歌舞伎

 今月20日は、「歌舞伎」の日でした。1607年のこの日に、出雲の阿国が江戸城で将軍徳川家康や諸国の大名の前で初めて歌舞伎踊りを披露したのです。その4年前の1603年、京都四条河原で出雲の阿国が歌舞伎踊りを始めたのが歌舞伎の発祥とされています。四条河原では、それ以後女歌舞伎が評判となりました。この阿国は出雲大社の巫女であったとも河原者でもあったと言われていますが、はっきりはわかってはいないようです。しかし、彼女の墓は出雲にあり、この間出雲に行ったときにその墓を訪れました。
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今、歌舞伎というと「女形」と言われる役柄があるように、すべて男性が演じますが、発祥は女性であるということが不思議でした。どこから、男性が演じるようになったのでしょう。評判になった阿国の踊りは、その時代の流行歌に合わせて披露し、また、男装して当時のカブキ者のふるまいを取り入れて、当時最先端の演芸を生み出したのです。
阿国の踊りが評判になると真似をするものがたくさん現れます。まず、この評判に刺激を受けたのが四条河原町付近にある多数の遊郭です。遊郭が競って遊女達に男装させて阿国の一座に類似した踊りを踊らせ、これを遊郭の客引きに使用しました。これを「女歌舞伎」といいます。これは、風紀を乱すとの理由から1629年に禁止されます。すると今度は、女がだめなら男ならいいだろうと、元服前の前髪を剃り落としていない美少年俳優たちが演じる「若衆歌舞伎」が演じられますが、これもやはり同様に客引きをかねて実施されましたので、1652年に禁止されます。しかし、そんな風紀上悪いものではなく、このような芸能をどうしても見たいというニーズがあり、普通に男性の役者だけを使って演じる「野郎歌舞伎」が演じられます。これが現在の歌舞伎のルーツです。
 歌舞伎の語源はカブく(「傾く」が原義)の連用形からとされています。異様な振る舞いや装いをカブキといい、それをする人物をカブキ者と言いました。カブキ者というのは、傾奇者と書きますが、男伊達を競い、派手な身なりや、行動を取る者たちのことをさします。織田信長もそう呼ばれることがありました。歌舞伎の醍醐味が「外連(けれん)味のある演出」といわれるように、はったりやごまかしがある演出ということをいわれるようになったのです。
漢字で歌舞伎と書くのは当て字ですが、その三文字は、「歌い」「舞い」「伎(技芸、芸人)」を意味しています。しかし当初はその発生史から伎ではなく妓の字が使われ、江戸時代には混用していたようです。
 江戸時代が終わり、明治になると鹿鳴館に代表されるように、西洋式が良くて日本式は価値がないようにいわれていた時代、歌舞伎も古いものとして見放されそうになりました。しかし、新聞社の経営者であった福地源一郎が、この伝統演芸を再生しようと新思想にもとづく演芸を上演するための新しい劇場を建設しようと考えました。彼はその劇場を建てる場所として歌舞伎にゆかりの深い木挽町を選び、名前も「歌舞伎座」にしたのです。もうひとつ、11月21日も歌舞伎の日とされていますが、これは明治22年の11月21日に歌舞伎座がオープンしたことを記念するものです。
歌舞伎は、日本独特の演劇で、伝統芸能の一つで、重要無形文化財です。今、無形文化遺産保護条約に基づく「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に掲載されており、2009年9月に予定される初の登録での世界無形遺産への登録が事実上確定しています。
歌舞伎界もしっかりして欲しいものです。

歌舞伎” への6件のコメント

  1.  「歌舞伎」は知っていますしテレビでも少し見た事はあります、と言っても歌舞伎俳優のドキュメンタリー番組とかですが…。歌舞伎は一度でいいので実際に見てみたいです。
     少し前に歌舞伎界で色々と問題がありました。「世界無形遺産」に選定されるのが確定しているなら確かにしっかりして欲しいですし日本の伝統芸能をしているなら尚更だと思います。歌舞伎に限らず、国技である相撲も最近、色々問題がありました。相撲も昔からある立派な日本のスポーツなのでしっかりやって欲しいです。やはり伝統を受け継ぐ事をするなら、それなりの覚悟が必要だと思います。

  2. また、四国の自慢話になりますが、四国には本格的な「歌舞伎小屋」が二つあります。ひとつは愛媛県内子町の「内子座」、そしてもうひとつが、当地琴平町の「金丸座」です。藤森先生も何度か見学されているそうですが、ここは天保年間の創建で日本で最古の芝居小屋といわれています。普段でも、江戸時代そのままの桟敷席や廻り舞台などを見学することもできます。今年は4月4日から「四国こんぴら歌舞伎大芝居」が盛大に開かれます。今年の座長が市川海老蔵さんだということで、また女性客が大勢押し掛けそうですね。歌舞伎座も絢爛豪華でいいですが、江戸時代にタイムスリップしたような古い小屋で見る歌舞伎もまた違った味があります。

  3. 縁あって再び東京で時を過しています。そろそろ1年が経ちますね。以前東京に縁があった時は学校と仕事場と、そして社会問題活動、が中心でした。クラッシックコンサートや美術館・博物館めぐりはほとんどしていませんでした。今回はそれらを十二分に経験したい、と思うと同時に落語、そして今日のブログで紹介されている「歌舞伎」、を是非ライブで、と思っております。織田信長が「カブキ者」と呼ばれていた、とありましたが、NHK大河ドラマが前田利家お松夫妻を主人公にした時にも俳優唐沢寿明扮する前田利家が「カブキ者」と呼ばれたシーンがあったことを思い出します。そしてNHK-Eの「からだであそぼ」の歌舞伎たいそう「いざやカブかん!」も思い出します。息子と一緒にテレビの前で踊っていました。「いざやカブかん!カブいて踊れ!/夢の浮世じゃ!さぁ踊れ!」という歌詞です。小気味良いリズムと歌舞伎の所作を思わせる振りがとても楽しいひと時をもたらしてくれました。

  4. 日本の伝統芸能である歌舞伎を一度も見たことがありません。日本の文化を大切にしなければと思いながら、こんなことではいけませんね。チャンスがあれば逃さず体験してみることにします。未知の世界は想像しただけで楽しくなります。4月4日から四国で歌舞伎が行われるとのこと。いい情報をいただきました。

  5. 2月20日は歌舞伎の日なのですね。私も少し前にこの場所を訪れました。詳しい地図を持たずにだいたいこの辺りだろうという感じで探しながら歩いたのですが、なかなか場所が見つからずに苦労しましたが、よく知らない所を歩くのは楽しいですね。阿国が始めた歌舞伎が遊郭の客引きにもなっていくのですね。禁止令が出たほどということはそれだけ人気が出て、当時は盛り上がっていたのだろうなと想像しました。そして、風紀上悪いものではなく、歌舞伎という芸能をどうしてもみたいというニーズが高まり野郎歌舞伎が始まったというのもまた、歌舞伎人気の高さを感じさせます。カブキ者とありましたが、きっと当時の役者さんたちがかっこよく、みんなの憧れで、今でいうアイドルやジャニーズのような感じだったのですかね。一昨年に念願だった歌舞伎を見ることができました。また、ぜひ見てみたいなと思います。

  6. 「異様な振る舞いや装いをカブキといい、それをする人物をカブキ者と言いました」ということで歌舞伎が生まれ、あのようなメイクと身なりをして演じる意味が理解できました。また、女性がいないということにも違和感がありましたが、そのような経緯があったのですね。当時の客引き行為が、今では「重要無形文化財」にもなるのですから、何が起きるかわかりませんね。日本独特の演劇という価値によって、国の威信を託された歌舞伎界は、やはり特別な世界であるように感じます。現代では、若い世代にも親しみを持ってもらおうと、人気アニメともコラボしたりしていますね。国の重要な遺産を維持していくのも、工夫が必要なのですね。

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