リサイクル業者

江戸時代のリサイクルは、ボランティアで行うほど意識は高くはなかったようです。しかし、それが遅れているかと言うと、逆に進んでいたのではないかと思うほど立派な産業として成り立っていたようです。リサイクル業で成り立つ様々な職業が存在していたのです。
今の使い捨ての時代になる前は、多くの修理屋さんが存在していました。今でも靴の修理や服の直しなどはありますが、江戸時代ではもっと多くありました。例えば「ちょうちん」は、生活必需品ですが、内側にすすがつくと暗くなってしまうし、やぶけたら風が入って消えてしまうので、修理やさんは大流行でした。また、動きの悪くなった「そろばん」を直す職人もいました。そろばんは、商売人にとって、とても大切な道具ですから、その玉の動きはとても重要でした。「鋳(い)かけ」は、なべやかまの修理をするために、その修理道具を持ち歩いており、その場で修理してくれました。これは、私の子どものころにも来ていました。
「桶直(おけなお)し」は、古くなった桶やたるを直します。「錠前直し」は、鍵を直します。今は、スペアキーを作ることが多いですね。「印肉」をつめかえてくれる人もいました。「眼鏡屋」は、江戸時代からこわれた眼鏡を直したり、合わなくなったレンズを買い取って、他の人に売ったりしていました。「こたつのやぐら直し」は、こたつの骨組みを修理します。「瀬戸物の焼きつぎ」は、欠けた茶わんや土びんを元のように直します。古くは、陶磁器類の接着に漆を使っていましたが、寛政年間頃に、白玉粉で接着してから加熱する焼き接ぎ方を発明した人がいて、普通の安い茶碗などこの方法で修理するようになりました。「下駄の歯入れ」は、下駄の歯はすぐにすりへるので下駄の歯をその場で交かんしてくれます。「鏡研ぎ」は、くもった鏡をきれいにしてくれます。昔の鏡は、青銅の表面に水銀メッキをして反射面を作っていたので、使っているうちに曇って見にくくなったのを、表面を細かい砥石で研ぎ、朴炭で磨き上げてから、水銀とすずの合金に砥の粉、焼きみょうばん、梅酢などの有機酸をまぜたものを塗って蒿でこすりつければメッキができ、新品同様になります。「研ぎ屋」は、包丁などの刃物を研いでくれます。
リサイクル業の主流になる回収専門の業者もいました。これには、「木拾い」という、湯屋で働いている人が、燃料にする木を拾って歩きます。「糞尿」を集めたり、「ごみ取り」といって生ごみを集めて、農村に持って行って売る人もいました。もちろん、「紙くず買い」や「紙くず拾い」は、廃品回収業者ですね。「古かさ買い」や、「古樽買い」という中身を使い終わった所有者のはっきりしない樽を専門に買い集める行商人もいました。「行灯の仕替え」は、古くなったりこわれたりした行灯を下取りして、新品を売ります。「箒売り」は、箒の古いしゅろ箒の下取りをし、まとめて植木用の縄やたわし用に売りました。面白いものに、「取っけえべえ」という、子ども相手に古釘などの金属製品を、簡単なおもちゃや飴などと交換していた行商もいました。「ろうそくの流れ買い」といって、燃えた後に残る人もいましたし、「灰買い」という灰を残らず買い集めた商人もいたように、江戸時代は、ごみを出さないだけでなく、出たごみを燃やした後の灰まで使うのですから、ずいぶんと捨てるごみは少なかったでしょうね。

江戸のリサイクル

 縄文時代のごみに対する考え方を昨日書きましたが、江戸時代はどうだったのでしょうか。この時代のリサイクル文化は、世界の中でもとても素晴らしいものです。私が縄文時代でのごみに対する考え方を推測したことがまさに実現されて行きます。「大江戸リサイクル事情」(石川英輔 著)の中では、「子孫のわれわれが見ればどう考えても役に立ちそうにないがらくたでも立派に商品価値があったから、最大の問題は、どうやってそれを効率よく集めて活用するかという点にあった。だから、処理といっても捨てるなどとんでもない話で、いかに上手に再利用するかに知恵を絞り、長い時間をかけて、びっくりするほど無駄がなく洗練されたリサイクルの方法を確立したのである。その徹底ぶりは、ほとんど芸術的といっても大げさではないほどだ。」と書かれています。
  この芸術的というところにどうも私は日本らしさがあるのではないかと思います。この書籍の中でも、その時代は、貧しかったから、貧乏で物が買えなかったからではないかと思うかもしれないが、では、貧しい国がこのようなリサイクルをしているかというと、日本ほどそれが確立している国は見当たらないと言います。
 どのようにリサイクル社会を築いていったかということを、石川さんがネット講座で話しをしています。
「江戸時代と一口にいっても250年も続いていたので、最初からリサイクル社会が成立していたわけではありません。1500年代の末期、江戸時代の初期の頃は、まだ都市としての機能が十分に作られていませんでした。ゴミなどもどう処理していいのかわからず、お堀などに捨ててしまって、船の運行にも支障があったようです。都市としての体裁がようやく整ってきたのは、1650年ごろからで、ちょうど時代は元禄年間にさしかかって、いわば高度成長期に入っていく時期でした。」
これを読んでも、どうも、貧しかったからではなく、より高度な贅沢をしようとしたからのようです。では、どうして、元禄時代という贅沢な時代にリサイクルを考えたのでしょうか。
「元禄時代には、たとえば、初物ブームが起こります。それは、「初物を食べると75日長生きをする」などといって、江戸っ子は競って初物を食べようとしたのです。これに目をつけた農家の人は、一日でも早く野菜や果物などを生産しようと、生ゴミを肥料に使うことを考え付きました。生ゴミを地面に埋め、発酵させて温度を上げ、その地面を油紙で覆って熱を逃がさないようにしました。今のハウス栽培と同じ考え方です。房総半島からは、江戸に来る時には薪を運んできて、帰りには肥料として使う生ゴミを積んで帰る船もありました。このほか、幕府は生ゴミを使って埋め立てるなど、1700年代の初めには、ゴミの循環システムも整っていったようです。江戸の都市計画の面でいうと、彼ら先人は江戸をヒートアイランド化から守ろうとする発想を持っていたように思われます。その理由は江戸には舗装道路がありません。進歩主義の人は、江戸は遅れていたから舗装道路がないのだといいますが、私はそうではないと思う。」と、石川さんは言います。
だからと言って、江戸時代の人たちは環境を考えていたわけでも、もったいない運動を展開していたわけではありません。いわゆる「生きる知恵」を持っていたのでしょう。今足りないのは、この知恵であり、知識でも運動でもないのです。

縄文時代のごみ

 ごみについて、今考えるととてもおかしいことをしていたなあと思うことがあります。マクドナルドが日本にも広がってきたとき、食べ終わって、トレイに乗っているすべてのものをそのままゴミ箱に捨てるシステムに少し抵抗がありました。今は分別するようになりましたが、当時は、すべてを一緒にすることのほうが時代の先端のような気がしていました。しかし、日本は戦後アメリカを見習い、あんなモダンな文化にあこがれました。しかし、国土は日本の25倍もあり、それなのに人口はほぼ半分のアメリカにまねての消費の仕方、廃棄の仕方をするのは、本当におかしいことでした。
日本では2000年に循環型社会形成推進基本法において3Rの考え方が導入されています。3Rとは Reduce(リデュース:減らす)、 Reuse(リユース:再び使う)、 Recycle(リサイクル:再資源化)の頭文字をとった言葉です。そして、この三つの中で1.リデュース(ごみの発生抑制)、 2.リユース(再使用)、 3.リサイクル(ごみの再生利用)の優先順位で廃棄物の削減に努めるのがよいとされています。
 昔のゴミ捨て場といえば、貝塚があります。かつては、貝塚は貝の自然堆積で出来たものと思われていましたが、貝塚は縄文人の「台所のゴミ」の堆積物です。ですから、この貝塚から当時の生活、環境を知ることができるのです。しかし、最近は、またごみの捨て場ではないのではないかと言われています。現代の考古学において最も有力な説は「貝のお墓」です。それは、貝塚の貝は、きちんと並べて積み重ねてあり、貝殻を丁寧に洗った跡も残っているそうです。
 貝殻の主成分は分解しにくい炭酸カルシウムですが、有機物と一緒に埋めたり、多量の土に混ぜて埋めると比較的短期間(数十年から数百年)で跡形もなく分解してしまいます。しかし、貝殻を洗ったり並べて積み重ねたりして築いた貝塚だから分解せずに現代まで残ったのです。しかも、貝塚の研究は19世紀後半にデンマークで始められように、貝塚は日本だけでなく、カナダのブリティシュコロンビアを中心とした北西海岸、アメリカメイン州を中心とした大西洋岸、デンマークを中心としたヨーロッパ地域のほぼ同緯度で氷河期が終わった以降に貝塚が出現しています。
 貝塚が縄文時代のゴミ捨て場ではないとしたら、当時のごみはどうしていたのでしょうか。縄文時代といえば、青森の三内丸山遺跡があります。この三内丸山遺跡は、まだまだ発掘され、わかっていない部分も多いのですが、今までの調査の結果、5500年ほど前から約1500年間、少なくとも5?600人近い人たちが、共同生活をしていたということが分かっています。ここの遺跡から、ゴミ捨て場が見つかっており、その跡が盛土状に残っており,シェルターの中で断面を見ることができるようになっています。そこに捨てられているものを見ると、縄文人は燃えるゴミと燃えないゴミを完全に分別し,1000年にわたって同じ場所に捨て続けていたようです。また、土器などは、敷き詰めています。
 当時は、貝塚同様、ごみを捨てるという意識はなかったと言われていて、ごみに何か意味を持ち、それを埋葬するような意味もあったかもしれません。それだけ、ごみであろうが、自分たちを生かしてくれているものに感謝する気持ちがあったように思います。ごみは、いらないものではなく、世話になったものの残骸です。ですから、簡単に捨てるというよりも、なるべく捨てない、もう一度何かに活用する、違う方法で再度活用するといった3Rの原点を見ます。

ごみ

 ごみを捨てるときによく迷うのが、どこに捨てればよいかということと、どのように分別したらよいかということです。普通は、「可燃ごみ」と「不燃ごみ」に分けます。保育室の中にも、「燃えるごみ」と「燃えないごみ」の二種類のゴミ箱があります。そのほかに資源ごみとして、「古紙類」「びん・缶」「乾電池」「紙パック」「ペットボトル」「白色トレイ」があります。
 この分別の仕方が、最近変わりつつあります。私の園がある場所は新宿区のモデル地域で、昨年7月から資源・ごみの分別方法が変わりました。
いままでの資源ごみであったものはそのまま資源ごみですが、不燃ごみの中から、「容器包装プラスチック」であるレジ袋、卵パック、カップ、ボトルが資源ごみとして分別します。また、「不燃ごみ」は、金属、ガラス、陶器だけになり、容器包装以外のプラスチック(玩具、ビデオテープ、CD、歯ブラシ)やゴム、皮革製品は、今までの可燃ごみに加えて可燃ごみになります。このようにするのは、プラスチックの再生資源化推進とごみ埋め立て処理場の延命を図るためと書かれています。
プラスチックの焼却は、地球温暖化の原因となる温室効果ガスを発生させる大きな要因となるなど、環境負荷を増大させる原因になっています。ペットボトルについてはすでに再資源化されていますが、今回、それ以外のプラスチック製容器包装について、新たに分別回収を行い、再資源化することで、焼却処理量を削減するとともに環境負荷の低減を図ろうとするものです。
これらは、「容器包装リサイクル法」によるものですが、どうしてそれを定めるようになったかが書かれています。「わが国の経済は、高度成長期以後、今日まで「大量生産・大量消費・大量廃棄」によって発展してきました。 この経済システムによって生み出された廃棄物は増大の一途をたどり、廃棄物を埋め立てる最終処分場が足りなくなる事態も生じてきました。このため、廃棄物の発生を抑制するとともに、廃棄物をリサイクルすることによって廃棄物の減量を図ることが重要となり、 特に、一般廃棄物のうち容量で約61%、重量で約22%(出展:平成17年度 環境省「容器包装廃棄物の使用・排出実態調査」)を占める容器包装廃棄物の処理が緊急の課題となってきたのです。」
 その対象となる「容器包装」とはこのように定義されています。「容器(商品を入れるもの)、包装(商品を包むもの)(商品の容器及び包装自体が有償である場合を含む。)のうち、中身商品が消費されたり、中身商品と分離された際に不要になるもの」と定義して、リサイクルの対象としています。それには、最近、いろいろなマークがついていますね。アルミ缶やスチール缶はよく見ます。
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また、飲料用紙パック(アルミ不使用のもの)には「紙パック」、段ボール、紙パック除く紙製容器包装には「紙」と書いたリサイクルマークがついています。
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 また、しょうゆ、飲料、酒類などが入っているペットボトルにはPET、それ以外のプラスチック製容器包装にはプラのマークがついています。
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 ボール製容器についているマークはあまり見かけないかもしれません。
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 こうやって、改めて並べてマークを見ると何気なく見ているものの違いがよくわかります。本当に、日本は過剰包装でしたし、何でもかんでもただすぐに捨てて燃やしていましたね。もう少し、神経を使ったほうがいいかもしれません。

 私の園では、各年齢の発達やその年齢の特性から色彩計画を立てています。その色を基本としてそれぞれ年齢の部屋を構成しています。
 また、園のテーマカラーを設定しています。それは、手や顔に塗る「ニベアクリーム」の缶の色です。
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ニベアといえば、日本では「ニベア花王」として有名ですが、実は日本の製品ではないのです。ニベア(NIVEA)はドイツで1911年に開発・発売されたハンドクリームの世界的トップシェアーを誇るブランドで、現在は世界187カ国に発売されています。日本でも68年からニベア花王が商品展開しています。「ニベア」とは、ラテン語で雪を意味する「nix, nivis」から派生させて付けた名前です。
 「青」という色は、ひとつの色を表しているというよりも、そのほかの多くの名前の総称として呼ばれます。たとえば、水色、空色と呼ばれるような明度が高く彩度の低い、淡い色合いのもの、 紺色や藍色、群青色などの明度が低い、濃い色合いのものなどがあります。
 日本では伝統的には藍(あい)や縹(はなだ)を用いてきました。これは、日本において青を表現するための染料にツユクサを使い、その色を花色と呼んだことに由来するといわれています。その後、染料としてアイが用いられるようになり、藍や縹が青系統の色を表す総称として定着してきました。この藍は、太古より使用されており現在でも重要な染料・顔料です。
 紺青(プルシアンブルー:プロシアの青)という赤みの強い青色顔料は、最初の合成顔料とされていて、現在でも生産されていますが、この色は、1704年にベルリンにおいて偶然発見されました。当時は安価な青い顔料は他に存在しなかったため、これは陶磁器に彩色するために広く使用されるようになっていきました。
 日本では平賀源内が紹介し、葛飾北斎が描いた「富嶽三十六景」においてこの紺青を使って描いた濃青が評判になって全国に広まったとの説もあります。
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 海外でも、さまざまな絵画に青が使われ、その絵を描いた画家によってその色の名前がついています。たとえば、先日も日本に来た名画、フェルメールの「真珠の耳飾の少女」のターバン等に見られる青は、ラピスラズリより得られた天然ウルトラマリンブルーです。この天然ウルトラマリンはフェルメールの絵画において特徴的な色彩である為に、「フェルメール・ブルー」といわれています。
 このラピスラズリより得られたウルトラマリンブルーは、最上の青として聖母マリアに捧げられました。このため、この青色には、ほかにも「マドンナブルー」とも呼ばれています。また、画家ラファエロが聖母マリア像を描き、その中でこの色を用いたことから「ラファエル」(ラファエロの英語名)という別名もあります。日本では瑠璃色と呼ばれている色と同じ色です。
 色というのは、視覚を通して得られる感覚の一種ですが、その色の持つ文化は、デザインや視覚芸術上の重要な要素であり、人間の生活そのものよりも、生活をより厚くするものとしての要素が大きいようです。ということで、保育室の色彩計画が重要になるのです。

試される力

 麻布中学の入試問題は、私からするともっと難しく思います。というのは、いわゆる三択といわれるような、「答えを次の中から選びなさい。」という問題は一切なく、すべて「説明しなさい。」とか、「君の考えを書きなさい。」という設問になっています。さすが、御三家といわれるだけあって、これからの子どもに必要な力を試そうとします。かなり前になりますが、石原都知事の出身校でもある天下の国立大学の一橋大学での集団カンニング事件のことをブログで書きましたが、これは、答えを集団でメールのやり取りで教えあったことがありました。このときに、一流校と呼ばれる大学の学生にしてはなさけないという批判が多かったのですが、私は、大学生にもなって、携帯メールで教えあえるような問題を出すほうがおかしいと思いました。逆に、携帯電話を使おうが、パソコンを使おうが、それは世の中に出て使えるものですから、かまわず使ってもらって、それによって、「自分はどう思うか。」「自分ではどうしようとするのか。」というようなことを自分の言葉で説明するように問うべきだと思います。
ちなみに、一昨日の問題の答えは、「問1は「外食」。独身を中心に、時間がない、面倒であるなどの理由から、自分で料理をせずに外食が多くなる傾向がある。問2は、孤食がエ、個食がイ。家族が別々の時間に食べることが「孤食」、同じ食卓を囲んでも、一人ひとりが好きなものを別々に食べることが「個食」とされている。」
昨日の答えは、「問1、武士の身分を示すものが米で表示された。(貨幣としての役割を担っていた。)いわゆる何万石というものですね。問4は、企業で加工した食品に含まれる成分は、消費者にはわからないため、表示を義務付けることで安全性や購入する判断が確保できる」というものです。
これが、麻布中学の問題になるとさすがです。こんな問題が並びます。
問、第二次世界大戦後の日本農業の変化には、政府の農業政策も深く関係しています。戦後の農業政策について、知っていることを挙げなさい。
問、最近の数十年間で私たちの食生活がどのように変化したのかを説明しなさい。
問、食料自給率が低下している理由を説明しなさい。
問、今後日本の農業が衰退してゆくと、どのような問題が起こると思いますか。君の考えを書きなさい。
こんな問題が続きます。このような問題を解けるようにするのには、どのようなことをすればいいのでしょうか。このような問題は、何かを覚えればできるものでもありませんし、訓練すればできるようになるものでもありません。ニュースを普段からよく見て、それについて考えたり、親子でそれについて会話をしたりする必要があるでしょう。私は、そういう意味では、この問題はとてもいい問題だと思います。しかも、これらを読み解く力や、資料から考える力を持つこともいいことだと思います。しかし、その力が小学生にとって必要なものなのでしょうか。学校から帰ると新聞を丹念に読み、テレビはニュース解説を見て、それについて親子で会話する姿が小学生として理想の姿なのでしょうか。人として必要な力は何かを考える前に、その年齢において必要な力とは何かを考える必要があるような気がします。それが、大人になったときに、大人にとって必要な力を身につけることができるようになる気がするのですが。

食糧問題

 入試問題に見る「食育」も、いわゆる難関校になると難しくなります。例えば、今年の武蔵中学校の入試問題にこんな問題が出されています。様々な法律に関する問題の中のひとつです。ブログに先日書いた、私が小学生のころの国語の問題の中の長文から小説に興味を持ったように、この問題の長文から、いろいろなことを学ぶことが出来ます。
「食べ物についてはさまざまな法律があります。たとえば米についてはどうでしょうか。江戸時代には、米は食べ物であること以上に特別な意味を持っていました。また、大正時代にはすでに、米の取引に政府が直接関わる法律が作られています。さらに、1942(昭和17)年に制定された「食糧管理法」は、生産される米のすべてを政府が管理し、食糧の蓄えや流通、価格の安定などを調整する制度を作り上げました。この法律は、戦後も引き継がれ、1995(平成7)年に政府の役割を縮小した別の法律が出来るまで、日本の農業や社会に大きな影響を与えてきました。今では、米を自由に取引でき、「ブランド米」とよばれる、多少価格が高くても人気のある米が店頭に並ぶようになっています。
 主食である米は、積極的に政府が管理してきたこともあって、国民が十分に食べられる量を国内で生産できる状況が保たれています。しかし、米以外の農産物について見ると、小麦や大豆、トウモロコシから肉や野菜にいたるまで、外国産農産物の輸入が増加し、日本の食料自給率は他国と比べて極端に低い数字になりました。こうして政府は、食料自給率の向上をめざした新しい法律「食料・農業・農村基本法」を1999(平成11)年に作ることになったのです。しかし、農家は外国産の農産物と競争しなくてはならず、今日もきびしい状況におかれています。
食べ物には農産物ばかりでなく、水産物や加工品もあります。国際化が進み、原材産地や加工した場所が外国であることが多くなると、日本の法律では認められない薬の成分が入った食品が輸入されると言った事件も起こるようになりました。「食品衛生法」という法律は、体に有害なものを食品として販売することを禁じ、食の安全を守っています。さらに、「日本農林規格」を定めた法律では、企業に対して原材料や消費期限、原料産地(生鮮品の場合)を正しく表示するよう定めています。しかし、これに違反する事件も発生しており、こうした企業は消費者やマスコミなどから強く批判されています。」
 このあとに「ゴミ」「憲法」「生存権」についての法律の長文が続きますが、今回は、食育のところだけの問題を見てみます。設問は、次のようなことです。
 問1、米が持つ特別な意味とはどのようなことでしょうか。
 問2、食糧管理法で定められている内容は、社会の様子に対応して変化してきました。法律に大きな変更があった時期を基にして考えると「食糧不足」「米の消費現象と生産調整」「稲作中心の農業政策」「農業での所得の向上」「牛肉・オレンジの輸入自由化」「ヤミ米・ヤミ市」はそれぞれ?成立から1954年まで ?1955年から1969年まで ?1970年から1995年までのどの時期でしょうか。
 問3は、1960年から2000年までの自給率の変化のグラフから大豆のグラフを選ぶ問題です。
問4、食品表示(品名、原材料名、消費期限、保存方法、製造者)の例を挙げ、法律でこのような表示を義務付ける意味を、企業と消費者のおかれている立場の違いを明確にしながら説明しなさい。
 麻布中学でも自給率が問題になっていました。これを、小学校6年生が解くのですから、すごいですね。さぞかし立派な大人になるはずですが、どうでしょうか。

食育研修

 今日は、アメリカのハーバード大学の医療関係研究者たちが見学に来ました。日本の高度衛生医療の基礎は、幼児期における食育にあるのではないということについての視察です。園児が、「なにじん?」と聞くので、私は「アメリカ人だよ。」と答えていたのですが、全く間違っていました。ハーバード大は、多国籍から勉強に来ている人が多いので、様々な国の人でした。そういえば、11人に見学者の中に、日本人が3人もいました。
 彼らは、園の環境を0歳児から順に見て回り、昼食を3、4、5歳児クラスの子どもたちと一緒に食べました。私の園では、3歳以上は、トレイを持って、まず、箸かスプーンかフォークを選んで乗せます。そして、主菜、添え物の量を申告して当番の子からよそってもらいます。このやり方を、今日はとても感謝されました。それは、メンバーの中にベジタリアンがいるからです。今日の主菜はすき焼き風煮物で、添え物がシラスの和え物で、汁物がかつおだしの味噌汁です。ベジタリアンは、肉も魚も食べませんので、一斉に同じものを食べさせるような給食には不向きです。しかし、私の園では、箸かフォークが選べますし、肉抜きの主菜とか、昆布だしの味噌汁とか、シラス抜きの和え物とか、麦茶かフィルターを通した水かを選べますので、自分で好きなほうを当番の子に言えばいいのです。普段はベジタリアン用ではなく、アレルギー児のためではあるのですが。
 今回の研修目的の食育ですが、確かに世界の中でかなり進んでいる気がします。国としての取り組みの自給率や農薬使用などはかなり遅れている気がしますが、幼児教育からの食育は、ずいぶんと先駆的な取り組みです。日本における食育基本法は、平成16年の第159国会に提出され、平成17年6月10日に成立しました。
 これを反映して、私立小・中学校の入試問題にも食育に関することが出されています。例えば、小学校入試問題に、「果物を縦に切った時と横に切った時の切り口はどうなるでしょうか。」という問題があります。これは同じ果物どうし、線で結ぶものですが、家庭でいつも同じ向きからだけしか切っていないとなかなかわかりにくいです。ですから、普段から、果物や野菜を食べる時に、縦や横に半分に切ったものを出さないといけないとは、大変ですね。
また、中学の問題にこんなのがありました。穴埋め問題です。
「毎日の食べ物や、それを生み出す農業や環境問題について、自分たちで学び、考え、行動していく取り組みを「食育」とよんでいます。最近のわたしたちの食生活については、いろいろな問題が指摘されています。まず(あ)が多くなっています。独身の青年たちのなかには1日の食事がすべて(あ)という人もいます。また、調理ずみのおかずや弁当、調理ずみパンなどを買ってきて食べることも増えています。これは(あ)と家庭での食事の中間にあるものとして中食とよばれています。家庭での食事についても、欠食、とくに子どもたちが朝食を食べないことが問題になっています。また子どもたちの孤食、個食やテレビを見ながらの食事なども問題だと言われています。」
 問2では、「孤食」と「個食」について、正しい説明をそれぞれ選ぶものです。
(ア)パンや麺類など、精粉したものばかりを食べること。
(イ)家族がいっしょに食事をしていても、それぞれが好きな物を別々に食べていること。
(ウ)食事のときの食べる量がきょくたんに少ないこと。
(エ)家族の食事時間がバラバラで、家族がそれぞれ1人で食事をとること。
 入試問題にでも出されれば、親が少しは真剣に食について考えるかもしれませんね。

長所と職業

 卒園式で、子どもたちは将来なりたい職業を発表します。男の子に人気のあるのは、相変わらず「サッカー選手」とか「野球選手」で、女の子は、「ケーキ屋さん」「お花屋さん」などに人気があります。
 キッズgooというサイトのなかに、「Gakken学習研究社」が提供して、「将来の仕事なり方ガイド」というコンテンツがあります。その職業検索に自分の長所から、その長所にむいている職業を紹介してくれるというのがあります。それを読むと、逆に、その職業がそのような力が必要だと思われているのだということがわかります。
 まず「集中力」が必要な職業とは何だと思いますか?集中力とはこういう力と書かれています。「与えられた課題を効率良く、時間内に達成することができる」それは、「ずばぬけた集中力と計画性で、任されたこともあっという間に終えてしまう。」という能力を持ち、長所としては、「緻密な計算力と注意力が必要な財務・総務係の仕事に適している。」と言っています。具体的な職業としては、「公認会計士」「銀行員」「秘書」「国税調査官」「行政書士」「会計・経理事務員」などと書かれています。このような職業には集中力がいるのだと改めて身の回りの人を思い出してしまいます。
 次に「サポート力」です。この力は、ちょっとわかりにくいですが、このような力だといっています。「周囲の人に安心感を与える不思議な魅力を持つ」「いつも気くばりを忘れず、穏やかな性格で、人から頼られることも多い」長所として、「人に対して指導したり、教育する関係の仕事に就けばよい」と助言します。具体的な職業名は、「警察官」「医師」「看護師」「介護福祉士」「社会福祉士」「フライトアテンダント」「保育士」「教師」などと書かれています。たしかに、どれも人をサポートする職業ではありますが、どうでしょうか。例えば、教師をとってみたとき、周囲の人に安心感を与えているかと言われるとちょっと怪しいですね。また、いつも気配りを忘れず、穏やかな性格と言われても、なんだか、実際の教師によく見られるのは、自分本位で動いてしまう人が多い気がしますが。また、最近の子どもが大変ということもあって、穏やかな正確では無理のような気がします。
 「論理的」な長所を持つ人はどうでしょうか。この長所は、「集めてきた情報を頭の中で整理しながら、結論を導き出していくのが得意」「説得力を持った意見を述べ、周囲の人をなるほどと感心させる」そんな人は、「調査・研究や論証を必要とする仕事で実力を発揮できそう」だといいます。たとえば、「弁護士」「司法書士」「法医学者」「科学者」「統計学者」「証券アナリスト」「弁理士」「リサーチャー」などです。
 そのほかに「人付き合いがうまく、自分をうまくアピールすることができる」「周りの協力を得ながら自分の思いどおりに物事を進める」という「社交力」を持っている場合は、顧客との接し方にコツが必要なサービス業が向いていて、「外交官」「ツアーコンダクター」「アナウンサー」「美容師」「営業」「セールスマン|などです。
「器用な手先で、自分でものを作り上げていく才能を持った人」「つねに新しい知識を吸収しながら、現状に適用していく能力も持っている」という「技術力」は、「細やかな作業と冷静さが必要な技術職」ということで、「システムエンジニア」「パイロット」「整備士」「臨床検査技師」「歯科技巧士」「測量士」「印刷製本業」「大工」などです。
 なんだか「当たらずとも遠からず」という感じですが、改めて、「そう なんだ!」と納得してしまいます。

 今日は、園の卒園式でした。今年は、開園1年目のために初めての卒園生です。そのためか、何人かの職員が感極まって泣いてしまいました。
 人はいろいろなときに涙を流しますが、感極まって流す涙はいいですね。涙がうれしいときや感動したときに、自然に流れるような時は、とてもリラックスした状態ですので、心身をリラックスさせる神経「副交感神経」が刺激されることによって分泌される涙です。このような自然に流れる涙は、つらいときや悲しいとき、悔しいときにも流れます。このような時は、とめどなく流れるため、涙の量が多く味は水っぽくて薄口で、また脂肪分が少なく、カリウムが多めだそうです。
 一方、悔しいときや怒ったときなどに涙を流すときは、感情が昂ぶり、落ち着かない気分です。こうした感情のときに流れる涙は、心身を緊張させる神経「交感神経」が刺激されることによって分泌されます。そして、ふりしぼられるように出るため、量が少なめで、ナトリウムを多く含んでいるために、しょっぱい味がします。同じ涙でも流す時の感情によって成分も違うのですね。このように喜怒哀楽で流れる涙を「感情の涙」といいます。そして、その感情によって、涙の成分や味、量が異なるようです。
 しかし、どちらにしても、涙を流した後は、気持ちがすっきりします。それは、脳から分泌されるプロラクチンや副腎皮質刺激ホルモンといったストレスに反応して心身に緊張を強いたり、免疫系に影響する物質が流れ出る涙に含まれ、一緒に流れ出るからです。また、ロイシン?エンケファリンというストレスによって生じる神経反応を緩和する脳内モルヒネの一種も含まれていることが確認されています。また過多になると神経の伝達に影響を与えるマンガンというミネラルも確認されています。どうやら涙は、ストレス物質を排出する重要な役目を果たしているようです。
 どうも、涙を流すことをこらえるよりも、思い切り泣いたほうがいいようです。よくドラマで、「そんなに悲しかったら、私の胸の中で思い切り泣きなさい!」というようなせりふがありますが、それは、化学的にも実証されていることなのですね。
 そういえば、よくドラマで外国人が泣くときに、鼻にハンカチをあてて、涙を拭いたあとに鼻をチーンとかむようなシーンがあります。それに比べて、今日の卒園式で泣いた職員は、ハンカチを目にあてて泣いていました。それは、西洋人は日本人に比べて鼻涙管が大きいため,多量に涙が鼻へ流れこむため鼻にハンカチをあて,日本人は鼻涙管が細いため,涙があふれ出るので目にハンカチをあてて泣くといわれています。
 生まれた直後は,まだ脳の発達が十分でないため,精神的・情緒的な興奮がなく,そのため涙は出てきません。生後3ヵ月までの赤ちゃんは,目を守るための涙の分泌は絶えずありますが,角膜や結膜にある神経が十分発育していないために,まぶたや角膜に物が当たることによって起こる反射性の流涙もありません。
 涙は目の涙腺から分泌される体液のことで、原料は血液です。人間の排出するもののなかで一番きれいなものです。もっと、堂々と涙を流す機会を持ちたいものです。ただ、それは、感動して流す涙でありたいですね。