育児書

 昨日、ブログで紹介した日本で最初の本格的な育児書といわれている「小児必用養育草」を書いた香月牛山は、明暦2年(1656)筑前遠賀郡香月の生まれです。若い頃、「養生訓」を書いた貝原益軒から儒教を学び、次いでまた医を藩医鶴原玄益に学んでいます。ですから、「小児必用養育草」も随分益軒の影響を受けている部分が多いようです。三十歳の時、豊前中津侯小笠原氏の侍医としてつかえた後、さらに14年間医学を学び、44歳の時京都に行き、医者になりますが、61歳の時から85歳で亡くなるまで、小倉に住んでいます。そして、後に江戸中期の後世派の第一人者と称されました。
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 牛山の医説は儒者、本草家としての貝原益軒の実証的研究方法の影響を受けているといわれています。「中華の医書とて誤謬尠なからず、古人の説とて精確なるもののみにあらず」というように、いくら権威のある中国の医学書であっても、必ずしも正しいとは限らない。自分自身の経験からや、十分観察したことから自分の説を説くべきであると主張しています。他の後世派の医家が、自分で見たこと、経験したことから論じないで、先人の論説をそのまま信じ、自分の説にしていることを嘆いています。実際の治療に当たっても、実際的経験の上にたってなされています。
 また、その考えを広く一般大衆にも広めようと、非常に多くの著書を残しています。代表的なものは「小児必用養育草」のほかに、「牛山方考」「牛山活套」「婦人寿草」「老人必用養草」などがありますが、これらの著書のほとんどは仮名混り文で書かれており、大衆啓蒙に務めたことが感じられます。
 乳幼児教育が大切であるということは、様々な人が実証から唱えています。江戸時代前期の寛永18年(1641)に「翁問答」という著作が、中江藤樹によって書かれています。
その中の第1巻「徳教について」にこんなくだりがあります。(現代語訳)
「子孫の教育は幼少の時が肝心である。昔は「胎教」と言って、母の胎内にあるうちから胎児への「母徳の教化」を行った。今時の人は「至理」(至極もっともな道理)を知らないので、幼少の時分には教育がないものと勘違いするのである。「教化」の本質を知らずに、ただ口だけで教えるばかりが教育と思い込んでいるために、このような誤りを犯すのである。根本真実の教化とは「徳教」である。口で教えるのではなく、時分の身を正して道を行い、それによって周囲の人間が感化されていくことを「徳教」というのである。これは、あたかも水が物を潤し、火が物を乾かすようなものである。国土の方角や水土の風気によって、そこに住む人間の気質は少しずつ違いがあっても、言葉付きには本来、京、田舎の差別はないため、赤子の時から京で育てると、関東で生まれた者も京言葉になるものである。逆に、京生まれの者も関東で育てれば関東言葉になるものである。このように、幼い者の心立てや身持ちは、その父母や乳母の心立てや身持ちに見あやかったり聞きあやかるために、父母や乳母の徳教が子孫の教育の根本となるのである。従って、乳母の人柄を吟味し、父母の身を修め、心正しくして、親孝行の道を語り聞かせ、また、身に行って、教育の根本を培養すべきである。」
乳幼児からの教育と同時に、環境が大切であるということも経験から語っています。

育児書” への6件のコメント

  1. 子どもの姿が私たちの心を表したものであるとすれば、大人が子どもにどのような姿を見せるのかは大切ですね。何かを教えるというよりも、大人が“心正しくして”いろんな役割で子どもに関わる環境を用意することができれば、そこから子どもが得られる学びは大きいだろうと思います。子どもの観察を怠らず、必要な関わりを考え続けたいと思います。
    それにしても、江戸時代などの子育ての話を聞いていると、まるで現在のドイツなどの幼児教育の話を聞いているような気がしてきます。海外から高い評価を受けていた時代から、すっかり立場が変わってしまった感じです。でもそれを嘆くのではなく、そんな今だからこそ具体的に一つひとつ実践していかなければいけないんですね。

  2. 貝原益軒や香月牛山などの江戸時代の教育者の説には、現代でも通用する真理や智慧がありますね。もっと注目されてもいいと思います。昨日、あるGTの園さんの「成長展」を見学させていただきました。時系列で展示した絵画や、子どもの身長や体重を当てるクイズなどを楽しみながら、園児たちの1年間の成長の跡をご父兄の方が確認できるように工夫されていてとても感心しました。「藤森先生の園のまねっこなんですよ」と園長先生は謙遜されていましたが、育児を保育園に任せっきりにする親が増えているようですが、今日のブログにあった「乳幼児からの子育ての環境づくり」にはこのような地道な試みが大切だと思います。

  3. 私たちは学校でいろいろなことを教わり、また自らも様々に勉強してきた、そして多くの本を読んできたつもりですが、今日のブログを読むと己の浅学さ加減が如実に判ります。日本史の勉強をして「中江藤樹」や「貝原益軒」の名前は知っていてもその著作や内容についてはとんと知りませんでした。当ブログでいつも学ぶことができます。実にありがたいブログです。今回引用されている中江藤樹「翁問答」第1巻「徳教について」には驚かされました。17世紀半ばの日本において現在の日本に必要な子育て論が的確に適切に説かれています。「胎教」にも触れられています。私は「胎教」が西洋語からの翻訳からかと思っておりましたら、さにあらず。この時代には既にあった。そして子どもを取り巻く「人」「場」という環境の重要性、その影響力の重大さの指摘はまさに今の私たちにそのまま突きつけられます。勉強になりました。

  4.  牛山の医説のように自分が実際に見たこと、自身の経験、観察したことから説を説くべきなのは、本当にその通りだと思います。保育にもそのようなことが言える気がします。子どもの事を一番よく知っているのは保育の現場で働いている人だし、部屋にこもって子どもの事を語っている偉い教授や先生、研究者ではありません。そのような人達も積極的に現場に出て現在の日本の保育の現状を直視するべきですし、現場の声を聞くべきだと思いました。

  5. 「自分自身の経験からや、十分観察したことから自分の説を説くべきであると主張しています」とありました。私もこのような姿勢で子どもたちを見て、保育とは教育とはということを理論ばかりではない目で深めていきたいです。「ただ口だけで教えるばかりが教育と思い込んでいるために」という言葉もありましたが、そのような教育の仕方は教育の本質ではなく、また理論ばかりが先行してしまっている考え方でもあるのかもしれませんね。目の前の子どもたちを見て、教育することを大切にしているとこのような形にはならないのではないかと思います。私も気がつくと、ついつい教えることが中心になっている時があります。教えることで、やった気になってしまうのかもしれませんが、そうではない体験から環境から子どもたちが学べるような仕組みをもっと意識しなければと思いました。

  6. 「翁問答」の現代語訳版が、現代の育児書のスタンダードとして出回っているというのも面白いですね。なんとなく、現代は育児の細かな部分にまで「こうしたほうが良い」ということが書かれている印象がありますが、「翁問答」の中には、「徳教」という、もっと大きくて広くてここだけは譲れないものといった部分が書かれているような気がしました。その最低限・スタンダードが確立していてにも関わらず、情報社会によって多くの詳細な情報を耳にする機会が増えてきた事が、育児を複雑にしてしまっているのでしょうか。親が安心して育児ができる社会にするためにも、「見守る育児」が必要なのですね。

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