自然音痴

 Asahiコラムに「風を見た少年」などの著作で知られるナチュラリストC・W ニコルさんが、こんな談話を載せています。「言葉から自然が失われている」というタイトルで、「木を見てその名を言えるだろうか」というものです。私のブログでは、なるべく星、草木、季節といった内容を子どもの話題に挟んで書くようにしていますが、人として生きていくうえで、自然と共生をしていく意識を持たないと、どんなにえらそうなことをいっても、その内容は自分のためだけから言っているようにしか聞こえません。
 しかし、興味はあっても、自然のことを知るのはなかなか大変です。というのは、最近の生活は、特に東京では自然と共生していかなければ生きていけないということが少ないからです。ですから、たまに大雪が降ると困ってしまうのでしょう。ニコルさんの談話の中で、30年ぶりにフィリピンのルバング島から帰還した小野田寛郎さんが語った言葉、「日本は「自然音痴」になってしまった」を紹介していますが、本当にそう思います。ニコルさんは、国公立大学の学生でも、10の木を指さして名前を言えれば優秀な方で、あなたはどうでしょうかと問いかけています。私は、もう少し言えますが、樹形を見たり、樹皮を見たり、木の葉を見たりしただけでその木の名前を言えるのは10種類くらいかもしれません。
 木の名前だけでなく、星の名前も、花の名前も、鳥の名前も、魚の名前もせめて10種類くらい言えてほしいです。東大にストレートで合格した高校の頃の優秀な同級生と食事に行ったとき、水槽の中で泳いでいる「はまち」を見て、「鯉」が泳いでいるというのを聞いて、東大に入学するためには、ある部分に偏らないとだめなのかと思ったものでした。
 ニコルさんの談話の最初にこう言っています。
 「初めて私が日本の土を踏んだのは45年前、まだ22歳の時でした。日本の自然の美しさは衝撃的でしたね。しかし、その頃からどれほどの勢いで森や川が破壊されてきたことか。自然というものが人間の営みの根本であることを忘れ去り、目の前のビジネス、金もうけに突き進んでいく姿を悔しい思いで見続けてきました。」
 アースという映画を含めて、確かに環境問題について論議することも必要でしょう。しかし、まず身近な自然について、関心を持ち、知ることも必要な気がします。園の近くを流れる神田川は、どう見ても川というものではありませんが、それでも鯉は泳ぐようになり、たまに鷺やかもめを見ることもあるくらい昔の姿に戻ってきています。ニコルさんが子どもの頃のテムズ川は腐って死んでいたそうですが、いまはサケが上り、ロンドン郊外までカワウソが戻ってきているそうです。なぜそれが実現したのかというと、大きなテムズ川を一度によくしようとしたのではなく、あちこちにできた約1万2千の小さなモニタースポットのチェックから事は始まったのです。そのように、どんな小さな川であっても、小さな林であっても、そこに目を向けることが大切であると訴えています。
 小さな川、小さな林は、人間の体で言えばごく末端の細い血管ですが、その詰まりをていねいに調べ、それをきれいにしていくことで、体全体を流れる動脈が健康になっていくことにたとえています。
 アースという映画で、壮大な自然を感じましたが、目を転じて、小さな自然にも関心を持って欲しいですね。

自然音痴” への4件のコメント

  1.  先生のブログを読ませていただいてから、自然の事が今までよりもたくさん色々な知識が増えました。とくに植物に関しては写真をアップされているので、とても勉強になっています。ありがとうございます。「はまち」を「鯉」と見間違えるように私も含め多くの若者はあまり自然について、基本的な名前を知らないと思います。やはり、子どもの時から植物でも魚でも基本的な知識が増えるような環境で保育していく必要があると感じました。アースのような壮大な自然もあれば、道端に咲いている花、虫のような小さな自然もありますが、大きさは関係なく自然は自然です。大小関係なく身近な物にも関心を持つのはとても大事な事だと思います。

  2. 山登りを始めて20年近くなります。若い頃は全くのピークハンターでしたが、最近は頂上までの道中を楽しむようになりましたね。おかげで高山植物の名前にも少しは詳しくなってきました。コマクサ、ハクサンイチゲ、チングルマ、ニッコウキスゲ・・どの花も可憐な姿で私たち登山者の目を楽しませてくれます。しかし、静かだった山にも近年、開発の波が押し寄せ、徐々に原始の姿を失いつつあることは本当に残念です。山をただ歩くだけでなく、自然との共生についても考えてみようと思います。

  3. 自然との共生のためにまず身近な自然に目を向けることは大切ですね。全体を考えるとき、部分をおろそかにするとおかしくなります。みんなが環境全体について論議し行動するのと、みんなが身の周りの環境に興味を持ち大切にするのとでは、同じようでも結果は少しずつ違ってくるんでしょう。自然も一つひとつ、子どもも1人ひとり、そんな風に考えていこうと思います。まずは木の名前を10種類からです。

  4. 私が勤務する園の近くに「公園」があります。江戸時代、将軍家の鷹狩の場であった名残で、一般人の入場を禁止する名前がついています。当園の見学者を案内してその公園内を歩いてみました。道の脇にある木々や草花にはな「名札」がついています。「ミズキ」とか「サワラ」などなど、木の名前がわかるようになっています。私は地方の出身者です。私の田舎はいわゆる「自然豊かな」地とされています。しかし残念なことに「この木は何の木?」と問われて答えられるのは「杉」「松」「桜」「梅」くらいのものでしょうか?むしろ現在住んでいる大都会のほうが「木の名札」によってその名前と実物を合致させることができ、木々を1種類ずつ覚えていく楽しみを味わうことができます。自然環境は意識的に護っていかないと人間の欲望の餌食に簡単になります。そして結果として人間は己が欲望で破壊した自然のしっぺ返しを喰らうことになります。

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