の本が出ていますね。)ガッチャマンはアニメーション作品のかっこよさの表現を変えた革命的な作品だったと思っています。
残念だったのは、エイトマンの後番組のスーパージェッターの原作はTBSで、私と同姓の久松文雄氏はTBSの意向で雑誌に漫画を書いたかっただけのものだったということです。
投稿者 久松伸寛 : 2008年03月11日 14:18