節分の次の日は、「立春」です。昨日は立春でした。立春の早朝、禅寺では厄除けのために門に「立春大吉」と書いた紙を貼る習慣があります。新暦の元旦は、どうしてその日に決められたか分かりませんが、天体の動きとは、特に関係ありませんし、新しい年の始まりのような区切りらしきものがありません。そういう意味では、立春が天文的には新春で、年の始まりとしたほうがふさわしいかもしれません。ちなみに立春以降、初めて吹く南よりの強風を「春一番」と呼びます。ということで、立春の朝は、いかにも「立春大吉」という言葉が表すように、おめでたい気がします。由来はよく分からないようですが、どうも、この文字は、一年間災難にあわないというおまじないのようです。この文字は、道元禅師が入宋したときには貼ってあったそうで、永平寺には道元禅師が書かれた「立春大吉文」という文書が伝わっているようです。
この文字の面白さは、こんなことがあります。「立春大吉」の文字は、縦書きすると左右対称になり、表から読んでも裏から読んでも同じになるということです。そのために、こんな粋なことを昔の人は考えました。「鬼が立春大吉の札の貼ってある家の門を入って、ふと後ろを振り返ると、その札は、裏から読んでも同じように立春大吉と書いてあるので、鬼は、まだここには入っていなかったなと思ってしまい、門から出て行ってしまう。」と考えたとか。
たしかに、漢字には左右対称の字があります。正確に対称でなくても、ほぼおなじようになる漢字を含めると随分ありそうです。もちろん、アルファベットにも26文字中11文字ありますが、ひらがなにはありませんね。サザエさんの主題曲やGSの歌など多数の曲を作曲した筒美 京平さんは、鼓(つづみ)が平らに響くという意味から名前を「鼓 響平」にしようと考えていましたが、左右対称文字にするために「筒美 京平」としたということは有名です。私の名前は、4文字中2文字は左右対称です。
この表から読んでも、裏から読んでもおなじように読めるということから思い出すものに、「回文」とよばれる上から読んでも下から読んでも同じ文になるという言葉遊びがあります。これは、一字が一音をもつ日本語ならではの特色をもっとも生かした言葉遊びのひとつです。この「回文」をテーマにした日本語の言葉遊びを楽しむ日本回文協会のサイトが、作家落合正子さんを主宰者として公開されています。その中に、今年の新年の挨拶として、今年の干支であるねずみを読み込んだ文が紹介されています。「けさの外も見ず子の日のネズミも屠蘇の酒」(けさのそともみずねのひのねずみもとそのさけ)というものですが、よく考えるものです。この回文も、英語にもあります。「.NOT NEW YORK. ROY WENT ON.」(ロイが行ったのはニューヨークじゃないよ)という英語は、後ろから読んでも同じです。
駄洒落も、語呂合わせも、日本では言葉遊びのひとつとしていろいろなところに使われています。今では、親父ギャグとか言われて駄洒落も、若い人から引かれてしまうことが多いのですが、本当は、生活に潤いを与える遊びのひとつだったのです。日本語を大切にするためにも、粋なしゃれを言ったり、聞いたりできるようになりたいですね。
「立春」と言えどもまだまだ私の地域は寒いです。「立春大吉」と言う言葉は始めて耳にしました。確かに、左右対称で裏から見ても同じ漢字ですね。ふと、自分の名前もよく考えると…一文字もありませんでした。なかなか面白いですね。
回文も駄洒落も語呂合わせも、先生が言われるように、生活に潤いを与える遊びだと思います。私は駄洒落や語呂合わせなど言いたくても思いつきません。なので、言える人は心から関心します。周りはどうか分かりませんが、駄洒落によって私の心は和みます。本当に、言葉遊びという文化も見直すというより理解するべきだと思いました。
確かに、ユーモアは人間関係の潤滑油になりますね。うちの家内は、こてこての大阪人ですので、話をしてて飽きることがありません。ある日、何気なくテレビの贈収賄事件のニュースをみながら、家内がつぶやきます。『この人、絶対に「かいろ」もろてんでぇ』(私)『・・・・?? それを言うなら、わいろやろ』(家内)『そうとも言うな』(私)『そうとしか言えへんわ』いつもこんな調子で漫才の会話が続きます。最近は私も慣れてきて、つっこみやボケのコツを少しは覚えてきて、今は「のりつっこみ」なる高等話芸に挑戦していますが、「なんでやねん」のタイミングがうまくいきません。(笑)大阪人の笑いのDNAというのは、確かに存在しますね。
日本回文協会のサイトを見てみました。こんな協会があったことにまず驚き、中身を見てまた驚きました。いろんな回文があり、その他の日本語遊びもいろいろ紹介されていました。確かに日本語を大切にしていなければ成り立たない遊びだと思います。だとすれば、今後この遊びはどのように受け継がれていくんでしょうか。日本語遊びを守る?ためにも、粋なしゃれだけでなく親父ギャグも広い心で受け入れた方がいいのかもしれませんね。
「立春」を迎えると、あーやっと春が来る!、という気持ちが充満してきます。もっとも新暦の「立春」を過ぎた辺りから寒さも一段と身にしみ、しかも太平洋側はこれから湿った雪の季節を迎えるわけですから、その思いや気持ちと裏腹なお天気が続きます。今年は新暦3月11日が旧暦の2月4日ですから、旧暦でみた方が実感できる季節と合致するよう気がします。新暦2月4日は旧暦12月28日。旧暦では新年にもなっていません。ところで、我が家は曹洞宗寺院の檀家ですから寒修行明けの立春の日には玄関に貼る「立春大吉」の御札が配られます。以前お世話になった曹洞宗のご住職に「立春大吉を英語で表すと?」というお題を頂戴しました。”Great Luck in Beginning Spring”これは英語俳句に使われる季語表現でもあるようです。いろいろと勉強になりますね。それから「回文」。現在、国立近代美術館で開催中の特別展のタイトルの一部が「わたしいまめまいしたわ」という回文になっていることをご紹介して薀蓄垂れコメントを終了いたします。
当方、あまり知識はございませんが、『立春大吉』の意味を調べて来ました。
表から見ても、裏から見ても同じに見える事から、鬼を惑わす為の文字らしいです。
お茶目な《鬼だまし》なんですね^^
こんにちは。はじめてのアクセスです。
「立春大吉」を検索してこのページにきました。何かいろいろと調べてくれるのかなんて思いながらアクセスしています。
実は、韓国の方からお土産をいただいたのです。和紙にかかれた文字(四文字熟語)と思うのですが、「立春大吉」と「建陽多慶」です。立春大吉は理解できるのですが、もう一方が理解できません。漢文式に読めば「陽のあたる所に建物を建てれば慶が多い」という意味なのかと考えます。立春大吉は東南向けて貼る「符」と考えられますが、並べて貼ればいいのか?向かい合わせなのか?どちら向きなのかわかりません。何かわかれば連絡ください。