私の住んでいる八王子には、昔ながらの蔵が残っています。その蔵の用途は、時代によって変化をしているようです。蔵の前にこんな説明板がありました。
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「この蔵は明治32年10月に建てられました。以来100有余年、この間八王子の大火、大正の大震災、昭和の空襲等々幾多の危機をくぐり抜け今日に至ります。本格的土蔵造りで建設され、当初は、織物の街を象徴する生糸蔵として使用、戦後、防火対策としてモルタル壁に改装、使用目的も生糸蔵から質蔵へと変わりました。構造は、間口3間、奥行4間の大型のもので、内部は3尺毎に頑丈な欅の柱を使用してのそう2階の建築です。床板の一部を除いてすべて当時のままの姿を留めており、扉、錠前等の金具類が損傷少なく揃っているのも特筆に価しましょう。」
八王子に蔵が多いのは、織物の町ということで、生糸蔵が多かったようです。それが、今でも残っているのは、質屋蔵になったからのようです。そういえば、確かに、蔵作りといえば、質屋を思い浮かべるかもしれません。
 川越にも、多くの蔵造り商家が残っています。最盛期には100軒以上の蔵造り建物が街中にひしめき、町並みを形成していたそうです。この川越に蔵造りの町並みが形成される契機となったのは、明治26年の大火により、同じ惨事を繰り返さないよう、建物そのものを防火建築にすることから、商人たちは競って蔵造り建築による店舗(店蔵)を建てたのです。この頃、東京では既に耐火建築として、レンガ造りや石積みの近代的な建物が造られていましたが、川越商人たちは伝統的な蔵造り建物を選択したのは、伝統工法に固執するわけでなく、レンガや大谷石、御影石などの新しい建築資材も柔軟に取り入れたためのようです。また、東京日本橋の町並みが蔵造り建物であったこともあり、江戸の商人に対する羨望や憧憬もあったようです。
 そのほか、蔵の用途として酒蔵などありますが、今日の会議が行われた台東区蔵前は、私が育った町でもあります。この地名の由来は、当地に、江戸時代に江戸幕府の米蔵(浅草御蔵)があったことに由来しています。
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 この「浅草御米蔵」には、天領から入る年貢米を収蔵して、旗本や御家人と呼ばれる領地を持たない武士達に、「禄」として蔵米を支給していたのです。その蔵の前にあったから蔵前です。貨幣経済が発達したと言われる江戸時代ですが、幕府の財政を支えたのは、やっぱりお米でした。そこで、全国各地から送られる米を運搬するのに水運、つまり舟が使われたので、その米を貯蔵するのには川沿いのほうが都合よかったのです。蔵前は、隅田川に面しています。
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蔵前橋
 ここに御米蔵が建てられたのは1615年のことで、江戸時代の初期、二代将軍 秀忠 の時代に、この一帯の大川端(隅田川の川岸)を埋立てて、3万坪にも及ぶ広大な敷地に幕府の米蔵94棟を建てたといわれています。江戸時代の札差と呼ばれる商人達が集まっていた地で、「通」とか「粋」な文化を競っていました。
 全国どこにでも蔵があります。最近、蔵を残した街づくりや、蔵を喫茶店やレストランにする店も多くなりました。蔵のしっかりした、方形としてのボリューム感は、存在感があります。残したい建物です。

” への4件のコメント

  1. 蔵のある町といえば、ここら辺では倉敷市の美観地区が有名です。たぶん藤森先生も一度は行かれたことがあると思いますが、本当にいいところです。白壁の屋敷や蔵が倉敷川沿いに軒を連ねて、江戸時代、天領であった頃のにぎわいを偲ぶことができます。エル・グレコの「受胎告知」やモネの「睡蓮」を展示した大原美術館も見逃せません。なんだか、倉敷の観光案内のようなコメントになりましたが、蔵がある街はそこを歩くだけで、華やかだった往時の歴史を感じさせてくれます。

  2.  明治時代の頃から火災、大震災、空襲を乗り切り、今でも立派に残っているのは本当に凄いと思います。それは、その時代や用途に合わせて改良してきているのですね。
     川越には私も観光で家族で訪れたことがあります。あの昔ながらの建物の風景は本当に素晴らしいと思います。街全体で昔の建物を残したり、そういう風に改良することにより素晴らしい街並みが完成し有名な観光地になるのだと感じました。
    もちろん、蔵がありましたが、何故か存在感があり、印象強く残ります。日本の文化を残すことと同時に建物も残したり、そういう風に改良することが大切のような気がします。

  3. 「蔵」は富の象徴ですね。蔵を見るたびに、中にどんなモノがあるのだろうか、きっとお宝があるに違いない、と想像を逞しくします。そうした想像を持つのも「おとぎ話」や「童話」の影響でしょうか。お話しの中ではお金持ちの長者さんの象徴が蔵、であったような気がします。もっとも今時の蔵は「お宝」を収納しておくには物騒かもしれません。お宝は大概銀行の金庫等々にあるのでしょうから。このように考えると今時の「蔵」は銀行の「金庫」ということになりますね。味も素っ気もないとはこのことでしょう。現存する「蔵」はその本来機能というより「近代」建築の名残として大いなる意味を発揮すると考えられます。「蔵」が喫茶店になる、というケースは時折耳にします。蔵の中のコーヒー、一体どんな味を楽しむことができるのでしょう。

  4. この写真のように立派なものではありませんが、昔は蔵のある家が周りにはたくさんありました。ここで書かれている蔵とは少し違う種類のものかもしれません。子どもの頃何度も閉じ込められた経験から、とにかくしっかりした作りであったことだけはよく覚えています。そんな経験から、蔵を喫茶店にというのはなんとなくイメージがわきませんが、一度覗いてみたいものです。
    また少し書かれていますが、お米も日本の大切な文化ですね。財政を支えるほどの存在だった米も、今では影が薄くなっているような気がします。蔵もそうですが、米も同様に日本の文化としての見直しが必要だと思います。

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