サンデー

 先月末に「マガジンとサンデー、共同で漫画発行へ 創刊50周年」という記事が各新聞に掲載されていました。週刊少年マガジンと週刊少年サンデーが来年、同時に創刊50周年を迎えるのを記念し、両誌の出版元である講談社と小学館が、共同して少年向け漫画雑誌を発行するそうです。内容は、マガジンで不定期連載している「金田一少年の事件簿」と、サンデーで連載中の「名探偵コナン」の過去の作品を再編集したものだそうです。
私は、小学生のころ創刊された週刊少年サンデーを毎週買っていました。そして途中から週刊少年マガジンを買っていました。そのころは、今ほど漫画だらけではなく、読み物を多くあり、また、漫画も今考えると随分と良識的な、名作と言われるようなものが多かった気がします。
週刊少年サンデーは、サンデーというだけあって、毎週日曜日に発行されたのかというと全く関係ない1959年3月17日火曜日に4月5日号として創刊されています。この誌名は、この雑誌を読むとまるで日曜日のように楽しい気分に浸れるようにという願いによるものだそうです。創刊号の表紙を飾ったのは、よく取り上げられるので有名ですが、当時読売巨人軍の主力選手だった長嶋茂雄でした。そして、巻末には児童心理学者の波多野勤子さんが祝辞を寄せていますが、今でしたら、漫画ということで眉をひそめられるでしょうね。
1970年、ヤング向け雑誌への方向転換を図るまでは、「少年サンデー」は「少年マガジン」ともに子ども用の漫画雑誌でした。作者は、そのころいわゆる「トキワ荘」の面々が並びます。これらの作品の話しになると、たぶん私のような団塊の世代は盛り上がるのですが、今の人はしらけるかもしれませんね。
トキワ荘の大御所は、なんといっても手塚治虫氏です。この週刊少年サンデーにも創刊の年には、「0マン」があります。この「0マン」は「週刊少年サンデー」では創刊号から連載された「スリル博士」に続く手塚さんの二作目に当たる作品です。「0マン」と呼ばれる超人類と人類との抗争を軸とした大河ドラマを展開する作品でしたほかにもいくつか私の好きだった作品を手塚さんが書いています。1960年代では、「勇者ダン」「W3(ワンダー・スリー)」「バンパイヤ」「どろろ」などがあります。
しかし、なんといっても作品が多かったのは、藤子不二雄氏の作品です。創刊から書いている「海の王子」は、画だけでしたが、この作品で彼を知りました。その後「オバケのQ太郎」「ビッグ・1」「ウメ星デンカ」があります。彼は、当然その名前から一人の人物だと思っていました。しかし、途中から名前が「藤子・F・不二雄」となり、どうしてだろうと思っていました。その名前で発表した作品には、「21エモン」「パーマン」がありました。その後、別れて描くようになって「プロゴルファー猿」などは、「藤子不二雄A」という名前を使っています。
 次に何本も作品のあるのが「赤塚不二夫」です。「おそ松くん」をはじめとして、「もーれつア太郎」「天才バカボン」などの名作があります。
 せっかく思い出してきたので、明日も、この時代の子ども文化を紹介します。

サンデー” への4件のコメント

  1. 永遠のライバルのマガジンとサンデーが手を組んだというニュースにはびっくりしました。今の子供たちは漫画よりもゲームのほうが楽しいのでしょうね。漫画で育ったおじさん世代としてはさびしいかぎりです。トキワ荘といえば手塚治虫さんが有名ですが、彼の向かいの部屋に寺田ヒロオという漫画家がいたことを忘れてはいけませんね。「スポーツマン金太郎」や「背番号0」「暗闇五段」など少年時代に夢中で読んだ記憶があります。劇画が主流になってしまって、漫画の歴史に埋もれた存在になってしまいましたが、私自身、彼こそ子供を最も愛した正統派の児童漫画家だと思っています。

  2.  サンデーとマガジンが共同で発行するとは驚きです。ですが、私は週刊少年ジャンプをたまに読むので、サンデーとマガジンは読みません。
     昔の週刊誌は読み物をあったのですね。もし今の時代で同じような感じで読み物を連載して発行したら、多分あまり売れない気がします。もちろん私も買わないです。それだけ今の子ども達や若い人たちは文章を読むことが苦手になってきているかもしれません。漫画もとても大切なものだと思いますが、少しは文章を読むことも心がける必要があると思います。

  3. 「サンデー」や「マガジン」、とても懐かしいですね。そらから「少年ジャンプ」。「サンデー」が「読むとまるで日曜日のように楽しい気分に」からの雑誌名、とは普段見慣れていたり聞きなれたりするとついついその意味を考えずにそのものとして受け取りますが、それではいけませんね。知識の裾野を広げる、という意味でも所与の事実の背景を探ることの必要性を今日のブログから学びました。月刊も週間もおよそ漫画雑誌あるいはマンガ本とはほぼ縁がありませんでした。小学校の高学年だったか中学の時だったか定かではありませんが、床屋さんに行ったついでに置いてあった週間漫画雑誌を読みました。そしてほんの一時期毎週買い続けたことがありました。それも長くは続かず、結局漫画とはほぼ無縁のままで成人を迎えます。成人して後手塚治虫さんの作品や萩尾望都さんの作品を読みふけるようになったことは以前のコメントか何かで触れたような気がします。

  4. マガジンとサンデーはよく読んでいましたが、最近の内容はずいぶん変わっていました。昔は読み物の多い雑誌だったとは知りませんでした。マンガも時代によってかなり変わるんですね。マンガもやはりストーリーが大切ですし、マンガから学ぶことはあると思うので、この文化がもっと深くなっていけばいいと思っています。

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